帝都の鬼姉妹。 ふぉっくすらいふ!外伝   作:百合道いおりん

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41話 巫女

 

 

 

 

 

八咫烏の存在が一般に秘匿されているため窓のない訓練施設、そのうちの一つである板張りの稽古場。

そこに黒い袴姿の老人──鹿角鈴宗と、巫女装束の上からプラスチック製の面と革張りの籠手を身に着けた少女が一人いた。

鈴宗は涼しい顔で袋竹刀と呼ばれる、竹の束を革で包んだ柔らかい竹刀を右手に持ち、片手で正眼に構える。

巫女服の少女は鈴宗と対照的に疲れが見える顔をしているが、しっかりとした目で老人を見据え、木刀を正眼に構えている。

巫女は木刀の切っ先を微かに揺らしながら鈴宗の視線を誘うが、鈴宗の視線は揺らがない。

前に踏み込む機を少女は掴めなかった。

体力は問題ない、疲れてはいるがこのまま1時間でも正眼の構えを維持することは可能だ。

それができるようになるまで目の前に立っている鈴宗に少女は鍛えられたのだ。

同時に目の前のもう七十歳前後になる老人がいかに怪物かということも思い知らされている。

そう思うと少女はまだ間合いの外であることを利用し、一歩後ろに後退した。

鈴宗がその分距離を詰めようとするが、すぐに足を止める。

少女が突如として正眼に構えていた木刀を左の腰に据え、俗に居合と呼ばれる形で構えたからだ。

居合というものは本来奇襲、または奇襲に対し素早く抜刀するための構えだ。

だが少女の居合の構えにはそれとは別の試みがあった。

 

「師匠、使ってもいいですか?」

「…カマイタチか…構わん、見せてみろ。」

 

鈴宗の答えに少女は腰に据えた刀に意識を集中させる。

カマイタチ。

かつて少女が同名の妖怪に重傷を負わされた後に、安倍晴明によって授けられた力。

妖力によって真空の刃を作り出し放つ技は、斬りあいにおいて重要な要素である間合という概念をなくす切り札になる。

放つ際に妖力を練るため相手の不意をつける技ではない、実際に少女が以前ツツジに放った際は妖力の流れと単純な軌道を読まれ難なく避けられてしまっている。

故に少女はこの居合構えをカマイタチを放つ構えに選んだ。

理由の一つは構え自体が刀を収めているせいか妖力を練るという行為が比較的容易だということ。

もう一つは対手の攻撃を誘い剣の間合いの外からカウンターのカマイタチを放つためだ。

先手を打った奇襲には使えないとしても、相手が自分に攻撃を仕掛けようとする中で間合いの外から不意に放たれる真空の一撃ならば避けることは難しくなる。

あえて鈴宗がその誘いに乗った。

鈴宗がするすると間合いを詰めてくる中、落ち着いて少女が妖力を練る。

そして本来ならば居合の一刀が届くには三寸遠い距離で抜刀する。

 

「ハッッ!!!」

 

真空の刃が三寸の距離を埋め、鈴宗に襲い掛かる。

 

「ふん…ッ!」

 

鈴宗が正眼に構えていた袋竹刀を立て、霊力を使って真空波を弾き飛ばした。

完全に霊力で打ち消したことにより袋竹刀はおろか袴にさえ傷一つない。

しかし、それでも間合いから僅か三寸の距離で出鼻をくじけたことは駆け引きにおいて大きい。

抜刀から木刀を両手で持ちつつ上段に振り上げ、左足で踏み込みながら左上から右下──逆袈裟に振り下ろす。

当たらない。

袋竹刀で木刀を叩かれ軌道を反らされる。

半ば受け流すような動きだった。

当たった相手が怪我をせぬように柔らかく作られている袋竹刀で木刀相手にこのような真似ができるとは、怪物である。

しかしそれでも今、主導権を握っているのは少女だ。

振り下ろした木刀を間髪入れずに鈴宗の顎に向って斬り上げる。

後退しつつ顎を引いて木刀を避けた鈴宗に対し、さらに横薙ぎに木刀を振るい、首を狙った。

獲った──そう思えた横薙ぎの一刀を鈴宗が頭を低くして避ける。

鈴宗の頭上を木刀が髪の毛を撫でる様にすり抜けていく。

獲れる寸前だった──否、あえて鈴宗がギリギリまで引き付けて木刀を避けたのだ。

そして鈴宗が少女の胴目掛けて袋竹刀を振るう。

木刀の刃で受けようとしても間に合わない──

 

「くぅッ!!」

「ほぅ…。」

 

少女は咄嗟に木刀の柄で袋竹刀を受けた。

柔らかい袋竹刀は柄で止まることなく大きくしなり、刀身を曲げながら振りぬかれたが、間違いなく少女は柄で一刀を受け止めていた。

受けた手が痺れる、が心地よい痺れだ。

指先の感覚ははっきりしている、そのまま鈴宗の首筋に木刀を振るった。

だが鈴宗はその場から引くことなく逆に少女に向って肩から突っ込んだ。

 

「ぐぁッ!?」

 

少女の木刀が鈴宗の首筋を打ち据えるより早く、少女の身体が突き飛ばされた。

どうにか倒れないようにバランスをとり、よろめいてたたらを踏みながらもこらえる。

その隙を逃すことなく鈴宗が少女に向って踏み込んだ。

少女は苦し紛れに木刀を振り下ろすが、その手目掛けて鈴宗が袋竹刀を斬り上げた。

ばいいん!と、弾性に富んだ袋竹刀が独特の音を発しながら少女の手を打つと、木刀がその手から弾け飛んだ。

 

「ま、まいりました、師匠!」

「カマイタチの使い方と途中の柄受けは及第点だな、あの発想と感覚を忘れるな…今日はこれまで。」

 

鈴宗が袋竹刀を下げ、少女は木刀を拾うと互いに一礼する。

そして少女は防具を外すと一気に呼吸を荒くさせながらその場にしゃがみこんだ。

 

「ぜぇ…ぜぇ…あ、ありがとうございました。」

「ふん…だいぶ体力がついた様だが、その様子だとまだまだだな。」

「し、師匠が凄すぎるんですよ…。」

 

今日は基礎的な構えや素振りから始まり、施設のトレーニング器具を用いての筋力トレーニングを行い、最後に自由な打ち合いをやって稽古が終わった。

少女はそもそも霊力で身体を強化できる中で筋力トレーニングなど必要なのかと疑問視していたが、肉体の土台が強くなることは決して無駄ではなかった。

そもそも体力があれば集中力が持続し、霊力や妖力を練りながら戦う持続時間も増えることに繋がる。

考えれば単純な話だが、固定観念があれば気づかないものだ。

それでいて筋力の疲労回復にあてる日にはしっかりと禅を組み、霊力と妖力を練る訓練をさせてくるものだから心休まる日がない。

ただ内容に違わず強くなっていることが実感できるので、少女は鈴宗のことを相変わらず師匠と慕っていた。

 

「…もう外は暗くなっている時間だ、さっさと帰れ、学校に寝坊するぞ。」

「だ、大丈夫ですよ!最近はそんなに寝坊してませんから!」

「はぁ…馬鹿なことを言ってる暇があるなら帰る支度をしろ、俺は自分の稽古をして帰る。」

 

思わずため息をつく鈴宗を見ながら恥ずかしそうに少女が俯く。

しかしそこで何かを思い出したように顔を上げ、視線を泳がせながらもごもごと口を動かし始める。

 

「あ、あの…し、師匠…。」

「なんだ…?」

「お願いしたいことが一つあるんですけど…えっと…。」

「…言いたいことがあるならとっとと話せ。」

「は、はい!実は10月に学校で文化祭があって、それに来てくれないかな…って。」

「…何故だ?」

 

唐突な自称弟子の願いごとに鈴宗が眉をひそめる。

 

「そういうのは親や友達を呼ぶものだろう…?」

「親は…いなくて…今は妖怪の女の子と二人で暮らしてますから。」

「…俺たちと同じということか。」

 

思わず鈴宗がため息を吐く。

鈴宗も少女と同じ歳のころにはもう両親を亡くしていた、そしてそれが縁で友人になったのが妻の花音と悪友のツツジである。

少しばかり奇妙な縁を感じないこともなかったが、鈴宗としてはそんなものに付き合う気にはなれなかった。

しかし、目の前の少女は考えてみれば一度も会ったことのない孫と同年齢くらいだろうか。

ツツジから孫の話を聞いたせいか、そこでほんの少しだけ迷いが生じた。

迷いが生じたということは、相手に隙を与えることに他ならない。

 

「私のクラス…メイド喫茶をするんですけど、見に来てくれる人がいないと寂しいです。」

「め…めいど喫茶…か…。」

「退魔師の仕事のせいで友達もいなくて、一緒に住んでる妖怪の子が一人だけ来てくれるって言ってくれましたけど…一人だけですよ。」

「お前…なぁ…。」

「師匠が来てくれたら嬉しいんですけどやっぱりダメですよね…そうですよね…。」

 

鈴宗はまた一つ溜息をついた。

全てが演技というわけではないだろうが、明らかに迷いが生じた鈴宗の甘さにつけこもうとしている。

わざとらしく俯いて言葉をこぼしながらちらちらと向けられる少女の視線に、思わず鈴宗は目を逸らした。

こうなったら負けたも同然である。

 

「…何日だ?」

「…師匠!!」

「気が向いたら行く、学校の名前と日程を教えろ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝京歴784年10月上旬。

下旬に控えた文化祭の準備に忙しなく人々が動く放課後、鈴音はいつも通り生徒会室を訪れた。

生徒会室には普段通りヒナと久保寺がおり、後は数名の生徒会役員が各々の仕事をしている。

ヒナはパソコンの前で各クラスや部活から送られてくる予算追加に対する要望に対しいくつかの案をまとめてデータを作っており、久保寺は出し物や屋台に対して風紀的に問題がないかチェックしている。

 

「失礼します。」

 

鈴音が生徒会室に入ってあいさつするとヒナと久保寺はもちろん、数名の役員たちも小さく声を掛ける。

それくらいにではあるが、鈴音は役員たちから信頼されるようになっていた。

 

「やぁ鈴音くん、毎日ご苦労様だね。おかげで私もヒナも助かっているよ。」

「はい、久保寺さんが言う通り本当助かっています。」

 

朗らかに笑みを浮かべながらヒナが言った。

まだ顔色が良いとは言い切れないが、それでも意識してみなければ分からない程度だ。

鈴音も少しではあるが力になれていることを実感し、安心する。

 

「そもそもは花鈴の代わりですから…。」

「はぁ…そうだったね、そして君の妹の花鈴くんなんだが──」

 

鈴音が妹である花鈴の名を口にすると、不意に久保寺が小さく肩を落とした。

それと同時に久保寺の携帯機器から着信音が鳴り響く。

久保寺は相手の名前を確認するとため息をつき、鈴音に自身の携帯機器の画面を見せた。

そこに映し出された文字は"鹿角 花鈴"の四文字。

 

「…鈴音くん、一度出てみてくれないか?」

「わ、私がですか…?」

 

困惑しながらも鈴音は携帯機器を受け取って通話に出る。

すると鈴音がもしもしという間もなく、大きな花鈴の声が携帯機器から鳴り響いた。

 

「もしも──」

『おいコラァ!!!!久保寺ぁ!!!!!!あんたうちのメイド喫茶が風紀に反してるって…どこが悪いってんのよ!!!!!!???』

 

思わず鈴音は携帯機器から耳を離した。

それほどの怒声であり、耳を離してなお声がしっかりと聞き取れる。

 

「あ、おい花り──」

『こちとら苦渋の決断でフレンチメイドの衣装仕入れたってのにスカートが短いったぁどういうことよ!!!!!?ギリギリ校則に引っかからない程度の丈でしょうがああああ!!!!!!』

「花鈴!!!私だ!!!!!落ち着け!!!!!」

 

思わず鈴音が声を荒げるとぴたりと花鈴の声が止んだ。

 

『え…あ…す、すーちゃん!?』

「はぁ…落ち着きなさい花鈴、そうでないと風紀委員長も話ができないだろう?」

『…うん、わかった…。』

「うん、いい子だな花鈴は。」

 

とてもいい子とは思えない叫び声を上げていた妹に対し、甘い対応をする鈴音に生徒会室にいた全員がなんともいえない苦笑いを浮かべる。

そして鈴音が久保寺に携帯機器を返すと、ようやく落ち着いた声で花鈴が会話を始めた。

 

『…で、久保寺、うちのメイド喫茶の衣装がダメってどういうこと?』

「あぁ…君の言う通りスカート丈はギリギリ校則以内だ、私も君を敵に回すと面倒だから許可したいんだが…生徒会の方に見過ごせない相談が来てね。」

『はぁ?』

「なんでも、君のクラスで無理やりスカート丈が短いメイド服を着せられそうになっているということでね…最も君はロングスカートの衣装も用意すると聞いていたから、私も不思議に思ったんだが。」

『あぁ、そういうことね…分かった、それはこっちでどうにかすっから後は──』

「ちょっと待ってください。」

 

電話の内容を傍で聞いていた鈴音が会話に割って入る。

 

「生徒会の相談事なんですよね、ならまず私が出向きます。」

『…なんか嫌な予感がするんだけど、すーちゃんが何か言ってる?』

 

電話の向こうで鈴音の声は聞き取れないが、なんとなく姉の気配を察した花鈴が不安そうな声を出す。

久保寺はそんな二人を見て笑いを堪えながら花鈴の問いに答えた。

 

「くくく…喜べ、君の大好きなお姉さんが相談の解決に行ってくれるそうだ。」

『は!?うそでしょ!?ちょ、止めて久保寺──』

 

規模寺は無慈悲に電話を切ると、鈴音に一通の手紙を差し出した。

古風にもその相談事は紙の手紙で届いたらしく、内容を見てみると先ほど久保寺が話していたあらかた同じであった。

花鈴のクラスでメイドとして働くことになったが、短いスカートのメイド服しか着させてもらえなくなったのでどうにかして欲しい。

そんな内容だが、鈴音は首を傾げた。

以前メイドのスカートは長い方がよいと言っていた花鈴が、短いスカートを無理やり着せるとは思えなかった。

それに"着させてもらえなくなった"ということは何かしらの事情がありそうだ。

鈴音が首を傾げていると、久保寺が同意するようにうなずいた。

 

「なにかしら事情がありそうだからね、できれば事情を聞いてきてもらえると風紀委員長としてもありがたいんだ、君が行ってくれると助かる。」

「はい、では、行ってきます。」

 

そう言って手にしている手紙の差出人を確認する。

 

「名前は西野空…か。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「失礼します。」

「うう~、すーちゃんマジで来たんだ…。」

 

花鈴のクラスまでやって来た鈴音を、花鈴が苦い顔で出迎えた。

 

「仕事だからな、それで西野さんというのはどの子なんだ?」

「あれだよ、あれ。」

 

ぐっと親指で背後を花鈴が指さす、その先には椅子にビニールひもで無理やり縛り付けられた同級生がいた。

セミロングの黒髪をぱっつんに切りそろえた、中肉中背の可愛らしい女の子である。

おそらく彼女が相談主の西野空だろう。

 

「は、話してください鹿角さん、逃げませんから!」

「あぁん?私がいないことこで好き勝手話されちゃたまんないし、こっから逃がす訳ないじゃん。」

「そんなぁ…。」

「ま、まぁまぁ花鈴…それで、何があったんだ?」

 

怒り心頭な様子の花鈴をなだめながら、鈴音は西野の前に立った。

 

「どうも…生徒会から来ました、花鈴の姉の鈴音です。」

「あ、どうも…相談を送らせていただいた西野です…よろしくお願いします。」

 

そう言ってお辞儀しようとした途端、縛られているため椅子ががたんと揺れる。

さらに反動で椅子が後ろに傾き、あろうことかそのまま後ろに倒れていきそうになる。

 

「きゃあ!?」

「危な…ッ!!」

 

咄嗟に鈴音が椅子を抑えたため事なきを得たが、このまま縛られた状態で転倒していたら下手すれば怪我をしていた。

鈴音と西野は二人してほっとしながら椅子を直すと、その様子を見て花鈴が呆れたように大きなため息をつく。

 

「はぁ~~…すーちゃん、今回の原因はこれなんだよ、このドジやらかすところ。」

「…ドジがメイド服のスカートとどう関係あるんだ?」

 

花鈴の言葉に困惑しながら鈴音が問うと、目の前にいる西野が縛られながらがっくりとうなだれる。

 

「すーちゃん、まぁ、こんな感じのできごとがあったのよ。」

 

 

 

 

 

『鹿角さん!私メイドやりたいです!お世話になってる人が見に来てくれることになって!』

 

『メイド服が二種類あるんですか…は、恥ずかしいので私は長いスカートの方でお願いします…。』

 

『ど、どうですかメイド服、似合ってますか?えへへ──きゃぁ!スカートが足に──むぎゃ!』

 

『も、もう裾を踏んで転んだりしませんから、足元に気を付けて…ひゃあ!スカートが引っかかって──』

 

『み、短いスカートなんて無理ですよ…恥ずかしいし…破ったスカートの分は弁償しますからぁ…。』

 

『メイドやめるか短い方着るかの二択!?そ、それはどうかご勘弁を…。』

 

 

 

 

 

「…ってな感じだよ、おかげで参考に私が買ってきたメイド服、スカートびりっびりだよ。」

「そうか…それで生徒会に相談を送ったと。」

「うぅ…その通りです、藁にも縋る思いで…それがまさか風紀委員長さんの目に留まるなんて。」

「マジでどう責任とってくれんのさ、あんただけこのびりびりのスカートで接客させてもいいんだけど?」

 

相変わらず椅子に縛り付けられたままの西野が怯えた表情を見せる。

またしても鈴音は花鈴のことをなだめながら、西野の相談について考え始めた。

 

「うーむ…しかし、西野さん、気の毒ですがあなたに短い方のメイド服を着てもらうしかない気がします。」

「そんなぁ!なんでですか!?」

「まず貴女がドジを克服したとして、それが事実でも花鈴は納得しないでしょう、きっと長いスカートを履かせてもらえません。」

「た、たしかに…。」

「だとすると、貴女自身が変わるしかない…短いスカートのメイド服を着ても大丈夫な様になるしかないんです。」

「でもそんなのどうすればいいんですかぁ!?」

「…荒療治ですが簡単な方法はありますよ。」

 

西野と会話しながら、間に入りそうな花鈴を撫でておとなしくさせつつ鈴音は一つの方法を考える。

 

「簡単な…方法?」

「はい、西野さん──」

 

 

 

 

「慣れましょう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鈴音が西野と対面してからわずか30分後。

鈴音はメイド服姿の西野を引き連れて秋奈町の商店街へやって来ていた。

 

「本当にこの格好で商店街を歩くんですか鈴音さぁん…。」

「当然です、ここを歩くことに慣れれば人目も気にならなくなるでしょう。」

 

懇願するような目を向ける西野に対し鈴音はそう言い切った。

鈴音の作戦は言葉通り人目に慣れるため、メイド服姿で商店街を歩こうというものであった。

西野はスカート丈をしきりに気にしながら恥ずかしそうに周囲を見ているが、そのスカートは別段短すぎるものでもない。

膝こぞうは丸見えだが、スカートの裾に可愛らしいフリルが盛られていることで太ももの露出は少ない。

ふんわりと広がる構造になっているせいで激しく動けばスカートの中身が露になってしまうかもしれないが、よほど激しく動かなければ問題ないだろう。

少なくとも普通に立って歩く程度なら確実に問題はない。

校則に違反しない程度の長さだが、ひらひらと微かに上下するスカートの裾に心くすぐられる人も多いかもしれない。

流石は花鈴のチョイスだと鈴音は思う。

 

「恥ずかしいかもしれませんが…せっかく似合ってるんですから、頑張りましょう。」

「に、似合ってますかこの衣装が…。」

 

鈴音が思わず口にした言葉だったが、その言葉に西野は頬に手を当てて俯く。

鈴音はそれを見て慌てて自分の言葉を撤回、いや、言いなおそうとした。

たしかに彼女自身が恥ずかしいと思っている服が似合っていると言われても複雑だろう。

俯いてしまうのも無理はないと思ったからだが──

 

「えへへぇ…似合ってるんだぁ…最近袴ばっかり着てるけど可愛い服も着てみよっかなぁ…んふふ。」

「…ああ、はい…いいんじゃないでしょうか…。」

 

よく見れば西野は鈴音の言葉に滅茶苦茶喜んでいた。

西野は中肉中背だがスポーティで綺麗な身体をしており、フリルがたっぷりのメイド服も普通に着ているだけなのに綺麗に着こなしているように見える。

セミロングの黒髪も癖がなく、顔立ちも小動物らしい愛らしいものなのでお世辞抜きで似合っていた。

この分なら思ったより慣れるのも早そうだと鈴音は若干呆れながら思う。

 

「じゃあ私は後ろで見てますから西野さんは歩いてみて──む?」

 

鈴音はそう言ったとき、不意に風の流れを感じた。

風が吹くくらい別になんでもないことだ、しかし、鈴音の勘が何かを告げた。

この風の流れ方を鈴音は知っていた、この風は──

 

「カマイタチ…」

 

鈴音は思わずそう呟き、咄嗟に身構えていた。

この風の流れは間違いなくかつて妖怪カマイタチと対峙した時のものと同じであった。

 

「え、鈴音さん何を言って──きゃあッ!!」

 

西野が鈴音の呟きに顔を上げると、急な突風が下から上へと吹き上げて来た。

これはただの風だ。

風を操り放たれる真空の刃ではなく、その証拠に鈴音の制服が大きくはためいたが傷は一切ない

下から吹き上げる風、砂塵で目を潰す気だったか──?

油断せずにスカートの腰に差している大通しに鈴音が手を伸ばす。

その時"二人"の耳に声が響いた。

 

 

『きひひ!もらったよ!メイドの姉ちゃんの水色!!』

 

 

やんちゃな子供のような声色だった。

まったく敵意を感じないその声に鈴音が顔の表情を緩め、周囲を見渡すと一匹の小動物が商店街へと走って行く姿が見えた。

おそらくはカマイタチだ。

以前、八咫烏の仕事で出会った普通のカマイタチと遠目から見ても姿が一致している。

かつて人を傷つけたいたずらを繰り返した報いに大量に狩られ、今は人を傷つけないいたずらを行っていると聞いたが、今の風がいたずらなのだろうか。

しかし"水色"とは?

鈴音がカマイタチの言葉の意味が分からず顎に手を当てて考える、その時だった──

 

「ふふ…ふふふふふふ…」

 

どこからともなく──ではなく鈴音は背後から強烈な敵意をはらんだ笑い声と、妖力が満ちていく波動を感じて振り返った。

 

「え…あの…西野さん…?」

「あのイタチ野郎ぉ…私をあんな目に遭わせたうえに今度は乙女の秘密を…許せません…許せませんよぉ…。」

 

西野の目が完全に据わっていた。

西野は怒りに満ちた笑みを浮かべながら拳を強く握りしめる。

その頭からはメイド服のフリルカチューシャを押しのける様にイタチのような耳が生えていた。

 

「すみません鈴音さん…急用を思い出したので失礼させていただきます!!!!」

「ちょっと、待って──」

 

西野はブォン!と握りしめた拳から光の刃、霊剣を発現させると、鈴音が止める間もなくカマイタチが逃げていった商店街へ向かって全力で駆け出していた。

その背を咄嗟に鈴音が追いかけたとき、鈴音は先ほどのカマイタチの言葉を理解した。

西野の着ているメイド服のスカートは緩く広がる形になっている、普通に動く程度には問題ない、しかし激しく動いてしまうとその構造のせいで裾がめくれやすく──

 

「そういうことか…水色!!」

 

カマイタチの人を傷つけないいたずら、それは"スカートめくり"。

走ることで大きく上下にはためくスカートを目にした鈴音は思わず声に出していた。  

 

 

 

 

 

 

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