「すみません、帰りが遅くなりました。」
もう二十時を回ろうかという時間に鈴音は八咫総合事務所に帰宅した。
夕飯はもう先に皆済ませたらしく、机の上には文字通り山の様に盛られた炒飯と唐揚げにボウル一つ分のサラダがラップをして置かれている。
「あ~おかえり鈴音ちゃん。」
「おかえんにゃさ──くぁッ、蘯漾のやつ沈みやがった…もっと鞭打って鍛えとくべきだったわね…!」
事務所には仕事を終えたユリカの姿は既になく、狂骨はソファに寝ころびながら余った唐揚げをつまみにビールを飲んでおり、化け猫はゲームに夢中だ。
姿が見えない蟷螂坂はおそらく朝食と弁当の仕込みのために、キッチンに籠っているのであろう。
手を洗うために洗面所に行きがてらキッチンを覗くと、案の定そこには蟷螂坂がいた。
「おかえり鈴音…料理、温めようか?」
「いえ、大丈夫です。お腹も減ってるんでそのままいただきます。」
料理は既に冷めてしまっているだろうが蟷螂坂の料理は冷めても美味い、毎日弁当を詰めてもらっている鈴音はそれをよく理解しているため、手を洗うとすぐに机へと向かった。
炒飯は僅かに醤油と塩コショウで味付けしただけのシンプルなものであったが、逆に唐揚げは味が濃いめに漬けこまれており、それがよくマッチしている。
おそらくは明日の弁当に詰めることと狂骨が酒のつまみにすることを考えて唐揚げを濃いめに作り、それにあわせる形で炒飯を作ったのだろう。
この組み合わせなら無限に食べられてしまうのではないだろうか。
鈴音はそんなことを大真面目に思いながら手を合わせて食事を始める。
山の様だった唐揚げはまたたくまに量を減らし、それに比例するように炒飯も鈴音の井の中へと消えていく。
付け合わせにしては量が多すぎるサラダはいつの間にか消えていた。
あっという間に料理が半分ほどになったところで一息ついた鈴音は誰に尋ねるでもなく、口を開いた。
「花鈴は、どこへ出かけてるんですか?」
「んん~?たしか鈴音ちゃんが帰って来なさそうだしってトレーニングに行くって言ってたよ。」
ビールを一気に飲み干しながら狂骨が答えた。
「そうですか、ありがとうございます。」
「あれ、てっきり鈴音ちゃんなら私もトレーニングに付き合いに行ってきます、って言うかと思ったのに。」
「まだ食事中ですし…それに、花鈴のトレーニングは多分私には無理です。」
「えっ!?鈴音ちゃんができないトレーニングなんてあるの!?」
「そりゃありますよ…何も筋トレだけがトレーニングじゃないですし、花鈴は天才ですから。」
驚く狂骨に対し鈴音が言う。
そしてここにはいない妹を想いながらそっと窓の外に視線を向けた。
「ふぅ…ふぅ…よっし、ここまで走って特に息切れも無し、体調問題なし。」
花鈴は黒いインナーの上から白いゆったりとしたシャツと同じく白い短パン、足には愛用の白スニーカーを合わせた服装で秋奈町の繁華街の大通りまで来ていた。
アップと体調確認を兼ねたランニングをして来たが、問題はない。
そして軽く肩を回しながら花鈴は大通りの入り口に立った。
二十時というまだ夜が始まったばかりの時間ということもあり、通りには多種多様な人間たちで溢れかえっていた。
もうかなり酔っているらしき千鳥足の学生たち、水商売風の格好をした男女、こんな時間だというのに携帯片手に忙しなく歩いているサラリーマン、店前で呼び込みをしている飲み屋の店員。
あらゆる人間たちがこの通りに集まり、各々の目的のために動いている。
花鈴はそんな人波を眺めながら、何かタイミングを見計らうように軽く地面を跳ねていた。
「………──ッし。」
そして大きく息を吸うと、膝を曲げて腰を落とし、一気に人波へ向かって駆け出した。
「きゃッ!?」
「なんだぁ!?」
人波へ向かって、花鈴は全力で走りながら急に突っ込んだのだ。
突然の出来事に周囲にいた人々が小さく声を上げた。
しかし、花鈴はそのまま人波の中へ入りこむ。
何をしているのだ!?
理解ができないというような目で人々が花鈴の後姿を見る。
人がごったがえす大通りの中に全力で走って行くなど正気の沙汰とは思えない。
きっと人にぶつかって大変なことになる。
そう人々は思っていた、が、そうはならなかった。
花鈴は行き交う大量の人々、それらを全て避けていたのである。
花鈴は障害となる人々の目線、体格、性別、身に纏う雰囲気、持っているもの、人数──あらゆる要素から目の前の人波がどう動くかを全て察知し、避けていたのだ。
時には横に大きく動き、時には自らの目線で相手を誘導し、時には相手が自ら避けることを見抜き、避け切った。
その間、止まることはない。
普通ならばあり得ない速度で花鈴は人波の間をすり抜け、あっという間に大通りを駆け抜けてしまった。
花鈴を見た人々は人ではなく、目の錯覚か幽霊とでも思ったかもしれない。
それほどまでに花鈴の動きに無駄はなく、鮮やかだった。
これが花鈴のトレーニングである。
無数の人々の動きを全て読み切ることで人波を駆け抜ける。
まさしく天才たる花鈴にしかできないトレーニングであった。
仮に鈴音が同じ速度でこの通りを駆け抜けようとするならば目の前の人間すべてを力づくで押しのけるしかないであろう。
鈴音のパワーがあればそれは可能かもしれない。
それを花鈴は自身の持つ読みの鋭さで誰にも触れることなく成し遂げたのだ。
通りを駆け抜けた花鈴は足を止め、軽く息を整えながら肩を回す。
「ふぅーーッ…ま、こんなもんかな。」
これが花鈴なりのトレーニングであった。
花鈴は喧嘩であろうと任務であろうと、戦いの本質は読みであると考えている。
相手の動きを事前に読み切ってさえしまえば何も怖くはない。
そう考えてのものだった。
そして花鈴は辺りを見回すと人影がない薄暗く、細い裏通りへと向かっていく。
ビルとビルの間にある狭い小道で、壁にはいたるところに配管が通り、通気口や窓による凹凸があった。
花鈴はその壁を一通り眺めながら小道を歩き、やがて一点に辿り着くと何かに納得したように頷いた。
「よっし、ここなら行ける…。」
誰もいない薄暗い小道で一人花鈴は呟くと、その場から駆け出し、壁に向って飛んだ。
壁を走る様に数歩走り、そこから飛んでビルの二階にあった通気口の出っ張りに両手をかける。
飛んだ勢いを利用しながら両手を使って身体を引き上げ、鉄製の配管に足を置き、身体を安定させる。
そこからまたしても別の凹凸に向って飛び、どんどんとビルの壁面を登って行った。
そうしてビルの屋上の鉄柵に手をかけ、最後は両腕に渾身の力を籠めて身体を持ち上げる。
そのまま無人の屋上へと登り切った花鈴は流石に疲れたと地面に腰を降ろした。
「はぁ…はぁ…んんー!!久々に筋肉使ったって感じ。」
大きく伸びをしながら花鈴が言う。
これも花鈴なりのトレーニングだ。
壁の状態から登れそうな場所を探し、自身の筋力とスタミナから登れるルートを読みきってただのビルの壁を登る。
もしルートを読み間違えれば悲惨なことになってしまうが、花鈴にはルートを読むことができた。
花鈴とて鈴音ほどではないが、自分の身体を両腕で支え持ち上げられる程に筋力はあった。
さらに単純な重いものを持ち上げる筋力のみではなく僅かな足場で身体を支えるバランス感覚、凹凸に飛びつくための跳躍力。
あらゆる動くための筋力をまんべんなく鍛えられる、自身にとって最良の筋力トレーニングだと花鈴は思っていた。
花鈴は立ち上がり、屋上の鉄柵によりかかりながら繁華街のネオンを見つめる。
そしてなにやら臭いでも嗅ぐように微かに鼻を引くつかせると、にやりと笑みを浮かべた。
「やっぱいるっぽいよ、このあたりに。」
一人呟く、ではなく、まるでここにいない誰かに話しかけるかのように花鈴は言った。
言いながらそっと自分の胸に手を当てる。
手を当てた胸元から赤い光が突如としてあふれ出し、花鈴が手を離すとその身に宿った妖刀"姫斬り"が姿を見せた。
花鈴は握った姫斬りを逆手に握り、自分の隣、コンクリートの地面の上にその刃を突き立てた。
スルッ、とその刃がコンクリートに突き刺さる。
まるで豆腐に包丁を入れたかのように音がでなかった。
『…あまり私の身体を乱暴に扱わないでいただけないでしょうか。』
突如、花鈴以外誰もいないはずの屋上に声が響いた。
まだ幼さを残す少女の声色だ。
しかしどこか声色に品がある、幼いながらも高い身分を感じさせる声であった。
「いいじゃないの"小りん"、そんな身体してるんだから今は。」
小りん、そう花鈴は言った。
その名はかつて姫斬りが見せた幻影、その誕生の経緯を映した過去の記憶に現れた、鈴鹿御前の娘の名であった。
彼女は姫斬りの覚醒と共に意識を目覚めさせ、その主である花鈴にのみ声を聞かせているのである。
『こんな身体をしているからこそですわ、まったく何故こんな人が私を目覚めさせてしまったのでしょうか。』
「はいはい、ごめんごめん…いい獲物の臭いを見つけたからさ、それで許してよ。」
『獲物…というと、妖怪ですか…?』
「うん、今は弱い…けど、臭いの感じが違うね、多分弱ってるだけで相当に強い。」
『ほう、それは楽しみですわ…。』
微かに、姫斬りから放たれる小りんの声が弾む。
今度は品のある声とは裏腹に無邪気な子供のような明るさと、素直さから現れる微かな残酷さが滲み出た声。
その声色を聞き、花鈴は笑みを浮かべる。
『うふふふ…その妖怪を喰らえばきっと、彼女の目覚めも近くなる…この身体に宿っているはずのあの子も。』
「あの一緒に封印された子でしょ?ま、私はどうでもいいや、妖怪を殺してあんたの力がより強くなれば、私はそれでいい。」
『ええ、あの子を目覚めさせてくれるならこの身の刃…いくらでも好きにしてくれて構いませんわよ。』
「オッケー、その間に八咫烏の他の連中が手を出さないでくれればいいけど…私みたいに鼻の利くやつもいるかもしれないし。」
『…八咫烏、といえば、あ奴らはどういたしますの?』
「…ああ。」
小りんが八咫烏という言葉に反応し、花鈴に問う。
その言葉に花鈴は微かに顔を曇らせ、笑顔を消した。
『蟷螂坂、化け猫、狂骨──あ奴らは強い妖力を秘めていますわ、それに…。』
「…強い怨みの声が聞こえる、人間への…でしょ?」
花鈴が小りんの言葉に頷く。
小りんもまるで自身が頷いたことを伝える様に、刀となった身体から放たれる赤い光を強く輝かせて答えた。
「あいつら、八咫烏に来る前の記憶がないって言ってたし、鹿角家の過去に関しても八咫烏のトップ…安倍晴明が絡んでるだろうって、すーちゃんが話してた。」
『はい、このまま八咫烏に身を置いては危ないかもしれませんわ、その前にあの三匹を狩って糧とし──』
「それは無理。」
『何故?』
「流石に情が湧きすぎた。」
花鈴が素直に小りんに答える。
八咫烏という組織は胡散臭い、事務所の仲間の"三人"もおそらく安倍晴明によってなにかしらの細工が施され、彼に隷従している妖怪だ。
それも人に怨みを持った妖怪であろう。
しかし数か月彼女たちと過ごすことでさすがの花鈴にも情が湧いた。
花鈴にとって鈴音が唯一の家族であり、最も優先すべき存在であるかけがえのない存在である。
その気持ちは変わらないが、殺したくない程度には大事にしたいという感情があの三人──そしてユリカに対しても花鈴には芽生えていた。
「ごめん小りん、あんたもあの子に会いたいって気持ちは分かるけど、待って欲しい。」
『…分かりましたわ、貴女が私の力を求めていることだけは信頼していますし、待ちましょう。』
「サンキュ、まっ、さっき話した大物はなんとしても狩ってやるから、そこは期待しといて。」
花鈴が姫斬りに──小りんに対して笑みを浮かべると、小りんはその身をまたしても赤く輝かせて答える。
その返事を感じ取った花鈴は地面に突き立てていた姫斬りを掴み、己を鞘とするようにその身にしまった。
そしてまたしても独りとなった屋上で一人、繁華街の輝きを浴びながらたたずむ。
きらめき一つ一つに人々の欲望が詰まったかのような輝き、その輝きに身を晒しながら自嘲するように花鈴は笑う。
「…ま、八咫烏がやばいところだなんて言ってるけど、妖怪が力をつけるってことは、人間が犠牲になるってことなんだよね。」
輝きが花鈴の背に、深く、暗い影を落とす。
その影に文字通り背を向けながら花鈴は呟いた。
「地獄送りは勘弁してよね神様、今まであんたが私に自由をくれてたんなら、こんなことにはならなかったんだから。」
花鈴が夜景を眺めていた頃から約六時間後の繁華街。
その路地裏で艶やかなドレスの上からサマーコートを羽織った少女が独り、うずくまって嘔吐していた。
森崎日向子──花鈴と鈴音が通う高校の生徒会長でもあるヒナであった。
ヒナは胃の中を全て吐き切り、それでもえずきながら胃液を吐き出すと、コートの袖口で口元を拭って立ち上がった。
その足元がおぼつかない。
視界が揺れ、景色が全て歪んでいるかのように朧げになり、妙な高揚感とそれ以上の嫌悪感が心を満たし、思わず倒れそうになり壁にもたれかかる。
日に日に、酒を飲まされる量が増えていた。
ヒナは入学費を稼ぐためにキャバクラで働いているだけで、目標を達成すれば辞める気でいるがそれでもある程度の期間働いていると常連が付く。
常連の存在はお金のことを考えるとありがたかった。
店は比較的高級なキャバクラということもあり、客層はそこそこ品のある客が多いが、酒が入れば飾りのように身に着けた品格など脆く崩れ去る。
学費のために未成年ながら働いているというヒナに同情的な目を向けている客も、酒が入れば秘めていた欲望がさらけ出される。
別に、ヒナも自分に同情してくれる気持ちが嘘だとは思っていない、ただ同時に自分の身体に対して向けられる欲望も本当だと理解していた。
それに自分のことを気遣う気持ちしかないのなら、酒を飲ませようなどと思わないだろう。
仕方ないのだ。
それも含めて女子高生には到底稼げないであろう、相応の金額を店からはもらっている。
でも、そのお金も全て母が浪費してしまっていた。
最初は出前や酒を自堕落に買うだけだった。
次第にそれはエスカレートし、化粧品、装飾品、衣服──あらゆるものにヒナが稼いだ金を使い、着飾るようになった。
もともと、母は社長夫人だ。
一度上がった生活水準を下げることは難しいと聞く。
分かっている、分かっている、分かってはいるのに。
「なんで…なんで私だけ…ッッ!!」
口の端から黄色い胃液を垂らしながら、ヒナが声を震わせる。
ヒナとて本当なら買いたいものはたくさんあった、やりたいことがたくさんあった。
こんなドレスじゃない。
秋らしい新作のスカートとカーディガンを買って、それに似合う帽子とカバンにブーツを買って、恋人──風紀委員長である久保寺純と映画や遊園地のチケットを買って。
「うぅ…うッ…ぁ!」
涙は、こぼれない。
涙より、怒り。
怒りがその身にこみあげる。
しかしヒナにはどうすることもできなかった。
恋人に、久保寺純に今の自分のことを伝えることはできない。
社長令嬢であった自分が今では小さなマンションに住まい、共に行くと決めた大学の入学費すらも払えない有様だなどと、言えるわけがなかった。
吐き気をこらえ、路地の壁に肩をこすらせるようにして歩く。
その時だった。
『見つけたぁ…あの子がマーキングしてくれた獲物が…。』
不意に声が聞こえた。
ヒナは咄嗟に振り帰るが背後には誰もいない。
再び前を見ても誰もいない。
誰もいない、路地裏だ。
それでもたしかにヒナは何者かの声を聞いた。
「だ、誰…?」
壁に背を張り付ける様にしながら路地を見渡す。
いない、誰もいない、ならあの声は──
『こ…っち…。』
顎にするりと、冷たい感触が触れる。
細長い、木の枝が組み合ったような細く微かに凹凸のあるものが顎を這う。
手だ。
これは指、おそらくは細く女性の、骨ばった肉のない指。
「え…?」
後ろは、壁だ。
後ろから人が手を回せるはずがない。
それでもこれは、この感触はたしかに人の指だった。
そしてヒナは信じられない一つの可能性に気づく。
気づいたときには自然とヒナは顎を上げ、頭上を見上げていた。
『こんばんは。』
女性の顔がそこにあった。
肌がひび割れ、蒼白で血の気がなく、ぼさぼさの黒い髪。
まるで死者のような相貌でありながら眼だけは怪しく、爛々と煌めき生の気を放っている。
その顔の先には異形の身体があった。
いや、首から肩、胸、腰までは普通の人間とそう変わらない形をしていた。
問題はその先だ。
蜘蛛だ。
蜘蛛の腹がそこにはあった。
ぶっくりと膨らみ、歪んだひし形のような形をした腹。
その腹と上半身の間から生えた足が壁に張り付き、腹の先から出た蜘蛛糸が壁面を伝うように垂れ下がっている。
咄嗟に声が出なかった。
あり得ない光景にただ茫然と頭上の蜘蛛女をヒナは見つめていた。
あり得ない光景が現実であると気づき、声を発しようとした時にはすでに蜘蛛女の指がヒナの口を塞ぎ、腕が身体に絡まり、脚の二本に強く囚われていた。
『いいわぁ貴女…美味しそうな憎悪と怒り…私の子が狙った意味がよぉ~~く分かるわぁ…。』
「むぐッ…ん…んんッ!!?」
ヒナは懸命に身体を動かして蜘蛛女から逃れようとするが、まるで鉄で固められているかのように身体がびくとも動かない。
蜘蛛女はそんなヒナを眺めながらぺろりと舌を出した。
その舌の上にいたのは、一匹の子蜘蛛だった。
しかし、その口の奥から子蜘蛛が二匹、三匹と這い出る様に舌先に集まっていく。
『貴女なら、この子たちの良い苗床になりそう。』
路地裏で気を失ったヒナが目が覚めたのは午前三時を回ろうとしていたころだった。
ヒナは自分が人気のない路地裏で座り込んで気を失っていたことに気づくと青ざめた顔で自分の身体と荷物を確かめるが、特に誰かに何かされた痕跡や失った所持品はない。
自身の幸運に安堵しながら酒のせいで痛む頭を押さえつつ、立ち上がる。
どうやら酒のせいで道端で眠ってしまったのだろうと結論付け、ヒナは多少はマシになったがまだふらつく足取りで歩き出す。
何かとんでもない悪夢を見た気がするが、ヒナにはそれが思い出せなかった。
きっと疲れとストレスのせいであろう、明日は学校が休みだ。
勉強はしなければいけないが最低限に済ませ、それ以外の時間は眠ろう。
そう決めてヒナは帰路へとついた。
『良い子を見つけられてよかったわぁ…。』
『大きく育つのよ…あの子の中で。』