貴方を探して、逢いたくて。   作:語鴉

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筆を置いてる間にバス会社が立ち上がって、アークナイツとコラボするのが決まって。
何だか夢見た景色が形になっていますね。

数年間お待たせしました。これからまた頑張っていきますよ。


10th Bullet "陳腐な想いと言わないで。"

「お前、エルだろ。レミュエル」

 

 真っ黒い結晶が背に、真っ黒い輪が頭上に。所謂"同族殺しの烙印"を押された、ずっとずっと会いたかった彼が目の前に居た。

 やっと会えた歓喜、何故黒くなっているのか、今まで何をしていたのかと言う困惑。様々な気持ちが心の中でぐちゃぐちゃに混ざって、どろどろに固まっていって。

 

 結果、絞り出されたのは行動。

 

 何も考えられなかった。思考は真っ白と言うより、暗く淀んでいた。

 ずっと暗い道を歩いてきたはずなのに。まだまだ、先が見えてこない。

 

「ぇ、ぁ...デュイス兄さ...」

 

 __一層のこと、血濡れていてもいい。もう何年も、何年も会いたかったのだ。焦がれ続けていたのだ。

 罪を背負っているだけで会えたことを喜べないはずがない。積み重ねてきた感情は薄くない。誰よりも、この人に会いたかったのは私だと断言できるくらい、重ねてきたはずだから。

 

 一歩、一歩と吸い寄せられていくように足を進めていく。半ば無意識に動いてしまう。

 

 そう歩いている途中に、何かを構える音が聞こえた。

 

 漆黒と群青に塗られた衣装に輝く、銀の星。その矛先─銃口は、此方を向いていた。

 

「それ以上歩いてくるなら、その頭を撃ち抜くぞ。レミュエル」

 

「へ...?」

 

「理解できないか?言葉の通りだ。それ以上歩くのなら、次の瞬間お前は希望の一切合切を失っている」

 

 街頭だよりではあるが、確かに見える。片手に握られた凶器がずっとこちらを観測していることを。

 

 あの人の殺意を見えてしまった。

 私が銃口を向けていい人になってしまったのだと。そう思うと、酷く寂しかった。

 

「...分かっ、た」

 

「聞き分けが良くて助かる。そのまま動くなよ、俺の事も追いかけるな」

 

 銃を向けた理由を聞き出す前に、眼の先のあの人は踝を返して立ち去ろうとした。

 一歩踏み出せば届く、数年の旅の終着点がまた遠ざかろうとしている。

 これを逃してしまえば、次は何年先になってしまうだろうか。或いは、もう会えなくなってしまうだろうか。

 

 それでも、近付かないことを求められているのならと、原動力の一つでもあった"ちゃんとした再会"すら諦めてしまおう。

 生きているのを見れたからこれでいいじゃないかと必死に自分を納得させる。

 

 あの人が、そう願うのなら。そうするしかないのだと。

 安易な気持ちを抱えてきたわけではないのだから。

 

 _ふっと風が吹き抜ける。知ったような匂いを乗せて。

 

「あんまりにも薄情じゃない?私達、ずっと探してたんだけどなぁ」

 

 澄んだ声が背後の方から聞こえた。良く知る、掴みどころのない声。

 

「やっと会えたね、デュイス兄さん」

 

「お前は、モスティマ。どうしてこうも再会してしまうんだ」

 

 青い影は私と兄さんの間に、まるで定位置であるかのように立つ。

 久しぶりに見るその姿、ずっと会いたかった二人が並んで見えた。

 

「あの人が、モスティマさんの探していた...」

 

 それと探していたバイソン君の姿も近くに見えた。何たる一石二鳥なんだろうか。

 

「___お前、お前も何故"こっち側"に来ている。その必要があったのか」

 

「私にも色々あるんだ。私も、兄さんが一緒になっているなんて思いもしなかったよ」

 

「悪いが、黙れ」

 

 ガィンッ。近くの壁から火花が飛び散った。

 握られていた守護銃を作動させたのだろう。

 

 威嚇であろうとも、標的は私たちだ。

 

「何故、何故だ。何故お前まで」

 

「さっきも言った通り、私にも色々あるんだよ。兄さんにはわかってほしいな」

 

「俺には分からないな。堕ちる理由なんて、分かられてたまるものかよ」

 

 片手規格の守護銃を腰に収め、背を向けられた。

 暗い蛍光灯がぷかぷかと、夜に溶けて浮いている。

 

 兄さんは、悲しいのだろうか。感情が流れ込んでこない。モスティマと話しているような気分だ。

 

「兎に角、俺の仕事を邪魔するな」

 

「それは、私が此処に呼ばれたのと何か関係あるのかな?」

 

「知るかよ。あのクソペンギンにでも聞いていろ」

 

 カツ、カツ。礼儀正しい革靴の音がこの路地に響く。その音が聞こえる度に目の前の影が遠のいて行ってしまう。

 

 青と黒、夜に紛れられるその色が本当に消えてしまいそうで。

 溶けて、二度と見つからなくなりそうで。

 

「...また私たちを置いていくのかい、兄さん」

 

「兄さんと呼ばれる筋合いはない」

 

 正しく人が変わったとしか言えないあの人は、一度のジャンプだけでこの路地の建物を飛び越えて行った。行ってしまった。

 

 待ってよ、と言う言葉すら届けられないうちに。

 

 

# # #

 

 

「はは、行っちゃったね」

 

 白と黒の蛍光灯が一つずつ浮いているこの路地裏。激動の感情にかき乱されて、状況を飲み込めていなかった。

 

 兄さんが居て、銃を向けられて、モスティマが来て、それでまた兄さんが去ってしまった。

 頭の中で並べてみた文字の羅列は、理解しがたい内容だった。

 

 そして何より、何故モスティマと少し話が噛み合っていたのか。それが気になった。

 私はあの人が、兄さんが分からないのに。幼稚な嫉妬込みで。

 

「...ねぇ、モスティマ」

 

「どうしたのかな?エクシア」

 

「兄さんに関して何か知ってるでしょ」

 

「あはは、それはどうだろうね」

 

「誤魔化さないでよ」

 

 いつものひらひらと、つかめない花びらのように舞う青髪の彼女。

 手を伸ばしても、伸ばしても届かないそれは、私には必要なものだった。

 

 どう捕まえようとしてるのか、全てわかっているように避けられる。私は貴女が分からないのに見透かされている気がして、ただただ不公平で。

 

「でも、そうだね。どこから知りたいのかな?」

 

「兄さんは何者なの?」

 

「いきなり核を狙ってくるね」

 

 袋小路を抜けて、さっきまで居た通りに戻ってきた。落ち着いた街灯りに照らされて、あの暗い世界から帰ってきたと自覚させてくれる。

 ここなら言うほど危険でもないだろう。

 

「ぼ、僕も気になります。あの人がどういう人なのか」

 

「教えてもいいけど、どうしようかな。でも、今してることは知るべきではあるかな」

 

 生唾を飲み込み、次の一言を待つ。

 

 命令を待つ忠犬の様に。

 らしくはないんだけど。

 

「私が知る範囲だと、デュイスはフィクサーだ。フィクサーはわかるかな?」

 

「それくらい分かるよ。ハナ協会から免許貰って色々する仕事でしょ?」

 

「流石に分かっているか。そのフィクサーなんだよ、あの人。結構稼いでるみたいだね」

 

「それでそれで?他には何を知ってるの?」

 

「私が掴めたのはこれくらい。フィクサーは情報戦も大事って言うけど、ここまで情報が集まらないのは吃驚したな」

 

 明らかになっていく空白だった時間。余りにも長い、真っ白な期間。

 あまりにも小さいピースではあるけど、これで充分。そう思える年月が経過している。

 

 私がラテラーノからココに来て色々頑張っている間、兄さんも何かしら頑張っていたんだろう。

 

 私の知らない彼のことを知れて、少し嬉しかった。

 

 元来の目的だったバイソン君も回収して、ゆっくりと元居た"大地の果て"へと戻っていく。どうせ今頃皆は酒でも飲んでいるのだろう。

 先日取り寄せたT社と何処かの酒造が手を組んだ"瞬間熟成ワイン"でも試飲している風景が見ずとも察せた。たったの一日でヴィンテージ物になる樽なんて、これから絶対に流行るに決まっている。

 

「バイソン君も送り届けたし、そろそろ私は行こうかな」

 

「えっ、行っちゃうの?」

 

「私にはまだやることがあるし」

 

 店前5メートル付近まで来てモスティマはそう言った。

 私達が置いてけぼりにしていたバイソン君を私に託して。

 

「...兄さんに関すること?」

 

「そうとも言うし、違うとも言える」

 

「はっきり答えてよ」

 

「こればかりは秘密さ。龍門の夜に居たら、知りたくなくとも分かるかもしれないね」

 

 その言葉が鼓膜を震わせた次の瞬間、目の前にはもうモスティマの姿は無かった。待って、と言える隙もなく。

 

 いつだってモスティマはこうだ。いつの間にか、私の前から去っていく。音もなく居なくなるのは最早慣れてきているが、それでも寂しいには変わりない。

 

「...モスティマさん、一瞬で消えませんでしたか?」

 

「いつもの事だから気にしないでいいんじゃないかな。

それよりも!やっと合流だね、バイソン君」

 

「あ、はい。やっと追いつきました。皆さんは今何をしてるんですか?」

 

「お酒飲んでたし、今も飲んでるんじゃないかな~」

 

「...そんな感じだとは思いました」

 

「ここで立っていても仕方ないし、行こっか」

 

 来た道を、周りに気を付けて戻っていく。龍門の巣付近であろうとも、夜は警戒するに越したことはない。

 

 

# # #

 

 

「次はコレや!」

 

「おま、それッ!高かったんだぞ!!」

 

 "大地の果て"に帰ってみれば、予想通りまだボスが酒を飲んでいた。空いている本数からして、普段よりも明らかにペースが速い。

 ざっと給料数か月分は飲んでいるだろう。そんな酒にありつけなかったのが残念で仕方ない。

 

「お、帰ってきたか。バイソンを回収できたみたいだな」

 

「回収って...」

 

「待っとったで~、歓迎会には主役がおらんとな!」

 

「そうそう!だから探しに行ったんだよ~」

 

 机の上にはつまみの数々、酒、ジュース...宴会と形容するには十分過ぎる数の品々が用意されている。

 それも四割ほど食べている状態になってしまってるが。

 

「とりあえず、"大地の果て"へようこそ。この店じゃあ遅刻した奴にはちょっとペナルティがある。酒は飲めねぇだろうから、ソーダ九杯って所だな。

レム・ビリトン産のコール味とゲル味、どっちがいい?」

 

「どっちも嫌ですけど...。あ、この店ってなんでこんな名前何ですか?」

 

 今回の歓迎会主役である彼は周りを見回したり、気になることを聞いたりと宴に関係ない事ばかり気にしていた。

 これじゃあいつまでもこの歓迎会が盛り上がらない。

 あらかじめ作っていた焦げ目ばっちりのアップルパイを手に、足早に距離を詰める。

 

「主役君がぼーっと立ってないで、早く楽しもうよ。折角のパーティーなんだからさ。

私お手製のアップルパイとかどう?」

 

「結構です...。はぁ、僕やモスティマさんがマフィアと戦っていた時に、貴方達はここで楽しんでたなんて...」

 

 私の作るアップルパイ、結構おいしいと思うんだけどね。

 昔食べたあのレシピを使っているのだから。

 

 熱々に─と言うには時間は経ってしまったが、そんなに支障はない。

 手掴みでさく、さくと頬張りながら周りを眺める。

 

 マフィアの所在の話とか、これからの話とか。凄く建設的な話をしている。

 私がこの話に出る必要はないな~、と思いながら咀嚼を続ける。

 

 今日もアップルパイは美味しい。美味しいが、寂しい味付けだ。

 なんだかそう感じる。

 

 喧騒に包まれたとしても、さっきの出来事が脳裏を過る。

 甘い砂糖で脳髄を浸したとしても、ひやりとした冷たい気配がずっと付き纏ってくる。

 

 _そう言えば。兄さんはクソペンギンとか言ってたっけ。

 

「あ、はいは~い!ボスに質問!」

 

「どうしたエクシア。新入社員みてぇな雰囲気だな」

 

「デュイスってサンクタ知ってる?」

 

 _瞬間、ボスの周りの空気がちょっとぴりついた気がした。

 他の皆も何か感じたらしくてボスの様子を伺っている。

 

 不味いことを聞いたのだろうか。

 

「あ~、アイス?二本向こうの路上にあるアイス屋は美味いよな」

 

「いや、デュイスだから」

 

「ライス?すまねぇけど明日の社員向けの朝食はパンの予定だ。諦めな」

 

「デュイス!」

 

「しつこいな!そんなに知りたいのか!」

 

「うん!!!」

 

「素直だなぁオイ!?」

 

 知りたいから引き下がれない。

 想い向ける相手の情報が少しでも手に入るなら。

 

「何というかな、こう言うのは口外していいかどうかのラインってのがあるんだ。

 守秘義務ってヤツ」

 

「全然いえる範囲で良いからさ。ねっ、お願い!」

 

 精一杯の視線をボスへと向ける。

 こんな仕草、きっとこれが最初で最後だ。ボス相手にはね。

 

「あー、分かった分かった。俺の負けだ」

 

 両手を上げながらボスは口を─嘴を開く。

 

「彼奴はたまに使う雑用だ。何をさせても手際が良いんだよ」

 

「雑用?部屋のお掃除とか?」

 

「邪魔者相手の掃除ってことなら合ってるな。あんな高価なフィクサー気軽には使えねぇ。

 後は...情報屋としてもやってるか。偉大な先輩に教わっているんだとよ」

 

「へぇ~~~~~」

 

 意外と、思ってる以上に普通だった。

 

 ラテラーノに住んでいた身としては、罪の証をまじまじと出している存在は鼻つまみものなのだ。

 決して侵してはいけないことをしでかした咎人なのだ。私は結構気にしないほうだ。それでも、そう言う共通意識が流れ込んでくる。

 

 普通に、犯罪者は良い目で見られないよねって。

 

「話せるのはこんなもんか。満足したか?」

 

「あとあと!さっき会ったんだけどボスが呼んでるの?」

 

「それを言ったらいけねぇんだよ!守秘義務!」

 

「ちぇ~。ケチ」

 

 ダメ元で聞いたけど、まぁ。そうか。

 

「兎に角、この話はお終いだ。...喉渇いたな、一回酒を挟むか。

 クロワッサン!ここで二番目に高い酒はどれだ!」

 

「二番目はぁ~、これやな。炎国H社管理区画からの丸薬酒!

 これを飲めば五体満足・健康促進!老いた者ですら元気溌剌!」

 

「おい、俺を年寄り扱いしたか?」

 

「してへんしてへん」

 

 クロワッサンから差し出された緑色の瓶を受け取り、そのままがぶ飲み。

 ああ言う飲み方をやけ酒と言うんだろう。

 レコードとか、その辺りのトラウマも洗い流したいんだろうな、と心中察せる。

 

「ぶはーッ。あ~...美味いし効くな。五百年くらい生き返った気分だ」

 

「それ一本で確か160万くらいやね」

 

「はッ、通りで」

 

 そんな会話を又聞きしながら背を伸ばす。

 

 然し、兄さんは案外近くにいたのだなと。ボスと連絡を取っているのなら私に会う機会もあったはずだ。

 それでも会わないというのなら、会えない理由があるのか。それとも___。

 

「嫌われちゃった、かなぁ」

 

 センチメンタルな独り言が賑やかな声に搔き消されていく。

 嫌われたなんてみじんも考えたくもない。だけれど、あんな時間を過ごすとどうしても。

 

 幸せが逃げ行くため息を一つ。腹の中の膿を吐き出すようにしてから炭酸を体に注ぎ込む。

 嫌なことはこうやって泡と一緒にはじけさせるのが一番だ。

 

 _気分転換完了。

 とりあえずバイソン君は回収したし、次はどうするべきか。大体検討はついているけれど、確認するに越したことはなかった。

 

「それで、これからどうするの?」

 

 と、テキサスに目配せする。こういう時は大体テキサスがあれこれ言ってくれる。

 

「─主な敵の数、目的、正体は分かった。全体規模を見るとかなりのものになるが、一定の目的を持つのはごく一部だ。

 主導しているのはシラクーザから来たマフィア。おそらく私たち、ペンギン急便の龍門での勢力圏を乗っ取ろうとしている」

 

「んで、そいつらは何でウチらを狙ってるん?」

 

「恐らく資金繰りとシラクーザ以外の居場所を欲している。

 他の組織に追われて、こっちに流れ着いたんだろう。

 ─そもそも、こっちは運送会社であって裏路地組織じゃないんだが...まあ、いい。今更の事だ」

 

「気にしないでください、テキサスさん、どのみち”庭先掃除”はやらないといけないですから」

 

「ボスの商売、まねできると思えないんだけどなぁ。自分たちで立ち上げたらいいのに、すっごい無駄なことしてるよね」

 

「ペンギン急便に取って代われるものはねぇよ。今までも、これからもな。

 とりあえず奴らのボスをボコってシバいて、そこら辺に捨てたら万事解決。

 そしてこの件に関しては時間をかける意味がない。ガチのマジで無駄なんだよ、この案件。

 ─やれるな?」

 

「嗚呼、手短に処理しよう」

 

「すっごい真面目な話になっちゃってるし。あ、バイソン君。そこにガム嚙んでていいよ」

 

「え、はい。すみません。

 どういう方針でやってくかは分かりましたけど...少なくとも対策の方針は考えた方が_って、えっ!?ちょっと待って、これ何味ですか?」

 

「上級合成コール味」

 

 すっごい目を白黒させているバイソン君を眺めながら炭酸を口にする。

 多分あれ、口にしたくないタイプの味なんだろうな。どうやって合成コールの味を再現したのか、その経緯は気になりはするけど。

 生憎様甘党である私たち(サンクタ)には縁遠い話なのである。くわばらくわばら。

 

 結局すぐさまティッシュに吐き出していた。

 

「ここのメーカーの商品はブラックリスト入りだ、クロワッサン」

 

「堪忍なぁ。ほら、目新しくてめッずらしいフレーバーのもん見たら気になるんよ。へへへ」

 

「へへへじゃないですって!!!マシな味のってないんですか!?」

 

「じゃあこれあげる、ケーキ味の飴!ほいっ!」

 

「わわっ!んー...はい、これで何とか」

 

 不意打ちで飛ばしてみた飴も無事に受け止めた彼。結構順応してきたんじゃないかって感心する。

 

「さて景気付けだ。酒と料理があるなら...後は音楽だ。そうだろ?」

 

「はいはい、りょーかいっ!」

 

 近場にあるレコードの中身すら確認せずボタンを軽快に操作する。ここの入ってるものなんて大概決まっているし、それが嫌いな奴なんてここにはいない。

 

 _小気味いい管楽器の音が溢れてきた。自然と足元が踊り始めてしまうような、そんなの。

 

「これは...ジャズ、ですか。でも、純粋なジャズでも...」

 

「前のマスターが根っからのジャズ好きでね。ボスがここを引き受けてからはボスなりにちょっとスタイルを変えてるんだ」

 

「え、ちょっと?本当に?」

 

「それはボスのレコードはさっき全部_「おい、トラウマを掘り起こすな!」...らしい」

 

「兎も角な。奴さんが厄介な病気にかかっちまったから俺が代わりに店の面倒見てんだ」

 

「もしかして、鉱石病ですか?例の事件が起きてから、龍門の感染者への扱いは改善したって聞いてたんですけど...」

 

「アルコールアレルギーだ」

 

「龍門最高のバーテンダーになるっちゅう夢を持っとった人やったのにな。こんなんまさに命取りや」

 

「...鉱石病じゃなかっただけましとしましょう」

 

 楽しい楽しい歓迎会が過ぎていく。時間も忘れて、ただただ笑って。

 それでも後ろ髪を引く現実(きもち)が確かに存在する。

 少しでも誤魔化していかないと、呼吸すらできなくなってしまいそうだった。

 

 甘い炭酸飲料二本目をプシュッと開けて、一気飲みたいな勢いで口にした。

 はじけるこの感覚が、もっと楽しくしてくれると信じて。

 

「_ヤレヤレ、また汚ねぇお客さんが来やがったか」

 

 店の外がばたばたと騒がしくなってきた。ボスの言う通り、此処を嗅ぎつけたあいつらが来たんだろう。

 そこまで躍起になって、ご苦労だとしか思えない。

 

「おい、お前ら。命が惜しけりゃカウンターの下に潜っとけ」

 

 その号令を耳にしてから皆一斉にカウンターに隠れる。部屋の中で暴れるにも、どれくらいの数とか...どんな武器を持ってるとか。分からない相手に顔を出すのは自殺行為だ。

 ボスに倣ってしたたかに行った方が、結果的に良い。隠れてる間はつまらないってデメリットはあるのだけど。

 

 あ、コイン見っけ。

 

「見つけたぞペンギン急便!撃てぇ!!」

 

 バーの中に銃声が満ちていく。音からして裏路地に出回る粗製のハンドガン...私たちを痛めつけるには十分なものだ。

 乱雑な射撃は並べている瓶と、グラスを、内装を破壊していく。被害総額を計算したら結構凄いことになってしまうだろう。近くでクロワッサンが手計算で算出しているみたい。

 

 ボスは慌てた声も悲鳴も出さない。ゲームを楽しんでるみたいに、堂々と奴らの前に座ってる。余裕そうな後ろ姿が砕けた瓶とかに反射して見えた。

 

「もっとちゃんと狙えよ、おててが赤ちゃんなのか?

 そんなんじゃあ時間がかかって、俺の仕掛けが効いちまうだろ。なぁ、ウォルター?」

 

 上機嫌な声が、銃の合唱の中に紛れた。

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