帝都の鬼姉妹。 ふぉっくすらいふ!外伝   作:百合道いおりん

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25話 休暇

 

 

 

 

 

晴れた空、白い砂浜、青い海。

照りつける日光が白い砂浜を反射し、思わず目をつむりそうになってしまう。

潮の香りに満ちた風が心地よく頬をなでて通り過ぎてゆく。

海水浴をするには最高の環境であった。

秋奈町から遠く離れた、帝都の海沿いの町。

周囲は多くの海水浴客でにぎわっており、家族連れから学生の集まりらしき集団、地元民らしきラフな恰好の人間まで様々だ。

もしここでビールを片手に塩辛いソースにまみれた焼きそばなんて食べられたら夢の様であろう。

「ぜぇぜぇぜぇ…今のは私のが早かったでしょ化け猫…!」

「いーや!私の方が早かったわね花鈴!!」

見れば花鈴と化け猫が無邪気にも水泳対決をして遊んでいる。

花鈴は赤いシンプルなビキニの水着姿、化け猫はマリンブルーのパレオ付きのビキニ姿だ。

健康的で非常によろしいと思う。

ああいう元気な姿を見ると自分も爽やかに汗を流してその後にビールを思い切り飲みたくなってくる。

「…なにあれ、暑苦し。」

その姿を少しばかり冷めた様子でユリカが眺めている。

ユリカは露出の比較的少ない白地に花柄が描かれたワンピースタイプの水着に身を包み、スマホ片手にパラソルの下でチェアに座っている。

傍らには飲み物を置けるテーブルがあり、上にはジョッキが置かれ中にはトロピカルフルーツジュースが注がれていた。

許されるのなら自分もあの隣に並んで座り、のんびりとカクテルでも傾けたい気分である。

生のライムが絞られたジントニックなんて最高じゃないだろうか。

「…イシダイ…丸焼き…か…どうしよう…。」

蟷螂坂は何やら魚を片手に、車から炭火焼き用の道具を取り出して準備をしている。

蟷螂坂は明るい緑色をしたチャイナ風の水着だ。

高身長でスタイルの良い彼女が着るとエレガントな雰囲気を醸し出している。

その手に持たれたのは大きな魚が一匹と、小さな魚が数匹。

どれにもモリらしきもので突かれたのだろう穴が空いており、おそらく蟷螂坂はこれらを自分で突いてきたのであろう。

よくもまぁあんな水着姿で漁が出来たものだ、流石は妖怪といったところだろうか。

しかし炭火焼きでそれらを調理するのは危ない、絶対にビール、いやとにかくお酒が欲しくなる。

「せいッ!!」

不意に砂浜の一角で歓声が上がった。

その中央に立っているのは鈴音。

鈴音はスポーティーな黒いノースリーブと短パンのラッシュガード姿だ。

耳を澄ましてみれば”すげえ!もう何人抜きだ!””この浜の大関がやられたぞー!”なんていう声が聞こえてくる。

鈴音はたまたま開催されていたビーチ相撲の取り組みに参加しているようだった。

どうやら男女問わずに叩きのめしているらしく、非常に盛り上がっている声が聞こえる。

あー!あの盛り上がりにまざってさー!ビールでも飲んだら最高だろうなー!

「おいバイトぉ!!焼きそば二つだ!!超特急でな!!」

「はーい!!まかされて!!」

そんなみんなを眺めながら私、狂骨はひたすらに焼きそばを作っていた。

華やかな水着姿とは程遠い薄汚れた長袖シャツとズボンを、この肉体が人工的なものだとばれない程度にまくりつつ身に着けている。

焼きそばだけじゃない、合間を見てカレーを混ぜ、ラーメンの具を用意しておき、バックヤードからラムネやビールを運ぶ。

海の家のバイトを必死にこなしていた。

「なんで私だけこんなことに…!」

氷水が張られた大きな水桶の中に、いずれ誰かの手に渡るであろうビールを恨めし気な目で眺めつつ入れていく。

狂骨だけがこのようなことをしているのにはしっかりと理由があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

時は数日前にさかのぼる。

八咫総合事務所のメンバーは事務所のオフィスで普段通り、思い思いの日常を過ごしていた。

しかし狂骨のみがリーダー同士の会議があるとの理由で出かけており、姿はない。

その隙を見て鈴音はテーブル周りの酒瓶やごみの片づけをしていたが、狂骨は昼過ぎにはもう事務所に帰ってきた。

「ただいまー!みんなに朗報だよー!」

明るい声色がオフィスに響いた。

その手には何やら茶封筒が握られており、表情には満面の笑みが浮かんでいる。

「どしたのよリーダー、良いお酒でももらったの?」

「いや違うよ化け猫!?そうじゃなくて──」

「じゃあ、飲み比べの招待券とか?」

「あの、花鈴ちゃんそうじゃなくて…」

「ついに酒造会社にでも転職するの、寂しくなるじゃん。」

「いや違うよユリカちゃん!?」

「良い洋酒なら…使わせてほしい…。」

「蟷螂坂!?君まで!?」

「まぁ…皆さん、そこまでにしましょう…。」

鈴音が皆を諫める。

その姿にまるで天使でも見るかのような目線を狂骨は送るが、鈴音は冷ややかな目で狂骨を見つめ返す。

「それで、どんなお酒の話題なんですか?」

「違うううう!!!私はお酒以外にも喜ぶことあるからあああ!!!」

そう言って狂骨は茶封筒の封を勢いよく破くと、中身をテーブルにさらけ出した。

「にゃによこれ…えーっと”大久保リゾート招待券”…ってめっちゃいいリゾートホテルじゃない!?」

「そうだよ!海沿いにある大久保リゾートの無料招待券さ!」

「なになに!?海にただで遊びに行けるの!?」

化け猫と花鈴が目を煌かせて封筒の中身、リゾート施設への招待券を眺める。

それを見て狂骨は得意げに笑って見せた。

「いやいやいや、最近八咫総合事務所は活躍してるし~この程度のものはもぎ取ってこれるわけよ。」

「最近の活躍…ですか。」

鈴音がその言葉に少しばかり首を捻る。

たしかにユリカが引き起こしたビルの一件の解決にくわえ、化け猫が解決したペットの殺害事件と蟷螂坂が活躍したカマイタチの暴走事件。

ここ数ヶ月で3つも事件を解決してはいるが、後の二つは正式な任務ではない事柄であった。

疑問符を浮かべる鈴音に狂骨が答える。

「ふふふ、化け猫が人間に貢献したのは間違いないし、蟷螂坂に至っては救援が遅れていたらメンバーが死んでいてもおかしくなかったからね、晴明さまがそこを汲んでくださって特別休暇として与えてくれたんだよ。」

「晴明様が…ですか…。」

鈴音は少しばかり顔をしかめる。

このところ八咫烏に関しては、ツツジの話に加え、少しばかり不穏な気配を感じている。

それを統括する晴明の招待というところがすこしばかり嫌な予感がした。

鈴音は今回は少しばかり気を抜けそうにないことを覚悟する。

その表情を狂骨はまだ鈴音が納得がいかないように思っていると感じたのか、言葉を続けた。

「まぁたしかに勝手にやった行動だけどさ、一番大事なのは人を護ることだから、結果オーライってことだよ。」

「そうそう、そんなに固くならなくていいじゃんすーちゃん!」

「ああ、いや…そうですね、すみません。」

変に水を差すわけにもいかないかと鈴音は引き下がる。

しかしもう一人、招待券の内容を眺めて顔をしかめる者がいた。

「あれ…これ…。」

ユリカが招待券の内容を見て首をかしげている。

「…なぁ狂骨さん、これなんだけど。」

「んー、どうかした?」

「よく見たら、宿泊費が無料なだけで中の施設とか使おうと思ったらお金要るやつじゃん。」

「え?」

狂骨が慌てて内容を確認する。

たしかによく見れば宿泊費が無料になると言うだけで、中の施設に関しては有料での使用になると書かれていた。

「ま、まぁそこは経費で落として…。」

「福利厚生で落とせるかなぁ…ここの事務所、接待用とか理由つけて高い酒経費で落としたりしてたでしょ…目つけられてんだよね。」

「なんだって…。」

「てか、この招待券持ってきてくれたのは良いけど狂骨さん、最近仕事してないよね。」

「ぎくぅ!?」

狂骨がユリカの言葉に痛いところを突かれたと目を見張り、目線を泳がせた。

「ほ、ほら…今日みたいに会議に出席とか…。」

「本部からの連絡で半分くらいは寝てるって聞いてるけど、次から私に出席してくんないかって言われてるし。」

ユリカがスマホをちらつかせながら言うと、まさかの言葉に狂骨は顔を青ざめさせた。

「わ、私そんな話は一言も…。」

そこで化け猫が追撃をかける。

「リーダーそれどころかさぁ、鈴音ちゃんの追試沙汰巻き起こしたり、前のカマイタチ事件でも爆睡してたり、最近は迷惑ばっかかけてない?」

「す、鈴音ちゃんの件に関しては化け猫も同罪だろう!?私だけが悪くない!!」

「だまらっしゃい!他にも余罪があんのよリーダーには!!!」

圧に押され、狂骨が思わず後退る。

「な、なんだよ二人して…どうする気だ!?」

追い詰められた狂骨を化け猫とユリカがにたにたとした笑みを受けべながら見つめる。

そしてユリカはスマホを操作しながらなにやら化け猫と少し話をすると、ある画面を突きつけた。

「今調べたんだけどさ、この海辺、大久保リゾート以外にも一般人向けの旅館とかもあるんだって。」

「つーまーりー、セレブ向けじゃない一般向けの海の家とかも普通にあるのよリーダー。」

お金の話題から、海の家の話。

狂骨は嫌な予感に背筋を震わせる。

「嫌だ!私は働かないぞそんなところで!!」

「うるさい!みんなの交通費くらいは稼いできにゃさい!!」

「一日働いても交通費くらいにしかならないじゃないか!!私は嫌だ!!!それくらいポケットマネーで──あっ。」

そこまで言って狂骨の顔がさらに青ざめた。

「あの…ユリカちゃん…いやユリカ様。」

「なんですか?」

「これ…経費で落ちないですか?」

狂骨が出したのは、八咫総合事務所宛に綴られた領収書。

そこには六桁になる料金が書かれており、有名な酒造メーカーの名前が書かれていた。

「いやーその…美味しかったです。」

間もなく狂骨にユリカの雷が落ちたことは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこともあり、狂骨は罰として一日海の家でバイトをさせられることになった。

用意されたリゾートの招待券は二泊三日の内容であり、そのうち一日をバイトに費やされることとなった。

因みに宿泊以外の施設の利用料金は福利厚生費ということでどうにか経費で賄えるようユリカが交渉した。

その点も含めて狂骨はすっかりユリカに頭が上がらなくなっている。

海の家は天気が良いこともあり大盛況で、狂骨もあちらこちらに大忙しであった。

「なに、がんばってんじゃん。」

そんな様子を見物に来たのか、ユリカが小銭を片手に海の家を訪れる。

「おかげさまで大忙しだよ!注文は!?」

「ビール一本、冷えてるやつ。」

「んぐううううう!はい!400円!!!」

「えー、まけてよ。」

「まけないよ!!!!」

べー、と舌を出す狂骨を見てユリカは満足そうに笑みを浮かべる。

そして受け取った缶ビールをその場で開け、照りつける日差しの中それは美味しそうに傾けながら去っていった。

「くうううううう!!!」

その後ろ姿を恨めし気な目を向けながら見送ったところで、店主から声がかかった。

「おい、姉ちゃん!昼時も済んだし休憩してきな!」

「いいの!?やったー!!」

狂骨は性別が判別しにくいが一応女性扱いを受けていた。

普段のきっちりした黒スーツ姿と違うせいか、中性的な美人といった風に受け取られている。

そこには美人の方がウケがよさそうだという店主の願望も入っているのかもしれないが。

「ただし飲むんじゃねえぞ…。」

「は、はは…わかってますよ。」

釘を刺す店主の言葉に狂骨は肩を落としながらも小銭をレジに放り込み、ビールの代わりに気を紛らわせるためラムネを手に取った。

財布の中身が乏しい狂骨にとってはこれも少しばかり辛い出費である。

それも自業自得であったが。

「ンッンッ…くぅ~染みる!」

ラムネを開けて喉に流し込む。

疲れた体に甘みと炭酸の爽快感が染みわたり、元気が出てきた。

ラムネを片手に砂浜を歩く。

まずは自分たちの荷物が置かれたパラソル近くに足を運んだ。

パラソルの下で優雅に缶ビールを傾けるユリカが狂骨に視線を向ける。

「なに、サボり?」

「違うって!休憩!」

「そう、じゃあある意味タイミングよかったかもね。」

ユリカがそう言って指を差す。

その先では蟷螂坂が炭火を使って突き立ての魚を料理していた。

魚の種類に関しては詳しくないが、丸焼きにした大きめの魚にニンニクの香り漂うアクアパッツァやアヒージョ、染みでた出汁の香りがたまらない煮つけの匂い。

蟷螂坂も新鮮な素材を前に気合が入っているらしく、真剣な目で火加減を見ていた。

夏の炎天下の中だというのに、その熱気がたまらなく食欲をかきたたせてくる。

休憩中に調理が終わることを祈りつつ、邪魔をしないようにその場を立ち去った。

砂浜をまた歩いていると突然目の前の砂が大きく跳ねあがった。

「うわ!?」

思わず狂骨が顔を覆い、顔に張り付いた砂を払って目の前を見ると見知った顔が二人いた。

「にゃっはははは!!ビーチフラッグ対決は私の勝ちね!身軽さで私に勝てる訳ないわよ!!」

「むっかつく!!遠泳では私に負けたくせにこのニコチン女!!」

「にゃんとでもいいにゃさい!!にゃはははあ!!」

花鈴と化け猫が今度はビーチフラッグで対決していたらしく、そこに狂骨が巻き込まれかけたらしい。

「ちょ!?危ないよ二人とも!!」

「あーごめんごめんリーダー、てかなに、サボり?」

「休憩中だよう!」

「へぇー、まぁサボりならビール持ってるだろうから本当か。」

「判断基準はそこなの!?」

あんまりな言われように狂骨は頭を抱えた。

恐ろしいまでに自分に対する周りの評価が低くなっていることに今更ながら自覚したのである。

「まぁいいんじゃないの、今からすーちゃんの大一番始まるみたいだし、見に行ってみたら?」

「あ~ビーチ相撲やってるみたいだね鈴音ちゃん、花鈴ちゃんは見に行かないの?」

「ははは、だってすーちゃんが負けるわけないし、万が一負けたら私が仇取りに行くけど。」

相も変わらずの姉に対する信頼感であった。

しかし鈴音の取り組みを観戦するのは面白そうだと、狂骨は人だかりのある方に足を向ける。

人だかりの数は結構なもので、特に地元民が盛り上がっているようであった。

「まさか飛び入りの…しかも姉ちゃんがここまで強いなんてな。」

「けどよ、さすがに横綱には勝てねえだろ。」

「しかしあの姉ちゃん普通じゃねえぞ…ひょっとしたら…。」

地元民らしき集団からそんな声が聞こえてくる。

人垣によって造られた円、その中央に堂々と鈴音は立っていた。

普段に比べて身体のラインがしっかり浮かび上がっている鈴音の肉体は他の鍛えているらしき人間と比べても際立っていた。

単純に筋肉の量で言えば鈴音より多い人間は周囲に少なくはない。

しかし筋肉のつき方が身体に深くまとわりつくように、分厚くついている印象を受ける。

それはたとえるならば日本刀の様な肉体と言えばよいであろうか。

粘りのある心金を幾度も鍛え、丹念に職人が皮金を包み込んで造りこみ、一つの芸術とさえ認められるあの造形を生み出す。

鈴音の肉体はまさにそういったものであった。

そして鈴音の前にこの浜の横綱が現れる。

相手は大柄な男であった。

海パンの上に柄シャツを羽織り、首には金のチェーンネックレスを付けている。

背は百八十センチ、体重はおそらく八十五、六キロほどだろう。

ただ筋肉だけでできた重さというわけではなく、腹回りにはでっぷりと脂肪がのっている。

一時期まで鍛えていた身体の上に不摂生な生活で脂肪がたまった、そんな身体つきだ。

しかしその肉体から発せられる圧力は強い。

普通の人間が道端でこの男とすれ違うと、間違いなく道の隅に寄って目を逸らすか、人によっては道を変えるかもしれない。

堅気の人間とはいいがたい威圧感があった。

鈴音は一切臆さない。

正面から男を見据え、無言で仕切りの姿勢を取った。

その度胸に男は好感を覚えたらしい。

「すげえ度胸してるな姉ちゃん、お手柔らかに頼むぜ。」

「どうも…。」

鈴音は男の言葉に短く返す。

その中には少しばかりの失望の様な感情が含まれていた。

この男も、本気ではないなということを理解する。

どうせこの場で鈴音に負けても女相手だから手加減した、遊んでやったと言い訳するのだろう。

そんな考えが鈴音の闘志に火をつける。

狂骨はその様子を見て苦い顔をしていた。

「あー…あの男…負けたね。」

勝負はあっという間であった。

取り組みが始まると男は鈴音の首に向かって右手を伸ばす。

男の右手が鈴音の首にかかったところで、鈴音は首を曲げて右手を抑つつ左手で肘を押し上げ、関節を極めた。

突如肘に走る痛みに男が反射的に腕を捻って逃れるところを鈴音は前に向かって踏み込み、逃れる動きに合わせて腕を捻り上げた。

脇固めと呼ばれる、鹿角流固有のものではない基本的な関節技である。

男はあっさりと膝をついてしまった。

無理に立ったままでいると、肩の関節が外れてしまう。

痛みから逃れるために反射的に膝をついてしまったのだ。

あまりにもあっさりとした決着に、一瞬人垣を築いていた見物客たちもぽかーんと口を開けていたが、そこでぱちぱちと拍手が鳴った。

狂骨が一人、拍手を送ったのである。

それを機に大きな歓声が上がった。

「うおおー!すげえぞ姉ちゃん!」

「横綱が敗れたー!」

鈴音は人垣の中に狂骨がいたことに気づき、小さく会釈する。

狂骨も小さく手を挙げて返すが、そこで鈴音に敗れた男が立ち上がった。

「は、はは…いいじゃねえか姉ちゃん、もう一回やらねえか。」

男の顔には笑みが浮かんでいる、が、その目は笑っていない。

どうやら人前で膝をついたことが相当プライドを傷つけられたらしく、今度ばかりは手加減しないと再戦を持ち掛けてくる。

「…いいですよ、私は。」

「おう、ちょっとばかり手加減してしまったよ、あははは。」

「気にしないでください、私もなんで。」

鈴音は表情を変えぬままそう言ってのけると、再度仕切りの姿勢を取る。

男は鈴音の言葉に眉を大きくひくつかせ、目を見開きながら仕切りの姿勢をとった。

明らかに、キレている。

対して鈴音の表情は冷静そのものだった。

だがまたしてもあっけなく勝負はついた。

なんと男は鈴音に対し容赦なく右の張り手を放ってきた。

ビーチ相撲において、張り手は禁じ手である。

鈴音は突然の反則行為にもかかわらず、軽く張り手を身体を反らせて避ける。

男はさらに勢いに任せて左の張り手を放った

しかし男は次の瞬間に膝をつき、まるで宙を泳ぐように腕をばたつかせ頭から砂浜の上に倒れていた。

「え…?」

「あれ…なんで?」

その様子を見物客が茫然とした表情で見つめている。

狂骨は人垣の外からかろうじて一部始終を捉えていた。

鈴音は右の張り手を避けた後、左の張り手に対して張り手──というより左の掌底を下から男の顎に叩き込んでいた。

「怖いなぁ…。」

狂骨が思わずそう呟いた。

そこで周囲の人間はようやく事態を飲み込んだらしい。

人垣の中から倒れた男に向かって何人もの柄シャツを羽織った若い男たちが駆け寄り、数人がかりで気絶した男を担ぎ起こす。

倒れている男同様に、堅気ではない雰囲気である。

地元の暴力団かそれに類する集団であろうことは明白であった。

その羽織ったシャツの下に何が隠されているかは言うまでもないだろう。

そして男たち数人が鈴音に対して詰め寄り、にらみつけた。

「お前、何したか分かってんのか?」

「…先に仕掛けられたから返した。」

「返したじゃねえんだよ!」

男たちが睨みを利かせて鈴音に近寄る。

鈴音は男たちから最低限の間合いを取るために数歩後ろに下がりながらも、変わらず平然とした様子で受け答えをしていた。

その態度がさらに癪に障ったのだろう、男たちの怒りを増していく。

「そういうことじゃねえんだよ!兄貴に恥かかせやがって、ただで帰れると思ってんのか!?」

「…で?」

「はぁ!?」

「やるならやってもいいよ。」

だらりと腕をたらし、無造作に立った鈴音が言う。

その姿は一見隙だらけでありながら、とてつもない威圧感があった。

隙だらけの顔面に拳を放ったら、たちまちその腕をからめとられ壊されるか、逆にこちらの顔面に拳が叩き込まれる。

そんなイメージが脳裏に浮かんでしまう。

鈴音に詰め寄る男たちはその不気味さに威圧され、思わず一歩引いてしまった。

しかしここまできては引き下がるものも引き下がれない。

「…。」

「…!?」

男たちが一歩下がったところで鈴音が逆に一歩距離を詰めた。

まるで誘い込むように前に一歩。

男たちが互いに目配せを行い、同時に襲い掛かるように目で合図を送ろうとした、その時だった。

「はーい!!やめやめ!やめ!!」

不意に、人垣の中から一人、鈴音と男たちの間に割って入るように声が響いた。

声の主はパンパンと手を叩きながら人垣の中から現れ、鈴音向かって目線を送る。

「鈴音ちゃーん、そこまでにしとこうね、ここで喧嘩おっぱじめちゃうと後が大変だよ~。」

「狂骨さん…。」

割って入った声の主、狂骨が明るい声を出して鈴音に声をかける。

そして男たちにも視線を向けると、頭を掻きながらぺこぺこと小さく頭を下げた。

「いや~ごめんなさいね、この子やんちゃなところあるんで、ここは大目に見てもらえると助かります。」

「え、あ…なんだ…お前…!?」

「保護者みたいなもんですよ~。」

男たちの問いに、ニコニコと笑みを浮かべながら狂骨が答える

その軽い雰囲気と笑顔に毒気を抜かれてしまった男たちは、突然の事態に困惑しながらも引き下がり切れない様子であった。

「い、いやお前!あ…そ…とにかく!こっちもただでは引き下がれねえんだよ!」

「ただって言われても私財布の中に後500円くらいしかないんでどうしようも…。」

「はぁ!?小学生かお前は!?」

「…小学生らしく肩もみとかで許してくれないですかね?」

「許せるか!!」

漫才の様なやりとりを繰り広げるが、周囲の人間は凍り付いた様子で狂骨と男たちのやりとりを見守っている。

当たり前だ、つい先ほどまで喧嘩寸前ののっぴきならない雰囲気に包まれていたのである。

それが不意に軽い雰囲気に変わったところで精神が追い付かないのだ。

だがそんな雰囲気の中、くすくすと笑いをこらえるような声が聞えた。

男たちは声を聞き逃さなかったのか、すぐに周囲に目を向け、睨みを利かす。

「今笑ったのはどいつだ!お前かぁ!?」

男たちが手あたり次第に周囲に因縁をつけ始めた。

標的になった人間たちが必死に首を振る中、一人の女が人垣の間から現れる。

その姿を見たとたん、男たちの血の気が引いた。

「あたしだよ、笑ったのは。」

くすくすと笑いながら、女が答える。

身長は百七十センチを軽く超える長身で、下地が黄色の派手な柄ビキニにこれまた派手な赤い柄シャツを羽織ったまだ年若い女。

顔にはいかつめのサングラスがかけられており、首には趣味の悪い金のネックレスがかけられている。

髪はウェーブがかかったロングヘアをこれまた派手な金色に染めていた。

とにかく派手な女だった。

「あ…姐さん…!」

「ここまでにしときな、これ以上恥かいたらたまんないよあたしは。」

男たちは女を姐さんと呼んだ。

どうやらこの姐さんは男たちより上の地位に立つものらしい。

姐さんは砂浜の上に綺麗な足跡を残しながら鈴音に向かって歩みを進め、その前に立つ。

「…何か?」

鈴音が少しばかり目線を上にあげて姐さんに問う。

姐さんはにこやかな笑みを浮かべ、そっと右手を差し出した。

「いやいやすまなかったね、あの勝負は君の勝ちだよ、あたしが見届け人だ。」

穏やかな口調であった。

余裕のある笑みも、嘘の笑みではない。

しかし鈴音には見えていた、サングラスで隠されたその瞳の奥に獰猛さの様なものが爛々ときらめいていることに。

そんな面白い気配を感じ取りながらも、鈴音は変に手を出そうとはしなかった。

そして差し出された姐さんの右手に視線を向け、眉をひそめながらも小さく息を吐き、ぎゅっとその手を握り返した。

「…ッ!」

握った途端、鈴音の膝から力が抜けがくんと姿勢を崩した。

腕越しに重心を崩されたことを理解したときには、鈴音の身体は宙に浮いていた。

姿勢を崩されたところに腕をくの字に曲げるように関節を決められ、投げ飛ばされたのである。

ぼすっ、と音をたてて鈴音は砂浜の上に転がった。

砂浜の上であったため鈴音の身体にダメージはない、もとより姐さんもダメージを与えようと思って投げたわけではないようだった。

「…合気術…か。」

砂浜から立ち上がり、鈴音は呟いた。

今鈴音が受けた技は高等な合気術の技である。

合気術の妙技は腕を接点にした崩しにある。

相手を崩した瞬間、力が入らない状態の時に関節を極め、相手が反射的に自分から投げられるように仕向ける技が多い。

鈴音も姿勢を崩された状態で肩関節を極められたことで相手に導かれるまま身体を動かし、投げられたのだ。

先ほどまで無敵を誇った少女が姐さんにあっさりと投げられたことで周囲の人間が驚きの表情を浮かべ、柄の悪い男たちの目には喜ばし気な表情が浮かぶ。

「ごめんね、こうでもしないと面子ってのが立たないから。」

「…分かってます。」

姐さんが立ち上がった鈴音にこそっとささやいた。

鈴音もそれを承知で頷く。

鈴音も何かあるとわかっていてわざと誘われるように右手を握りかえしたのだ。

今回、鈴音が重心を崩されたトリック──いや、技術は以下のようになる。

まず姐さんは差し出した右手を鈴音が掴む瞬間にほんの少し前に動かした。

その動かした手を追う様に鈴音が肩を少し引いて掴むと、姐さんは鈴音の動きに合わせて腕を少し捻り肩を押し上げて身体を浮かせる。

身体を浮かせたところで姐さんは右手を引いて鈴音の身体を引きこんで重心を崩し、膝から力を抜かせた。

これらの動作が一瞬で淀みなく行われたのである。

姐さんは男たちを率いて砂浜から引き上げるよう促す。

そして去り際に狂骨に対しても小さく礼を述べた。

「あんたも助かったよ、おかげであいつらを宥める面倒がなくなった。」

「いや、こっちこそ助かりましたよ。」

「ふふ、もうここはあたしらのもんじゃないからね、喧嘩沙汰起こすと大変なんだ。」

姐さんは最後に少しばかりさみしそうな口調でそう付け加えると、その場から去っていった。

男たちを率いるその背中はまさに女傑といった印象で、立派な箔がついていた。

狂骨はその背を見送った後、鈴音の方に向き直る。

「も~鈴音ちゃん、見ててひやひやしたんだから気を付けなよ。」

「すみません、狂骨さん…。」

「まぁいいや、そろそろ蟷螂坂が料理終わってるくらいだろうし、一旦戻ったほうが良いよ~。」

「それはたしかに…戻ったほうが良いですね。」

「でしょ~私も休憩時間が終わるまでに食べよう…って…。」

狂骨はそこまで言って目の前に広がる海よりも青く、顔を青ざめさせた。

そして腕時計を確認し、とっくに空になったラムネの瓶を思わず手から落とす。

「…狂骨さん、これは捨てておきますから…。」

「はい…戻ります…バイト…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーみーはひろいーなーおおきーなー…。」

狂骨は一人、夕焼けで朱に染まる海を眺めながら缶ビールを飲んでいた。

ようやく海の家のバイトを終え、皆が待っていてくれているはずだったパラソルの元に帰るとそこにはすでに誰もいなかった。

どうやら既に撤収してホテルに帰ったらしく、狂骨はパラソルが置かれていたであろう砂浜に残った跡をしばらく眺めた後、ふてくされるように砂浜を歩いていた。

すでに仕事着からいつもの黒スーツ姿に戻っている。

いくら夕暮れとはいえまだ暑さの残る夏には不似合いな格好であったが、狂骨にとってはこのスーツが体にすっかり馴染んでしまっていた。

「ちくしょー…私が何をしたっていうんだ…何をしたって…。」

一人さみしく呟くが、何をしたと言っても狂骨自身心当たりが多すぎて悲しくなってくる。

そんな行き場のない悲しみさえも包み込んでくれるような広大な海を眺めながら狂骨はまた砂浜を歩きだした。

しばらくすると砂浜は終わりを迎え、岩場に辿り着く。

波が岩にぶつかり、飛沫が飛ぶ様子やちょこちょこ動くヤドカリをしばらく無言で眺めていたところで不意に虚しさが募り、狂骨は缶ビールを煽った。

そして視界を岩場に戻すと、一人の少女が岩場にいることに気づく。

歳は中学生くらいであろうか。

おそらくは地元民であろう、褐色に焼けた肌に白いシャツと短パン姿という活動的な姿で、黒い髪を飾り気のないヘアゴムで二つ結びにしている。

ただ足にはいたビーチサンダルは他の服飾に比べて少し趣が違った。

少しばかり厚底で鼻緒の部分はレザーでできており、高級感漂うおしゃれなものであった。

海沿いではなく街中で履いても違和感のないようなサンダルである。

活動的な見た目とは裏腹にその少女の表情はおとなし気で、どこか暗い雰囲気を漂わせていた。

少女は一人のはずであったが、海を──いや、海にいる何かを眺めるように視線を向け、時折手を振ったりもしている。

今の海には船が出ておらず、誰かが泳いでいるような訳ではない。

まるで少女は目に見えない何かに対し手を振っているようであった。

「…。」

狂骨は少女の視線の先を眺めると、岩場の上に足を運び、濡れないよう気を付けながらそっと少女の背後まで歩いた。

そして少女の背中越しに海に向かって視線を向ける。

すると突如ぼちゃんと大きな音と共に海面が弾け、大きな飛沫が岩場に向かって上がる。

「きゃ!?」

少女が突然の水しぶきに顔を覆い、思わず後ろに向かって倒れそうになるが、それを咄嗟に狂骨が支えた。

「うぉっととと!危ない!」

「え!?あ…誰…!?」

いきなり現れた狂骨に対し、少女が目を丸くする。

狂骨は少女の背中から手を離すと軽く頭を下げた。

「あー、ごめんなさい、通りすがりの観光客です。」

「は…はぁ…。」

「いやー何かいるのかなって気になって後ろからつい覗いちゃってさ~、邪魔しちゃったならごめんね。」

「いや…その…なんでもないので…気にしないでください…えっと…。」

少女は狂骨を見て、小さく眉を顰める。

おそらく狂骨が男性か、女性か分からず、お兄さんともお姉さんとも言えずに困っているのだ。

狂骨はそんな様子に小さく笑みを浮かべながら助け舟を出す。

「私の名前は狂骨、ちょっと変な名前だけどよかったら覚えといて。」

「狂骨…さん、ですか…すみません…私…助けてもらったのに。」

「いいよいいよ!こっちこそびっくりさせてごめんね!」

気にしないでと慌てて手を振りながら狂骨が頭を下げる。

そして少女から海に向かって視線を変えた。

「いやーいい景色だね、ここ、お気に入りなの?」

「はい…そうですね…。」

「潮風が気持ちいいなぁ…ちょっと髪がべとつくけど。」

狂骨がさらりと風に揺れる髪をなでながら言うと、少女は小さく苦笑した。

それから数分、会話をするでもなく二人で海を眺める。

お互い何を話せばよいのかわからず、かといって離れるのも悪い気がすると黙り込んでしまったのだ。

気まずい沈黙の中、海鳥が鳴く声と波が岩を打つ音が響く。

しかし沈黙は不意に第三者によって破られた。

「いたいた!美船(みふね)ー!」

「!?(まもり)姉!!」

少女に向かって声を上げ、手を振りながら一人の女性が岩場を上って歩いてくる。

その女性に狂骨は見覚えがあった。

「あ!さっきの!」

「あら、さっきの…えっとお姉さんでいいのよね?」

守姉と呼ばれた女性、それは砂浜で男たちを取り仕切っていた姐さんで女性であった。

今は水着ではなく、鮮やかな赤地に微かに濃い赤のストライプが入ったスラックスに艶やかな光沢のある黒いカッターシャツ姿。

金の髪に、黒いシャツ、赤いスラックスと水着の時に負けないくらい派手である。

その手にはなにやら袋が一つ持たれていた。

「守姉、狂骨さんと知り合いなの…?」

「狂骨って…あぁ、貴女の名前なの、ちょっとお昼に顔見知りになったのよ。」

少女──美船と守に呼ばれた少女の問いかけに、守がそう答える。

「そうそう、だから今見掛けてびっくりしたんだ。」

「それで、狂骨はなんで美船と話してたんだい?」

「あははは、いや~一人でぶらついてたらかわいい子がいたから、つい声かけちゃって。」

「か、かわいい…!?」

「それはお目が高いけど、残念ながらうちのかわいい美船は渡せないわね~。」

「守姉!!」

「あらら残念、じゃあ潔くあきらめるよ。」

気さくに話しかける狂骨の会話に、守がノってくれた。

そして守は顔を真っ赤にさせる美船に目を向ける。

「あー…美船、そろそろ家に帰りなさい、お母さん待ってるみたいだから。」

「え…いや…いいよ、まだここにいるから。」

守の言葉に美船が表情を曇らせる。

守はその様子に困ったような表情を見せながらも言葉を続けた。

「今日、誕生日でしょ…お祝いしてくれるって言ってたから、帰ってあげなさい。」

「嘘だよ…そんな。」

「嘘じゃないって、だから帰ってあげな…」

「…。」

まだ納得がいかない様子の美船に、手に持っていた袋を差し出す。

「はいこれ、誕生日プレゼント。」

「守姉…!」

「ただし!これ開けるのは家に帰ってから!わかった?」

美船が表情を輝かせるが、続く言葉に眉をひそめる。

しかし贈り物を確認したいという気持ちが勝ったのか、しぶしぶと言った感じでうなずいた。

「分かった、帰るよ。」

「よし!明日は私がお祝いしてあげるから、またね美船。」

「うん、ありがとう守姉…、狂骨さんも、この町楽しんでいってね。」

美船は去り際、会話に置いて行かれていた狂骨にそう声をかけながら、歩きなれたのであろう岩場をすいすいと移動して砂浜に降りる。

その姿を見送りながら、守が狂骨に向かって声をかけた。

「ごめんね、なんか変なところに巻き込んで。」

「いやいや気にしないでよ、こっちこそお邪魔みたいで悪かったね。」

やや大げさに肩をすくめる狂骨に守が笑みを浮かべる。

そして海沿いの道路に視線を向けた。

海沿いの道路には今夜狂骨も利用する大きなリゾートホテルと、地元民が経営しているであろうよく言えば趣のある、悪く言えば古い民宿や旅館が並んでいた。

「貴女…狂骨はどこに泊まるの、今夜。」

「…答え辛いけど、あそこのリゾートホテルだよ、タダ券もらってきたんだ。」

「やっぱりそうか…。」

守は狂骨の言葉にさみし気な笑みを浮かべる。

「…よかったらだけど、食事くらいはホテルの中じゃなくて町の飯屋で食べて行ってよ、美味しさは保証するから。」

「割引してくれるなら喜んでいくよ、懐がさみしいもんで。」

「そりゃ難しいね~、でもホテルの料理よりは安く済むだろうさ、万が一にぼったくられたら私の名前だしてくれたらいいし。」

「守さん…でよかったよね、ありがとう覚えとくよ。」

狂骨の言葉に今度は守が大きく肩をすくめて言う。

守の言葉に笑って狂骨は礼を言いながら、小さく息を着いた。

「昼間、もうこの砂浜は自分たちだけのものじゃないって言ってたけど、あのリゾートのせい?」

「…まぁね、言いたかないけどあのリゾートが出来てから喧嘩沙汰でも起こそうものなら一発で警備員が飛んできてとっちめられるよ。」

「前までそうじゃなかった?」

「砂浜で喧嘩なんて日常茶飯事だったよ、それくらいで地元の警察がしゃしゃりでてくることなんてなかったさ、よっぽど度が過ぎなきゃね。」

どこか寂し気な目線を砂浜に向け、守は言った。

「それが当たり前なんだけどね、あたしらみたいな連中は住み辛くなったけど観光客自体は増えたし。」

ただ、と付け加えて守は言葉を続ける。

「最近の観光客はみんなあのリゾート目的で来るからね、この時期何年か前までは観光客で町の飲み屋はごった返してたんだけど、そんなこともなくなったよ。」

「それは大変だね…って、それぼったくるような店があるのが問題じゃない!」

「まぁその通りなんだけどね。」

狂骨のツッコミに守はやんちゃな笑みを浮かべながら頷いた。

その様子に少しばかり怪訝な表情を浮かべながら狂骨が小さく息を着いた。

「…ま、気が向いたら地元の店も覗いてみるよ、ただ私の連れ、ぼられたら君の名前出す前に手が出るような連中だからそこも覚えておいて。」

「それはそれは嬉しいね、私らとしてはそんな客の方が好みだよ、昔はそんなやつらばっか来たもんだ。」

狂骨の言葉に楽し気に守が笑う。

「いやー懐かしいよ、昔はそこの民宿に毎年どっかの空手やってるやつらが合宿に来ててさ。」

「それで…?」

「毎年うちの若い奴らと大喧嘩。」

「酷いねそれ!」

「そんなやつらばっかだったんだよ、それでも不思議と町は活気づいてた、なんでだろうね…。」

「…そりゃあ、まぁ、分からないけど。」

狂骨は守の話を聞き、少し考えるように腕を組んでから答えた。

「ここ、そんな人たちにとっては大切な居場所だったんじゃないかな。」

「…。」

「聞いた話ここは荒っぽくて乱暴な町だったみたいだけど、そういう場所を必要とする人たちが間違いなくいたんだよ。」

「そっか…。」

「一夏のたった数日だけ、ここの荒っぽさを楽しんで暴力とは無縁の日常に帰る、そして来年もまたこの場所を訪れる、そんな人がいたのかなって…。」

私なりの考えだけどね、と狂骨は最後に付け加えた。

狂骨の言葉に守は少し納得がいったのか、満足げに頷きながら小さく笑みを浮かべる。

「ありがとう狂骨、ごめんねなんか。」

「いいよ、所詮私は明後日にはここにいない旅行客なんだから、それにお話しできて楽しかったし。」

「ならよかった…じゃあお詫びにっと…。」

守はポケットから携帯を取り出し、なにやら画面を操作し始める。

「よければ連絡先教えてよ、あたしの口利きできる店教えとく、ちょっとサービスしとくように言っとくから。」

「ほんと!!いやー助かるよ!!」

守の言葉に狂骨は飛びつき、素早く携帯を取り出すと連絡先を交換。

それから間もなく数件の食事処の情報が携帯のメッセージ欄に届いた。

「ありがとう!なにかあったらまた連絡するよ。」

「ああ、じゃああたしは行くよ、この町楽しんでいってね。」

手を振り、守は岩場から去っていった。

狂骨はその姿を見送りつつ、どこか寂し気な民宿にも目線を向ける。

民宿前の駐車場はガラガラだった。

本来ならこの時期車がたくさん止まっていたのであろう。

どうしようもない世知辛さを感じながら、狂骨はすっかりぬるくなった缶ビールの残りを一気に飲み干す。

「…まっず。」

苦い顔をしながら、狂骨は一人呟いた。

 

 

 

 

 

 

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