帝都の鬼姉妹。 ふぉっくすらいふ!外伝   作:百合道いおりん

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29話 交錯

 

 

 

 

ツツジと、鹿角鈴宗が互いに向き合う。

鈴宗は視線をツツジから外さぬまま、巫女に向かって掌を向けるとゆっくり口を開いた。

「君たちは、下がりなさい。」

「…しかし!!」

「言い方が悪かったか…失せろ。」

「ッ!?」

鈴宗の言葉に巫女が反論しようとするが、有無を言わさぬ圧を籠めた鈴宗の言葉に巫女が身体を硬直させる。

その姿は知らぬ間に肉食獣の檻に迷い込んだ小動物の様であった。

獅子を前にした野ウサギが、獅子の機嫌を損ねてしまえばどうなるか。

結果は火を見るよりも明らかだ。

巫女は硬直した身体と、突如として湧き上がる恐怖の震えを必死に抑え込むように荒く呼吸を繰り返しながら、気を失った雷獣の元に向かう。

雷獣を抱え、巫女がその場を離れるまで、ツツジと鈴宗は無言で互いを見つめあっていた。

そして二人がその場から姿を消すと、鈴宗が再びゆっくりと口を開く。

「未熟と言えど、あの二人は八咫烏の構成員…その二人を霊剣さえ出さずにあしらうとは、流石だ…。」

「…。」

「…と言いたいところだが。」

微かに、鈴宗の眉がひそめられ、表情に険しさが浮かぶ。

「衰えたな、ツツジ。」

「はっ…言ってくれるね。」

「昔のお前なら、殺気を当てるまでもなく気づいていた。」

落胆を籠めた言葉を鈴宗はツツジに向かって放つが、ツツジはその言葉に微かに微笑んで見せた。

その笑みはまるで言葉に籠った負の思念をするりと受け流してしまうような、緩やかな笑みだった。

穏やかさに、一抹の憐みを含んだような、哀しい笑み。

「そりゃ違うね、私が衰えたんじゃない…てめぇが変わっちまったんだ、鈴宗。」

「…。」

「何人殺した?」

微笑みを浮かべたまま、ツツジは鈴宗にそう問いかけた。

その言葉に鈴宗の気が微かに揺らぐ。

ほんのわずかにだが、ツツジの言葉によって鈴宗の呼吸が乱れを見せたのだ。

「数を数えるのは…とうに止めた…。」

「そうかい…。」

「…変わったのは俺か?」

「ああ。」

ツツジはそう断言する。

「昔のてめぇは、人を殺すときに少しくらいの心の乱れはあったよ…今はそれが無ぇ。」

「…。」

「慣れすぎたな…。」

「そう…かもな。」

鈴宗が呟くようにそう言うと、沈黙が二人を包んだ。

二人だけが立つ路地に、ゆるやかな風が吹く。

鈴宗からツツジに向かって。

夏の熱気を孕んだ風が吹く。

互いに、間合いには入っていない。

いや、入らないどころか間合いよりもさらに数歩、遠い場所にいる。

それが互いに分かる。

不思議と分かってしまう。

呼吸か、足の置き場か、表情か、会話か、臭いか。

分からない。

それでもまだ間合いとは遠い場所にいる。

それだけは不思議と理解できた。

ツツジの顔には自然と笑みが浮かんでいた。

鈴宗の顔からも険しさが薄れ、無表情ながらも不思議と穏やかさが浮かんでいるようだった。

「昔より、少し遠くなったかい?」

「ああ…。」

「あの頃はもう二センチは近かった。」

「遠いな…。」

「ああ、遠い。」

互いの間合いの距離が、二十年前より二センチ離れていた。

二センチ。

長さにして親指の半分程の、わずかな距離。

だがその二センチが二人にとってはたまらなく遠い距離だった。

「懐かしいな、この感覚。」

「おう。」

鈴宗の言葉に、ツツジが頷く。

「ダメだな。」

「何がだい?」

「今日はお前を止めに来たんだ、ツツジ。」

「そうだったのかい…。」

「何故、八咫烏を…安倍晴明を探ろうとする?」

「…。」

「お前も分かっているはずだ、奴は俺やお前個人の力が及ぶ存在ではない。」

「けッ、ムカつくこと言いやがる…だが、私の目的はあのクソガキじゃねえ、お前だよ鈴宗。」

顔をしかめながらツツジが吐き捨てるように話し、鈴宗が眉をひそめる。

「俺を…?」

「”姫斬り”…鹿角の家にあった刀、覚えてんだろ?」

「…そういうことか。」

「ああ、てめえのかわいい孫娘とあたしはメル友なんだよ。」

にやりと少し得意げに笑うツツジを見て鈴宗は顔をしかめる。

「…俺も、話は聞いた、奴──晴明からな。」

「じゃあ…てめえは何も思わなかったのかい…?」

「…。」

「いくらなんでもおかしいだろ、お前…せっかく退魔士の世界から遠ざけた家族全員、結局こっちの世界に巻き込まれてやがる。」

ツツジの顔から笑みが消える。

同時に目線が鋭く、鈴宗の顔を真っすぐに捉えた。

鈴宗のその目線に真っ向から向き合い、答えた。

「…奴の思惑が関わっているとは、分かっている。」

「…。」

「だが、今の俺にはどうすることもできない。」

真っすぐに、あまりにも真っすぐにツツジに向き合いながら鈴宗は答えた。

晴明の思惑が関わっていることは明白だと。

彼が間接的に息子とその妻の殺害に関わり、孫娘をこちらの世界に巻き込んだことも。

そして鹿角家に秘められた妖刀、姫斬りが目覚めたことも。

全てを理解しながらも鈴宗はどうすることもできなかった。

それが答えだった。

「奴が俺を必要とした理由、それは安倍晴明が天皇として…いや、奴個人の目的を果たすうえで必要となった八咫烏という組織を作るためのコマだった。」

「それも、今となっちゃ必要はない…つまりお前はもうあいつから必要とはされてないということか。」

「ああ…それでも、俺を殺すには奴も相応のコマを犠牲にする必要がある…俺は半ば生かされているんだよ…奴にな。」

鈴宗の顔が強くゆがむ。

その肌にはひび割れのように深く強いしわがはしり、静かながらも屈辱による怒りが溢れ出す。

「それに…唯一残った肉親も、今は八咫烏に入っている…尚更どうすることもできん。」

「唯一、かい。」

「ああ…もう、唯一だろうツツジ?」

鈴宗の問いに、ツツジが口を歪ませた。

その表情でツツジの答えを察した鈴宗の表情から、怒りが消えた。

力の入っていたしわが薄くなり、微かに目が細まる。

その表情が示すものは、悲哀。

「逝ったか…花音(かのん)が。」

「少し前に、な。」

鈴宗の言葉に、ツツジが答える。

花音とは、鹿角花音。

鈴宗の妻であり、鈴音と花鈴の祖母にあたる女性の名であった。

「お前が一人戻ってきたと聞いて、分かってはいたんだ。」

「当たり前だ、私が花音から離れるものかよ。」

「最期にお前が…ツツジがいたなら花音も本望だったろう。」

「馬鹿言うんじゃねえよ。」

まっすぐに、鈴宗を見据えたツツジが言う。

その真っすぐとした目線から、鈴宗がほんの微かな時間、秒にも満たない絲の合間、目を逸らした。

「…。」

「今、詰められたなぁ…二センチ。」

物憂げな表情を見せながらツツジが言った。

二センチ。

過去に比べツツジと鈴宗の間にできた、僅かながらも大きい間合いの差。

「分かっている。」

鈴宗が頷く。

間違いなく鈴宗はツツジの言葉に動揺し、隙を晒した。

「何故、詰めなかった。」

「花音をダシに、お前をぶちのめそうだなんてできないよ。」

「…花音は、最期まで俺を待っていたか。」

「当然だろう、バカが。」

「…そうか。」

ツツジの言葉を聞き、鈴宗が大きく息を吐いた。

呼吸を晒す。

間合いの外でなければ決してしない行為である。

そうして鈴宗は身体の力を抜くと、ゆっくり口を開く。

「一つ、話しておく。」

「おう?」

「俺には一つ、奴に──晴明に仇名す可能性を持っている。」

「…なんだって?」

「姫斬りの目覚めと同時に、俺の刀も妙な気を放ち始めた。」

「お前の刀──あの大太刀か!?」

「ああ…銘もなく”鹿角の大太刀”と呼ばれていたがな。」

そう話しながら、鈴宗は静かに腰を落とした。

その動きを見てツツジも半ば無意識に腰を落としていた。

唐突な動きに疑問を挟むまでもなく、自然と身体が動いたのである。

これはもはや本能の様に沁みついた動きであった。

「あの大太刀が何かは俺も分からん…だが、唯一残された可能性はあの大太刀の力だ。」

「…なら一つ私もお前に言えることがある。」

「ぬぅ?」

「あの刀は、鈴鹿御前を討った人間の中の一人が持っていたモノさ。」

「なに…?」

「私も確信は持てん、ただ、あんたの孫娘は姫斬りに過去の記憶みたいなもんを見せられたらしくてね…あの太刀の話をしたらそう教えてくれたよ。」

「…。」

「あのクソガキへの反撃の狼煙になるかもしれないねぇ…。」

楽し気にツツジが笑う。

そして笑いながら腰を落とした鈴宗に対し、両手を腰の辺りまで上げて構えた。

鈴宗も、眼前に掌を上げて構える。

右掌を腰の辺りまで、頬の横に左掌を添える様に置いた。

「…いきなり構えるたぁ、どういうことだい?」

「俺は、一応お前を止めに来たと言っただろう、それなりのことはせんと言い訳が立たん。」

「へぇ…。」

「後三分だ。」

「三分?」

「それまでには八咫烏の増援か監視者が来るだろう、三分…俺とお前がやりあえばいい訳が立つくらいには手傷は負う、そこで終わりだ。」

「そうだねえ…ただ心配事があるなら一つ。」

ゆらり、と大気が揺れた。

ツツジの肉体から霊力が溢れ出す。

まるで大河をせき止めていた岩をのかしたかのように、激流の様な勢いで。

大気どころか地さえ揺らぐのではないかと錯覚するほどの、霊力の流れ。

「あたしは衰えてなんかいねえってことさ。」

もう七十に近い、ツツジの肉体。

肉体は衰えた。

七十とは思えないほどに逞しく、力強い肉体だが、それでも若き頃に比べれば衰えた。

だが、霊力は別であった。

激流のような霊力の流れに晒されながら、鈴宗は苦笑する。

初めて、鈴宗が笑った。

苦々しくも、恥じるように、楽しそうに、笑った。

「そのようだな…先ほどの言葉は取り消そう、霊力は衰えるどころか増しているとはな…。」

そう言いながらも、鈴宗は涼しい顔でその場で構えている。

ツツジの霊力に対し、河に置かれた一つの石の様に、流れを受け流している。

霊力がぶつかることなく、受け流されているのだ。

「はぁ…こりゃいけないねぇ…本気でやらねえといけないみたいだ。」

動と静。

綺麗に二つに分かたれた力の流れを感じ、ツツジが笑う。

互いに、武器を持ってはいない。

素手だ。

素手であるのだが。

まるで真剣を使った立ち合いの様な緊張感が、二人の間に満ち始める。

そして、互いに距離を詰めた。

一センチづつ。

合わせて二センチ。

互いの間合いを。

越えた。

 

 

擦過音。

 

 

衣と、衣が、擦れる音。

無音の路地裏に、それだけが四度響いた。

音が消えると同時にツツジと鈴宗の身体の位置が入れ替わる。

文字通り、瞬く間の出来事であった。

ツツジが正拳を二つと金的への鉄槌が一つ放ち、鈴宗がそれをすべて捌いたのだ。

左右の正拳を右肘と掌で撫でるように軌道を変えて避け、鉄槌をツツジの背後に回り込むように体捌きを用いて避ける。

鈴宗が背後にまわりこみつつ左の掌底をツツジの顔面に放つが、ツツジは首を傾け肩口を掌底に擦らせるようにギリギリの距離を保って避けた。

二人はそのまま身体を交差させ、距離をとって向き直る。

「当たんねえか、今のでよ。」

「捉えられたと思ったんだがな…。」

呟くように、二人が言う。

「「次は──」」

言葉が重なった。

同時に、ツツジが鈴宗に向かって踏み込む。

左正拳を突き出す──

「くぉ…!」

とみせかけ、放たれた左の前蹴りを鈴宗が首を振って避けた。

避けたが微かに鈴宗の左頬に赤い線が引かれる。

掠った。

まっさらな紙に赤いクレヨンを浅く擦ったかのように、鈴宗の白い肌に線が浮かんだ。

鈴宗が反撃の右拳をツツジの顎に向かって飛ばすが、ツツジは身体を僅かに沈めつつ下方から拳の甲を使って鈴宗の二の腕を打ち払い軌道を逸らす。

さらに意識が腕に行った瞬間を狙い、ツツジは鈴宗の足の甲を踏みつけた。

足の甲を踏み動きを封じつつ、右の正拳突きを鈴宗の腹に向かって放つ。

後退して避けることが出来ぬ鈴宗は左の突きをカウンターとして放った。

しかしツツジは思い切り肩を上げて顎をカバーしつつ、肘が上を向くほど腕を捻ることで鈴宗の拳を弾きその腹に拳を叩き込んだ。

鈴宗の手は僅かにツツジの顔を擦り、ツツジの拳は鈴宗の肋骨の上に突き刺さる。

「ぐ…ぅッ─!!」

鈴宗がくぐもった声を上げる。

明らかにツツジの拳が効いたことは理解できる、しかしツツジはそこですぐに追撃をしなかった。

いや、できなかった。

鈴宗の手が掠った程度だったはずがツツジが僅かに怯み、動きを止めたのだ。

ツツジが一瞬遅れて追撃の左拳を鈴宗のわき腹目掛けて放つが、鈴宗はその拳を肘を使って弾き、そこから腕を伸ばしてツツジの顔面を狙う。

その手は握られておらず、指先が伸ばされていた。

「チぃぃッ!?」

ツツジが後退して鈴宗の反撃を避ける。

鈴宗の指先が、ツツジの目の先一寸まで突き出されていた。

そのまま互いに一拍間をとる。

鈴宗は左の肋骨を庇うように左肘を構え、ツツジは右目を庇う様に拳を顔の横まで上げた。

ツツジの右の目じりから微かに血が流れている。

鈴宗は先ほど左の突きがツツジの顔を擦った際、咄嗟に親指を立てツツジの目を擦っていたのだ。

下手をすれば親指が額に当たり痛めるか、最悪の場合骨折をする。

しかし鈴宗はリスクを負いながらも目を狙い、結果としてツツジの追撃を防いだ。

ツツジの視界が半分、赤く染まる。

血脂が膜の様に眼球の表面に張り付き、不快感を感じさせ視界を悪くする。

一拍置き、今度は鈴宗が先に動く。

右のジャブを二つ、一つは拳で顎に、もう一つは指先を伸ばして目に向かって。

拳の間合いで二発目のジャブを見切ると目を打たれる。

ツツジは一発目を身体を反らし、二発目を寸でのところで間合いの差に気づき首を傾け指先を避けるが、微かに重心が揺らぐ。

その隙を狙い鈴宗が右足を上げた。

右の蹴りが来る、とツツジが左腕を上げるが鈴宗の蹴りは前蹴りでも横蹴りでも回し蹴りでもなく、踵を引っ掛けるようにツツジの右側面に放たれた。

掛け蹴り。

ツツジは右腕を上げていたおかげで蹴りをカバーすることはできたが、軽く状態が揺らぐ。

視界が悪いせいで反応が遅れた。

揺らいだところに鈴宗が蹴り足を前に降ろして踏み込み、右腕を伸ばしてツツジの奥襟を掴み、膝蹴りを放つ。

ツツジは膝を肘を畳んで防御し、やや体勢を崩しながらも鈴宗の左肋骨を狙おうと右拳を放つ。

しかし、そこで鈴宗の身体が目の前から消えた。

右手で奥襟を掴まれているはずなのに、不意に目の前から姿が消える。

消えた次の瞬間、ツツジは地面に向かって仰向けに倒されていた。

カニばさみ。

鈴宗は奥襟を掴みながら飛び、左右の足で挟み込みようにツツジの足を刈りつつ太ももを押し、地面に倒した。

ツツジはとっさに背中を丸めて後頭部を打たぬように庇う。

しかしその間にも鈴宗は動いていた。

カニばさみで使った両足をツツジの左足に絡め、太ももをロックしたまま足首を固め、ツツジの左ひざを捻ろうとする。

ヒールホールド。

ヒール──踵という名称でありながら、膝を破壊する足関節技だ。

自身の両足を絡めて相手の股関節と太ももを固め、更に脇で踵を固定しつつ身体を捻り、回転する力に弱い膝を破壊する。

格闘技の中でも禁止になっていることが多い危険な技だ。

パキリ、とツツジの左の膝が微かに悲鳴を上げる。

このままさらに捻られれば完全に膝が破壊されるが、ツツジは回転に合わせるように自身も身体を捻り、足を引き抜こうとするが上手く行かない。

それは靴だ。

裸足の格闘技であれば足首を引き抜けたかもしれないが、靴を履いているせいで引っ掛かりができ容易に引き抜けなくなっている。

ツツジは雷獣との戦闘では靴の爪先を上手く利用したが今は逆に靴を履いていることを利用されていた。

「くむぁッ!!」

ツツジはまだ鈴宗の動きに合わせて身体を捻ってはいるが、膝への負担が高まる。

しかし鈴宗もツツジをすぐに極めきるには至らなかった。

鈴宗が動きを変える。

脇に抱えていた足首を離し、身体を回転させ膝を逆方向に曲て関節を極める膝十字固めに移行しようした。

だが足首を解いた途端、待ちかねていたかのようにツツジの自由な右足が動いた。

「ぐ…!」

鈴宗が微かに声を上げる。

先ほどツツジが拳を放った左の肋骨。

そこをツツジが爪先で蹴ったのだ。

鈴宗が怯んだ隙にツツジは足を引き抜き、転げながら距離をとって立ち上がる。

「けッ…あぶねえあぶねえ…危うく松葉杖だ。」

ツツジは軽く左足で地面を踏み、膝の調子を確かめつつにやりと笑った。

鈴宗は不服そうに顔をしかめながら立ち上がり、やはり肘で肋骨を庇う様に構える。

「本気で極めにかかったんだがな…。」

「馬鹿、私があの程度で終わるかよ。」

「その通りだ、悪いな。」

そう言いつつ、またしても鈴宗が先に動いた。

右の拳を一瞬動かし、それをフェイントにツツジの先ほど痛めたはずの左膝目掛けて蹴りを放った。

だがツツジはその先を行く。

左膝を狙われることを読んでいたツツジはフェイントにかからず右足の裏で鈴宗の脛を蹴り、動きを制した。

さらにそこから鈴宗の脛を滑らせるように足を降ろし、足首を踏みつけるようにして痛めつけた。

そのまま左右の正拳を鈴宗の顔面目掛けて放つ。

鈴宗は右足を上げながら後退しつつ、右手でツツジの左右の突きをいなす。

そして左の突きをツツジの顔面目掛けて放つが、ツツジは前に踏み込みながら右肘突き上げてその突きを跳ね飛ばした。

鈴宗は懐に入り込もうとするツツジに右膝を繰り出すが、なんとツツジは跳ね上がる鈴宗の右足の腿に右拳を叩きつけ、強引に膝を止めた。

ツツジが鈴宗の懐に入り込む。

「そらッッ!!!!」

「ぐぬ──ッ!」

右肘を鳩尾に。

左拳を肝臓に。

鈴宗が距離をとろうと下がったため綺麗に入ることは無かったが、それでも二発、ツツジが鈴宗を捉えた。

そこから右の掌底を顎に突き上げ、鉄槌で金的を、左肘で顎を狙い、姿勢を低くして右肘を肋骨に。

鈴宗はその全てをどうにか防いだ。

しかし防ぎはしたが反撃に転ずることはできず、両腕で上半身を覆うことが精いっぱいだった。

その隙をツツジは逃さない。

ツツジは打撃技から一転、鈴宗の右足を捕り、強引に抱え上げて自ら倒れこむように前に向かって地面に叩きつけた。

「げふぁッ!!」

地面に背中から叩きつけられ、鈴宗が口から大きく空気を吐き出す。

アスファルトの地面に、二人分の体重を預けて落とされたのである。

鈴宗はとっさに身体を丸めつつ、半ば自分で飛ぶようにして上手くツツジの体重を逃しつつ倒れたために意識はあったが、まともに倒されていれば意識が飛ぶか、肩甲骨が折れてもおかしくなかった。

ツツジは先ほどのお返しとばかりに鈴宗の右足に両足を絡め、左わきで鈴宗の右足首を抱え込む。

ヒールホールドを極めにかかるがダメージを最小限に抑えた鈴宗の反応は素早かった。

関節が極まる前に鈴宗は革靴の踵を利用し、ツツジの顔面──ではなく、足首を抱えている肩口の辺りを思い切り蹴り飛ばした。

するとツツジの腕の力が一瞬抜けてしまい、その隙に鈴宗はあっさりと右足を引き抜き、立ち上がった。

「チッ!」

舌打ちをしながらツツジが立ち上げる。

肩口の辺りには所謂ツボがあり、そこを蹴られてしまうと腕の力が一瞬抜けてしまうのだ。

この逃げ方はある程度形になってしまうと難しいが、まだかかりが浅い時になら非常に有効な逃げ方である。

「無理に足を狙わなければよかったものを…変わらないなその負けず嫌いは。」

少し呆れた様に鈴宗が言う。

ツツジはすぐに関節を極めにかからずとも、寝技で優位なポジションをとりつつじっくり追い詰めることもできた。

しかしそれでもすぐに足関節を狙いに行ったのは、先ほど鈴宗にヒールホールドを狙われたせいであった。

呆れた表情を見せる鈴宗に、ツツジは顔をしかめながらも笑みを浮かべる。

「うるせえなぁ…負けず嫌いはお互い様だろうが、いい歳こいてガチで喧嘩しちまってんじゃねえか。」

「…それもそうか。」

「ああ、馬鹿同士かしこぶるんじゃねえよ。」

「そうだな…。」

「…もうそろそろいい時間だな。」

「ああ。」

三分。

最初に言っていた時間を過ぎようとしていた。

まだ周囲に別の気配を感じはしない。

しかしいつ不意に何者かが現れてもおかしくはない。

「次で距離取ったら終わりだねえ鈴宗。」

「ああ、残念だがな。」

「いつか決着はつけてやる、互いにことを成し遂げたらね。」

「望むところだ、次は真剣でな。」

「…。」

「…。」

右拳を脇に構え、ツツジがじわじわと距離を詰める。

あえて左の肋骨を空け、鈴宗が頬の横に拳を沿える。

誘いだった。

ツツジが左の肋骨を撃ちぬくか、それより速く鈴宗がツツジを撃ちぬくか。

 

 

 

 

二人の身体が交差した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鈴宗一人が立ち尽くす路地裏、そこにふわりと人影が一つ舞い降りる。

闇に溶け込むような黒いスーツに銀髪をなびかせた少女であった。

少女は猫の様に足音を立てずに鈴宗の背後に近寄り、静かに口を開いた。

「逃げた──いや、逃したの…?」

「…手傷は負わせた、しばらくはあいつも俺たちにちょっかいはかけないだろう。」

銀髪の少女の問いには答えず、鈴宗はただそう伝えた。

その言葉に少女は特に問い詰めるようなこともなく、小さく息をついて何も言わない。

「分かった、それならいい。」

「ああ、来てもらって悪いが…もう一人にしてくれると助かる。」

「…そう。」

少女は鈴宗の言葉にさして興味もなさげに答え、背を向けると僅かに肩を落とし、背中越しに鈴宗に声をかけた。

「救護班、必要なら呼ぶけど。」

「…いらん。」

吐き捨てるように鈴宗が少女に答えると、少女はそのまま闇に溶け込むように音もなく姿を消した。

それを感じ取ると、鈴宗は大きくせき込む。

「げふッ…くッ…ぁ…!」

そのせき込む口元からは微かに血が流れている。

そして顔から吹き出す脂汗を拭いながら左の肋骨を抑えた。

「隠しきれるものではないか…。」

肋骨が三本、完全に折れていた。

幸いにも肋骨が内臓に刺さるようなことにはなっていないが、触ると浅く拳の形に肋骨が陥没し歪んでいることが分かる。

「まぁいい…相応の代償はいただいたからな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チッ…あのクソジジイ…やりやがった。」

大通りに近い路地の裏。

そこまで逃げつつもツツジは自分の右肘を見て悪態をつく。

ツツジの右肘は毒々しい紫色に染まり、力なく垂れ下がっていた。

鈴宗が肋骨を犠牲にツツジの腕を折ったのである。

わざと空けられた鈴宗の肋骨目掛けて拳を放ち、それが当たりはしたものの鈴宗はなんと肋骨を砕かれながらもツツジの右腕を抱え、無理やりへし折ったのだ。

「まぁいい、あのジジイも肋骨ブチ折ってやったんだ…前線には出れねえだろう。」

痛みで荒くなる呼吸をどうにか抑えながら一人呟くように言う。

「精々その間にあの太刀とやらの力を目覚めさせてくればいいがねぇ…鈴宗よ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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