夏だ。
海だ。
「オブシディアンフェスティバルだ!」
「少し静かにしてくれないか。」
「え~?いいじゃんいいじゃん。」
快速で走る車の中、赤髪と黒髪の女性に、それと一匹のペンギンが乗車していた。何故ペンギンがいるのかは聞いてはならない。
ペンギン急便なのだ。仕方がないのだ。
「もうすぐ会場だな。今回も適当に見回りしてからぶち上げに行くか。」
「今回もお弁当期待してるからね~!」
「お前、それが一番の目的だろ。エクシア。」
「そんなことあるけどね!」
車外はうだるような暑さが支配しているが、空調のおかげで何とも過ごしやすい気温になっている。空調という画期的なオアシスを作り出す仕組みがなければ今頃この世界は滅んでいただろう。
それほどに重要なものだ。生活に組み込まれて抜けなくなった歯車なのだから。
とうとう目的地が見え始めた。様々な高さの建物に、近くにある何ともたくましい火山、そして遠くに見える青い湖。其の全てが普段の日常を忘れさせてくれる非日常。世界からまるで切り取られたかのような、そんな絶景だ。
此処は観光都市"シエスタ"。今の都市では珍しい非移動都市であり、此処で様々な娯楽を叶えている。かつてはさびれた漁村だったらしいが、それを感じられないほどの栄え具合だ。
人は頑張ればこうも場を盛り上げられる。それを痛感させられるものだ。
__近くに火山があるのもあって暑いらしい。今はエアコンを利かせてるのもあって平気だが。正直この空間からは出たくない。
「ボス~、今日の予定は?」
「取りあえずホテルだ、荷物とかいろいろとあるだろ。そのあとは好きにしてくれたらいい。」
「ホント!?じゃあ水着買って遊びに行こうかなぁ~!」
滅多にないバカンスだ。水辺でパーティ、街中でランチ、夜にもパーティ。休まる暇なんてないくらいに笑い、踊り明かせそうだ。
__夜はフェスでのボスの護衛とか、そちらがメイン。観客席で内臓すら揺さぶってくるダンスミュージックを堪能できないのはちょっと残念ではあるが、これはこれで皆の体験できない役職だと納得している。いや、大嘘をついた。普通に観客で私は居たい。
何日にも渡り開催される音楽の祭典、オブシディアンフェスティバル。このイベントに自分たちの上司である皇帝が呼ばれたようで、そのお付としてペンギン急便そのものがシエスタに来ていた。
何かと周りに喧嘩を吹っ掛けるのが皇帝の性であり、こうして護衛をつけておかないと中々厳しいものがある。その喧嘩に巻き込まれる立場を考えてほしいと考える者はおらず、それもまた一興だと納得する人らばかりだ。結局、同じ穴のムジナで構成された運送会社ということだ。
現地は既に様々な人で賑わっており、いつ祭りが始まっても可笑しくないものになっていた。屋台のジャンクフードに齧り付く男性に、お土産選びをする女性。観光地らしい雰囲気であり、つい先日までの都市の喧騒を忘れさせてくれる。日々がこうも平和に進んでいけば、というのを思わないわけではないが、一人の力で何ともできないというのが事実である。
「黄昏てどうしたんだ?」
「ん~?屋台の食べ物がおいしそうだなぁって。...って、こっちにもハムハムパンパン来てたんだ!後で食べに行かないと!」
「俺にはマスタード味だぞ。」
「え、ボスも食べたいの?」
「当たり前だろ。あそこのは毎朝食べてるんだよ。」
「何私の真似してるのさ。ボスって案外感化されやすいタイプ?」
くぅ、と腹の虫を小さく鳴かせつつ、車は目的地の宿泊施設の駐車場へと吸い込まれていった。勿論、
# # #
「これで全部、っと。それじゃあいってきま~す!」
今回借りた部屋に、すべての荷物を運び終えた。つまりは今から自由行動ということだ。先に頼まれていた食料調達さえ終わらせてしまえばこちらのものである。
やっと訪れた夏季休暇だ。しっかり楽しまなければならない。
ポーチ良し、髪型良し、財布の中身は潤沢に。弾丸の首飾りも無論装備していざ出陣。
__の前に、用意すべきことがある。この服装のままだと、確実に外で茹で上がってしまうのだ。比較的通気性はいいとは言えど、この日差しの中では中々酷なものだ。日焼け対策にはいいが、それすら気にしてられないくらいに暑いだろう。
水辺の装い、つまりは水着の調達だ。荷物を搬入しているときに、売店にそれらしきものが売っているのが見えた。そこに駆け込めば、何かしら自分に合ったものがあるだろう。
自分の雇い主の部屋から出て、駆け足で階段を下りていく。その姿はさながら少女のそれであり、銃を握れど根本が乙女なのだと実感できる。
一階、お土産を売っていたりする売店に駆け込み、真っ先に水着の売り場へと急いだ。中々際どいものからゆったりとしたものまで、色々な要求に応えられるような品揃えだ。これなら自分にぴったりな水着が見つかるかもしれない。
「然し...何にしようかなぁ。」
水着を着るなんていつぶりだろうか。ラテラーノに居るときの水遊びに
__彼はどのような見た目が好きなんだろう。際どいものは男性の目を惹くが、見られるのは何だか恥ずかしい。想像するだけで顔が熱くて熱くてたまらなくなる。嗚呼、本当に恥ずかしい。
「まずは無難なのでいっか。泳ぐわけでもないし。」
薄手のパーカーに、一般的な水着。日差し対策にサンバーザーを身に着けた。案外様になっていると思うが、他の人からの評価なんてわかるはずもない。こういう時に彼が居たら、きっともっと楽しい買い物になってただろう。
__最近、無いものねだりな考えばかり巡ってしまう。考えても仕方がないと割り切ったはずだというのに。きっと、この鉛玉の首飾りが皮切りになっているのかもしれない。
ついでに日焼け止めも購入し、出陣準備は完了。出発前の飲み物も準備万端、持っているのが嫌になるくらいにキンキンに冷えた飲み物なら多少なりとも猛暑にも耐えられるだろう。
「よっし、いざシエスタに出陣~!」
ここからが私の夏だ。
# # #
行き交う人をかき分け、これまた人の賑わう浜辺にたどり着いた。バーベキューを楽しむサルカズに水辺で遊ぶヴァルポ、本当に様々な人がここにきているようだ。それはそうだ、此処は数少ない娯楽満載観光都市なのだから。
一先ずここら辺を歩いて、景色やらを楽しむのが定石だと皆は言う。それに従い足を進め始めた。
「しっかし...暑いなぁ...。」
刺すような日差しが肌を攻め立ててくる。日焼け止めを塗って対策はしたが、それでも暑くて肌が痛くて仕方がない。持っていた飲料も既に飲み干し、体温は上がるばかり。
これなら水遊びで涼を取れるように、湖に入れるようにするべきだったと後悔がまとわりついてくる。こういう暑い日の水遊びは気持ちいいだろうに。
別にこのまま遊んでもいいのだが、今の水着は涼しさだけを重視したものだ。少しくらい濡れていい程度のもので、がっつり遊べるわけではない。
「こう...何か、涼しいところとかないかなぁ。このままじゃ確実に干からびちゃう...。」
涼を求めて歩いている自分の姿は、さながらホラー映画に出てくるゾンビのそれだろう。こういう人は他にもいるだろうから騒がれたり指を刺されたりはしないだろう。きっと。
__遠くに屋台が見える。近くに居る人から察してアイスを売っているのだろう。
「...!アイス...!」
オアシスを見つけた時の気分はこういうことなのだろう。脇目も振らずに、こけない程度に屋台へと駆けだした。近づいていくにつれて甘い匂いや酒のツンとした香りが鼻孔を擽る。つられて喉の渇きや空腹が顕著に意識できた。
きれいな金髪のウルサスがひっきりなしに動き、客を捌いているのが見えてきた。やはり皆此処に惹かれているようで、かなりの人が集まっていた。それはそうだろう、暑さには抗えないようになっている。
店前のメニューを見てみたが、かなりの量がこの店で提供できるようだ。色々なニーズに応えられるのはすごいことだが、ちょっと疲れないだろうか。
「私にストロベリーシャーベットとバニラシャーベットのダブルよろしくっ!」
「は~い!少し待っててね!」
元気いっぱいに帰ってきた返事にほっこりとする。こうして誰かに尽くしていたりするのが楽しいのだろう。私も、案外こういうのは好きだったりする。笑顔を振りまくのは余り苦じゃないのだ。
取りあえず注文も済ませ、置いてあったパンフレットを覗いてみた。どうやら今年は立ち入り禁止区域があるらしく、その説明などが綴られていた。この近くにある火山は勿論、この都市の端の方にある廃墟が禁止されているようだ。安全面も考えているあたり、ちゃんと信用できるものだ。
「ん、おいしい。ひんやり。」
「ァ゛ッ!!ですよねですよね!はぁあ~...。」
そうパンフレットを眺めていると、独特な声が聞こえてきた。龍門の娯楽街でも同じような声を聴いたことがあるが、それと同類なのだろうか。
深い緑の髪のループスに、フードを被った小さな女の子。フードの子には特徴的な黒い尻尾があり、凡そサルカズなのだろう。
__どうしても、匂ったような香りがするが、きっときのせいだ。
「やぁやぁ!今年って結構暑いの?」
「はぅぁ!?そそそそうですね~...毎年来てますけど、今年は特別暑いかと...。」
「ナエト、そっちの食べたい。よこして。」
「ふぉぉぉぉっ!?はいはいッ、たくさん食べてくださいねぇ!あ、パンドリオンちゃんのアイスを食べても...?」
「ん、いいよ。あーん。」
「ん゛ッ!!」
独特どころか、とてつもなく特殊だった。緑髪のループスのナエトが特に独特だ。
こう、話していて退屈はしないタイプの特徴的な人だ。
もう一人の小であるサルカズのパンドリオンちゃんは物静かで、この二人でいいバランスが取れているようだ。良く知らないが。
そう分析していると、あの明るい声が聞こえてきた。
「おまたせ~!溶ける前に食べちゃってね!」
「待ってました!いただきま~す!」
やっと届いた赤と白の冷えた甘味。カップを持つだけでひんやりとした心地良い感触が伝わってきて、ついつい溜息が出てしまう。幸せな溜息だから何も問題はない。
両方のシャーベットをスプーンで一度に掬い、それを口の中へと送った。途端に甘酸っぱい果実の味と、それを包み込む優しい甘みが舌の上を踊る。それと一緒に口を中心として体温が下がっていき、何とも言えない悦が思考を支配していった。
「はぁあ~...これだよねぇ。夏って。」
「うん。夏はアイス。暑くても対抗。」
「だね!このうっとうしい太陽さんには手加減してほしいけど...その分美味しいからいっか。」
「太陽さん、いじわる。...ナエト、おなか減った。レストラン。」
「ほわ!よく食べますね...パンドリオンちゃん可愛い...。それじゃあ、戻りながらお話しましょうか!あ、サンクタさん、また会えたらです!」
勢いよく頭を下げてくるのを見て、ちょっとだけ吹き出してしまった。相手には申し訳ないが、中々面白いものを見た。
自分の近くに居るループスは真逆のような性格だからか、とても新鮮な気分だった。
「うん、またね!暑いから気をつけてね~!」
「ん、ばいばい。ナエト、はやく。」
「はいあはい!いきますよ~!いやぁ...本当にあの白いもふもふのサンクタさん?に此処に連れてきてもらってよかったですねぇ。こんな楽しいことばかりなんですから!」
「__...え?」
思考が凍った。その言葉に覚えがある。
白くて、毛の多いサンクタ。そうだ、きっと彼だ。
「ね、ねぇ!そのサンクタの居場所ってわかる!?」
「み゛ょん!?ええと...今は分からないです。」
「それじゃあ...どこで会ったとか?」
「会ったときはヴィクトリアでしたね。私、ヴィクトリアに住んでるので!」
「ヴィクトリア...それでそれで__」
続けて質問しようとしたその時、小さな影が質問相手の手を握った。その手の甲には黒い結晶が点在しており、このローブの意味が分かった気がした。
「私、おなか減ってる。ばいばい。」
そう短く言い放ってから自分よりも大きなループスを引きずっていった。彼女が非力だったとしても、その小さな体で引っ張っていけるのは滅多にない光景だった。
「あ゛~!パンドリオンちゃ..力強すぎでは!?でもたくまし...あ゛ッ!!」
最後の最後まで笑ってしまうような悲鳴を彼女は上げていた。常時にやけ顔で笑うのをこらえるので必死だった。
__閑話休題。問題は彼の所在だ。このペンダントは龍門で手に入れたと言うのに、次はヴィクトリアと来た。連絡を取れない以上、もはやどうもできない。
でも、生きているのは確かだ。これで確信には変わったから良しとしよう。
「...あ、溶けてる!?」
世の中、銃詰まりみたいに上手く行かないようだ。
# # #
__血みどろの窓、むせかえるような異臭、横たわる多くの肉塊。あってはならない光景がこの廃墟の中では起こっていた。
「はぁ...シ協会の奴ら、俺を頼りしなんじゃあないかね。こう言う案件、俺に回しておきゃあいいと思ってるだろ。」
返り血を全身に浴び、赤黒く血化粧を仕上げつつ前進していく。襲い掛かるぼこぼこと体が肥大した人の形をした何かを流れるように銃で撃ちぬいていく。
両手に構えたサブマシンガンは正確に急所を貫いて、命を刈り取っていく。距離を詰められた時もあったが、迷わず腰のナイフで喉を掻っ捌いた。
「モーゼスの事前情報ありきなんだから、本当にやめてほしいもんだ。」
建物の最深部に居た、肉塊共の女王を視界に捉える。今もなお肉塊達を生み出し続けており、仕事が右肩上がりに増えていく。
足に括り付けていた球を一つ、背負っていたライフルに込めた。神経を研ぎ澄まし、意識を尖らせ、狙いを定める。
「俺は面倒なの、嫌いなんだよねぇ。だから、早めに仕事終わらせてもらう。 Αντίο!」
__打ち出された黒い閃光が全てを貫いていく。全てその個体の核の部分を寸分違わず破壊していく。目標が逃げようとも、それは延々と追いかけ、そして撃ち抜いた。
奥に居た女王も物の見事に撃ち抜かれ、全方向に血を吹き出しながら破裂した。
大元が破裂したその後、血が元々無かったかのように消えていく。血みどろの全身も綺麗になっていき、
目標達成を確認し、連絡端末を取り出す。報告先はこの地の市長だ。
「ヘルマンさん?都市伝説級ねじれ"終わらない食欲"鎮圧完了したから振り込み宜しく。あ、それと協会の方に書類送っといてね、じゃ。」
短く報告を済ませて、背伸びをしつつ外を眺める。この廃墟からは都市中心部の光が見えて、何だか賑やかそうでうらやましく思えた。
「明日には、ちょっとでも顔を出すかね。たく、この案件が無ければ八級フィクサーみたいなマネしなくて済んだんだけどなぁ。」
先日依頼してきた緑髪のループスを思い出しつつ、煙草に火を付けた。仕事終わりの一服はいつも通り格別だった。