帝都の鬼姉妹。 ふぉっくすらいふ!外伝   作:百合道いおりん

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5話 鹿角姉妹

「がっ、はぁ…!!!」

血が、鈴音の口から大量に溢れる。

鈴音は即座に花鈴を庇い、その身体を貫かれていた。

「か…り…!」

「すー…ちゃん」

朦朧とした意識の中、妹の声を聞きながら鬼の腕を掴み、抵抗する。

無駄でもいい。

ほんの微かでも、花鈴が助かる確率が上がるなら、抗う。

その様を見て鬼は嘲り笑うどころか息を呑み、感嘆の眼差しで鈴音の瞳を見つめる。

「惜しい…。」

心底残念な声で鬼は言い、鈴音の身体から腕を引き抜いた。

地面に体が落下する。

もう、感覚がない。

身体のど真ん中をぶち抜かれた。

それでも、意識が残っている限りは、動く。

この鬼はじょうにもろい。

じょうにうったえればかのうせいは

こえをだせ

なにか

いわなきゃ

いわないと

いう

 

 

い──

 

 

 

 

 

 

 

 

なにかがあたまにながれこむ

きえていくいしきの中でハッキリと

何かが頭の中に流れ込んでくる。

遠い、遠い記憶を掘り起こすような、そんな感覚。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『迎えに来たよ、(しょう)りん…』

大きな一振りの太刀を持った甲冑姿の血まみれの女性が、燃え盛る豪奢な武家屋敷の一室に立っている。

その前にいるのは鮮やかな着物を身にまとう、頭から一本の角が生えた鬼の姫君。

小りんと呼ばれた姫は女性の声を聴くと目を見開き、涙を流して彼女に抱き着いた。

『でもごめん、貴女の母様は…私が…』

顔を歪ませながら言う彼女に小りんは首を振り、力いっぱい彼女を抱きしめた。

『ありがとう。』

彼女は決意を固め、太刀を持っていない腕で小りんを抱きしめ返した。

『大丈夫、これからは私がいるから。』

強く、強く小りんを抱きしめる。

その背後でどたどたと大勢の人間が走る音が聞こえ、二人がいる部屋の中に甲冑を着た男と仗を持った術士たちがなだれ込んできた。

『ああ、みんな…彼女が私の言っていた小りんだ、彼女に抵抗の意思はない。』

にこりと笑顔を浮かべて彼女は他の皆に伝える。

しかし彼らには不穏な雰囲気が漂っていた、特に甲冑の男はその身体から気を昂らせている。

『鹿角…まさか…。』

甲冑の男、鹿角と呼ばれた男が無言のまま太刀を抜き、彼女に斬りかかる。

下方から顎に向かって振りぬかれた太刀を、掬い取るよう受け流しながら彼女は弾いた。

彼女の方が既に刀を抜いていたために対応はできたが、確実に本気で殺しにかかってきた太刀筋であった。

鹿角は受け流された太刀を勢いそのまま上段に構え直し、振り下ろす。

それを彼女は真っ向から受け止め、鍔迫りの状態で肉薄する。

『約束のはずだ!鈴鹿御前は討つ…しかし小りんは討たぬと!』

怒鳴る彼女を鹿角は力づくで押し込み、そのまま圧し斬ろうとするが彼女は押された力を利用して姿勢を低くすると

そのまま太刀の柄を跳ね上げ鹿角の顎をカチ上げた。

更に追撃で柄先を鹿角の顔面に叩きこむ。

ぐしゃっと鼻の軟骨がつぶれる感覚が手に伝わるとともに、鹿角がよろめく。

その腹に思い切り足裏で前蹴りを叩き込んだ。

甲冑の腹越しのためダメージはないが、思い切り相手を突き飛ばして距離を作ることはできる。

このまま浮いた足で前に向かって踏み込み、距離が開いたところで下から喉元に向かって突きを──

彼女が本気で鹿角を殺す寸前、背後にいた小りんに異変が起こった。

『小りん!?』

鹿角に同行していた術士たちが全員で印を結び、小りんの動きを封じていた。

小りんは鬼だ、封印するにしても相応の力と代償が必要なため、今すぐ動きどころか存在まで封じられることはないであろうが下準備は既に整ってしまった。

その事実に彼女は動揺した。

つい小りんを見てしまった。

目の前の鹿角から目を離してしまった。

斬りあいの最中に手練れから目を離すような者には、相応の報いが訪れる。

鹿角に目線を戻した彼女の眼前には刃が迫っていた。

反射的に彼女はそれを弾く。

しかし弾いたものの手ごたえはあまりにも軽かった。

宙に舞うは、鹿角が投げた懐刀。

更に彼女の首元に迫るのは、鹿角の太刀の切っ先。

貫かれた。

彼女の首を鹿角の太刀が貫いた。

締めていた兜の緒が切れ顔が露になり、彼女は地面に倒れる。

小りんの悲鳴が響いた。

屋敷の柱が震え、焼け落ちた一部が崩れるほどの絶叫。

その声に術士たちは怯んだ表情を見せるが、鹿角は表情を変えず自由を奪われた小りんに迫る。

『小りん…』

声にならない彼女の声が、微かに響く。

彼女は立ち上がった。

既に屍と化した身体で立ち上がった。

約束を果たすため、彼女は自分が屍だと気づきながらも動く。

小りんの前に立ち、鹿角に背を向けながら彼女を抱きしめるように庇った。

『い…っしょ…』

小りんにその言葉が届いたとき、甲冑の隙間を縫うように鹿角が太刀を彼女に突き刺し、刃が小りんの身体ごと貫かれる。

同時に、封印が始まった。

封印の代償に贄とされる命は彼女のもの。

元から決まっていた計画であったのだろう。

鹿角と術士たちは彼女を贄に小りんを、鬼を封印する気であったのだ。

小りんの慟哭が響く。

動きを封じられた小りんは物言わぬ彼女の屍を抱いてやることもできず、ひたすら哭いた。

次第に封印が進むと、小りんの肉体が吸い込まれるように鹿角が突き刺した太刀に向かって蠢き、纏わりついていく。

小りんは哭き続けた。

最後まで哭き続けた。

そして突き刺された太刀が柄から刀身の根本にかけて硬質な、しかし生々しい繊維質の赤い塊がまとわりついた異質な形状になり、

刀身の色が鬼の角のように乳白色に染まった頃に哭き声は止み、儀式は終了していた。

そこには後に姫斬りと呼ばれる太刀が一振りと、空になった甲冑、そして甲冑の主である彼女が最期まで離さなかった一振りの太刀が遺されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

哭き声が響く。

あの日のように哭き声が

花鈴の哭き声が響いた。

その声に呼応するように、姫斬りが納られた箱が震える。

妖力を察知することができる鬼は即座に膨大な妖力があふれ出たことに気づき、笑みを浮かべた。

「目覚めたか…姫斬り!?」

納められた箱が砕け散り、封印が記された札が弾け飛ぶ。

中からは一振りの刀が浮かび上がり、禍々しい気を放っていた。

柄から刀身の根本まで、赤黒い筋肉のような繊維質のものに覆われた異質な形状。

鬼の角を思わせる乳白色の刀身に痣の様に刃紋が浮かび上がっている。

浮かび上がる姫斬りに鬼は思わず手を伸ばすが、それを拒むように赤黒い稲妻が奔り、鬼の腕を弾き飛ばした。

「む!?」

腕を抑え、後ずさる鬼が驚きの表情を浮かべるが、すぐさま笑みを浮かべた。

「なるほど、選ばれなかったか。」

姫斬りがその言葉に答えるように刀身を向けた先は、花鈴であった。

涙を浮かべ、目を見開き、怒りに狂った表情で花鈴は姫斬りに手を伸ばす。

その刀身が磁石に吸い付く鉄の様に花鈴の身体に引き込まれ、刀身の半ばまで突き刺さった。

「殺す…。」

血を吐きながら花鈴はそう呟き、刀身を更に身体の中に押し込む。

鍔元まで、すべての刀身が血で濡れるまで身体に姫斬りを押し込み、一気に引き抜いた。

乳白色の刀身に血管が通ったように筋が入り、黒ずんだ赤色から鮮血を思わせる紅蓮色に全体が染まる。

花鈴の身体にも変化が訪れた。

刀身が突き刺さった点から徐々に肌が赤みを帯び、目の前の鬼の肌と同じ赤銅色を超え、姫斬りと同じ紅蓮色に染まった。

そしてその額からは角が一本、肉をかき分けるように生えてきた。

その姿はさながら御伽噺の鬼、そのものであった。

「みんな、みんな殺す。」

鬼と化した花鈴が、正眼に姫斬りを構える。

たいして鬼は息を整え、身体に気を巡らし、全身に妖気を纏い構えた。

「殺してみろ、俺を、そして──」

鬼が言葉を言い終える前に、花鈴が前に踏み込む。

両者の身体が瞬間交差した。

「血を…吸え。」

鬼の身体が、上半身と下半身、二つに綺麗に分かたれていた。

鬼の血に濡れた姫斬りはさらに朱い輝きを増し、綺麗な血の色に染まっていた。

 

 

 

鈴音は死の淵に立ちながら、一部始終を見届けていた。

まるで見えない何かに意識をつなぎ留められていたかの様に、見届けた。

交差は一瞬であったが恐ろしい速度で幾度かのやりとりが行われていたことを鈴音は見ていた。

まず正眼から花鈴が突きを放ち、それを鬼が前に置いた右拳を突き出すことで逸らしながら左拳の中段突きを放った。

対する花鈴は姫斬りの柄先でその拳を叩き落す。

そこから姫斬りの柄を振り上げて柄先で鬼の顎をカチ上げた。

鬼の体勢がその一撃で崩れる。

そのまま流れで花鈴が上段に姫斬りを構え、その動きに対し鬼が眼前で腕を十字に交差させ防御の姿勢をとった。

しかし花鈴は上段構えからそのまま姫斬りを振り下ろさず、鬼の横をすり抜けるように体捌きを行いながら腕の角度を変え

胴体を真っ二つに切断した。

美しい流れだった。

荒々しき柄を使った動きと、流れるような体捌き。

剛柔一体の動きに感銘すら覚える。

死の間際だというのに鈴音は笑みを浮かべていた。

冥途の土産に良いものが見れたかもしれない。

悔いは山ほどあるが、花鈴は超常の力を得て生き残った、それならよい、それなら。

ゆっくりと花鈴がこちらに歩んでくる。

私の血も吸いたくなったのか?

鈴音はふとそんなことを思い浮かべた。

そして花鈴は既に動かない鈴音の身体を抱き起し、じっと瞳を見つめてくる。

その目に鈴音は答えるように、力ない瞳を向けた。

すると花鈴は突然舌を出した。

そして、その舌を姫斬りで厚みの半ばほどまで切り裂いた。

何を…している…?

花鈴の口元がが真っ赤に染まる。

紅蓮の肌に違った朱色が混じった。

その口を──

(むっ!?ぐっ!…むぅ!?む!!?)

花鈴の唇と、鈴音の唇が重なっていた。

そのまま鈴音の唇を邪魔だと言わんばかりに花鈴の舌はこじ開け、口内を蹂躙する。

(何が…起こっている!?)

血が、花鈴の血が大量に鈴音の口内に流し込まれる。

それが目的か!?

鈴音は血が流し込まれると同時に意識が覚醒していくことを感じていた。

同時に麻痺していた胴を貫かれた痛みが蘇り、焼けるような痛みが一気に襲い掛かってくる。

「むっ!ぐっ…ぐっ、がぁぁぁ!」

激痛に声が出た。

なくなったはずの感覚が蘇り、失った部位が生み出されるというあり得ない感覚が身体を襲う。

それを抑えるように花鈴は鈴音の口を唇で塞いで舌を絡ませ、血液を送り込んだ。

数分間。

激痛に耐えたところで、驚くことに鈴音の傷は塞がっていた。

意識がはっきりと蘇り、つま先から指先まで、完全に感覚があった。

体を起こそうとするが肉体が治ったというのに花鈴が…花鈴の唇が鈴音の唇を塞いだままであった。

がりっ。

鈴音は口内に差し込まれた花鈴の舌を軽く噛んだ。

そのとたんにバッと花鈴が鈴音から顔を離し、口を手で塞いで眉をひそめる。

「いったいよすーちゃん…私命の恩人だよ?」

「それに関しては…ありがとう。」

思わずそう鈴音は返してしまう。

そしてその口調を聞いて困ったように肩をすくめ、眉をひそめた。

昔の花鈴の口調だ…。

そう鈴音は思う。

まだ父から後継のことを告げられる前、幼かったころの口調そのままだ。

これが鈴音の知る花鈴である。

甘えん坊でスキンシップが激しく、私にべったりな妹。

「血を分けてくれたから助かったのはわかった。」

「うん!すごいでしょ!」

ほめてほめてと言わんばかりに血まみれの口元そのままに笑顔を浮かべ、花鈴は言った。

その頭を撫でてやりながらも鈴音は顔をしかめる。

「他にやり方はあっただろ…。」

「えぇ…だって昔はよくしたじゃん、キス。」

「十年以上前だろ…。」

鈴音は頭を抱えた。

そんな昔のことを持ち出されては敵わない。

「でも、これでやっと二人きりだね。」

「は?」

「あの男も女も死んだよ?だからやっと二人になれた!!」

満面の笑みを浮かべて花鈴は言った。

その顔に恐ろしいまでに悲しみはない。

曲がりなりにも、間違っていたかもしれないが、自分の親が死んだというのに。

「やめろ…」

「なにを?」

「父さんと母さんだぞ…」

「知らないよ、あいつらなんて。」

氷のような声色で、花鈴は言った。

「だってあいつらは私からすーちゃんを奪った、それから私のことなんて一切見なかった、あいつらがずっと見てたのは取り繕った偽物、一度だって私を見ようとなんてしなかった、私は一度あいつらに殺されたのと同じだよ、見てくれてたのはすーちゃんだけ、すーちゃんだけが陰でずっと私を守ってくれた、それであいつらが死んで私とすーちゃんは蘇った、ハッピーエンド万々歳だよ。」

まくしたてるように花鈴は言う。

たしかにそうかもしれない、しかしそれでも鈴音は肉親への情を捨てきることはできなかった。

言いようによっては父もこの家の伝統に呑まれた被害者だ、最期まで偽りの日常を過ごし、天災のように現れた怪物に殺される。

母だって、決して悪い人ではなかったはずだ。

いつも食った残り物の飯は、美味かった。

間違いなく愛情が、捨てたはずの愛情がそこにはあったと鈴音は信じている。

「やめよう、花鈴。」

「すーちゃ──」

「私がこれからはそばにいるから。」

鈴音はそっと花鈴を抱き寄せながら言った。

久々に抱きしめた花鈴の身体は遠い記憶が蘇るような、そんな気がする感触だった。

しばらくの間、鈴音と花鈴は姉妹としてのお互いが戻ったことを実感し、その感触に浸っていた。

 

 

 

 

 

 

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