帝都の鬼姉妹。 ふぉっくすらいふ!外伝   作:百合道いおりん

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3話 崩壊

 

 

花鈴が一時の人生を謳歌している裏で、鈴音は自宅に帰り稽古の準備をしていた。

稽古着を用意し、稽古に使用する木刀や居合刀の清掃、整備など一通りの仕事をこなす。

準備を終えるころには、だいたい走って稽古場に向かえばちょうど良い時間になっている。

そして家を出る前に、鈴音は日課として行っていることが一つあった。

それは和室の仏壇脇に備えられた一振りの刀、"姫斬り"と言う名で鹿角流と共に鹿角家に遺されてきた一振りの刀に礼を行うこと。

なにやらボロボロのお札によって厳重に封をされた箱の中に保管されており、鈴音も一体どのような形をしているのか見たことはなかった。

しかし何か、自分でも理解できない不思議な魅力を感じていた鈴音はこの刀に一日一度、必ず礼をする。

そうするとどこか心がホッとするような感情が湧き上がってくるのだ。

まるで、もう遠い記憶である母に愛されている記憶。

花鈴が後継に決まって以来、母も父と同じく私を娘ではなく道具として扱っている。

そういう女だから、父は母と結婚したのだろう。

「くそ…。」

小さくそうこぼす。

自分がそのような記憶に感傷を抱くような人間だと思いたくなかった。

だがそれでも姫斬りへの礼をやめないのは、弱さだ。

私は、強くならねばならないのに。

 

 

 

今日も鈴音は一人、借り物の体育施設に来た。

ここで稽古をするようになってから、鈴音より花鈴が先に来ていることはなかった。

いつも通り管理人からカギを借り、扉を開けて一人稽古を始める。

礼を行い、木刀を手に、ひたすら振る。

時には早く、時には一振りに十数分かけて、時には目に見えない相手に。

そうしていると、次第に意識が希薄になる。

まるで周囲の世界が消えてしまったかのように、景色が消える。

その時の鈴音の前に見える存在はただ一人。

花鈴。

狂ったように、妹に対して刀を振るう。

二人きりになった世界でひたすら、ただひたすら刀を振るう。

その度に鈴音は斬られる。

斬られるたびに死という意識が希薄になる。

死に慣れる。

死という恐怖が遠ざかる度、鈴音の刀は花鈴に迫る。

もっと。

もっとだ。

死ね。

死んでしまえ。

死んでしまえばいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本当か?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ!!!!」

世界が再生される。

その瞬間身体がまるでへどろの塊になった様に動かなくなり、思わず地面に崩れ落ちそうになる。

先ほどまで何も意識していなかった呼吸が一気に荒くなり、息が吸えなくなる。

無理やり肺の中の空気を吐ききり、開いた僅かなスペースに空気を思い切り吸い込む。

正常に呼吸ができるようになるまで一分以上の時間を要した。

「……。」

頭が冷える。

私は死ねない。

死ぬわけにはいかない。

死んでしまったら、どうなる。

きっと、きっとそうなれば──

弱音を振り切るように再び木刀を振るう。

そうしているうちにようやく花鈴が稽古場にやってきた。

花鈴は無言のままで袴姿に着替え、軽く何度か木刀を振ると鈴音の前に立つ。

「いつも通りな」

「はい」

花鈴が正眼に構える。

鈴音が八相に構える。

幼少期から幾度となく繰り返された基本の型稽古を今日もまた一時間ほど行う。

今日も鈴音が花鈴の動きを超えることはなかった。

これはあくまで型稽古であり、勝敗があらかじめ決まっている動きに何をと言われるかもしれないが

仮に受太刀が逆転したとしても自分が討ち取られてしまうことを鈴音は理解していた。

八相に構える相手の手首を斬る型をすれば、手首を斬る前に自分の首に刃が届く。

首を断つ型をすれば、その前に手首を落とされる。

刀を巻き取り手首を斬る型ならば、逆に刀を弾き飛ばされ首に刃が突き刺さる。

届かなかった。

そして父が花鈴を迎えに来て、鈴音が掃除をしてカギを返す。

走って自宅に帰るまでにある公園でトレーニングを行い、帰って汗を流して飯を食い寝る。

いつも通りの変わらない日常。

この日常がいつまで続けられるのか、ふと鈴音は走りながら思った。

続くとすれば高校を卒業するまでの1年とちょっとであろうと考える。

高校自体情けというか、周囲への体面を考えて入学させてもらえただけで、大学まで面倒を見てもらえるとは

思えなかった。

花鈴が高校卒業と同時に免許皆伝として家を継ぎ、大学に行きながら剣術以外に必要な鹿角家を繋いでいく知識を

父から学んでいくのだろう。

そこにもう鈴音という道具は必要ないと判断されるだろう。

適当に家を放り出され、そこからは自力でどうにかするしかないだろうなと考える。

もう一切、鹿角家と関わることはできない。

花鈴との繋がりが切れる。

(考えても仕方ない、か…)

そこまで考えて未来を空想することは止める。

そもそも明日鈴音が鹿角家にいられるということすら確実ではないのだ。

とにかく今日もやるべきことをこなす。

そう思いながら公園に入ろうとした。

その時だった──

「ぐぅっ!?」

頭が割れるような頭痛が鈴音を襲った。

思わず公園の入り口からあとずさり、顔をしかめる。

まさか脳内出血かなにかか!?

嫌な予感が身体を駆け巡るが、突如として頭痛が消える。

「なんなんだ…?」

思わずそう呟く。

今まで経験したことのない痛みだった。

吐き気や倦怠感は無い。

指先も正常に動く。

軽くその場で飛んでも転ぶようはことはないが、嫌な予感は消えないままだ。

もしかすると本能のようなものが公園に立ち寄ることを拒んでいるのかだろうか。

「仕方ない。」

家にはなるべく帰りたくないが、もしかすると身体の疲労や負担が想像以上に溜まっている可能性もある。

それがサインとして頭痛という形で現れたかもしれない。

そう考え、いつもと違いまだ人通りの多い帰路を鈴音は走り出した。

 

 

 

「ただいまー!」

私、鹿角花鈴は大きくそう告げながら自宅の玄関を開けた。

「おかえりなさい、今日もお疲れ様」

お袋がそう言って私と親父を出迎えにくる。

ほいほい、まったくお行儀のよい奥様ですこと、親父に言われるがまま娘一人見捨てた女らしいじゃないですか。

朗らかな娘の演技をしつつ、私はこの女の用意した飯を三人そろって食べる。

献立は親父好みの和食中心、めんつゆなんて使っていない手作りごはん。

馬鹿らしい。

んなことに手間かけるくらいならてめぇが腹を痛めてひねり出した娘のために反抗の一つでもしてみろってんだ。

そう思いながら私は飯を食う。

まぁ結局親父に表面上は反抗していないという点では私も同じか。

後数年、安定して自立できる歳になるまでの我慢だ。

はっきり言って腕っぷしでも剣でももう親父なんざ相手にならん。

たまに親父と稽古するときは適当に手を抜いて相手してやっているが、こいつはそれすらも気づかない。

しかし経済的な事情としてはさすがに苦しいもんがある。

チッ、いっそこんな日常ぶっ壊れちまえば楽かもしんねえな。

そう思った瞬間だった。

ピンポーン

もう夜も遅いというのに、玄関のチャイムが鳴り響く。

「誰だ、こんな時間に。」

親父が怪訝な顔をしてお袋に顔を向け、視線で見に行くように促す。

いやこんな時間の来客なら親父が行けや、どんな輩が来るか分かんねえぞ、知らんけど。

味噌汁をすすりながらお椀で顔をかくしつつ、眉をひそめる。

がちゃりと玄関が開く音がした。

べきゅっ。

聞きなれた音がした直後、聞いたことのない音がした。

「え?」

たしかに聞こえた。

なにか、こう、固いものがつぶれたような、変な音が。

その後にどすん、どすん、と大きな足音が聞こえる。

明らかにお袋の足音ではない。

同時に嫌悪感のする生臭い異臭が鼻をついた。

そして足音の正体が私と親父の前に正体を現す。

「こんばんは。」

どでかい男だった。

黒いコートに身を包んだ、2メートルほどの長身の男。

その肌は赤銅色をしており、背丈に対して見劣りしないほど筋肉質な身体をしている。

そしてその剃り上げられたスキンヘッドの頭からは“2本の角”が生えていた。

「何者だ!」

親父が椅子を蹴り飛ばす様に立ち上がり、叫ぶ。

その言葉にコートの男は首を傾げた。

「む、今朝に挨拶は済ませた気であったのだがな、気づいていなかったのか?」

「何の話を──」

「あの子は気づいていたようであったが…お前さん、鈍いな。」

呆れかえったように男が言い、眉間に右手を当てようとしたところで何かに気づいたように手を止め、その手をコートで拭う。

その手にはべっとりと血がへばりついており、黒いコートに上塗りするようなどす黒い黒の手形をつけた。

おいおいおいおい、ふざけんなよ、嘘だろ。

さっきの音っておい、何した音なんだよ、なぁ。

何か、何か声を出そうとするけど声が出ない。

どうなってんだよ、なんだよその角、おとぎ話の鬼さんが出てきたとでも?

「花鈴!逃げなさい!」

親父の言葉で我に返る。

気が付けば親父がコートの男──鬼さんに向かって拳を振るっていた。

「ちぇい!!!!」

一本拳、正拳ではなく親指を握りこみ中指の第二関節を突き出して放つ打ち方だ。

それを鬼さんの喉に向かって振るうが、手首をつかまれあっけなく止められてしまう。

しかし鬼さんは父の行動に困惑したように口を開く。

「お主、神域(かむかい)を出しもせんとは…本当に何も知らぬのか?鹿角の子孫が…」

鬼さんが訳の分からない神域という単語を口にする。

「つまらん」

「!?」

鬼さんの手刀が、親父を貫いていた。

血をまき散らして、親父が息絶える。

そして、次に鬼さんはこちらに顔を向け──

「ひっ!!」

拳が私の顔面の真横を突き抜ける。

反射だった。

声も出せなかった身体が勝手に拳を避けていた。

そのまま椅子から転げ落ちるように私は逃げる。

「ほう!」

喜ばし気な鬼さんの声が響いた。

ふざけんな!ふざけんな!ふざけんな!

こんな形でぶっ壊れる日常なんざ私は望んでいない!

警察呼ぶか!?

いや呼んだところで到着するまで私が生き延びられるとは思えない。

死ぬ!

死んじゃう!

嫌だ!

助けて!

「すーちゃん!」

私は叫び声を上げながら鬼さんの蹴りを飛びのいて避ける。

とっさに出たのは姉、鈴音の名前。

幼いころ、まだ私と鈴音が姉妹だったころに呼んでいたあだ名。

すーちゃんならどうする?すーちゃんなら少しでも生き延びる方法を考える。

逃げなきゃ。

でも──

「逃がさん」

今のままだと逃げられそうもない、せめて武器を、武器…あった、あったじゃないか。

姫斬りとか言われてる保管されている日本刀。

あれだ、あれを使う、あれでこいつを斬り殺す。

殺す。

殺してやる。

あいつらはいなくなった、私の人生はこれから始まるんだ。

私は鬼さんの攻撃を避けながら、姫斬りが保管された和室へと逃げ込んだ。

 

 

 

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