帝都の鬼姉妹。 ふぉっくすらいふ!外伝   作:百合道いおりん

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44話 悲劇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つぅまぁりぃ、私はぁ~もう地元がいやれぇ!一人で人間の社会に飛び込んできたわけなんれすよぉ!」

「あぁ…はい。」

 

八尺様、もとい八村がグラスからワインを煽りつつ大きな声で言い放つ。

鈴音はその隣でもそもそと夕飯を食べながら、八村の言葉に適当に相槌を打っていた。

この話を聞くのは今夜でもう三回目だった。

向かいのソファに座っている──もとい避難している花鈴は口をへの字に曲げながらその光景を見ていた。

八村はそんな二人をまったく意に介することなくグラスにさらにワインを注ぎ、話を続ける。

 

「地元のみんなは八尺ろころか!七尺もない!わらしを!馬鹿にするしぃ!」

「はぁ…。」

「らから人間の世界で頑張ってみようかと思っららぁ…今度はおっきいおっきいってぇ…もう嫌なんれすよぉ!!」

 

たしかに八村は人間の女性だとしたら規格外の長身を誇るが、彼女が八尺様という妖怪の一人だとすると小さい部類になるのだろう。

八尺という長さを現代帝都で主流になっているメートルを使って表せば、おおよそ2.4メートル。

八村の身長は2メートルに届くかどうかといったところだ、頭一つ分以上小さいことになる。

 

「電車に乗れば頭はぶつけるしぃ…可愛い服はぜ~~んぶサイズがないんれすよぉ!!分かりますかぁ!!?鈴音しゃん!!」

「分かってますよ…さっき聞きましたから…。」

 

八村がバンバンと鈴音の背を叩く。

もし隣に座っていたのが鈴音でなければ叩かれた勢いでテーブルに頭をぶつけていたかもしれない。

鈴音でもてこずるほどの怪力は単純に身体が大きいからではなく、妖怪由来の身体の強さが原因だったようだ。

そうであれば人間であるはずの鈴音が自分の力を上回ったことに困惑していたのも納得である

もっとも、鈴音の身体は鬼の力を得た花鈴の血が少し入り混じっているのみで、ほとんど人間の肉体と変わらないのであるが。

 

「…で、八村さん、大事なことを忘れてませんか?」

「ふぇ?」

「…劇のこと、すっかり忘れてません?」

 

鈴音がそもそも彼女がここに来た理由について口にする。

すると八村は酒で血色がよくなっていた肌を見る見る間に青白くさせ、グラスを持っていない手で頭を抱えた。

 

「あぁ~~ッッ!!?楽しすぎて忘れてましたぁ~~!!!!!」

「そんなことだろうと思いましたよ…。」

「お酒が久しぶりに呑めたのが嬉しくてぇ…。」

 

うぅ…と涙目になりながら八村がグラスに残っていたワインを飲みほした。

ちなみに彼女をここまで酔わせた悪い妖怪たちは酒が切れたと言い出し、買い出しに行っていた。

蟷螂坂も今夜の酒盛りでかなりの食材や作り置きの料理を消耗したらしく、それに同行している。

 

「っぷはぁ!!って言ってもぉろぉすればいいんれすかわらしはぁ!!?」

「いや、それが分からないから二人で悩んでいるんじゃないですか…。」

「わらしも頑張りたいんですよぉ!?特に今回の脚本はイトーちゃんれすからぁ…あの子のためにも絶対良いのにしたいんれす!」

「伊藤さん…あの私と練習を見ていた方ですね?」

「そう!!あの子が人間からおっきー!おっきー!って言われるだけだった私を"君にいつか私の舞台に立って欲しい"って演劇部にスカウトしてくれたんれす!!」

 

これは今夜鈴音も初めて聞く話だった。

しかし再び自身の過去に関する話に戻ったせいか八村はまたしてもワインの瓶に手を伸ばし、あろうことかグラスに注ぐことなくそのまま口に運んだ。

 

「しょれから!演劇がしゅきに!なったんれしゅ!!普段は気の弱いダメダメな女れすけろ!劇なりゃお姫様にも王子様にもなれる!!」

「はぁ…つまり自分とは別の存在になれるから好きになったと。」

「しょのとおりれす!!」

 

この酔った惨状をみてどこが気弱なのかと思うが、普段の八村は慣れない生徒会室に入ることに怯える程に気弱ではある。

しかしこの話は収穫であると鈴音は思った。

彼女が演じることを好む理由は劇に抱える違和感に繋がるかもしれないと感じたからだ。

すると二人をじっと傍観していただけであった花鈴が何か考える様に腕を組む。

 

「ふぅ~ん、まぁ話聞いててだいたいの事情は分かったけどさ。」

「ふぇ?」

「花鈴、何か考えが?」

「まぁね、やっぱそこの八尺女、役にのめりこんでラストに納得いってないと思うよ。」

 

花鈴がそう言い放つと、八村は酒とはまた別の理由で顔を赤くさせ、眉を吊り上げた。

 

「そんなことないですぅ!!イトーちゃんの脚本は間違ってなんかありません!!私の演技が悪いんですぅ!!」

「その演技が悪くなってんのは脚本のせいじゃない、認めなさいよめんどくさい。」

「う…うぅ…。」

 

花鈴の言葉に八村が大きく肩を落として俯く。

しかし何か意を決したようにゆっくりと顔を上げた。

 

「たしかに…王子を演じていてこの終わり方は違うと思ってました…。」

「八村さん…。」

「うぅ…でも私は別に…ハッピーエンドにしたいとなんか思ってないんです…これは本心なんですぅ。」

「やっぱね、他人になれるのが好きだから役にのめりこんじゃうタイプだよこの子。」

「あぁ、そのことは脚本の伊藤さんも話していた、ただ八村さん自身がそのことを認めたくなかったんだな…。」

 

それが花鈴の言葉と酒のせいでついに本心を認めたのだろう。

またしても八村が俯くが、花鈴はその姿に肩をすくめた。

 

「だったら答えは簡単じゃん、あんたは──王子はそこでどうするのか考えればいいじゃない?」

「そんなの…分からないですよぉ…。」

「まぁそうだろうねぇ~、でも案外あんたはその問いに答えられる人にたどり着いてるかもよ、八尺女。」

「だ、誰ですかそれは!?」

「はい、じゃあすーちゃん、答えてあげて。」

 

花鈴は八村から鈴音に視線を移し、そう言った。

鈴音は思わぬ言葉に首を傾げる。

 

「私が、答えを?」

「ま、それは正直わかんないけどさ、ここで可能性があるとすればこの女自身が助けを求めたすーちゃんしかいないよ?」

「たしかに…そうかもしれないが…。」

「さぁすーちゃん!目の前には何人いるかも分からない追手、後ろにいるのは守らなきゃいけない従者さん、絶対絶命の状況ですーちゃんが王子ならどうするの?」

「そんなもの──」

 

花鈴が分かりやすく鈴音に答えに至る道筋を示してくれる。

たしかにそうなれば、鈴音が答える道は一つしかなかった。

 

「戦うにきまっている。」

「へ…王子が、ですか?」

「私なら、ですよ八村さん。」

 

すぅ、と息を吸い、鈴音は答えの続きを話す。

 

「たしかに絶体絶命ですが、二人で生き残る可能性があるならそれしかない。」

「で、でもそんなの──」

「それでも私には諦めて道を閉ざす選択肢はありません、ならば戦います。」

 

当然とでも言うように鈴音は言い切った。

幾度も死に聞きに瀕し、戦ってきた鈴音が言った言葉だ。

ただの理想を語る言葉ではない、本当に絶望的な状況でも抗い、生き残った者の言葉である。

その言葉に、何かが目覚めたように八村が顔を輝かせた。

 

「うん…うん、うん!!そうだよ!!王子は──私はあんな状況で諦めない!そうだ!私はあの程度で愛する者との幸せを諦めない!!」

 

八村が立ち上がり、大仰に腕を開いて高らかに言葉を発する。

どうやら鈴音の答えは八村にとっては正解の道筋だったようだ。

 

「自らの身分も考えずに従者を愛し!!政略結婚などどこ吹く風!!自分の愛のためなら怪しい大臣にも手を貸す!!それが私だ!!!」

「え…?」

 

なにやら不穏な言葉に、思わず鈴音が眉をひそめる。

 

「そんな!!私が!!幸せを諦め!!共に死ぬなどありえない!!ふははははは!!!そうですぅ~!!これはイトーちゃんに脚本を変えてもらわねばぁ~!!!」

「いや、あの…八村さん…!?」

「たっだいま~!八村ちゃんワイン買ってきた──なになに!?なにして遊んでるの!?私も混ぜてよぉ~!」

 

八村が盛り上がったその時、買い出しに行ってきた他の皆が帰って来た。

手には大量の酒瓶に箱で買われたビールの山。

普段ならこんな無駄使いはユリカが止めるのだが、そのユリカも酔ってしまった今、誰も止める者はいなかった。

さらなる惨状を予感させえるその光景に、鈴音と花鈴は溜息をつくしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

事務所でもどんちき騒ぎから三日後。

鈴音は放課後、八村によって演劇部に呼び出されていた。

あの後結局朝まで皆で飲んでいたらしいが、八村は夜中にも関わらず伊藤に自分の考えを連絡していた様子だった。

端から少し様子を見ていたが、八村の表情は明るかった。

それから先に眠った鈴音は翌朝、事務所の掃除と二日酔いに苦しむ皆の世話で四苦八苦させられたのだが…。

 

「どうも、こんにちは。」

「あ、どもども鹿角さん~うちの部活のためにいろいろありがとうね~。」

 

練習に使われている空き教室の扉を潜ると、脚本の伊藤が真っ先に声をかけてきた。

教室を見渡すと八村は他の部員と打ち合わせらしく、鈴音に気づいても軽く会釈をするだけですぐに視線を戻した。

伊藤の表情は明るい。

言葉も柔らかく、気の強そうな目つきも三日前に張り詰めた雰囲気に比べて和らいでいる。

代わりに目元には大きな隈が浮き出ていたが。

 

「ごめんね~やっつん、自分が言い出して脚本変えることになったからって張り切ってて。」

「構いませんよ、やっぱり脚本は変えたんですか?」

「うん、おかげでまともに寝れてないけど、私もやっつんの言葉になっとくしちゃったし、いいかなって。」

 

にこにこ笑みを浮かべながら伊藤は話す。

 

「ま、今日の練習見ていってよ、きっとやっつんの演技も良くなってるからさ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私は君のために戦おう!待っていてくれ──きっと君を幸せにして見せる!!』

『嗚呼、王子!いかないで王子!』

 

追手に追い詰められた王子、ここまでは脚本で同じであったが、ここで王子は抗う選択を選ぶ。

まさしく鈴音が選んだ答えのままだ。

命を失うことを厭わない王子を従者が止めようとするが、王子は幸せのためにその手を振り切る。

王子は戦い、戦い、戦った。

スピーカーから派手な剣戟音が鳴り響く。

そして戦った王子はやがて──

 

 

殺されることなく捕らえられた。

 

 

 

『くそ!離せ!離せええええ!!』

 

抵抗虚しく追手に縛られる王子はそのまま城に連れ戻される。

そして王の前へと突き出された。

 

『父上よ!私をどうするおつもりか!?』

『おお、我が息子よ…落ち着きなさい、もう危機は去ったのだ。』

『危機!?どういうことなのです!?』

『お主はあの魔女にたぶらかされていたのだ…もう大丈夫、魔女の呪いは直に消え去る。』

『魔女?…何を?…父上?』

 

 

『もうあの魔女は火に炙って殺した、二度と王子の前には現れぬ。』

 

 

王の言葉に王子の目から光が消える。

魔女──王子をたぶらかしたという女──そう王が言う存在と言えば心当たりは一人しかいない。

絶望する王子に対し、王は拳を振るって声を荒げる。

 

『あの従者め!やはり魔女であったらしい!三日三晩拷問にかけてようやく白状しおった!!』

 

『叩き!嬲り!焼き!潰し!ようやくだ!これでお主の罪は無いと皆に宣言できる!!』

 

『さぁ王子よ!我が愛する息子よ!呪いは解けたと言ってくれ!!』

 

王の言葉を、王子は呆然と聞くしかなかった。

熱弁で猛り、狂ったような瞳のまま、王は王子の言葉を引き出そうとする。

王子はただ俯く。

俯き、言葉を発することもなく、ただただ王の言葉を聞くしかない。

抗った果てに王子は、最も大切なものだけを失った。

 

 

 

『はは…ははは!はははは!!!!』

 

 

 

王子が突如として笑い出した。

王が座する広い部屋、その部屋に反響するほど大きな声で。

 

『はい!父上!私は呪われていました!目が覚めました!』

『おお!やはりか!皆!!王子はこのとおり目が覚めた!!隣国の姫との婚姻は予定通り行うぞ!!』

 

王も王子と同じく盛大に声を上げて笑いだす。

王子の瞳が自身より濃い狂気に染まっているとも知らずに。

 

そして婚姻式の当日。

城は火に包まれていた。

あちこちから黒煙が上がり、幸せな声に包まれるはずだった式典会場は阿鼻叫喚に包まれた。

さらにどこからともなく現れた盗賊が城に侵入、血が飛び交い、炎と血で全てが赤く染まっていく。

ただ王子だけがその光景を恍惚とした表情で眺め、静かに炎の中で佇んでいた。

 

 

『さようなら…この世界は私にとって残酷すぎた…。』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうでしたかぁ~!イトーちゃん私の演技は!?」

「いや最高だよ、必死に脚本練り直した甲斐があったってもんさ!」

「本当にそうですぅ~イトーちゃんの脚本は最高だって私知ってますから~!」

 

練習を終え、八村と伊藤は互いに抱きしめ合い、讃えあう。

他の部員たちも劇の出来栄えに好感触を得たらしく、各々が表情を明るくしながらもすぐさま演出や演技に関し話し合っていた。

かくして演劇部は一丸となり、来る文化祭に向けて新たな脚本と共に突き進むのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鈴音はそんな皆を一歩引いた位置からやりきれない気持ちで眺めていた。

己の答えを八村に──王子に示した結果、みんな死んでしまった。

王も大臣も隣国の姫も、劇の登場人物とは言え、鈴音のせいで。

 

「……。」

 

 

 

 

 

「私は一体…どんな気持ちでこの劇を見ればいいんだ…。」

 

 

 

 


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