帝都の鬼姉妹。 ふぉっくすらいふ!外伝   作:百合道いおりん

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33話 文化祭、そして再会

 

帝京歴784年9月下旬。

鹿角鈴音は教室の席に座りながら、周囲を飛び交うやかましい声の中に身を置いていた。

黒板には"文化祭"という文字がでかでかと書かれており、クラスメイト達はそれについて激しく声を荒げている。

やれ屋台をやろう、いや劇がしたい、お化け屋敷がいい、休憩所で楽したいと様々な意見が耳に流れ込んできた。

どうやら文化祭で何をやるかについて意見が割れているらしく、まったく意見が纏まっていないようだ。

鈴音は特に要望もなく、力仕事になれば手伝おうと思いつつのんびりとクラスの喧騒に身を任している。

こういったやかましさは嫌いではない。

以前までは無駄な時間を過ごしていると不機嫌になることもあったが、今は家族のいる事務所を思い出すからか穏やかな気持ちでいられた。

しかしそれにしても議論──いや、議論とは呼べないただ好きに言葉を発しているだけの今の状況だと、決まるにはまだまだ時間がかかりそうだ。

花鈴も文化祭が近いこともあって生徒会の集まりに参加するため、一緒に帰れそうもない。

後5分もしたら帰らせてもらおうかと鈴音が考え始めた、その時だった。

『ぐぎゅう~~~』

大きく声が交わされる教室の中でも聞こえるほど、大きな腹の虫が声を上げた。

突然聞こえた腹の音に皆が驚き一瞬沈黙する中、ぽつりと小さな声が教室に響く。

「すまない…続けてくれ。」

腹の虫の主は鈴音であった。

議論に水を差したことに対し申し訳なさそうに鈴音が言うと、クラス全体がシーンと静まり返り、皆が顔を青くする。

鈴音はクラスの皆──いや、学校のほとんどの生徒から不良を締め上げる番長と勘違いされている。

そんな鈴音を長々と待たせた挙句に恥をかかせてしまったと、怯えているのだ。

もちろん鈴音自身は気にしていないどころか言葉通りクラスの皆に悪いことをしたと思っているのだが、そんなことが伝わるはずもない。

賑やかだったクラスは一転して沈黙に包まれ、お通夜の様な雰囲気になってしまう。

特に皆をまとめるはずのクラス委員らしき男子生徒は、黒板の前に立ちながらがちがちと歯を震わせていた。

しかしなにか覚悟を決めたのか必死に笑顔を作りながら鈴音に対し声をかけた。

「あ、あああああの…か、鹿角…さん!」

「え…なんだ?」

今にも失神しそうな形相で話しかけてくるクラス委員に流石の鈴音も少し困惑しながら返事をする。

「ひゃっ、ひゃの!鹿角様ッ…はぁ、どうるればよいと思ひましゅかぁ!?」

「え…?」

「ぜぜぜぜひ鹿角様の意見を伺いたくうううう!!!」

「とは言われてもな…。」

急に意見を求められて鈴音が困ったように眉をひそめると、クラス委員はより一層がちがちと歯を鳴らし始めた。

鈴音は何も議論に参加していないのだから意見を出すのは当然かと思い、考えているだけなのだが端から見れば不機嫌になったようにしか見えない。

表情の作り方さえも不器用な人間、それが鹿角鈴音であった。

そんな鈴音が小さな脳みそを懸命に動かして導き出した結論、それは──

「全部できないのか?」

「はい…?」

「いや、もうみんな好きにやりたいことやればいいんじゃないか…嫌なことやっても楽しくないだろ。」

あまりにも単純すぎる意見であった。

文化祭と言えば皆で一致団結し、チームワークで一人ではできない大きな規模のものを作り上げることが鉄板である。

それに反する様な鈴音の意見であったが、クラスメイト達はその言葉について真剣に考え始めた。

何しろ学校を統べる番長、鈴音の意見である。

しかし最初は無碍にしたら何をされるか分からないという恐怖からであったが、なんと鈴音の言葉によって次第に意見が纏まり始めた。

「タイムテーブルを作ってやればいけそうじゃないかな。」

「屋台やりたい人らは何人いるの?」

「お化け屋敷が厳しいな…代わりにホラー映像でも作るか。」

「あ!私は劇やりたかったけど映像作るなら役者したい!」

「映像流すならいっそポップコーンでも売るか!?」

先ほどまで衝突しあっていた意見が互いに妥協点を探しつつ、どうにか皆の希望を叶えられないかと議論するものへと変わったのだ。

「なんだ、意外と全部やれそうじゃないか。」

言ってみるもんだと鈴音が一人頷いていると、おどおどとおびえながらもクラス委員が鈴音の席まで近寄ってきた。

「あ、あの…鹿角さん、おかげで助かりました…ありがとうございます。」

「思い付きを言ってみただけだ、気にしないでくれ。」

そう言いながら鈴音は席を立つ。

「すまないが日課がある、お先に失礼させてもらうよ。」

「い、いえいえいえいえ!ここまでお付き合いさせて本当にすみませんでした!!」

「だから気にするな、それじゃ──」

「ちゃんと鹿角さんの時間も確保しておきますので!!」

「ああ、わかっ──は?」

クラス委員の言葉に適当に相槌を打っていた鈴音は思わずに目を見開いた。

「いや、私は──」

「鹿角さんがやりたいことできるように時間は作っておきます!!では気を付けてお帰りください!!」

「ま、待っ…」

鈴音に特にやりたいことはない、訂正しようとしてもクラス委員は皆をまとめる為にもう黒板の前へと戻っていた。

そのままその場の雰囲気に水を差すこともできず、鈴音はおとなしく教室を後にするしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ…ぅ…どうすれ…ばッ!」

鈴音は八咫総合事務所のオフィスで、文化祭のことで頭を悩ませていた。

スマートフォンの画面を開き、どうしたものかと頭を悩ませる。

「…おーい、鈴音ちゃーん。」

同じく事務所のオフィスにいた狂骨がそんな鈴音に声をかける。

「なん…ですっ…か狂骨…さん!」

「いやその、何してるの。」

「少しッ…調べもの…を!」

「いやいやいや!それ調べものする姿勢じゃないよね!!」

鈴音は左手の指を地面に突き立てながら逆立ちし、腕立てをしながら右手でスマートフォンを操作していた。

会話している間にも鈴音は一定のペースで腕を動かし、腕立てを続けている。

相変わらずあり得ない筋力であった。

「というかどうしたの急に、調べものなんてさ。」

「学園祭が…近く!…って…出し物…をどうしようか、と!。」

「出し物?学園祭って聞いたことあるけどそんなことするんだ、面白そうだね。」

狂骨が首を傾げる。

狂骨は妖怪だ、人間の学校生活を送ったことはなく学園祭がどういったものか知らないため、興味津々といった表情だ。

「普通はッ…劇や、出店を!やる…みたいですが…自分たち、はッ!」

「ふんふん…って話してるんだから腕立てやめようよ!」

力を籠めるたびにいちいち言葉がつっかかる鈴音に対し狂骨がツッコミを入れる。

鈴音もこれは失礼だと思ったのかゆっくりと足を降ろし、静かに両足で立った。

「いや、その…クラス全員の意見が合わなさ過ぎて、時間を分けてそれぞれ好きなことをやることにしたんです。」

「なにそれなにそれ!面白そうじゃない!どんなのやるの!?」

「本当に色々で…料理の試食会をしたり短い劇をしたり漫才したり…するみたいです。」

「へぇー、ソレで色々調べてたんだぁ。」

狂骨が頷く。

別に今の筋トレ姿だけで十分見る価値がある気はしたが、そこは一旦置いておいた。

「出し物で調べるとダンスや物真似、一発芸なんて出てきましたが…私にはとてもできないですし。」

「えー、でも鈴音ちゃん剣術できるんだし、何か斬ったらいいんじゃないの?椅子とか机とか。」

「いや学校のものなんて斬れないですよ…それに真剣なんて今は持ってません。」

「そこは大通しでずばぁー!っと!」

「できるわけないでしょう…!」

大通しは八咫烏の文字通り秘密兵器だ、そんなものを衆目に晒すなんてもってのほかだが狂骨はつまらなそうに唇を尖らせる。

近ごろはユリカに事務仕事を任せきりなせいで元から緩い性格がさらに緩くなっているように鈴音は感じた。

そんなユリカは今日もオフィスでパソコンの前に座り、淡々と事務作業をこなしている。

外は日が沈みかけているというのに仕事が終わらないらしい。

灰皿にはすでにタバコの山ができ、溢れてしまったのか吸い殻の何本かを空になったエナジードリンクの缶に突っ込んでいる。

鈴音はユリカにもアドバイスをもらおうかと思い視線を向けたが、仕事中だからと遠慮をし声をかけないようにした。

だが視線を向けたのに気づかれたのか、ユリカはキーボードから手を放し、マウスの横に置かれたタバコの箱を手にしながら鈴音の方を向いた。

「鈴音、私にアドバイスは期待しないでよ、高校とか保健室登校だったし。」

「あ…。」

鈴音は不味かったと顔を曇らせた。

ユリカは霊感が原因で周囲からイジメられ、一度命を失う事態にまでなっている。

皮肉にもイジメの原因になった霊感体質により妖怪染みた存在となって蘇ったが、今でも心に深い傷を負っているはずだ。

「…別に、気にしないでよ…昔の話だし、今は普通に働けてるだけでも奇跡みたいなもんだから。」

「すいません…。」

「だからいいって…まぁー、あれよ、その…自分が凄いと思ってないことでも案外驚かれたり、役に立つもんだから。」

「そう、ですか。」

「そんだけ、頑張りなよ。」

そう言ってユリカはタバコに火をつけ、100円ライターをポケットにしまい再びキーボードに手を置いた。

鈴音はユリカのアドバイスに小さく頭を下げて返し、その様子を見て狂骨はうんうんと頷いている。

「いいこと言うねえユリカちゃん、自分には気づかない特技があったりするもんだよ。」

「…狂骨サンは特技とかいいから仕事してくんない?」

「あー、えーー…ほら!適材適所ってあるから!私は現場で輝くタイプだし!?」

「本部に連絡いれてもいいんだけど、速攻リーダー首になると思うし。」

「ユリカ様!コーヒーでもお淹れいたしましょうか?」

狂骨が慌ててソファから立ち上がり、ミルク多め砂糖抜きというユリカの注文を聞くや否やキッチンへと小走りで向かう。

それでも仕事を変わったりはしないのだなと鈴音が呆れていると、事務所の玄関から騒がしい声が聞こえてきた。

「だーかーら!メイド服はクラシックなメイド服一択だっての!」

「にゃ~に言ってんだか花鈴、メイド喫茶といえばフリフリ可愛いメイド服に決まってんでしょうが!」

「それ化け猫が見たいだけじゃん!?」

「そりゃそうよイカれたJKしか周りにいにゃいんだからまともなJKのフリフリメイド服見せろ!」

「…イカれててすみませんね、化け猫さん。」

声を荒げながら玄関を開け、事務所に入ってきたのは化け猫と花鈴だ。

化け猫の言葉に鈴音がじろりと鋭い目線を向けると、化け猫は申し訳なさそうに身体を縮こませ目線を泳がせる。

「にゃッ…その…にゃははは…ごめんなさい鈴音ちゃん。」

「それで、一体何を話してたんです?」

「あー、すーちゃん、私のクラスが文化祭でメイド喫茶やるってのは知ってる?」

「いや、知らなかったが…それに化け猫さんがどう関わるんだ。」

「化け猫は客で来る気満々らしくてさ、私の意見も聞けにゃー!って衣装選びに着いて来たのよ。」

「その衣装選びで喧嘩してたのか…メイド服なんてみんな同じじゃないのか?」

鈴音が首を傾げると、花鈴と化け猫、二人の目がギラリと光輝いた。

「全然違うよすーちゃん!メイド服といえば主人の傍に身を置くにふさわしい、上品な長いスカートとシンプルなエプロン姿、これよ!」

「いやいやいやメイド服といえばやっぱり短いスカートでかわいいフリフリの飾りがたくさんついたアイドルみたいなのに決まってんでしょ!」

「はぁー!?そんなん邪道なんですけど!?」

「にゃにおう!?クラシカルだなんて言ってるけど古臭いだけじゃないの!?」

「…屋上行こうぜ、久々にキレちゃったよ。」

「私のセリフよそれ、どてっぱらぶち抜いてやるわ花鈴。」

「はいはいはい、花鈴も化け猫さんもそこまでに。」

二人の熱意には感心するが、熱くなりすぎているところに呆れながら鈴音が間に入る。

「…というかクラスの子にだって好みがあるだろうし、その…上品なのと可愛いのと?一つづつ選んでどっちか着てもらえればいいだろう。」

「でもーそれだと統一感がなくなっちゃうし…。」

「そうしなさい花鈴、楽しい文化祭なのに準備で喧嘩したら元も子もないだろう?会長にも迷惑がかかる。」

「はぁ~分かったよすーちゃん、そうする…それはそれとして、化け猫は屋上な。」

「おうよ、かかってきにゃさい!」

「だぁ~かぁ~ら、喧嘩は終わり!」

まだ喧嘩を続けようとする二人を鈴音がキツく睨みつけると流石に二人は矛を収め、渋々と言った様子でいつも通りゲーム機の方に向かった。

どうやら無駄な論争はゲームで決着を着ける気らしく、何やらぶつくさと言いながらテレビの前に二人で座り込んだ。

その様子にホッとしながらも鈴音は自分はどうしようかと考える。

鈴音には二人にとってゲームのような趣味は無く、身体を鍛えることしか頭にない。

その時、鈴音の学生カバンから音が鳴り響いた。

携帯の着信音である。

鈴音は慌ててカバンに入れっぱなしだった携帯を手に取り、相手の名前を見ると微かに目を見開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せいッ!!」

鈴音の左上段回し蹴りが真っすぐに飛ぶ。

回し蹴りというと名前の通り弧を描いて放たれる印象があるが、鈴音の蹴りは斜め下から一直線に最短距離で振りぬかれる蹴りだった。

その蹴りを右腕でしっかりと受け止める相手は老練の対魔師ツツジ。

先ほど鈴音が連絡を受けた相手はツツジであった。

彼女は鈴宗との戦いによって右肘を骨折したこともあり、鈴音と会うこともなく雲隠れしていたのだが骨折が治ったことで久方ぶりに連絡を取ったのだ。

そして今はもう人のいない夕暮れの公園でツツジのリハビリを兼ねた素手格闘の稽古を行っているところである。

「いってぇ…が──」

ツツジは鈴音の蹴りを受け止めたことで右腕が完治したことを実感しつつ前に踏み込み、鈴音の軸足に対して蹴りを放とうとした。

しかし鈴音がまだ左足が宙に浮いた状態で軸足を回し、カウンターの右正拳を放ったためツツジは軸足を蹴れずに頭を下げて正拳を回避。

互いに距離をとって向き合う。

「おいおい、怪我してた右腕を蹴り飛ばすなんざ、趣味が悪いねえ。」

「だってツツジさん…右腕狙おうとしたら嬉しそうにしてましたから。」

「バレてたか。」

「はい。」

手心のない鈴音の蹴りであったが、ツツジはその手心のなさを喜んでいるようであった。

ツツジが中段、鳩尾ほどの高さに両拳を上げ深く腰を落として構える。

鈴音は掌を緩く開いて上段、頬の当たりまで上げて軽く腰を落として構える。

間合いは二メートルほど離れており、一見して攻撃が届くような距離ではなさそうに見えた。

しかし、ツツジの身体がつるりと地面を滑る様にまっすぐ前に動き、瞬く間に間合いを詰めていた。

初動が見えなかった。

地面を蹴って動くのではなく、腰を落とした状態で身体を支える前足を上げ、支えをなくした身体が前に動くことを初動とし一気に踏み込んだのだ。

ツツジは身体が動く勢いを拳に乗せ正拳突きを三つ、鼻っ柱、顎、鳩尾に放つ。

鈴音は右掌でまず一発目の拳を流して避け、二発目は左肘で弾き飛ばす、最後の鳩尾の一撃も右肘を落として防御し、その場から僅かな体捌き以外ほぼ動くことなく三連撃を凌ぎきった。

鈴音が左掌底をツツジの顎に向かって放ち反撃に転ずる。

ツツジが頭を下げて掌底を避けるが、下げた頭に向って鈴音の右膝が飛んだ。。

咄嗟にツツジが両腕で顔面をカバーし防ぐものの、鈴音のパワーによって両腕の防御ごとツツジの頭が跳ね上がる。

跳ね上がった頭に鈴音が右肘を振るい、顎に直撃する寸前でぴたりと止める。

鈴音の肘が止まってからほんのわずかに遅れてツツジが後ろに飛び退るが、鈴音が止める気がなければ顎にキレイに肘が入っていたことは明白であった。

そのまま鈴音は攻撃を止め、距離をとりつつ互いに構えあう。

「…かぁーッ!年取ったねあたしも、二十にもならない娘に一本とられるたぁ!」

「鍛えてますから、死んでも後悔しない程度には。」

悔しがりながらも嬉しそうに笑うツツジに鈴音がそう答える。

答えながら鈴音が前に踏み込んだ。

対するツツジはゆっくりと拳を落としたまま、鈴音を迎え入れる様に立つ。

ツツジが最も稽古に多くの時間を割いた武術は後の先、所謂カウンターを主体とする剣術新陰流。

相手の攻撃を迎え入れて飲み込んでこそ真価を発揮する。

鈴音が真っすぐに踏み込み左掌底を顔面に──と見せて不意に頭を下げた、掌底をフェイントに足に組み付きに──否。

「しぃッ!!」

組み付くと見せかけて右腕を大きく振り、視界の外から右の掌底をツツジの顎めがけて放つ。

二重にしかけたフェイント、掌底を餌に組み付くと見せ上下に大きく動き、視界の外から打撃を放つ。

しかしツツジはそれを軽く下がって避けた。

鈴音が甘かったと顔をしかめる。

たしかにフェイントを交えた連携は上手く繋ぐことができた、が、冷静に下がられてしまうとフェイントが意味をなさない。

仮に左の掌底を打っていても、組み付きに行っても、避けられるかいなされていた。

ツツジは鈴音の動きに対して下がる、ただそうすればよかったのである。

しかし言うに易しやるに難し。

実際にそうできるものではない。

鈴音が上体を起こしながら右に身体を振り、斜めに体捌きを行いつつ左の掌底を突き出した。

ツツジは鈴音の動きに合わせ軽く左足を引き上体を反らせて掌底を避けつつ右の正拳を鈴音の脇腹に叩き込んだ。

「ッく…!!」

鈴音が微かに苦し気な声を上げる。

筋肉の薄い、肋骨付近を狙われた。

いかな鈴音とてカウンターで筋肉の薄い部分を狙われればダメージを受ける。

さらにツツジは左の鉤打ち──簡単に言えば左フックだ──を鈴音の顔面に放つ。

鈴音は左肩を上げつつ右掌で顔面をカバーし、顎を引いて左鉤打ちの衝撃に備える。

しかし──

「残念、こっちが本命だねぇ。」

こつん、と鈴音の後頭部に何かが軽く触れる感触。

ツツジの右拳であった。

ツツジは左の鉤打ちをフェイントにし、右の鉤打ちによって後頭部を狙っていたのだ。

そして鈴音はその連携にあっさりと引っかかってしまったのである。

「…勉強になりました。」

鈴音が防御の備えを解いて少しばかり悔し気に言う。

対照的にツツジは得意げに、そして少し安堵したように表情を緩める。

「ふぃ~、さすがに一本取られたままじゃたまらないからね、面目躍如ってとこだ。」

言いながらツツジは右腕を軽く回し、異常がないことを確かめる。

そして快調快調、と頷いて鈴音に笑いかけた。

「どうだいこのまま一杯飲んでいかないか、コーヒーでよけりゃね?」

 

 

 

 

 

 

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