帝都の鬼姉妹。 ふぉっくすらいふ!外伝   作:百合道いおりん

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26話 少女と過去と海坊主

 

 

 

 

 

「うっっっっっっま!!!」

海沿いのリゾートホテルから少し離れた、町にある食事処の一つ。

狂骨はそこで新鮮な魚介類が存分に使われた料理に舌鼓を打っていた。

古い外見の店だが、あわびやウニのような高級食材まで懐にやさしい値段で提供されている。

内装も年季の入った木製のカウンターやテーブルに、誰のか分からない有名人のサイン。

いつ貼られたものか分からない色あせたビールのポスターがまたたまらなかった。

カウンターの向こうに並べられた酒瓶の中に交じってよくわからない置物が置かれたりもしている。

ボトルシップにミニチュアの大漁旗、漁船のプラモデルに、タコの様なつるっとした頭をした謎の生物の置物があった。

そんな風に趣ある内装を楽しむ狂骨の前に置かれたのは、立派なスズキの塩焼き。

淡白な白身魚だが旬なだけあって脂がのっておりかなり旨い。

さっぱりした身を味わったあと、辛口の冷えた日本酒をのどに流し込む幸せがたまらなかった。

塩がしっかりと効いているのは汗をかく漁師のためだろうか。

一日中海の家の仕事をこなして汗をかいた狂骨にはその塩味がまた沁みる。

焼き加減もさすがは海に近い食事処なだけあり、完璧といっていい。

「まったく~みんなも来ればよかったのに。」

一人狂骨が愚痴をこぼす。

そう、狂骨は一人で食事に出ていた。

狂骨がリゾートホテルの一室に帰った時、すでに他のメンバーはリゾートの高級料理に目を奪われていて狂骨の誘いにのることはなかった。

化け猫と花鈴はそのまま高級な料理に興味津々、蟷螂坂はリゾートで提供される料理の調理法を盗むことに気合を入れていた。

ユリカはわざわざ外に出るのが面倒だからと断り、鈴音は食べ放題のビュッフェがあると聞くとまるで狩人のように目を光らせた。

鈴音の反応を見て、狂骨は鈴音一人にあのホテルの食材が食いつくされるのではないかと思ってしまう。

しかし今の狂骨の前にはホテルの料理にも劣らないはずのごちそうがどんどんと並んでいく。

カワハギの刺身、素揚げにされたキス、サザエのつぼ焼き、アワビの酒蒸し。

あらゆる夏が旬の食材に圧倒されながらも、お箸と酒が一向に止まらない。

全てを平らげた時には狂骨の顔はすっかりと赤くなり、お腹は膨れ上がっていた。

満足げに腹をさする狂骨に、店員のおばちゃんが気を利かせて熱い茶を淹れて持ってきてくれる。

狂骨は笑顔を浮かべながら茶の入った湯飲みを受け取り、ほっと一息ついた。

「あぁ~美味しかった!」

「そりゃよかったよ、あんた美味そうに食べてくれるもんだからこっちも出し甲斐があるってもんだ。」

「紹介されて来たけど、来てよかったです。」

「あら、誰の紹介だい?」

「守さんですよ、ここに住んでる。」

「あー、まーちゃんの!」

おばちゃんが声を上げた。

旧い馴染がある様子に狂骨が反応する

「守さん、付き合い長いんですか。」

「あの子が生まれたころから知ってるよ、昔はそれはもう荒れててねえ、大変な子だったのよ。」

「へぇ~そんな風には見えない…ってことはないですね、納得です。」

「まぁそう思うわよね。」

狂骨の反応に思わずおばちゃんが笑いながら同意する。

この感じだと少しばかり話を引き出せそうかな、と狂骨は酔った頭で思った。

昼にいろいろと事情を聞いたせいで、少しばかり彼女に興味を抱いていた。

「守さんってどういう人なんですか?」

「まぁこのあたりの顔役よ、お勉強できるから色々相談にものってるみたいね、分かってるかもしれないけどあのホテルができてからこの辺り大変だから。」

悩まし気におばちゃんが言う。

たしかにこの食事処もこれだけ美味い料理が格安で出てくるというのに、狂骨のほかには常連らしき地元の客がちらほら見える程度。

おそらくどこの食事処もそんな感じなのだろう。

「へぇ~守さんって頭いいんですか?」

「あの子何があったか中学生の頃に突然お勉強始めて、そのままタダで高校入って大学まで行っちゃったのよ…あれはびっくりしたわね。」

「それはすごいですね…うちにもお馬鹿…あんまり頭のよろしくない子がいるので勉強教えてあげて欲しいです。」

「え、あんた子持ちなの!?」

「いやいやいやちょっと預かってるだけですよ!それでもなんていうか、こっちの筋に入ったんですね。」

狂骨がすっと頬に線を引くように指を動かす。

俗にいうその筋の者を示すジェスチャーだった。

「まーちゃんはねぇ、私らみたいな人のこと考えてそっちの道に足入れたんだよ。」

「っていうと?」

「ちょうどここにあのホテルが建つってなってから、この辺りも一気に取り締まりが厳しくなってねえ、どんどんやってけないお店が増えたのよ。」

「その話は守さんからも少し聞きましたよ、昔はなんていうか…おおらかだったみたいですね!」

「そうそう、おかげであの人らも収入が減って、どんどんみかじめだのなんだの金をとってくるようになってさ、そこに来てくれたのがまーちゃんだ。」

「ふーむ…そこで守さんがこの辺りを持ち直させたって感じですか?」

「ああ、あの人らだって金をとる相手がいなくちゃどうしようもないだろ、だからって理由つけて少しでも金をとらないようにしてくれたり売り上げが上がるよう相談に乗ったり、おかげで助かってるよ。」

「流石にそういうのをなしにはできないんですね。」

「ここらは昔っからその筋の人らが強いとこだからどうしてもねぇ…ってだめね、こんな話遠くから来たお客さんにするもんじゃなかったわ。」

「気にしないでくださいよ~、聞いたのは私だし…そうだなぁ、もう一杯飲んだら変なことは忘れちゃうかも。」

「あっははは、面白いねえ、まーちゃんの友達なら一杯くらいまけといたげるわよ。」

そう言っておばちゃんはカウンターへ向かい、酒棚を眺めてどれを一杯奢ろうかと思案を始める。

狂骨はできるだけ良い酒が飲みたいななどと思いながらも、聞いた話の内容を思い返していた。

なんとなくだが、守が急に勉強を始めたのはあの美船と呼ばれた少女が関わっているような気がする。

そして狂骨が実は興味を抱いているのは守だけではなく、あの美船もであった。

美船が誰もいないはずの海を眺めていたことと、その視線の先にあった、いや、いたもの。

それが気になっているのである。

考えているうちにおばちゃんが コップ一杯の冷酒を入れて運んできてくれていた。

それを狂骨はありがたく受け取る。

そのとき、入り口のドアが開いて地元民らしき男が入ってきた。

男はなにやら少し興奮した様子であり、おばちゃんの姿を見るや否や声をかける。

「おばちゃん聞いたかい!?沖合の方で船が沈んでるって!」

「ええ!なんだってそりゃ…誰が乗ってたんだ!?」

突然の知らせにおばちゃんが驚いた表情を見せ、狂骨も会話の内容に聞き耳を立てる。

「それが分からねえんだよ、漁師連中はみんな海に出てねえし、もしかして密漁船じゃねえかって。」

「なんてこった…今頃大騒ぎだろうね。」

「もう警察に救急車に大騒ぎだよ!いったい誰がやらかしたんだあんなこと…。」

男は頭を抱えながら席に座り、とりあえずとビールを注文している。

その様子を視界の隅に収めながら狂骨は一気に冷酒を煽ると、おばちゃんにお勘定をお願いした。

「ごめんねおばちゃん、ちょっと心配だから宿の方に戻るよ。」

「いいよいいよ早く帰ってやんな、いっぱいたべてくれてありがとうね!」

金額は狂骨が今日稼いだバイト代で十分賄えるほどだった。

しかしたっぷりと飲んだはずの酒は、既にその効力を失い始めている。

心地よかったはずの酔いがまだアルコールを入れて間もないはずであるのに、すでに疎ましくさえ感じてしまっていた。

店を出て磯の香りが漂う夜風を浴びながら、狂骨は速足で海岸へ向かって足を動かした。

 

 

 

 

 

 

 

 

海岸は人でごったかえしていた。

飲み屋に来た男が言っていた通り救急隊員らしき姿に警官にカメラマンに記者らしき人間、そこに野次馬が集まって大騒ぎになっている。

警官が必死に抑えている野次馬の視線の先には、すでに沈んでしまったであろう船の先端部分が歪なオブジェのように海の上に浮かんでいる。

その様子を見ながら狂骨は自分の気配をさっと消し去った。

狂骨は妖怪である。

本来なら妖力を感知しない人間には見えない姿であるところ、あえてその身をさらしているのだ。

狂骨はその力を用いてあっさりと警官の目を盗み砂浜に足を踏み入れ、岩場に向かって歩みを進めた。

それは夕暮れ時に少女、美船がいた場所。

狂骨がここを訪れた理由、それは海難事故と聞いて嫌な予感を、妖怪の気配を感じたからだ。

夕暮れに狂骨はある妖怪の姿をここで目にしている。

美船が誰もいないはずの海に向かって手を振っていた先にいたもの、それは海坊主と呼ばれる妖怪であった。

海坊主と言えば海難事故を引き起こすことでも有名な妖怪だ。

彼女はそんな妖怪と仲が良さげであり、狂骨が彼女に興味を持ったのもそれが原因であった。

狂骨は岩場から海を見回すが、そこには妖力の気配はない。

無駄足だったかと狂骨は顔をしかめるが、海を眺めているとなにやら大きな何かが波に乗って岩場に流れて来た。

狂骨が夜目を効かせて流れてきたものを見つめる。

「…あれは!?」

それは人だった。

おそらく沈んだ船の残骸であろう大きな板の様なものにまるで誰かに乗せられたかのように寝かされた女の子。

さらに目を凝らしてみてみれば、それは狂骨の知っている顔であった。

「美船ちゃん…!」

夕暮れに出会った少女、美船であった。

狂骨は海の中に飛び込み、流されてきた彼女を引き上げて抱きかかえ、海岸沿いにいる救急隊員の元に向かって走る。

美船は気を失ってはいるが呼吸自体はしており、素人目で見た限りでは命に別状はないがそれでも油断はできない。

すでに姿を隠すことは止めていた。

救急隊員は封鎖されているはずの方向から突如現れた狂骨に驚くが、その腕に抱きかかえられた美船の姿を見ると血相を変えて近寄ってくる。

「き、君!その子は!」

「この子そこの岩場に流されてた!お願いします!」

「分かった、後はこっちで任せてくれ。」

救急隊員は迅速な対応で美船を引き取り、慎重に扱いながらも素早く今の状態をチェックしていく。

その様子を見て狂骨はほっと一息を着いたが、その肩を不意に誰かが掴んだ。

「お前!どうやって向こうに入り込んだ!」

「お、お巡りさん!?いやその…!」

「すまないが少し話を聞かせてもらう必要がありそうだ。」

「ちょ、待って!てかそれ手錠!?本物!?私何もしてない!!助けてー!!!!」

必死の叫びもむなしく、狂骨の手には手錠がかけられてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お世話になりました…おまわりさん。」

「おう…人助けは立派だが、もう酔っぱらってあんなマネするなよ…死んでもおかしくないんだから。」

「肝に銘じます…。」

船の沈没事故が起こった夜の翌朝、狂骨は警察署の前にいた。

一晩中待ち時間を挟みながら事情聴取に取り調べ、身分確認を行われ、大変な目に遭った。

どうにか身分証明と食事処のおばちゃんのアリバイ証言で自分が船の事故になんら関わりがないことを証明し、あの場にいたのは酔って封鎖を潜り抜けたからだと証言したことでお咎めのみで済んだ。

酔って海に入ったうえ、人命救助まで行ったことがどれだけ危険かと散々説教を受けた狂骨はぐったりとしている。

立地柄海に関する事故を起こす人間が多く見るが故の愛の説教であることは理解しながらも、実際に受けてみると想像以上に体力を消耗する。

酔った身であればなおさらだ。

「うぇ…スーツが磯臭い…ホテルに一度帰りたいけど…美船ちゃんも気になるからなぁ。」

海に入ったせいで海水まみれになったスーツの臭いをかぎ、狂骨は顔をしかめた。

狂骨は事件に関わりがあるのではないかという疑いが晴れた後、警官との会話の中で美船が運ばれた病院の名前を聞き出していた。

警察署からそう離れていないうえホテルに帰るまでの道筋の近くにあるため、寄って帰ろうと思ったのである。

狂骨はスーツのズボンから携帯を取り出すが、起動させようとしてもうんともすんともいわない。

海水に濡れてしまったせいで完全に壊れてしまっていた。

美船の件で守に連絡を取りたいが、簡単にはいかないらしい。

八咫総合事務所の面々とも連絡が取れていないままだ。

まぁ八咫総合事務所の面々は狂骨が帰らなかったところで朝まで飲んでいるだけだろうと何も思わないだろうが。

そう考えるとホテルに先に戻らなくてもよい気がしてきた。

「とりあえず美船ちゃんのところに顔出すかぁ…。」

そうして狂骨は病院へと足へ運ぶことを決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

病院は昨夜の事件の影響もあってかざわついている雰囲気があった。

ひっきりなしに看護師さんが目の前を行ったり来たりを繰り返し、警察関係者らしき人間の姿もそこかしこに見える。

狂骨はなるべく邪魔にならぬように動きながら受付へと向かい、事情を説明して美船が入院した病室を訪ねようとする。

そうして受付の看護師に声をかけたところで病院の入り口から誰かが一気に駆け寄ってくる、激しい足音が響いてきた。

「すみません病院内は走らないで──」

「どいて!!!」

看護師の嗜める声を一喝してこちらに向かってくる人間は狂骨にとって見知った姿であった。

ウェーブのかかった金髪のロングヘアに百七十センチを超える長身の女性。

守であった。

だがその服装は普段の派手な服装ではなく、シャツに短パンにサンダル履きというほとんど寝間着のまま慌てて出てきたという姿であった。

「美船の──昨晩運び込まれた岬美船の病室は!?」

守は息を切らせながら美船のフルネームであろう名前を出して受付に問う。

「え、あ…その貴女は…。」

「浜村守!!名前聞いてない!!?病室は!!?」

「あー…1〇5号室です、すぐにご案内いたしま──」

受付から答えを聞くや否や案内も待たずに守は病室へと向かう。

隣にいた狂骨にも一切気づいていない様子で目もくれずに守は美船の待つ1〇5号室へと向かった。

その後を狂骨は追う。

1〇5号室の前には警察関係者らしき人間が事情を聴くために集まっていたが、守は彼らを半ば突き飛ばす様におしのけて病室へと入って行った。

狂骨もしれっとした顔でその後に続き、病室の中に入る。

美船は上半身を起こした状態で寝台に寝ており、医者の付き添いの元、事情聴取を受けていた。

その表情は暗い。

当たり前だ、事情は分からないが海に流されるような事態に遭ったのである。

しかしその表情はショックを受けているというより、茫然自失と言えばよいか、空虚な表情をしていた。

「美船!」

「あ…守姉…。」

だが守の姿を見たとたん、美船の瞳に微かに光が灯ったように見えた。

守は美船の顔を見るとホッとしたように表情をやわらげ、寝台の横に膝まづくと美船の存在をたしかめるように頬をなで、それからぎゅっと抱きしめた。

「よかった…よかった…。」

「ごめんね…心配かけて。」

「何があったの美船!海に流されてたって…!」

「それは…。」

美船は守の言葉に目線を落とす。

そのまま美船は話さない。

沈黙が病室を包む中、一つ咳払いが響いた。

「ん、んん…浜村守さんですね。」

「ああ、そうだけど。」

沈黙を破って口を開いたのは事情聴取をしていた警察関係者だった。

守は美船をだきしめたまま視線も向けずに答える。

「岬美船さんが、目を覚ましてからまず話したのがあなたの連絡先だったんです…お母様はこの時間連絡がつかないと。」

「…それで?」

「その…美船さんなんですが、なぜあのようなことになったのか、覚えていないと言っていまして。」

「…そうなの美船…!?」

警官の言葉に守は美船から手を離すと、その目をジッと見ながら問いかける。

美船は向けられた守の視線から逃げるように顔を伏せると、こくりと頷いた。

その反応は明らかに何かを隠している様子であった。

「浜村守さん、あなたも少し事情聴取をうけていただきたい、彼女がこういった事件に遭うような心当たりがないか確かめたいのですが。」

「…話すことは何もないよ、すまないがこれから仕事なんだ。」

「え、ちょっと!?浜村さん!?」

美船の表情を見たとたん何かを察したのか、守の表情が穏やかなものから剣呑な雰囲気を纏ったものに変わる。

そして警官の話を突っぱねると立ち上がり、病室から足早に出ていってしまった。

警官が茫然としたまま病室の出入り口を眺めている隙に狂骨もささっと病室から出ていき、守の後を追い、背中から声をかける。

「あの~…守さん、おはようございます。」

守は狂骨に声に反応し、歩みを止めないままちらりと後ろを向いた。

まさか狂骨がいるとは思わなかったのだろう、少し目を見張りながら首をかしげる。

「あんた…なんでいるの?」

「昨日、岩場に流されてきたあの子を見つけたのが私だったんだよ、おかげで朝まで警察署だった。」

「そうだったのか…ありがとう、でもなんであんたが?」

少しばかり疑いを含んだようなまなざしが狂骨に向く。

警官と同じく事件の関係者ではないかと疑われているようだった。

「いや~昨日はお陰様で美味しくお酒が飲めてさ、酔っぱらって砂浜に忍び込んだら流れてくる美船ちゃんを見つけたんだよ。」

「…ああ、たしかにちょっと酒が臭うね、あんた。」

警官をごまかしたときと同じような話をすると、一応は納得したように守は頷く。

「まぁサツが見逃したってんなら、関わりはないってことか。」

「アリバイもばっちり、船が沈んでた頃に私はお酒飲んでたからね、おばちゃんが証言してくれて助かったよ。」

「でも、それだけで事件に関わりがないって断言はできないだろ?」

「一応身分証明とかしたんだよちゃんと!信じてよ!」

「それにしちゃあ随分と首を突っ込んでくるじゃないか。」

「そっちこそ、随分と疑ってくるみたいだけど、私についてなにか心当たりでも?」

「ないね、だがこれだけは分かる。」

会話を交わしながらも常に速足で歩いていた守が不意に歩みを止めて狂骨の方を向く。

その表情は病室を出た時と同じ、張り詰めたような剣呑が雰囲気が宿ったままだ。

「お前らは堅気じゃない。」

「…心外なことを言うね。」

「昨日砂浜で相撲とってたあの子も、あんたも普通じゃない。」

「筋者相手にビビらなかったからって?それは短慮が過ぎるんじゃない?」

「あたしがどんだけ荒れた連中の相手してきたと思ってんだ、ただのクソ度胸のある一般人とは思えないね。」

「…。」

「言えないだろ、狂骨、あんたが何者なんだって胸を張ってさ。」

真っすぐに、恐ろしいほどに真っすぐに守は狂骨を見据えていった。

狂骨もその視線から目を外さない。

外さないが答えられない。

それがある種の答えにもなっていた。

誤魔化しの言葉ならばいくらでも並べられる、それでも狂骨が何も言わなかったのはこの真っすぐな瞳にごまかしは無駄だと感じたのか。

それともその真っすぐさに敬意を表したのか。

分からない、分からないが狂骨は答えることができなかった。

それが答えだ。

「やっぱり、話せないんだね。」

「うん、話せないよ、君が言ったとおりだ。」

「ふっ、そうか…。」

狂骨の答えに少し守は安心したように微笑んだ。

そして踵を返し、狂骨に背を向ける。

背を向けながら、背中越しに狂骨に語り掛けた。

「ここで嘘をついてくれなくてよかったよ、狂骨、あんたは普通の人間じゃないが悪い奴ではなさそうだ。」

「疑いが晴れたなら良かったよ、それで、私をなんだと思ってたの?」

「まだ言えない、それをこれから確かめに行く。」

「…それ、やばいことする気じゃないの?」

「やばいだろうね、でも、美船が巻き込まれたなら止まれない。」

「そっか…じゃあ私が何しようにも止められそうにないね。」

「分かってるじゃないか。」

そう言って守は会話を終わらせるように歩きだす。

その行く先がどこかはわからない、しかし彼女が歩く先にあるのは間違いなく筋者のなかでも深い闇に覆われた場所だ。

「…ねぇ!」

狂骨はその背に語り掛ける。

歩みを止めない、止められないその背に語り掛ける。

「私がもし、正義の味方だって言ったら、信じる?」

不意に狂骨から飛び出した言葉に守は少し肩を震わせた。

どうやら笑っているらしい。

そうして歩みを止めないまま振り向くと楽し気な笑みを浮かべて答えた。

「信じてやるよ!正義の味方さん!ただ…」

守は大きなため息を着いて前を向いた。

「たとえそうでも、あたしは正義の味方に守られる資格はないね。」

 

 

 

 

 

 

 

守と会話を交わした後、狂骨はホテルに戻っていた。

朝帰りに磯臭い香りを漂わせて帰ってきた狂骨に皆が何事があったのかとざわめく。

「リーダー、何があったのよあんた。」

「ちょっと人命救助してたんだよ、ごめんだけど、私は今日は寝かせてもらうね。」

「人命救助って…リーダー、あんたまさか昨日の事故に関わってんじゃにゃいでしょうね。」

「まぁ直接的には関係ないよ、直接的にはね。」

「間接的には関係あるって言ってるようなもんじゃにゃいのそれ!!」

化け猫の言葉に狂骨はとぼけたような顔で肩をすくめると逃げるようにシャワールームへと駆け込んだ。

海水まみれのスーツをようやく脱ぎ捨て、潮にまみれた髪と身体を洗い流す。

心地よい温水の水滴が身体を打ち付ける中、狂骨は守との会話を思い出していた。

「正義の味方…か…。」

一人、呟く。

「柄にもないこと言っちゃったな、私。」

狂骨は人を護る、そのために八咫烏に所属し、活動している。

しかし自分でもなぜここにいるのか、分からない。

分からないがまるで何かに導かれるようにここに立っている。

はたしてそんな自分は正義の味方なのだろうか。

分からない。

分からないことだらけだ、自分は。

「…いけないな!弱気になってちゃ!」

ぱしん!と自分の頬を叩いて一喝する。

頼りはないが自分は八咫総合事務所のリーダーなのだ。

たとえ酒浸りで部下に雷を落とされ呆れられる仕事のしない自分でも、リーダーなのだ。

そんな自分が弱気になっていてはいけないと、強く拳を握って思う。

とにかく、守と美船、あの二人に関しては放っておけない。

美船がヤバい事件に巻き込まれたこと、守がその事件に一歩踏み込もうとしていることは明白だった。

今後どう動くか考えながらバスローブに身を包み、シャワールームから出るとそこには待ち構えた様に鈴音がいた。

「おわ!鈴音ちゃん!?」

「…狂骨さん。」

鈴音が真っすぐに狂骨の目を見据える。

「荒事なら歓迎です、何かあれば言ってください…。」

「…うん、ありがとう。」

礼を言って狂骨がベッドルームに足を踏み入れると、メンバー全員の視線が突き刺さった。

「リーダー、どうせ馬鹿やる気なんでしょ、付き合ってやるからなんかあったら話しなさい。」

「どうせ海も閉鎖されちゃったし暇してっからさ。」

「リーダー…僕も…手は空いてる。」

「みんな…。」

化け猫、花鈴、蟷螂坂がやる気満々だと狂骨に告げる。

そんな武闘派連中を見ながらユリカはため息を着いた。

「はぁ…荒くれどもめ…私は荒事は勘弁。」

「へぇ~、荒事じゃなけりゃ付き合うんだユリカ。」

「チッ…別に、私も暇だし付き合ってやるだけだから。」

「あはは!ありがとねユリカちゃん、助かるよ。」

悪態を言いながらもユリカも巻き込まれることに文句はないようだ。

そんな皆を見て狂骨は両手を握りしめて歓喜の表情を浮かべる。

「いや~!やっぱ私って慕われてるんだなぁ!」

「調子にのるにゃ!」

その頭を思い切り化け猫が引っぱたいた。

痛いよ~と言いながらも狂骨の顔に嬉しそうな笑顔が張り付いたままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

狂骨は睡眠をとった後、夕暮れになった頃合いを見計らって岩場を訪れていた。

美船が昨日海を眺めていた場所。

そこに立っていると目当ての存在がやってきてくれた。

「待ってたよ、海坊主。」

『…君は…妖怪みたいだね、あの子とは違って。』

妖力を察知した狂骨が海に向かって語り掛けると、海の中からまるでイルカのようなつるりとした頭につぶらな瞳をした存在が現れる。

一見すると海に棲む哺乳類のようだが、その身体には人間のように手足が生えており、妖怪であることは明白であった。

その身体も三メートルはあろうかという巨体である。

海坊主に属する妖怪の一種であった。

一口に海坊主と言っても様々な姿をした者がいるが、この海坊主は哺乳類に近い姿をしているようだ。

『あの子を引き上げてくれたのを見たよ、君がいてくれて助かった。』

「あらま…妖力は感じてなかったんだけどなぁ~悔しいね。」

『沖合から僕は見てたから、仕方ないよ。』

大げさに肩を落とす狂骨を海坊主が慰める。

慰めの言葉にありがとうと礼を言いながら、狂骨は岩場に座り込んだ。

『君は…何者なんだい?』

「名前は狂骨、私は八咫烏…退魔士だよ、妖怪だけどね。」

『そうか…僕を退治しに来たんだね。』

海坊主は覚悟を決めた様にそう言いだした。

しかし逃げるようなそぶりはなく、なにか退治されることを受け入れている様な雰囲気があった。

「やっぱり、昨夜の事件は君が?」

『うん、僕が沈めたよ、あの船を。』 

「どうして?」

狂骨の口調は穏やかなものだった。

妖怪退治をしにきた退魔士とは思えない口調に、海坊主が首をかしげる。

『君は…僕を退治しに来たんじゃないのかい?』

「その通り、私がまず聞きたいのは君が何故事件を起こしたか、そして──」

小さく間をおいて狂骨が海坊主に話す。

「美船とはどういう関係なの?」

『あの子は…。』

海坊主が言葉を濁らせる。

しかし意を決したように口を開いた。

『あの子のお父さんを、僕は殺したんだ。』

「君が…!?」

『うん、もう10年以上前だよ。』

そうして海坊主は美船との過去を話し始めた。

『僕が夜に泳いでたら、いちゃいけないはずの船を見つけたんだ。』

「いちゃいけないはずの船…?」

『うん、いけないことをしてる船があったんだ。』

「うーん、もしかして密漁ってやつ?」

『たしかそんなこと人間は言ってた気がする。』

海坊主は狂骨の言葉に心当たりがあったのか頷いた。

「それで、君は海坊主らしくその船を沈めた?」

海坊主と言えば巨体を用いて船を沈めることで有名な存在だ。

最早持って生まれた習性のようなものである、本能に近い。

『そうだよ、手あたり次第人間の船を沈めたら退治されるけど、いけない船なら沈めても退治されない。』

狂骨は海坊主の言葉を聞いて頷いた。

おそらくこの地域の海坊主たちはそうして人間と共存してきたのだろう。

実際に人間の世界でも妖怪にかこつけて危険な行為を戒めたり、抑止するような伝承が伝わっていることが多い。

だが今回のように実際に妖怪が関わっているということもあるということだ。

そういえば昨日訪れた食事処にタコみたいな頭をした生き物の置物があったが、もしかしたらあれは海坊主かもしれなかった。

調べればこの町に古い伝承として海坊主の話が残っているかもしれない。

「それで沈めた船が美船ちゃんのお父さんの船…だったの?」

『うん、しかもその船には美船ちゃんも乗ってたんだ。』

「え!?」

『後で聞いたんだけど、お母さんがでかけてて、誰も美船ちゃんの面倒を見る人がいなかったから仕方なく船に乗せたって。』

「うーん、たしかに密漁船を出すからって預ける訳にもいかないかー…っていやいやいや、嘘ついてでも誰かに預けるでしょ!」

『聞いたんだけど、預ける予定だった人が約束破ったんだって。』

「そういうことかぁ…ってまぁいっか、実際に美船ちゃんは船に乗ってたんだし…。」

変なところでツッコミをいれてしまったと狂骨は咳払いを一つして、話を仕切りなおす。

「それで君はどうしたの?」

『人間の子供が乗ってるなんて思わなくて、あの子だけは必死で助けたんだ…。』

「それからあの子と仲良くなったの?」

『うん、最初僕は謝りに行ったんだ、そしたら友達になってくれたらいいよって。』

「てことは10年来の付き合いなのか…。」

狂骨は意外な付き合いの流さに驚く。

「君と美船ちゃんのことは分かったよ海坊主、それで、昨日の夜は何があったの?」

『…昨日の夜、久しぶりにいけない船を見たんだ。』

海坊主は語り始める。

『でも僕は美船ちゃんのことがあったから、まず船の上をみたんだよ。』

「…。」

『そしたらそこに大人の人間が何人もいたんだ、でも、それだけじゃなかった…。』

「まさか…。」

『美船ちゃんがいたんだ、大人の人間に髪の毛引っ張られて、船の上を歩かされて…普通じゃなかった…!』

海坊主は思い出すことも嫌だという様に声を震わせ話す。

『僕、夢中で船にぶつかって、船を沈めた…溺れた美船ちゃんだけは助けて、砂浜に向かって流したんだ。』

「そこを私が助けたってことか…しかし、穏やかな話じゃないね…それは。」

話を聞く限り、どうやら美船は誘拐されていたようにしか感じない。

だが美船はそのことを覚えていないとして警察に証言していなかった。

明らかに彼女は今回の事件について覚えているはず、それでも話さないということは誰かを庇っているのか。

これ以上は分からない、海坊主から引き出した情報を武器に本人から引き出すしかないだろうか。

「話は分かったよ、ありがとう海坊主。」

『…僕を、退治しないの?』

「たしかに君は許されないことをしたけど、それならきっと私も同類だ、それに女の子を助けた正義の味方に口出しはできないよ。」

『…僕は正義の味方なんかじゃないよ。』

「そうでも思わないと人間と一緒に生きてけないって!とりあえず君のことは保留で!しばらくおとなしくしといた方が良いかもね。」

『ありがとう…何かあったら必ず助けるから。』

「ははっ、頼りにしてるよ。」

最後にそう言って狂骨は海坊主に手を振り、別れを告げた。

海坊主は水しぶきを上げて海に潜っていく。

かかりそうになる飛沫を狂骨は慌てて避け、これからやることを考えた。

しばらく考えたのち、どうにか守と接触しようと決める。

朝に病院でした会話からして、守は今回の事件が誘拐事件であることを察していたように感じる。

彼女はそのことを確かめるべく動くことに決めたようだった。

「あー、てことは筋者が関わってそうだなぁ…嫌だ嫌だ…。」

狂骨はため息を吐いた。

しかしその顔には楽し気な笑みが浮かんでいた。

「ウチのメンバーが喜ぶことになりそうだね…。」

 

 

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