帝都の鬼姉妹。 ふぉっくすらいふ!外伝   作:百合道いおりん

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35話 裏仕事

 

 

 

 

 

鈴宗とツツジは人目から逃れる様に大通りから離れ、雑多な屋台が並ぶ細い通りを提灯と店の明かりに照らされながらながら歩いていた。

ツツジは砂糖と醤油が焼けるこうばしい焼き鳥の匂いや、鶏ガラの出汁が効いたラーメンのスープの香りに鼻孔をくすぐられ、どこか一軒立ち寄りたい気分になるが鈴宗は黙々と通りを歩き続ける。

仕方なしにその隣を歩きながらツツジは鈴宗に声をかけた。

「で、お前はこんなとこで何してたんだ、鈴宗よぉ?」

ツツジがライダースのポケットからタバコを取り出し、シルバーのオイルライターで火を点けながら問う。

緑色のパッケージに金色の蝙蝠が描かれた銘柄のものであった。

「俺は仕事だ、まさかお前に会うとは思わなかったがな。」

鈴宗もズボンの尻ポケットからタバコを取り出し、ツツジとは違ってマッチで火を点けながら答えた。

こちらは白いパッケージに青い弓矢が描かれたシンプルなデザインの銘柄である。

山辺ツツジと鹿角鈴宗。

この二人は所謂幼馴染である。

互いに退魔師の家系に生まれ、歳が近かったこともあり自然とそういった関係になった。

幼い頃から人を脅かす妖怪に立ち向かい、陰ながら平和を維持するための修練を重ねてきた二人であったが、とある事情によりまず同じ仕事──任務を行うことはまずない。

鈴宗の仕事が特殊であったからだ。

そのことをツツジは重々に承知している。

故に鈴宗が仕事をするという話を聞いて爛々と目を輝かせた。

「マジ!?」

「ついてくるなよ…と言っても、もう遅いか。」

「おうよ!あたしから逃げ切れると思うなよ?」

「ただし、邪魔はするな…それが条件だ。」

上機嫌になるツツジを見た鈴宗はダダをこねられる前に同行することを承諾し、最後に一言付け加える。

その言葉にツツジはにんまりと笑みを浮かべた。

「それ、お前が殺されるって時にも邪魔しちゃいけねぇのかい?」

「当然──」

パァン。

鈴宗が答える途中、突如として大気が弾ける音が鳴り響いた。

突如としてツツジが鈴宗の顔面に裏拳を放ったのである。

ただ鈴宗は一切動じることなく裏拳を掌で受け止め、ツツジは放った拳越しに鈴宗を睨みつける。

ツツジはくわえていたタバコを地面に落としながら歪んだ笑みを浮かべた。

「当然だぁ?あたしはそうなったら手を出すぜ、てめぇのプライドなんか知ったこっちゃねえ。」

拳を引きながら、ツツジはそう言った。

「おっと間違えるなよ、お前の心配してんじゃねえんだ。」

「…分かっている。」

吐き捨てるように鈴宗は言う。

その言葉を聞いたツツジは目線を外し、そして互いに目を合わさぬまま道を歩き続けた。

しばらく歩いた先にたどり着いたのは大通りから少し離れたところにある小さなビルだった。

ビルの入り口には小さな看板が備え付けられており、そこには『(有)霊法会』という文字が書かれていた。

どうやら目的の場所はここらしい。

「なんだこの胡散臭え会社は。」

「…去年できた会社だ、お前が思う通り表向きはお札やら御神水やらを売ってる胡散臭い会社だ。」

「でもよ、お前が仕事に来たってこたぁ…。」

「ああ、本物だこいつら。」

楽し気に笑みを浮かべるツツジの問いに、無表情のまま鈴宗が頷いた。

ビルの扉を開け、階段を上った先にあるオフィスの扉に鈴宗は手をかけるとノックもなしに開いた。

扉の先には普通の会社とそう変わらないようなオフィスが広がっていた。

作業机が置かれ、壁際には書類がまとめられたファイルが並ぶ書庫がいくつか並んでいる。

社名が入った段ボール箱もあちらこちらに置かれており、奥には扉が一つ、あとは背広姿の社員が三人いた。

男性が二人に女性が一人。

その内の男性一人、眼鏡をかけた男が急な来客である鈴宗に対し訝し気な目を向けながらも対応を始めた。

「あの、どちら様でしょうか?」

「社長に用がある、どこにいるんだ?」

「いやあの、要件を──」

「鹿角が来たと伝えてくれ。」

「は、はぁ…。」

眼鏡の男は首を傾げながらも奥の扉へと向かい、扉を小さく開けて中に向って声をかけると話がついたのかすぐに戻ってきた。

「鹿角様、社長がお会いするとのことです、どうぞおはいり下さい。」

眼鏡の男はオフィスへと鈴宗とツツジを招き入れ、その先に社長がいるであろう奥の扉まで案内する。

招かれるままに二人が扉をくぐった先には先ほどのオフィスとは異なり、いかにも、な雰囲気が漂う空間になっていた。

壁には掛け軸やお札が貼られ、書類が入っているであろう棚の上には狐や龍、虎の様に強い力を持つと呼ばれる生き物の像や数珠が飾られている。

棚や机に壁紙も帝都風ではなく京都風の意匠が施されているものが選ばれていた。

あまりにも胡散臭い空間だ。

似非の霊媒師がとりあえずそれらしいものを並べてそれらしく演出したようにしか見えない。

もし京都の首都でこんなものを見せようものなら"えらい素敵な部屋やねぇ、ウチには真似できまへんわ"と嘲笑されて相手にされないであろう。

「へぇー…。」

部屋を見まわしながら鈴宗の後ろにいるツツジがいくつかの意匠を見て声を漏らす。

鈴宗も声には出さないが室内の様子を一通り確認し、そのうえで社長である人物に話しかけた。

「突然来てすまない、俺が鹿角だ。」

「いえいえ、相手があの鹿角の人間ならばお会いしない訳にはいかないでしょう。」

霊法社の社長はまだ年齢が三十代前半であろう、中肉中背の男性であった。

服装は背広姿であった社員たちとは違い白い着物に紫色の袴を履いた、例えば神主のような神職を連想させる服装をしている。

顔立ちはさして特徴的ば部分はなく、よく言えば親しみやすい、悪く言えば無個性な顔をしていた。

だが鈴宗をにこやかに迎えるその口ぶりと笑みに隙が無い。

「後ろの女性も鹿角の?」

「単なる同業者だ、気にしないでくれ。」

「そうでしたか、で、本日は何故急に来られたのですか?」

「分かっているだろう、普段お前らがやっていることについてだ…。」

鈴宗の言葉に対し、社長は大きな笑みを浮かべた。

「はて、我々はただ妖怪退治を生業にさせていただいているだけですが、それが何か?」

「そうだな、それ自体は問題がない、俺たちとて退魔師だからな。」

社長の言葉に鈴宗が答える。

そう、この会社は胡散臭い見た目を隠れ蓑にしているだけの、本物の霊力を持った人間により経営されている会社だった。

ツツジや鈴宗が所属している大きな退魔師組織に属してはいない、個人の退魔師ということになる。

「…だが、お前らはやりすぎた。」

「……ほぉ?」

鈴宗がそう言うと、社長の顔が一瞬ぴしりと石のように固まった。

「全部調べはついている、付喪神によるポルターガイスト被害の鎮圧、土地開発で住処を追われ暴れていた河童の退治、こういった事例なら俺たちが関与はしない…。」

「…。」

「だがその後、人間に危害を加えていなかった付近の付喪神や同属の河童も皆殺しにしたな?」

「えぇ、しましたよ。」

社長が笑みを崩さぬままに頷く。

その答えに後ろにいたツツジがピュウと口笛を吹き、鈴宗は話を続けた。

「他にも保護対象のカマイタチを数体殺し、猫又や垢なめ、ぬりかべのような攻撃的ではない妖怪を多数殺傷…間違いないか?」

「はい、それがなにか?」

社長は笑顔を崩さず、いや、より笑みを強くしながら楽し気に肯定し、鈴宗に逆に問いかけた。

「あれは妖怪ですよ、人にとって存在してはいけないものです。」

「違う、彼らもまた生物で人と共存するべきものだ。」

「何故です?」

「お前…。」

「いらないんですよ、これから人間の科学技術は発達し奴らは生活の中から排除されていくでしょう、共存?その果てになにがありますか?」

「…。」

「奴らと共存したところ繁栄などありません、"妖殺し"と呼ばれた鹿角の人間なら理解してくれると思いましたが…。」

「馬鹿が…。」

鈴宗は吐き捨てる様に言う。

「貴様の望むその先にあるのは滅びだ、貴様が殺していい気になっている妖怪とは比べ物にならん存在がいくらいると思っている。」

「それがどうしました?古臭い信仰にまみれた京都ならいざ知らず、ここ帝都では奴らの勢いも衰えています、勝てるんですよ人間は!!」

「馬鹿な妄言を──」

「はいはいはい、いつまでくっちゃべってんだよお前らはよぉ!」

問答を続ける鈴宗と社長を眺めていたツツジが苛立ちを隠さぬ声をあげた。

そして呆れたように肩をすくめ、びしっと社長に向かって人差し指を立てた。

「ようはこいつをぶっ潰して"私は雑魚でございました、貴方様の言う通りでございます"って言わせりゃいいんだろうが、無駄な話してんじゃねえよ。」

「ツツジ…茶々を入れるんじゃない。」

「いやぁ、元気なお嬢さんですねぇ…しかし残念だ"妖殺しの鹿角"でしたら諸手を上げて歓迎したというのに──」

社長がスッと目線を上げ、落ち込んだように俯く。

 

「"人斬り鹿角"が来たなら仕方ないですね。」

 

宙に一つ、黒い影が飛んだ。

影は銃弾のような勢いで真っすぐに空気を貫き、ツツジの顔面目掛けて走った。

「おぉ!」

ツツジは軽く首を傾け、顔面に向ってきた影を避けた。

黒い影はそのまま宙を走り、壁へと突き刺さった。

それにわずかに遅れて影が二つ、鈴宗の顔面と腹に向って飛んだ。

鈴宗は影の一つをツツジと同じように首を動かして避け、腹に向ってきた一つは影が宙にあるうちに左手で掴み、止めて見せた。

その手に握られたものは先が尖った棒状の黒い金属。

棒手裏剣と呼ばれる手裏剣の一種であった。

「きぇぇえええええええ!!!!」

室内に甲高い猿のような叫び声が響く。

社長が両手を上段に構え、机を乗り越え踏み台にしながら鈴宗に向って飛び掛かる。

突如二人に向って飛来した黒い影、手裏剣を投げたのは社長だ。

荒事になることを察した途端、着物の袖口に仕込んでいた手裏剣を不意打ちに投げ、その隙を狙おうとしたのであろう。

上段に構えた両手から霊力によって形作られる光の刃、霊剣が発現した。

だが鈴宗は飛び掛かってきた社長に対し、掴み取った棒手裏剣を右肩目掛けて投げ返した。

「くッ!?」

社長は咄嗟に霊剣で右肩を庇い、手裏剣を弾き飛ばす。

その動きにより出鼻をくじかれ社長の初手が遅れた。

飛び掛かりながら一拍子に鈴宗を斬るつもりが、半ば着地しながら斬るような二拍子の動きになってしまう。

動きに二つも拍子があれば、鈴宗にとってその動きを見切ることは容易い。

振り下ろされる霊剣に対し、斜めに踏み込みながら刀身を肩で撫でる様に身体を回転させ、軌道を逸らしながら回避。

同時に振り向きざま足を振り上げ、社長の頭部に強烈な後ろ回し蹴りを叩き込んだ。

「ぐぶぅッ!?」

社長はカウンターの蹴りを喰らい、地面をごろごろと派手に転がっていく。

そのまま壁際まで転がると装飾品が飾られている棚にぶつかり、がちゃがちゃと陶器や金属がぶつかる音を響かせた。

社長は棚にぶつかって数秒、そのまま気絶したかの様に動かなかったが、鈴宗は動く素振りを見せない。

そのことに社長は気づくとまるで何事もなかったかのように動きだし、すくっと立ち上がった。

「やれやれ…不意打ちで後ろのお嬢さんを狙ったうえで貴方を狙えば、少なくとも体勢を崩すことはできると思ったんですがねえ。」

「あの程度の不意打ちで死んでくれる奴ならここに連れて来ん…そして今度は死んだふりか。」

「バレてましたか。」

「バレバレだ、後ろの壁に貼られた札を含めてな。」

鈴宗の言葉に微かに社長に動揺が奔った。

社長は不意打ちが失敗した後に二つの策を講じていた。

まずは気絶したフリまたしても不意打ちを狙う手。

派手に地面を転がったのは鈴宗の蹴りがまともに当たったからではなく、半分は自ら飛んで転がることで威力を殺したためだ。

そして次に狙っていたのが部屋に飾り付けられた胡散臭い意匠を使うこと。

それらはほとんどがそれらしき雰囲気を作ったようにみせかけたものだが、何の効果もないお札に紛れて霊力の込められた呪符がいくつか貼られていたのだ。

ツツジが部屋に入った際に室内を見て、いくつかの意匠に注目し声を漏らしたのはそのせいである。

もちろん鈴宗も室内をそれとなく確認した際に気づいていた。

仕組んでいた罠に気づかれていたことに社長が微かに口を固く結び、動揺した素振りを見せる。

しかしその表情にはどこかまだ余裕があることをツツジと鈴宗は感じ取っていた。

ツツジはチラッと閉じられた社長室の扉に視線を向け、呆れたように溜息をつく。

「あー、あのさぁ社長さん…あんまそういう顔しない方がいいぜ。」

「……。」

ツツジの言葉に社長は返事をしなかった。

無駄に言葉を交わしては自分の意図を読まれて危険だと察したのであろう。

しかしまた微かに社長の唇が力み、形を変える。

ツツジの言葉に動揺しているのだ。

「鈴宗、おこぼれくらい喰ってもいいよな?」

ツツジが扉の前にスッと移動し、右掌を胸の高さまで上げて軽く構えながら問いかける。

「…好きにしろ。」

「おッ──けぇい!!!」

鈴宗が返答するとほぼ同時にツツジが右足を大きく前に踏み出し、身体全体をぶつけるような勢いで前進しながら掌底突きを扉に叩き込む。

扉の固定具が弾け、枠から外れて大きく吹き飛ぶと社員の一人にぶつかり、下敷きにしてしまった。

「ぬぎゃッ!!」

「おうおう、仕事サボって盗み聞きでもしてたのかい?」

ツツジが部屋から出ながらそう言い放つ。

その前に立つのは下敷きになっている社員以外の二人。

下敷きになったのは先ほど鈴宗を案内した眼鏡の社員、残る二人は恰幅の良い男性とスレンダーな女性の二人であった。

男性は手に印が細かく刻まれた布をバンテージの様に巻き、女性は集中力を高めながら左腰に手を当てて構えていた。

ツツジは社長の表情からまだ挽回の手段があることを察し、扉の前に他の社員がいる気配を察知してあの社員たちが退魔師でありいざとなれば助太刀しようと企てているのではと推理したのだ。

その推理通り残る三人も退魔師であったようである。

「んじゃ、鈴宗、あたしを待たせんなよ?」

「お前こそ、俺を待たせるなよツツジ。」

ツツジと鈴宗が互いの標的に向き合いつつ、言葉を交わす。

鈴宗と霊法会の社長。

ツツジと霊法会の社員三人。

ネオンの明かりが遠く光る夜、退魔師同士の戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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