「おっ、今日も早起き出来て偉いじゃないか二人とも!」
嗚呼、聞いたことのある声がする。懐かしくて、聞いているだけで心が温かくなるような優しい声。聞こえていて当たり前、と言うくらいに日常に組み込まれたそれが無ければやっていけない。失うなんて思ってないし、何より望まない。
「それじゃあ今日はこの勉強だ。ついて来いよ、二人とも。」
「もっちろん!」
「当たり前だよ、■■■■さん...いや、此処は■■■と呼ぶべきかな?」
「それは私のセリフじゃないの!?」
何気ない会話、笑い声、暖かな雰囲気...其の全てが幸せを簡単に表現できるパズルのピースだ。
欠けたくない、欠けてはいけないんだ。
「今日がんばったら、またアレを作らないとな!エクシアの好きなアレをさ。」
「本当!?なら張り切らないとね!」
あの頃は本当に毎日が陽だまりのように心地よかった。
「エルは頑■り屋さ■■な。ぽ■■■行■な■?」
無理やりにでも手を繋ぐべきだった。手を離しちゃだめ、だったのに。
# # #
ピピピ、とけたたましく部屋に意識を叩き起こすアラームが木魂する。嗚呼、本当に億劫だ。起き上がり、今日の仕事に備えて動かなければならないのに、この魔性の寝具からは抜け出すことが出来なかった。つまりは気分最悪、と言うことである。
それに、見てしまった夢の内容を憶えているせいもあって余計に不機嫌になってしまう。かつての暖かい日々を思い出してしまって、手の届かないそこに想いを馳せてしまう。
「あ゛ー...有給、は使えないかなぁ。使えないよねぇ。」
今日も今日とて観念して、ふかふかの寝具から何とか脱出した。一日寝たことで蓄えられたぬくもりが私に帰って来いと誘惑してくるが、それを何とか無視して洗面台の方へと向かう。
あの都市に居る時よりも、寝起きの髪の手入れはかなり楽となった。戦場であの髪の長さは正直駆け辛い。かといって短いままでいいかと聞かれたら微妙である。昔の長い髪も、彼は褒めてくれた。
「...んー、忘れよう。考えても仕方ないんだ。」
髪の毛は真っすぐにする程度に、適当に。意識を微睡から引きずり出すために冷水で顔を洗い、何とか目を覚ました。此処で変な声を出してしまうのは皆してるだろうから気にしない。気にしたところで誰も聞いてないからいいんだ。
次は食事だ。以前、あの製薬会社に居る戦場医、"ドクター"と呼ばれる人におすすめしてもらった店のサンドウィッチを冷蔵庫から取り出し、ミルクを注ぎつつかじっていく。店の名前は変だったが、味はとても良くてそれからずっと贔屓にしている。
咀嚼をしながらミルクを口にし、サンドウィッチを胃袋へと流し込んでいく。何故、こうもパン類にはミルクが合うのだろうか。それを問いただすのは、空はなんで青いのかとか、答えることすら省きたくなるほどの常識だ。恐らく、そのはずだ。
「今日もとっても美味しかったです、ごちそうさまでしたっと。」
腹ごしらえが済めば次は衣類と道具の準備だ。いつも通りの服に、いつも通りのポーチ。普段と何も変わらないその一式を身に纏い、軽く体を動かす。その普段と着心地が一緒なのを確認して胸をなで下ろす。
変わらないのは、案外大切なことなのだから。
__ボスの元に行く前に、いつもの恒例行事だ。
「今日も、どうか会えますように。」
リビングの家具の上、写真立ての中に保存されているそれに視線を向け、そう零した。そこには私と、藍髪の彼女と、白髪の彼が映っている。私の古郷で撮られた大切な写真だ。あそこから出る時も、この写真は忘れず荷物に積み込んだのを今でも覚えてる。それだけ、私にとって意味のある代物だ。
同時に、私がいつまでも過去に囚われている証でもある。十割素晴らしいものでもない。
「モスティマは頑張れば連絡付くけど...本当に、貴方は何処にいるの。」
一つ、深く深く呼吸。肺の中身の淀んだ空気を全部取り換えるように息を吸って、そして吐いた。幾度か繰り返し、荷物を持ち写真に背を向けた。
「...逢いたいよ。」
きっと今日の私は、いつも以上に過去に引きずられている。全部あの夢のせいだ。
# # #
「ボス~、お昼寝タイムを申請したいんだけど~。」
「却下に決まってるだろ。」
「そんなぁ。」
ほんの少しの寝たりないという欲求を抑えつつ、今日も大都市龍門を移動していく。今日は近衛局による検査の終わった荷物を指定の場所に運んでいくというものだ。
このペンギン急便が運んでいるんだ、きっと楽しいものに違いない。普通の荷物なら仕事は回ってこないはずだ。
「こんな昼間に襲撃リスク考えて私達に依頼するなんてね。何を運ばせてるんだか。」
「中身には触れないって契約だ。
と、言うことだ。中身が気になっても知ることが出来ない。全く、生殺しもいいところである。こういう気になるような仕事が回ってくるのがすべて悪いのだ。したがって私は断じて悪くない。
「碌でもないこと考える暇あるなら運転に集中しろ。これが済んだら休憩やるから。」
「はい言質いただいたからね!飛ばすよボス!」
「ッておい!いきなり加速する馬鹿がいるか!面白い、許す。」
なんだかんだ退屈しない仕事だからやっていける。愉快な人たちばかりで有り難い限りだ。
__そのうちの一人。モスティマとはもう少ししたいんだけれども。もう最後にあって四年目に突入しようとしている。いい加減顔を出してくれてもいいとは思う。
なんて、誰に当てたわけでもない愚痴を心の中で零して、目的地へと何一つ迷わず突き進んだ。
# # #
「はい、確かに届けましたよっと。今後ともペンギン急便をよろしくね!」
今回は事故も荒事も無く仕事が終わった。いつもならボスの事良く思ってない奴が襲ってきたりするが、今回はそれが無かった。平和なのはいいことだが、平和すぎて少し退屈してしまってるのは内緒だ。
依頼主からはたっぷりと代金をいただいてから車の中へと戻った。中ではボスが相変わらず車内音楽で乗っている。今日は立てノリの気分なようだ。
「ボス~、約束通り休憩貰うから。今さら取り消させないからね~。」
「社訓にもあるだろ、"男には二言はない"。」
「初耳なんだけど。いつ追加になったの?」
「数分前、って答えとくか。」
「なぁら仕方ないね!」
そんないつも通りのボスと話していたその時、視界の端の方に白い何かが動いた気がした。龍門にはいろいろな人がいる。白髪の人だって、白髪の人だっている。気になる必要もないことだったが、私は
「…ごめん、ちょっと行ってくる。」
「ちょっと待て。」なんて言葉が背後から聞こえてきたが、それに対応する暇と余裕が無かった。何だか知っているそれを追った。
心がざわついている。ひょっとしたら...と希望的観測をしてやまない。
__建物によって遮られていた死角に回り込んだが、そこには誰もいなかった。ひょっとしたら...と言うのも物の見事に砕かれた。
だが、何も無いわけではなかった。地面には自分達サンクタの良く知る弾丸が一発落ちていた。自分たちの種族しか使えないそれがここにあるということは、凡そ同類がここにいたと考えるのが妥当だ。
「...貴方のだって、信じてもいいのかな。」
拾い上げたそれを大切にポーチに仕舞い、車の方へと向かった。
「生きてるなら、顔くらい出してくれてもいいじゃん。馬鹿。」
生きているかもしれないと知れたのだ。大儲けの日なのかもしれない。