帝都の鬼姉妹。 ふぉっくすらいふ!外伝   作:百合道いおりん

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34話 昔話

 

 

 

 

 

 

喫茶『黒猫』

レトロで古くこの店が建てられた時からそのままであろう意匠の扉を鈴音とツツジが開き、店内に入る。

木造で年季が入っていることは一目瞭然だが掃除は行き届いており、古くなった木材独特の匂いが良い雰囲気を醸し出している。

外からは小さく見えるが中はそこそこ広い。

大きな四人掛けのテーブル席が三つと二人掛けのテーブルが二つ。

あとはカウンターにいくつかの席が用意されていた。

ただそれら席に座りコーヒーを飲む客は一人もいなかった。

二人が店内に入るとカウンターの椅子に座って携帯機器を操作していた店長──マスターが顔を上げ、少し慌てた様子で席を立った。

「あー、いらっしゃい、お好きな席に…って、あんたか婆さん。」

「あぁん?客連れてきてやったんだから感謝しな。」

ツツジの顔を見るとマスターは砕けた口調で対応し、ツツジも同じ調子で答える。

どうやら見知った仲の様だ。

一度鈴音もツツジとここに訪れているが、その時はツツジがマスターと親しくしている様子はなかった。

あれから仲良くなったのだろうかと鈴音は疑問に思いながらツツジに促されてカウンターに座る。

「…ちょいとあってマスターとは仲良くなったのさ、あたしはコーヒーのビール割りで。」

「そんなもんねえよ…ここは普通のコーヒー屋だ。」

「ちぇっ、そんなんだから隣の茶店に客取られちまうんだよ。」

鈴音の心に浮かんだ疑問に答える様にツツジは言い、さらによくわからない注文をマスターに要求する。

マスターも呆れた様子ながらもツツジのこういった性格には慣れているらしい。

しかしコーヒーのビール割とは…と鈴音が首を傾げているとツツジがジロリと目線を向けた。

「あるんだよそういうカクテルが、結構美味いんだぞ。」

「いやカクテルって…お酒じゃないですか。」

「コーヒー入ってんだからあってもいいじゃねえか。」

年甲斐もなく唇を尖らせ子供のようなことを言うツツジに、マスターが溜息をつきながら肩をすくめる。

「いいわけねえって婆さん、で、君は何を飲む?」

「あ…じゃあ…普通のブレンドコーヒーをお願いします。」

鈴音が小さく頭を下げて注文するとマスターが頷き、豆の準備を始めた。

淀みない動作で豆をミルで挽き始めるマスターを眺めていると、ツツジが口を開く。

「…久々にジジイに会ったよ。」

「ジジイ?」

「あんたの爺さんだよ、会えるとは思ってたが、土産までもらっちまうとは思わなかったがね。」

そう言いながらツツジが折ったという右肘を鈴音に向けて突き出す。

「腕を折られたというのは、祖父がツツジさんの腕をということでしたか。」

「ああ、代わりにこっちも肋骨は折ってやったがね。」

けけけ、と楽し気に笑いながらツツジが言う。

その言葉に鈴音もどこか納得したというか、安心したようにうなずいた。

「そうですか…やはり祖父も強いんですね。」

「怖くなったかい?」

「いや、楽しみですね…私がその…こっちにいるということは祖父と相手することはないかもしれませんが。」

「そうだね、ま、私みたいなのと付き合ってても八咫烏にいりゃあジジイが鈴音とやりあうこたぁねえだろうよ。」

「…いいんですか、その名前を出しても。」

「いいんだよ、この店だったら。」

ツツジは黙々とコーヒーを淹れているマスターにちらりと視線を向け、笑う。

どうやらこの店も鈴音が身を置く退魔師の世界と関りがあるらしい。

「…一応ジジイから面白い話は聞けた、話してた鹿角の大太刀が妙な気配を見せるようになったんだとよ。」

「それが花鈴が姫斬りを目覚めさせたことと関係がある、と?」

「そこまでは分からん、が、可能性は高いだろうね。あとはあのジジイ次第さ、私も八咫烏の連中が会いに来るくらい目を付けられてるし、しばらくは大人しくしとくよ。」

「分かりました、最近はカマイタチの時の様に妙な任務もないですし、私も吉報を待ちます。」

「それでいい、若いもんは頭空っぽにして暴れてるくらいでいいんだよ…なんかジメったい話になっちまったね。」

ツツジがぐぐっと背伸びをしてまず体を解し、一息ついたところで鈴音に顔を向ける。

「あー、そうだ、いい機会だし話しておこうかね、ジジイのこと。」

その言葉に鈴音は小さく目を見開く。

家族の話は鈴音が以前に聞いてみたいとツツジに話していたことだ。

是非、と鈴音が頷くと同時にコーヒーを淹れたカップが二つ、それぞれの前に置かれた。

絶妙なタイミングだった。

偶然か故意かは分からない、しかしコーヒーは淹れたての香ばしい匂いをたてており、決して淹れてから時間の置いて出されたものではない。

これが計算されていたとしたらまさしく熟練の業である。

ツツジはコーヒーの香りに満足げに笑みを浮かべ、そっとカップを口に運ぶ。

鈴音も倣うようにカップから一口コーヒーを含んだ。

透き通るような苦みが口を満たし、不思議と心が落ち着いていく。

その心地よさに身を任せながらツツジはカップを置くと、ゆっくりと語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝京歴730年代──

今よりも少し不便で、今よりも少しおおらかだった時代。

その街の夜に暗闇はなかった。

原色のネオンが夜の街を派手に彩り、明滅を繰り返しその存在をアピールする看板が月の明るさを忘れさせるほどに輝いている。

居酒屋、バー、キャバレー、スナック、クラブ。

そのような店が大通りに立ち並び、少し脇の通りに入ればひっそりと隠れる様におでん屋の屋台の提灯が輝いている。

どこまでも光に包まれる不思議な夜。

道行く人々はみな顔を赤くしながら表情を緩ませており、その緩みに狙いを定める煽情的な格好をした男女があちらこちらに立っていた。

闇を跳ね返すように光り輝く街に呑まれるように人々も夜を忘れて活き活きと活動し、騒ぎ、踊り、飲み、時には狂っていた。

しかしそんな中で一人、特別人目を引く少女が大通りを歩いていた。

夜の街を独り歩く少女というだけで人目は引く、しかしまず目を引くのはその服装だった。

少女は上半身に素肌の上から革のライダースジャケットを身に着けたのみであり、下着も肌着も身に着けていない。

それでいて窮屈そうな胸は谷間がさらけ出される程にジッパーを下げており、一応は胸元がこれ以上開かぬようにシルバーのチェーンを通して留められている。

指には髑髏や蜘蛛、ヤギの頭を象ったシルバーの指輪がいくつも嵌められ、首にはツツジの花をモチーフにしたネックレスが巻かれていた。

下半身には太ももの付け根近くまで大胆に切り落としたデニムのホットパンツを履き、靴は黒いショートブーツ。

男女問わずその胸元、あるいは足に視線を向けてしまう。

そして少女の顔を確認し、ほとんどの人間がすぐに目を逸らした。

決してその顔が期待外れであったわけではない。

むしろ少女の顔立ちは十分に整っていた。

毛先が背中の半ばまで届くほど長い黒髪には癖が一切なく、輪郭に無駄な脂肪は一切ない。

やや褐色に近い肌の色は健康的な印象を持たせ、鼻はするりと綺麗に伸びており、綺麗な桜色の唇は褐色の肌によってより美しさを引き立てられている。

だが、問題は目だった。

どれだけ美しい存在であろうとも、その目に獰猛な光が見えたとしたら人はどう思うか。

獣だ。

少女を見て人々は思った。

獣が歩いている。

人の形をした獣が。

もう人がほとんど失った野生の勘、その残滓が彼女に触れてはいけないと告げている。

間違いなくそれは少女の姿をしているだけの、何かに飢えた獣であった。

その服装を見て抱いた艶やかな印象も、その瞳が全てを打ち消してしまう。

それほどまでに強烈な目をしていた。

だが、そんな彼女の目に気づかない人間もいる。

「なになに君、一人でどうしたの?寂しくない?」

「俺たちなら朝まで暇してるよ~?」

軽薄な笑みを浮かべた青年が四人、少女に声をかけた。

青年たちは手慣れた様子で少女の前に二人、斜め後ろに二人が陣取る。

取り囲むように場所をとり、少女を逃さないためだ。

手慣れた様子である。

青年たちはいずれも体格が良く、おそらくは運動部に所属している大学生であろう集団だった。

普通の少女ならこんな青年に囲まれてしまえばどうしようもないであろう。

いや、少女に限らず普通の男性であってもこのような状況に追い込まれてしまえばどうすることもできない。

おろおろと周囲に助けを求める様に目を泳がせ、誰も助けてくれぬことを悟るとただ相手の言うことに従うしかない。

だがこの少女は普通ではなかった。

屈強な青年に囲まれたにも関わらず少女は眉一つ動かさない。

それを青年たちは怯えて声も出せないとでも勘違いしたのだろうか、左斜め後ろにいた青年は少女の肩に手を回し、あろうことか少女の胸に手を伸ばした。

「…おい。」

そうなって初めて少女が声を出した。

目の前にいる青年に視線を向け、先ほどまで一切表情を変えなかった少女が笑みを浮かべる。

青年はその時になってようやく、目の前にいる少女が普通ではないことに気づいた。

少女が笑う。

桜色の唇が開き、ネオンの光を反射した白い歯がまるで刃物の様に煌めく。

獣が、牙を剥いた。

「あたしの乳は高ぇぜ。」

少女の肩に手を回していた青年の頭が、後ろに向って弾け飛んだ。

「は?」

少女の右斜め後ろにいた青年が、倒れていく青年を思わず目で追ってしまう。

そして倒れていく青年が地面に背を着けるまでの時間の間に、今度は右斜め後ろにいた青年の膝がガクンと下がり、ほぼ同時に顔面が破壊されていた。

「げぷぅ!?」

口から白い欠片──砕かれた歯の破片を吹き出しながら青年が地面へと倒れ伏す。

突然の事態に目の前にいた青年二人は動くことができなかった。

何をやったかすら理解が追い付かなかった。

それほどまでに少女の動きは迅く、正確で、容赦がなく、なにより自然だった。

まるで呼吸の様に自然に後ろにいた青年二人を倒したのだ。

少女はまず肩に手を回していた青年に向って左足を振り上げ、肩越しに人中──鼻と唇の間にある急所をブーツのつま先で蹴り飛ばした。

バレリーナや体操選手並みの柔軟性がないとできない技術である、青年からすれば蹴り足が見えてすらいなかったであろう。

そして蹴り足を地面に降りるや否や右斜め後ろにいた青年の膝を踏みつける様に蹴り潰し、膝が落ちた瞬間に肘を顔面に突き刺したのだった。

「てめッ──」

青年二人が少女が何をしたかに気づき声を上げたときに、もう少女は二人を片付けるために動いていた。

少女は左に向って回り込み、青年二人と自分の並びが一直線になるように動く。

複数人を相手にする時の基本だ。

「ありゃぁッ!」

少女の腹に向かって目の前の青年が足を蹴り上げる。

だが少女は蹴りが当たる寸前に軽く斜めに向かって足を運ぶだけでそれを避ける。

さらに青年の蹴り足が伸びきったタイミングに合わせ、軽く右手で踵をすくい上げた。

撫でたように柔らかい動きであったが、ただそれだけで青年は大きくバランスを崩し、危うく転びそうになって手を泳がせた。

そしてがら空きになった頭に向って、少女の踵が振り落とされた。

踵落とし。

ブーツの踵を鉄槌の様に振り下ろしたその一撃に青年が意識を失うことは当然であった。

残るは一人。

ただ一人残された青年は目の前の光景に信じられないと震えながらも、歯を食いしばって両手を上げて構えた。

どうやら少しばかりボクシングの心得があるらしい。

「へぇー、拳闘かい。」

少女はボクシングを拳闘と、古い呼び名で口にしながら相手をおちょくるように両手を上げ、ボクシングの様に構えて見せた。

その動きに相手の青年はカッとなった。

少女に向って踏み込み思い切りワンツーパンチを放とうとするが、そのパンチは少女が挑発によって誘った動きである。

ワン。

左のジャブが、上体を反らして避けようとした少女の顔──いや、鼻に浅く当たった。

当たったと言っても伸びきった拳の先端が触れただけである。

それでも当たりはしたのだ。

青年はその事実に勢いづき、思い切り拳を振りかぶり渾身の右ストレートを繰り出す。

ツー───

 

みちゅり

 

その音は、どう形容してよいものか。

ただ文字で表すならばそういう音になる。

青年の渾身のパンチは少女に対し威力を発揮できる最高のタイミングで当たっていた。

しかし、当たった個所が問題であった。

「あっ…あぁ!?あぁーッッ!!!!」

青年の悲鳴が響く。

青年の拳は少女の肘に当たり、骨が折れて手の甲から突き出ていた。

もちろん狙って肘に当てた訳ではない。

拳の軌道とタイミングを見切った少女が肘をカウンターで叩きつけ、砕いたのだ。

先ほどの音は折れた骨が肉を裂いて露になる音であった。

少女は自分の手を見て悲鳴を上げる青年にたいしつまらなそうに眉をひそめると、歩くように自然なリズムで右足を上げた。

「ほいさ。」

滑らかな弧を描く上段蹴りが青年の顎に向って放たれ、プツンと糸を切る様に青年の意識を断ち切った。

青年は膝を折り、その場にうずくまるように倒れ、そのまま動かなくなる。

かくして四人の青年たちは全員意識を失い、アスファルトの上に倒れ伏すこととなった。

その光景を見て少女は顔をしかめる。

「うーん…流石に片乳揉まれただけにしちゃあやりすぎたか。」

そんな言葉を発した段階になって周囲に一気に野次馬が押し寄せてきた。

あまりにも短時間で少女が四人を片付けてしまったため、野次馬が寄り付く時間さえなかったのである。

その野次馬たちも少女が目線を向けると、目を向けた先に割れ目ができた。

今やった所業を考えると当然である。

警察が来ないうちにさっさと立ち去ろうと少女が野次馬の割れ目の間を小走りに通り抜けるが、その先に一人の男が立っていた。

男は野次馬たちと違い少女が目を向けてもその場から動くことなく、まっすぐに少女の目を見つめ返す。

「げッ…!」

少女は男を見ると苦虫を噛み潰したような顔をした。

男は一見して細身で背の高い、長身痩躯の男だった。

黒いTシャツの上から黒いジャケットを羽織り、綿でできた黒いズボンと鈍く光沢を放つ黒い革靴を履いていた。

癖のついた男にしてはやや長い髪と、猛禽類の様に鋭い目は服装と同じように黒い。

ただその肌と唇は黒い服装とは対照的に透き通るように色素が薄い。

ネオンに照らされる肌は血管が透けるのではないかと思うほどに白く、唇は薄く塗った頬紅の様な淡い色合いをしていた。

顔立ちは非常に整っており、薄い肌も相まってまるでアンティークの人形がそのまま動いているかのような印象を思わせる。

ただ男の顔にはどこかまだ大人とは言い切れない幼さの名残が残っていた。

高い背とどこか人間離れした容姿が大人びて見えるだけで、よく見ればまだ少年と言ってよい年齢であるように思えた。

「…何をくだらんことをしている。」

呆れたような声で男──いや、少年が少女に向って言う。

少女は面倒そうに肩をすくめながらため息を吐く。

「掛け試しだよ掛け試し、いいだろ別に?」

「黙れ、あんな遊びを掛け試しだなどと言うな。」

掛け試し、とは簡単に言えば野試合のことである。

ある地方では互いに実力があると分かっていることを前提で腕試しに試合を挑む文化があり、それを掛け試しと呼ぶ。

つまるところ喧嘩ではあるのだが、あくまで両者が認め合った中で行うものだ。

間違っても少女がやったように治安の悪い場所を独り練り歩き、絡んできた輩を暇つぶしの様に壊して遊ぶようなものとはワケが違う。

「うっせえなぁ、いいじゃねえかよ鈴宗。」

「いいわけあるか…こんなくだらん遊びは二度とやるな、ツツジ。」

少年の名は鹿角鈴宗。

少女の名は山辺ツツジ。

これは今よりも少し不便で、今よりも少しおおらかだった時代。

その時代を生きた少年と少女のちょっとした昔話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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