帝都の鬼姉妹。 ふぉっくすらいふ!外伝   作:百合道いおりん

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40話 便利屋

 

 

 

 

 

文化祭の準備で学内が賑わい始める放課後、鹿角鈴音は困ったように教室の隅に立ち尽くしていた。

鈴音は未だに文化祭でやることが決まっていない、そもそも力仕事を手伝う程度の裏方に回ろうとしていたのに、流れで表に立つことになってしまったのだ。

皆がそれぞれやりたいことに熱中する中、一人取り残されていた鈴音であったが不意に教室の扉が勢いよく開かれた。

 

「すーちゃああああああん!!お願い、ちょっと来て!!!」

「花鈴…!?どうしたんだ一体…!?」

 

大声を上げて鈴音を呼ぶ声が教室に響く。

声の主は花鈴であった。

急な来訪者にクラスメイト全員が目を向けるが、花鈴はそれを意に介さずスタスタと鈴音の傍まで歩くと、手首を握って有無を言わせず鈴音を引っ張る。

 

「ごめーん、すーちゃん借りていきまーす!」

「待て花鈴、先に事情を話──合気を使うな!」

 

鈴音が抵抗しようと腕に力を入れた途端、花鈴が僅かな動きで鈴音の重心を崩し、身体をよろけさせた瞬間に力づくで引っ張っていく。

まるでなにかに躓いたかのようにバランスを崩しながら花鈴に連れ去られていく鈴音を、クラスメイト達はただただ眺めていることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「…で、これはなんだ?花鈴。」

「何って、文化祭でやるメイド喫茶特別メニュー”メイドの愛情ペタマックスオムライス”だけど。チャレンジ4000円、20分以内に完食でタダ&メイドと記念撮影。」

「それがなぜ私と関係あるんだ?」

 

鈴音が連れ去られた先は学校の家庭科室、そこには男女入り混じった花鈴のクラスメイト達数人と、山の様に盛られたオムライスがあった。

3キロはありそうなチキンライスがたっぷりの卵によって包まれているオムライスにはホワイトソースとデミグラスソースがかけられており、山の頂にはイラストが描かれた旗がちょこんと立っている。

その山の大きさと言ったら子供が砂場で一生懸命作った山と遜色ない大きさだ。

山を前に怪訝な表情を浮かべる鈴音に花鈴が言う。

 

「いや~ただのメイド喫茶ってだけじゃなくて、こういう要素を付け足したら話題作りにもなるし、客足も増えるんだよね。」

「そうか…それは分かったが…。」

「でもでもでも~こういうのって食べられるって思わせるのが大事なの、というわけですーちゃん、今から完食動画撮影させてもらうね!」

「つまり、食べられる人間がいる証拠のために私を使うということか…勝手な…。」

「頼むよすーちゃん!うちのクラスにこの量食べられる人いないから!お願い!」

「はぁ~…一度だけだぞ…。」

「流石すーちゃん!愛してる!」

 

溜息をつきながらも鈴音は花鈴の頼みを承諾した。

かなり強引な手段ではあったが、鈴音としても花鈴に頼られると悪い気はしないというのが本音だ。

花鈴が携帯機器を取り出して三脚に載せ撮影準備を始めると、その背後にいるクラスメイト達は"本当に食べるのか…?"というような顔をしている。

ライスが3キロ使われたこのオムライス。

一般的なオムライス一人前のライスの量が150グラム。

つまりこの量はおおよそ20人前ということになる、クラスメイトたちが信じられないと思うのも無理はない。

だが鈴音はそんな彼らの表情とは裏腹に涼しい顔で、右手を上げて言った。

 

「スプーンを持ってこい。」

 

 

 

 

 

 

10分後。

 

 

山が、消えていた。

 

 

 

3キロのチキンライスも、それを覆うために20個は使われた卵も、あいがけにされた2種類のソースも。

綺麗に鈴音の胃の中に消えてしまっていた。

 

「ごちそうさま。」

 

制限時間に10分の余裕を残しての、完食である。

皿の上はソースの跡と山頂に立てられていた旗が寂し気に転がるのみで、米粒一つ残っていない。

唖然とするクラスメイトと、時間ギリギリはかかると踏んでいた花鈴も言葉を失う。

鈴音以外の全員が驚きに何も言えない中で、口元をハンカチで拭う鈴音の顔にはまだ余裕があるようにさえ見えた。

 

「流石に3キロはきついな…。」

 

それは当たり前だろうと皆が頷くが、鈴音はなにやら少し困ったように首を傾ける。

 

「かなり美味いオムライスだが、3キロだと味に飽きが来る…もう1種類ソースが欲しいところだ。」

「きついって…量じゃなくてそっちなんだね…すーちゃん…。」

「そうだな…ソース代わりに唐揚げとかトッピングしてもいいんじゃないか、花鈴?」

「そんなの食えるわけないでしょすーちゃん!?」

 

量より飽きが来ることの方が辛かったと語りだし、悪魔のようなトッピングを考える鈴音に花鈴のツッコミが飛んだ。

そうして花鈴は携帯機器の録画を切り、簡単にチェックを始める。

 

「うん…最後のボケとツッコミまで入ってるけど、ちゃんと録れてるっぽい、ありがとすーちゃん!」

「そうか、じゃあ私はお役御免だな…。」

「本当助かったよ~持つべきものは頼れるお姉ちゃんだなぁ──んぇ…?」

 

調子よく鈴音を褒める花鈴であったが、不意に手にしていた携帯機器がぶるぶると震える。

そして画面をちらりとみて怪訝な表情を浮かべた。

 

「げぇ…久保寺ぁ…。」

「む、風紀委員長がどうしたんだ?」

「生徒会サボってんのこいつにバレたっぽい…さては会長がチクったなぁ…!」

「…それはサボってる花鈴が悪いだけだろう。」

 

呆れたように溜息をつきながら鈴音が肩を落とす。

やはり自分は花鈴を少々甘やかしすぎだろうか、そんな気持ちが鈴音の中に湧き出てくる。

しかし文化祭の準備に活き活きと取り組む花鈴を見ていると、そんな湧き出る気持ちを押さえつけるかのように甘い心があふれ出してしまうのだ。

 

「花鈴。」

「なに、すーちゃん?」

「私が生徒会に行ってくるから、花鈴はめいど喫茶とやらの準備を進めておけ。」

「……すーちゃん、マジ愛してる。」

 

鈴音の言葉に花鈴は無表情で歩みを進め、思い切り抱きしめながらキスをしようとするが、人前はよせと鈴音が力づくで腕を引きはがす。

残念そうに唇を尖らせる花鈴であったが、鈴音が軽く頭を撫でてやるとすぐに機嫌を直して顔を綻ばせた。

 

「よっしゃあ野郎ども!この鹿角花鈴が本気でプロデュースするメイド喫茶…気合入れていくぞぉ!!」

 

花鈴の大声が家庭科室に響きわたる、その声に気圧され、呑まれたクラスメイト達が小さいながらも"お、おぉ~…"と声を返して手を上げる。

そんな彼らに”声が小さい!”と檄を飛ばす花鈴を尻目に、鈴音は生徒会室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、変わりに君が来たというわけかい、鈴音くん?」

「あはは…花鈴さんらしいですね…。」

 

花鈴の代わりに生徒会室に来た鈴音が久保寺とヒナに事情を説明すると、久保寺は呆れ、ヒナは苦笑いを浮かべる。

 

「まったく、妹も妹だが甘やかす君もどうかと思うね…。」

「…それに関しては耳が痛いです。」

「まぁいい、彼女の代わりということならせいぜい働いてもらおう…ヒナ、彼女にできそうな仕事はあるかい?」

「そうですね、いくつか文化祭に関して相談事がまわって来て──」

 

そう言いながら席を立ったヒナの足が不意にもつれ、転びそうになる。

咄嗟に傍にいた久保寺が支えたことで転ぶことはなかったが、危ないところであった。

 

「おっと、大丈夫かいヒナ?」

「す、すみません久保寺さん…少しくらっとしてしまって…。」

 

どうにか笑顔を作りながらヒナは久保寺にそう言うが、その顔色は少し悪い。

どうやら体調がよくない様子だ。

ヒナの事情を知る鈴音としてはその理由に察しはつくが、言うわけにはいかない。

 

「…会長、受験もありますし疲れが溜まっているんじゃないですか?」

「あっ──はい、そうかも、しれません。」

「そうかヒナ…君が頑張り屋なのは知っているが無理は良くないな。」

「ごめんなさい久保寺さん、でも会長としてこの文化祭は最後の仕事になるでしょうし、やり遂げたくて…。」

 

それとなく鈴音が助け舟を出した。

受験勉強と会長としての仕事にくわえ文化祭準備、そして夜にはキャバクラで仕事など、身体に無理が来て当たり前だ。

鈴音は少し考える様に腕を組み、そして一つ決意して口を開く。

 

「会長、生徒会への悩み相談が溜まっているんですよね。」

「はい…文化祭があるから色んな所から相談が来ていて…。」

「それ、私が全部引き受けます。」

 

鈴音がそう言い切ると、ヒナも久保寺も驚き目を見開いた。

 

「…本気かい、鈴音君?」

「会長には妹がお世話になっている恩がありますから、返せる恩は返しておきたい性分なので。」

「で、でもそんな…。」

「ヒナ、彼女は本気の様だよ。」

 

鈴音の目を見た久保寺がやれやれと肩をすくめる。

しかし本気だということを察した久保寺は生徒会用のパソコンの前まで歩くと、小さく手招きして鈴音を呼ぶ。

 

「鈴音くん、このメールフォルダに私が相談事のメールをまとめておく、メール以外での相談も私がここに送っておくよ。」

「分かりました、小まめにここにチェックしに来ます。」

「そんな…鈴音さんだけじゃなくて久保寺さんまでそんな仕事を…。」

「可愛い彼女のためさ、私のことを想うなら少しでも休んでまた元気な顔を見せてくれればいい。」

 

久保寺が整った顔立ちで綺麗なウィンクをヒナに向けて披露すると、顔色が悪かったヒナの顔に赤みが増した。

その様子を見た鈴音は、とりあえず久保寺がいればヒナの心の負担もマシになりそうだと安心する。

すると久保寺は何か思い出したように指を弾くと、鈴音の方を向いた。

 

「そうだ鈴音くん、メールをまとめておくからその間、是非とも君にやってほしい相談事を思い出した。」

「…なにか嫌な予感がしますが、なんですか?」

「いつも部室棟の裏に溜まっている不良たちがいるだろう?どうやら彼らが文化祭に非協力的みたいでね、君に"説得"してきてもらいたいんだ。」

「はぁ…それで私に、ですか。」

 

思わずため息をつく鈴音に対し面白そうに久保寺は笑いながら付け加える。

 

「間違っても病院送りなんてことにはしないでくれよ?泣く子も黙る番長なら話せば分かってくれるだろうさ。」

「残念ながら私は番長じゃありませんから…それに、何かあっても病院送りにはしませんよ。」

 

まだ自分のことを番長呼ばわりする久保寺に鈴音は冷たい視線を送りながらも、言った以上はと生徒会室の扉に手をかけて部室棟へと向かおうとする。

 

「…準備ができる程度に加減はします。」

 

ぽつりとそう言い残して鈴音は生徒会室を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

部室棟の裏には相も変わらずスナック菓子の油っこい臭いや様々な整髪料の香りが混じりあった独特の空気が流れていた。

その中心でなにやら談笑している様子の不良グループたちに、鈴音は足音を立てずに猫の様にするすると近寄る。

少し見知った顔の不良たちと、見かけない顔の不良が三人。

顔立ちやグループでの振る舞いを見る限りではどうやら後輩らしい。

鈴音が不良たちと最後に会ったのは五月、つまりそれ以降にこのグループに入ったのだろう、顔を知らなくて当たり前である。

この時代に頭をリーゼントに固めた男とでっぷりと太った男に小柄な男、その三人が後輩の特徴だった。

鈴音が彼らの傍らに立ち声をかけようとしたところでそのうちの一人、小柄な男が鈴音に気づき、視線を向ける。

小柄な男の視線に気づいた他の不良たちがその先に目を向け、ようやく鈴音がいることに気づいて各々声を上げた。

 

「げぇッ!?鹿角姉!?」

「ななな、なんだよお前!?俺たち何もしてねえぞ!?」

「げぇとはご挨拶だな…生徒会の代わりに来た、お前ら文化祭の準備をサボってるそうじゃないか。」

「うっそだろぉ…生徒会ってこたぁどうせあの妹絡みじゃねえか…最悪だ。」

 

鈴音の言葉を聞くや否や早々に不良たちはスナック菓子のゴミを袋にまとめて片付け始める。

その様子を見た後輩──リーゼントと太っちょの二人が困惑しながら声を上げた。

 

「ちょちょちょ先輩たちぃ!?なんスかこの女!?というかなんで言うこと聞いてんスか!?」

「そうだよぉ!俺ら文化祭の準備とかしたくねえよぉ~!」

「はぁ~~~~別にお前らがこいつの言うこと聞かなくても止めねえから勝手にしろや。」

「先輩たちそれでも不良ッスかぁ!?」

「ゴリラに人間は勝てねぇんだよボケ!!!!」

「誰がゴリラだ…。」

 

じろりと鈴音が自身をゴリラ呼ばわりした不良を睨むと、慌てて口をふさぐ。

しかし勝手にしろと言われたリーゼントと太った男は逆らう気満々なようだ。

ぺきぺきと拳を鳴らしながら鈴音の前に立つ。

 

「へっ、いいッスよ先輩、俺がいっちょ追い返してやりますよ!」

「…結局こうなるのか、怪我させたくないんだが。」

「今更なに言ってんだオラァ!」

 

つまらなさそうにリーゼントに言う鈴音であったが、リーゼントは問答無用で右のパンチを放ってきた。

ギュ!と拳を握って。

グイ!と腕を引いて。

ブン!と腕を振る。

そんなパンチは鈴音にとってあまりにも遅すぎた。

 

 

 

 

「ごッ…ゲッ…ぐぇっ!ぇッッ──ヴぇ…ッ!!」

 

リーゼントのパンチが鈴音の顔面に届くより早く、リーゼントの首を鈴音の左手が掴んでいた。

リーゼントは鈴音の左手を剥がそうと、その腕を叩き、殴り、じたばたと暴れるがびくともしない。

どんどんと締まっていく首と呼吸ができなくなっていく恐怖にリーゼントは必死だ、本気で暴れている。

暴れているはずなのに、まるで大人と子供のように何の抵抗にもならない。

もう意識が飛ぶ──そうリーゼントが思った瞬間、鈴音は左手を離し、リーゼントを解放した。

 

「ゲふぁッ!ゥぇ…げッゲっぐ…ぬ…ぶぇッ…はぁー…はぁ…はぁぁ~~~…。」

「次抵抗したら、気絶させてクラスに放り込む…いいな?」

「わっ、わっ、分かった!分かった!分かったからよ!」

 

リーゼントは首を抑えながら必死で頷く。

それを見た太っちょは少し怯みながらも、このままではだめだと鈴音の前に立った。

 

「つ、次は俺だぁ!あいつみてえにはいかねえぞぉ~!」

「はぁ…お前もか。」

 

またしてもつまらなそうに溜息をつき、鈴音は自然体で立つ。

太っちょはぐぐっと腰を落として力を溜めると、そのまま力を解放し、相撲のぶちかましの様に頭から鈴音に突っ込んだ。

太ったその身体には90キロ近い重さがありそうだ、その肉の塊が勢いよくぶつかってくる衝撃は並ではない。

常人ならまともにぶつかれば交通事故の様に地面を突き飛ばされ、転がってしまうだろう

常人、ならば。

 

 

 

 

「やめてぇ~!やめてよぉ!!俺死んじまうよぉ~ッッッ!!!!」

 

鈴音は太っちょの体当たりを両腕であっさりと受け止めていた。

それどころか完全に勢いを殺した後、太っちょの首を左脇に抱えてズボンのベルトを右手で引っ掴み、思い切り引っ張り上げた。

90キロの巨体が、ふわりと宙に浮かぶ。

最初はじたばたと暴れていた太っちょであったが、やがて視界が完全に逆さになっていることに気づくと暴れるのをやめ、必死に命乞いを始めた。

当たり前だ、屋外の地面に頭から垂直に落とされてしまったら本当に命にかかわる。

本当に殺されるとは思っていない、思っていないが生殺与奪の権利を他人にもたれている状況で冷静でいられるはずがない。

命乞いを聞いたところで鈴音は太っちょをゆっくり地面に降ろしてやった。

 

「次は落とす。」

「ひぃぃッッ!!!」

 

地面にへたりこみながら太っちょは悲鳴を上げた。

これでおとなしくいうことを聞くだろう、こうして二人を無傷で?説得することに成功した鈴音は、最後に残っていた小柄な後輩に視線を向けた。

 

「…。」

「…。」

 

小柄な後輩は何も言わない。

それどころかその場にしゃがみ、自分の周囲にまだ残っていたゴミを片付け始めた。

 

「ふむ…。」

 

その様子を見て鈴音は、思わず微笑みを浮かべた。

いや、おそらく鈴音本人も気づいていない、自然に浮かんでしまった笑みだった。

鈴音はその場から背を向け、立ち去ろうとする。

不良たちはようやくこの場から鈴音が去ってくれることに安堵し、ホッと胸を撫でおろした。

 

しかし、背を向けたはずの鈴音が突然振り向き、同時に高速の回し蹴りを放った。

 

空気が割れた。

そう錯覚するほどの蹴り。

突如放たれた刃物を思わせる切れ味を持つその蹴りを見て肝を冷やす不良たちの中、その蹴りを眼前で見た男が一人いた。

 

「…ッ。」

「来てくれると思ったよ…。」

 

いつの間にか鈴音の背後に、腰を落とした小柄な後輩が迫っていた。

彼は戦う気はないと見せかけ、背後から鈴音を襲う気であったのだが、それを読んでいた鈴音が気配を察し回し蹴りを放ったのである。

 

「やめろハットリ!」

「お前でも勝てねえよぉ~!」

 

リーゼントと太っちょがハットリと呼ばれた小柄な後輩を止めようとする。

しかしハットリは不意打ちが見透かされていても戦意が萎えたようには見えない、むしろ戦意が増したようにさえ見える。

身長は160センチを少し超える程度、体重は見たところ60キロ前後。

規格外の力を持つとはいえ一応は女である鈴音の方が体格が良いくらいだが、その身から発せられる圧力は周りの不良の比ではない。

顔立ちはでこが大きく見える広い額に少し尖ったくちばしのような口元、ぎらついた獣のような目が特徴的だった。

何かに例えるとするならば河童に似ているだろうか。

ハットリの構えは腰を深く落として両手を開いた形だ。

一見すれば相撲か組技を重視した柔術、または帝都の東欧地方──今は復興中であるロシア発祥のサンボのように思える。

だが重心の置き方が鈴音にはどこか不自然に見えた。

鈴音も構える。

やや腰を落として膝を曲げ、眼前を両手でカバーする。

ボクシングの様に膝でリズムはとらない。

リズムをとるのは呼吸だ。

そしてその呼吸を隠す。

一見するとただ立っているように見えるが、鈴音は体内で呼吸のリズムを作り、いつでも身体を動かせるように体勢を整えていた。

 

「…!!」

 

ハットリが動く。

姿勢を低くしたまま鈴音の下半身目掛けて組み付きに来る、そう見える動きであったが不意にハットリは身体を回転させた。

 

「ほぅ…!」

 

ハットリは低い姿勢のまま後ろ回し蹴りを鈴音の側頭部目掛けて放った。

組むと見せかけた奇襲の一撃であったが、鈴音が身体を軽く身を引いて避ける。

以前ツツジとの組手で鈴音は似たような奇襲技を放ち避けられた、今回は鈴音がツツジの動きに倣い蹴りを避けたのである。

鈴音は蹴り終わりの隙を見て反射的にハットリに蹴りを放とうとしたが、生徒会の仕事でここに来ていることを思い出し、動きを止める。

極力怪我をさせたくない故に、打撃を使いたくはなかった。

それにハットリも蹴り終わりを狙われることを見越して顔面をしっかりと腕でカバーしつつ、素早くその場から飛び退っていた。

小柄な身体に違わず動きに小回りが利き身のこなしも軽い、そして小柄故の威力の軽さを補うための奇襲技とダイナミックな動き。

面白いタイプだった。

またしても低い姿勢からハットリが飛び込んでくる。

今度は組み付いてくるか、同じく蹴ってくるか──鈴音が身構えた途端、ハットリは急に方向を変え、横に飛ぶ。

飛びながら地面に手をつき、側転の様に身体を回転させながら蹴りを放った。

それは避けた、その蹴りは避けたがハットリは回転の勢いを殺すことなくさらに回転、地を薙ぐ様な足払いを繋げてくる。

それも鈴音は飛び退って避けた。

また回転に任せて蹴りが来るか!?

不意に蹴りが上段に放たれてもおかしくない、そう思い鈴音が両手を眼前まで上げたとき、ハットリの回転が急停止した。

停止したハットリの身体は四足の獣の様に手足を地面に着き、身体を撓めさせた。

 

「ぬ…!?」

 

ハットリの身体がその場から槍の様に伸び、予想外の距離から鈴音の左足に両手で組み付いた。

そして鈴音の左足を持ち上げ、身体を押し込んで倒そうとするが鈴音の強靭な足腰がそれを防いだ。

このまま力づくで引きはがす。

鈴音はそう考えた、先ほどの太っちょが90キロ近くあったのに対しハットリの体重はおおよそ60キロ前後、三分の二だ、鈴音にとっては軽い。

しかし──

 

「ぐッ!?」

 

鈴音の額に不意に、硬い衝撃が走った。

突如襲い掛かってきた痛みに身体が一瞬無防備になり視界が揺れる。

鈴音が見たものは、ハットリの靴の踵だった。

サソリ蹴り。

前傾した状態から後方に足を振り上げ、サソリが尾を持ち上げ突き刺すように蹴りを放つ技。

魅せるための技の様だが、ポイント制の格闘技の試合などでは実際に使用されることもある、魅せ技と断じきれない技である。

それをハットリは使った。

鈴音の足に組み付いた状態から恐るべき柔軟性を駆使し、踵を鈴音の額に突き刺したのだ。

鈴音の意識が蹴られたことへと向かった隙に、ハットリは地面に背を着きながら鈴音の左足に自身の両足を絡め、同時に足首の関節を脇に捕らえて倒す。

マズい。

鈴音は学校の上履きではあるが靴を履いている。

足関節は素肌だと汗の滑りや摩擦の無さから簡単には極まらないが、靴を履いていると摩擦が効き足首が抜きにくくなるせいで極まり易くなる。

鈴音は倒されながらも咄嗟に右足を使い、踵で自分の左足を抱えているハットリの右肩の付け根を蹴った。

するとハットリの腕から一瞬力が抜ける。

その隙を利用して鈴音は倒れると同時に強引に左足を引き抜いた。

そしてその場から後退し、すぐさまハットリから距離をとりつつ立ち上がった。

 

「…。」

「その部分にツボがあると、教えられてな。」

 

なにやら不満げな顔をするハットリに鈴音はそう言った。

肩の付け根の部分には突かれると一瞬腕が痺れて力が入らなくなるツボがあり、そこに靴の踵で蹴りを入れれば足関節への有効な脱出法となる。

これはツツジから教えてもらった脱出法だ。

ツツジは鈴音の祖父と素手喧嘩をした際に靴でこのツボを突かれ足を抜かれたことを覚えており、鈴音にそのことを公園での練習がてら伝えていたのである。

 

「ハットリ、と呼ばれていたな…ただの名前かと思っていたが、ニンジャみたいだからハットリか…その名に違わず強いな、君は。」

 

ハットリといえば高名な忍者の名であり、忍者らしい名前を考えればまず思い浮かぶ名前の一つであろう。

そう何気ない話をしながら、ゆるり、と鈴音が掌を前にかざし構える。

距離をとる様に左掌を前に伸ばし、右掌で顔面をカバーする。

左足の爪先を軽く立てるように上げ、重心の比重を右足にやや大きく掛ける。

重心が高く、足幅が狭い。

いかにも蹴りを放つといった構えだった。

そして先ほどまでは呼吸でとっていたリズムを、つま先でとるよう左足を上下させる。

とん、とん、とん、とん、と。

先ほどと打って変わって隠していた身体のリズムをハットリに伝える様に、動かす。

急に動きを変えた鈴音に対し、ハットリが微かに動揺した様子を見せた。

 

「だから、当てさせてもらう。」

「……ッ!!」

 

鈴音の言葉にハットリは思わずぐっと身体を縮めこませ、防御に意識を向けた。

鈴音の身から発する圧力に対し、心がほぼ無意識に防御姿勢をとっていた。

そんなハットリの姿を見て安心したように鈴音は息を吸い、左足を一歩前に動かす。

 

「右中段。」

 

 

ぽつりと、鈴音が言った。

 

そう言ってから、鈴音が右足を上げた。

 

言葉通りの蹴り。

 

右中段回し蹴り。

 

ハットリは分かっていた。

 

鈴音が言ったとおりの蹴りなのだから。

 

だから完全に受けの姿勢を作った。

 

寸でのところで衝撃を逃すように右へ動きもした。

 

なのに。

 

ハットリの身体が軽く浮いた。

 

蹴りの一撃で身体が浮き、吹き飛ばされた。

 

受けた腕が折れたかのような衝撃だった。

 

 

「左下段。」

 

ハットリの左内腿に、鉈が振るわれたかのような衝撃が入った。

鉈を振るわれたことなんてもちろんない、しかしこの感覚を──筋肉の繊維を断ち切られたかのような感覚を表現するならば、そうなった。

 

「右上段。」

 

バットをフルスイングで打たれたら、こんな感覚なのかもしれない。

なにしろ防御していたはずなのに一瞬視界が白くなったのだ。

防御が意味をなさないなんてこと、初めてだった。

きっとフルスイングされたバットを受けると同じ感じになるんだろうなぁ──

 

「左中段──」

 

受ける。

今度こそ受ける。

もう覚えた。

もういい。

防御しても意味がないのだ。

だから身体で受ける。

受けて、肋骨が折れてもいい。

胃液を口からぶちまけてもいい。

その代わりに足を捕らえる。

捕らえて一気に折る。

もういい。

意地だ。

来いよ。

お前が誰だか知らねえが、化け物ってことは分かった。

人間の先輩方が従うわけだよ。

でも俺だって同じだ。

骨折れてもいいからお前をぶっ倒せりゃいいんだ。

折る。

捕らえて。

折る。

折る。

折る。

折る。

折る──

 

 

 

 

 

なんで

 

 

 

 

来ない?

 

 

 

 

来な───

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪いな…君が強いから…最後は嘘をつかせてもらった。」

 

鈴音は左中段を蹴る。

そう言っておきながらフェイントを使い、蹴ると見せかけて素早く前に踏み込んで擦り抜ける様にハットリの背に回り、首に腕を回していた。

裸締め。

裸でも相手を締めることができ、なおかつ入れば脱出不可能と言われるシンプルにして究極とさえ呼んでよい締め技。

的確に首の頸動脈を圧迫すれば10秒かからずに相手を失神させることができる。

今回の場合は7秒だった。

ハットリが鈴音の真意に気づき抵抗を始めるその前に、ハットリは意識を失っていた。

鈴音は意識を失ったハットリの首から手を離すと、その場に崩れ落ちる身体を支え、ゆっくりと地面に座らせた。

そして微かに靴跡の残る額に手をやり、軽くさすりながらリーゼントと太っちょ、ハットリと同級生らしき後輩二人の方を向く。

 

「…すまないが、あとは頼む。」

 

「お、おう…いや、はい…。」

 

思わず敬語を使うリーゼントの言葉を聞き、今の勝負を息をのんで見守っていた不良たちが道を開ける中を堂々と歩きながら、生徒会室へ戻ろうとする。

そして溜まり場である部室棟の裏から出ようとしたとき、不意に何かを思い出したかのように鈴音が立ち止まり、振り向きながら口を開いた。

 

「それと、その後輩…ハットリが起きたら伝えてくれ。」

 

その口元はほんの、ほんの微かに上がっていた。

 

「真面目に文化祭を手伝ったら、今度は初めから本気で遊んでやっても良いと、な。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「というわけで、仕事を終わらせてきました。」

「ふむ、ご苦労様だったね。こういう事態になると私が出向くことになるから助かったよ、おかげでメールが纏められた。」

 

額に小さな傷をつけて帰ってきた鈴音を久保寺が出迎える。

ヒナは体調が優れないこともあってお茶を飲みながら一服しており、慌てて鈴音を出迎えようとするところを久保寺が制止した。

鈴音も小さく頭を下げて大丈夫だとヒナに伝える。

 

「ありがとうございます…、風紀委員長が出向くつもりだったということは…やはり、なにかやられてるんですか?」

「まぁ、それなりにね、当ててみるかい?」

「そうですね…。」

 

久保寺の言葉に対し、その身体の特徴を改めて見直す。

分かりやすい外見の特徴としては髪の隙間から見える耳の形が少しだけ変わっていること、指の節々が少しばかり膨らんでいること。

これを鑑みると柔道か、組みを重視する柔術に思える。

どうしても道着を掴んで投げるという性質上、指の節々が擦れて硬くなってタコができたり、常人より明らかに大きく発達することもある。

耳もそうだ、寝技の訓練や基礎的な練習の中で耳が変形し、俗に柔道耳と呼ばれる形に変わっていく。

とはいえ目で見てはっきり分かるほどになるには相当な年月と重いトレーニングが必要だ。

少しとは言えその変化が目に見えるということはかなりのトレーニングを積んでいるということが分かる。

しかし、どこか違和感があった。

外見の特徴というだけなら答えは見えてくるが、鈴音の直感がそれだけではないと告げていた。

 

「柔道…だけじゃなくて打撃、ボクシングですか?」

「ほぅ、よくわかったね、それとも実は元から知っていたとか?」

「ほぼ直感ですよ、失礼ですが風紀委員長のことは存じてませんでしたし。」

「ふふッ、そうだったね、一応柔道とボクシングでは首都大会で上位入賞しているんだ。」

 

もっとも喧嘩の方では君の方が経験豊富だろうがね、と久保寺はつけくわえた。

その言葉に少しばかり鈴音がむすっと顔をしかめると、久保寺は笑みをこぼした。

 

「すまない鈴音くん、君の反応が面白いからついからかってしまった。」

「…まぁいいです、とりあえず仕事はこなしますから、今日からよろしくお願いします。」

 

それからは文化祭が始まりまでの間、鈴音には多忙な日々が続いた。

放課後にはまず生徒会室へ向かい、メールをチェックして様々な生徒の依頼をこなす。

それは鈴音向きの力仕事からてんで向いていない細かい作業の手伝いまで。

ただ、そうした仕事を続ける中で学内での鈴音に対する印象が"無口な怖い番長"から"意外と天然な番長さん"へと変わってきた。

それほどまでに鈴音は生徒会の便利屋仕事に熱心に取り組んだのである。

そしてその仕事の中にはなんといくつか、妖怪が絡むものもあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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