探しても見つからない人がすぐに会える訳ないでしょう。
立ち込める煙と埃。
鉄の破片とか、玩具の残骸とか。
誰かの服の切れ端だったり、はたまた___。
兎も角、あの箱を中心にそれなりの規模の爆発が起こった。零距離での爆発は何とか免れたが、衝撃で拠点の外に放りだされてしまったようだ。
拠点の壁は正直立て直し必須なくらいに破損していた。爆風で舞い上がった埃のせいで環境汚染も随時進行中だ。
ちなみに怪我はそんなにしていない。頼もしい盾持ちのおかげで吹っ飛ぶ程度で済んだんだ。
「ゲホゲホッ、皆生きとる?」
「何とか防ぎました...。」
「いい反応だった、二人とも。」
「しっかし、皆爆弾好きすぎるでしょ。花火の予行練習でも委託してるの?...ん?」
足元から何か乾いた音がした。視線を下に落とせば、そこには何かの黒い破片があった。自分の足元以外にもそれが散らばっており、それが元々一つのものだったと推察できる。
繋ぎ合わせれば円形になりそうだ。
__円形。そう、丸。この拠点で察せるものと言えばあれだ。
「*言葉として成立していないペンギンの悲鳴*!!!!!」
「あー...。」
ボスの反応を見る限りはその想像であってそうだ。彼の存在意義の一つである音楽が保存されていたレコードが見事に粉砕されてしまったのだろう。復元不可能なくらいに、こっぴどく。
だが、唯のレコードならここまで悲鳴を上げることはない。以前間違って折った時も"また回収すればいい。"と水に流してくれた。
此処から確認できるのは遠くに転がった怪しげな箱。
「な、なぁ...ボスがけったいなな声出してるんやけど...。」
「たぶん...散らばってるレコードが原因。アレ、確かクルビア裏路地のレアものだよ。」
「あのうちらの給料半年分の?」
「うん。私たちの生活すら苦しくなりかけたあれ。」
「ならしゃーないなぁ。うわ、ボスが虚無っとる...あんな姿見るのも久しぶりやなぁ...。」
自分たちの雇い主の悲劇に苦笑を浮かべるしかなく、励ましの言葉も浮かんでこなかった。これをどう励ませば立ち直るのだ。気分屋さんを元気づけることほど難易度の高いものはない。
虚空を見つめるボスを眺めていると、視線の向こうに何やら動く黒い影が見えた。それは何処かで、否先ほどまで見ていたシルエットだ。それは鉄の塊に乗り込み、踝を返すように逃走しようとしていた。
タイミングからして、この爆弾騒動の主犯なのだろう。そう考えるには十分な材料が手元にあった。
「あ~ッ!今黒服の奴らが車に乗った!」
「いや、待ってください!もし奴らが罠を仕掛けたとして、待ち伏せ無かったのは怪しすぎます。具体的な作戦を立ててからむかったほうが___」
「考えても仕方ないよ。テキサス!」
「分かった。乗れ。」
声をかけてからの動作は余りにも素早く、誰の目にも留まらなかった。次の瞬間には車の運転席に座っており、既にエンジンを吹かせていた。
確かに作戦やら計画も大切だが、此処__ペンギン急便では必要ない。出遅れてしまっては楽しめることも楽しめなくなってしまう。
すぐに助手席に乗り、シートベルトを閉める。ついでにこの時間帯にやっているラジオ番組にチャンネルを合わせて、ノリノリのBGMとして掛ける。夜のドライブにはそういうものがつきものだ。
後部座席のど真ん中に座ったペンギンが、サングラスを掛けなおした。これはきっとお達しのある雰囲気だ。
「皆、よく聞け。この夜のどんな違反の罰金も俺が全部払う。奴らの悲鳴やらを俺のレコードの副葬にしてやれ!」
号令が車内、もとい社内に響いた。社長がそう望むのなら、私たちはそれを遂行し、楽しむだけだ。
# # #
龍門市内、人気のない高速道路。聞こえるのは大音量のユーロビートとタイヤが道路を切りつける音。それに龍門の夜景が組み合わさってしまえば雰囲気は最高潮、この上なくテンションが上がるものだ。勿論既に法定速度は無視しており、測定器の仕掛けられている区間を通れば一発アウトだろう。
だが、ボスからのオーダーだ。致し方なく法を無視しているだけなのだ。
緩めのカーブを曲がったところで、先ほど見かけた黒塗りの車が見えてきた。彼方もそこそこ必死になって逃げているようだ。
「見えてきたで、あの前の車や!」
「エクシア、俺のバディを貸せ!中くらいの奴だ!」
「ラジャーッ!」
車の収納スペースを開いて、中の武器庫を確認する。車に武器庫がある時点でお察しだが、これはボスの希望で作った車だ。必要なものは全部この中にある。
数種類ある銃の中から、それなりの大きさのものを選び、後部座席へと送る。なるべく素早く、気前よく。
「これは、銃ですか!?どうやって引き金を引くんだろう...。」
「中々見識があるじゃねぇか、坊主。てことで我が社の銃のスペシャリスト、解説ヨロシク!」
「全四十二層の段ボール板を工業用ボンドでシームレスに接着して、そして高品質ゴムバンドで駆動...うんうん、本当にいい銃だよ。ホントホント。」
「ええと...つまりは、おもちゃですか?」
「そう!要はスリリングショットってことだね!」
良く玩具店で置いてあるあのゴム銃を複雑化させたものだ。最初開発されたときはラテラーノであり、銃を取り扱うための資格の勉強用として販売されていた。
今でもこれを使うサンクタがいたり、国外での軍事訓練に用いられることもある。自分もこれで勉強をしたこともあるが、正直資格の勉強の微々たる足しになった程度だ。撃つことに関しては直感を信じたほうが何よりも早い。
玩具店に置いてある理由は、子供たちの熱い要望が実現しただけ。やはり"格好いい"という気持ちを抑えて生きていられないのだろう。
いつだって浪漫は少年少女の夢なのだ。
と、玩具であることを認めた次の瞬間、後ろから恐ろしく素早い手刀が飛んできた。ぶつかったそれは些か手としては小さいが、威力は十分なものだった。
「違うだろう。何回言えばわかる、これは平和的な銃だ。」
「アウチッ!はい、平和的な銃でした~!」
「...で、なんで玩具なんですか?」
「あれだ、龍門だと実弾の使用を表向きに禁止されてるからだ。裏路地ではそんなこと言ってられないが...夜なら特にな。」
「毎回思うが、ボスは変なところで律儀だ。」
「俺たちがルールを破ってみろ、それこそ近衛局とツヴァイが来る。あそことやりあうのは骨が折れるんだよ。ならなるべく避けたいって、裏路地の鼠共でも同じこと考えるぞ?」
__追いかけていた車も、一応の射程範囲内に収まり始めた。ほかに車が走ってないおかげでまっすぐ追いかけるだけで、早々時間はかからなかった。彼方も全力だが、此方とて全力なのだ。
彼方も焦っているらしく、さらにアクセルを踏み込み加速した。それにぴったりと合わせるかのようにテキサスもアクセルを思いきり踏みしめ、速度の限界を攻めていく。彼女の運転は荒々しいが、決して事故を起こす類のものではない。今のところは。
「よっし、そろそろ屋根を開けろ!」
「了解。前みたいに信号にぶつからない様に。」
「お前には俺が何センチに見えてんだ?」
雨風凌ぐための天井が格納され始め、綺麗な月が私たちを照らし始めた。何とも幻想的ではあるが、今は堪能している暇はない。目の前の標的をいかに潰すかが何よりも大切だ。
守護銃の一つ、龍門法順守式平和的機関銃、所謂ゴム弾を装填する特殊カスタムを施した守護銃を握り、ひょこりと天井のあった場所から顔を出す。少々激しい風が顔面にあたってくるが、爽快を得るには申し分なかった。
「路上パーティー、いつでも開催可能だよ!」
「ま、まってください!一応ほかの車もいるので...。」
「問答無用!やっちまえ!」
「オーダー受けたわまりましたぁ!」
引き金を思いきり人差し指で引き、込められていたゴム弾を勢いよく射出する。ラテラーノの守護銃は出力が高く、ただのゴムに大きな痛みを伴わせることができる。いや、痛いどころの騒ぎではないだろう。大の大人ですら悶絶ものだ。
寸分の誤差もなく、ゴム弾がガラスへと当たり、見事にぶち抜いていく。ここからでは暗くて確認はできないが、きっと当たっている。数撃てば何れかは当たるのだ。
ボスと一緒に打ち出し続けたゴム弾は九割方ガラスを突き破り、車内の人間どもに命中した。運転もより粗悪なものになっており、追い付くのもかなり容易なくらいにはなっていた。
「ナイスショーット!高スコア狙えてるんじゃない?」
「赤点ではないだろうな。テキサス、思いっきり食らいつけ!」
「了解、スピード上げるよ。」
ボスからのオーダーを合図に、アクセルは思いきり踏みしめられた。鉄箱はより爽快的、もとい殺人的な速度に突入し始めた。風と一体化していると言えばそれなりに格好は付くが、実際は中の人間すら恐怖を感じるほどの凶暴さだった。
普段それを味わっている人からしたら、正直これが日常ではある。迫ってくるトラックの尻とか、いつものドライブ風景だ。
でも、新入りはどうやらだめらしい。
「ちょ、待って!前にトラックが___うわぁぁぁあッ!?」
「ええから黙って掴まっとき。テキサスはんの運転は中々見物やでぇ?」
怒涛に道路を駆けること猛獣の如し、ひらりはらりと鉄塊を避ける様は胡蝶の如し。剛と柔の入り乱れた類まれなドライブテクニックは、誰よりも凶暴だった。走り屋でさえも、彼女のに追いつくのは至難の業だろう。
そんな運転から逃げられるわけもなく、前の方を走っていた車も距離を詰められていた。それはもう、精密射撃が朝飯前に行えるくらいには。こんな楽しみ時を逃してはならない。
未だ握っていた平和的な守護銃にゴム弾を詰め、いつでもオーダーが下ってもいいようにする。ボスのことだ、きっと今こそ命令が下るという信頼がある。折角の楽しみ時なんだから。
そううずうずしている所に、あの男らしい声が鼓膜を揺さぶった。
「タイヤを狙え!思いっきりぶちかませ!」
「待ってましたぁ!」
構え、狙いをつけること一秒。楽しい楽しいシューティングゲームの第二回戦の開始だ。
回ってるゴムと速く飛んでいくゴム、どちらが強いかの決戦のようなものだ。
「ゴムのタイヤをゴムの弾で撃ち抜くんですか!?そんなことって...」
「俺らにはできちまうんだな、それが。」
引き金を引き、寸分違わぬように弾を打ち込んでいく。何度も、何発も。それが壊れるまでこの舞台は続く。
もはや根気が物を言う戦いになっているだろう。じっとしてるのは好きではないが、何か目的があってこうしてるのはかなり好きな方だった。
だむだむ、と音がする。ゴム同士がぶつかり合っている証だ。打ち出した全弾、命中してるのは確認している。
「...テキサスさん、止めないんですか?」
「...。」
「言うたやろ?"楽しみ時を逃すな"ってな。」
「もう少し!さぁ、盛大に踊って見せて!」
弾込めを素早く行い、またそれを打ち込んでいく。タイヤはめり込んでいったゴムの多さに耐え切れず、程なくして空気が抜け、周りに不愉快な音をまき散らした。
制御を失った車はぐらぐらと蛇行を行い、今にでも止まってしまいそうだ。
__車から転げ出る黒い影が見えた。その次の瞬間から車は見る見るうちに失速し、此方へと向かってきた。正確には、私たちが突っ込んでいってるんだが。
「あ、あ~。」
勝負に勝って、戦いには負けたらしい。
# # #
繁華街から少し離れたところ、この龍門の心臓辺りにはそれなりに豊かな自然を保持する公園がある。面積にして凡そ炎国競技場の一つと半分に匹敵する。この広さを使い、あるものは逢引きに。あるものは見世物を。あるものは此処に住み着き。あるものは人には言えない何かを行っていた。人の娯楽的営みを支えるのには必要不可欠な場所が、この龍門中央公園だ。
その公園の片隅で、食欲を逆撫でする匂いが充満していた。優しく届く出汁の香りに釣られて、通りがかった市民が釣られていく。人通りが少ないため、集客そのものは多くはないのだが。
匂いに釣られた市民の先には、一つの屋台が存在していた。座る椅子は数少なく、本当に食べ歩き目的で売っているようなものだ。
「すまない、魚団子スープを三つ頼む。」
「へい、了解しやした。」
店主は、お世辞を交えたとしても人相がいい方とは言えなかった。巷ではそういう意味で有名であったりする。本人はそれを気にしている様子はなく、集客につながっているのならそれでいいと思っていた。
「お客さん、龍門の人じゃないですね?」
「...く、良く分かったな。以前のレユニオンの襲撃のせいで、ウルサスに立てていた俺の事務所が壊されてな。事務所の全員と妻でこっちに移り住んだんだ。」
「それは不幸でしたね。事務所ということは...フィクサーさんでしたか。」
「そういう事だ。その日暮らしで必死な、力のない事務所だが...。」
客との言葉を交わしながら、店主は火加減、出汁の量...それらを調整していく。バランスが崩れることはこの鍋の中では許されておらず、それを整えていくのは至難の業だった。
だが、男はそれが可能であった。慣れた手つきでかき回し、粉末を加え、そして味見をする。
それが丁度良くなり、団子と共に紙コップに掬い、注いでいく。魚の旨味と脂の滲み出た琥珀色のスープに、ほどよく練られた魚団子が見ているだけでも空腹を助長させていた。
「お待ちどう、魚団子スープ三つでございやす。」
「有難う、店主。フィン、エリー。」
「わぁ、これが噂の...。有難うございます、リーダー!」
「ユン事務所、復興出来たら皆でまた来ないとね?」
「何れな、何れ。...美味いな。口当たりも優しく、魚の味がしっかり生きている。人気があるのも頷ける。」
「口にあいやしたか?それは何より。」
「体の奥底から温まる気分だ。また来る。」
「お待ちしてますよ、お客さん。」
この屋台の店主__ジェイは客を見送り、また次の魚団子のスープの準備をしていく。魚の身を練り、丸め、保存用の容器に入れていく。その動作には一切の無駄はなく、ただただ効率的だった。
そんな彼に近付く影がひとつ。小柄で、しなやかな影が。
「さっきのは...リー先生が援助しているユンさん達ですね。」
毛並みの良く整えられたフェリーン、ワイフー。龍門市街に存在する"リー探偵事務所"でアルバイトを行っている。フィクサー資格は所持していないため、雑務のみを手伝っているらしい。
「アンタか。バイトは終わったんで?」
「まぁ、そんなところです。事務所の連中が前回の食事をツケにしたみたいなのでその支払いをしに来ました。おいくらですか?」
「32.6だが...32でいいよ。ちと食っていかねぇか?」
「なんですか唐突に。余分なお金とか持ち合わせていませんよ。」
「差し入れだと思ってくんな。アンタの所にはこの店も世話になってるからよ。」
「そういうのなら遠慮なく。あむ...。」
空腹ではあったのか、魚団子をゆっくりと咀嚼し、飲み込んでいく。噛み閉めるたびにあふれ出る味についつい尾が揺れ、頬が綻ぶ。この優しい出汁も、ジューシーな肉団子も、勤労終わりの体には特効薬なのだ。
「美味しいには美味しいですが、ここっておじさんのお店ですよね?人の街灯で明かりをとるつもりですか?」
「何でぇ、毎回つっかかってきやがって。アンタの分は俺がだすからよ...。」
「ならいいです。確かに、腕も着実に上がってきてますからね。あの人たちも、貴方みたいに自分の仕事に向き合ってくれたらどんなにいいことか...。」
普段の何気ない会話というのは、疲れていた心を少し解きほぐす力がある。現にこの二人の表情は先ほどよりも柔らかなものになっており、声色も幽かに弾んでいた。
会話もひと段落したころで、ジェイはまた作業に戻った。いつでも通りがかった人に提供できるように、最低限準備はしないといけないのだ。
彼の感はあっていたらしく、通りがかった女性が屋台の方へと歩いて行った。
「すみません、魚団子スープを一つ。」
「へい、毎度あり。少々お待ちを。」
「大丈夫、ゆっくり待っているからね。此処じゃこんなに河が遠くまで見えるんだね、とても素敵だ。」
女性は遠くを眺め、一言零した。闇の中に紛れるような、深い青色の髪を揺らして風景を眺める様は、それだけでもとても画になる構図だった。
「そして、この香り。心がとっても落ち着くよ。このグルメガイド、やっぱり頼るになるね。」
手にしていた青い雑誌を眺め、そして閉じた。様々な美食が記されたそれを鞄にしまい込み、遠くの風景を眺めるのに戻った。
人が歩いていき、夜が深くなり、そして時が過ぎていく。普遍的な日常がいつも通りに繰り返されていく。
__彼女の黒い輪と黒い翼、角を除けば。それさえなければ都市の日常だった。
フェリーンの少女が、何やら鋭い視線を刺す中、仕上げたての魚団子スープを持って彼が近づいて行った。
「お待たせしました、釣りもどうぞ。」
「嗚呼、有難う。」
「へい、どうかお気をつけて。」
コップに注がれたスープを渡した後に屋台に戻っていく。その際も人相が悪いのは相変わらずだった。死んだ魚のような眼をしたまま、また屋台の向こうの定位置に収まった。
だが、彼女は黒い輪を携えたサンクタと思われる女性を見つめ続けていた。それはただただ、好奇心によるものらしく、刺すような視線ではなくなっていた。
「ワイフー、何見てんだい?」
「いえ、あのお姉さんが少し不思議と思いまして。サンクタ族って角があるのでしょうか?」
「安魂祭の仮装だとは思うがぁ...いいや、まさか。」
「何か心当たりでも?」
「お得意さんに角の生えたサンクタがいるんだ。リーさんなら知ってるんじゃないか?」
「うぅむ...今度、聞いてみます。」
彼らの抱いた疑問は、仕事ややるべきことに押し流された。否、押し流すしかなかった。
# # #
今日の龍門も、手掛かりは特に無し。煙管の煙も、彼の残滓も、何もこの都市には残されてなかった。情報はあるというのに、尻尾を掴ませてくれないのは癪に障る。
「さて、次はどこに行ってみようか。グルメガイドに沿って、散歩でもするかな。」
この近くに、流行のサンドイッチ屋さんがあるようだ。変わった名前と、確かな味で確実に顧客を増えているらしい。現に私も常連の一人であり、行先の都市で毎度買う始末だ。最初は彼の行方を追う中、情報屋に会うために立ち寄ったのがこの店だった。思わぬ発見と出会い、ということになる。
__橋の上から、何やら激しい音が聞こえた。鈍く、大質量のものが衝突するような音。その音に釣られ、観衆が一気に音のした方を向く。
あるものは真相を気にし、あるものは捲し立て、あるものは避難した。
そして最後に、情けない悲鳴が聞こえた。
「...やれやれ。少し早すぎるんじゃ?」
せっかく開いていたグルメガイドを閉じて、また鞄に収めた。もう少し、煙管の煙を探したかったが、此れはそうもいかない状況のようだ。
具体的に言うなら、仕事の匂いだ。
「仕方ない。前倒しで仕事を始めよっか。」
# # #
全身が痛む。その痛みは打撲のように鈍く、擦り傷のように鋭い痛みでもあった。立ち上がることすら億劫になるような疲労感もあるが、そうもいかない。
握りしめていた盾を使い、何とか立ち上がった。外傷は余り見受けられないが、痛みは確かにそこにある。服の内側ではきっと傷も痣もあるのだろう。
見回せば、ぶつかり合い変形した車に放り出された彼方側。此方側のメンバーは転がってはないようだ。
__自分以外のエアバックは作動したらしい。
此方が何とか立ち上がったころに、彼方も協力し合って立て直したようだ。使い物にならない車は放置する気のようで、背を向け走ろうとしていた。
「奴らが逃げますよ、皆さん!追いかけましょう!」
だが、皆は車の中に収まったままだった。白い膨らみに圧迫され、全く身動きが取れそうになかった。
「ちょっと...このエアバック、狭いんだけどッ!このッ!
「こら暴れるな!俺のバディが曲がっちまうだろ!...お前だお前のことを言ってるんだクロワッサン!給料から差し引くぞ!」
「んな殺生な!うちもどうしようもないんよ、テキサスはんの足が乗っかって身動きがとれへん。」
「嗚呼。」
収拾のつかない状況だった。らしいと言えばらしい無秩序さではあるが、今はそうあってほしくはなかった。
肺の中の空気を一気に取り換えるように深く呼吸を行い、全身に酸素を巡らせていく。思考を研ぎ、鋭利にしていく。
目標は眼前のマフィア達。逃がすわけにはいかないのだ、自分だけでもと、一気に踏み込み駆けだした。
__が、後ろ髪をひかれるように呼び止められた。
「バイソン!待って!」
「野次馬が増えてきてます。今逃せば奴らを捕まえられなくなります!」
改めて盾を構え直し、身を守るように駆けだす。重々しい此れを構えながら走っているせいで速度はそう早くもないが、奴らに追いつくには十分だった。
もう少し、もう少しで奴らの元だ。この盾で押しつぶしてしまえば、急便の皆が来るまでの時間は稼げるはず、と容易に想像できた。
__がきん、と言う音が響いた。その重々しい音は盾の前側から聞こえ、足元にはボウガンの鉄矢が転がっていた。
その一撃は非常に重たく、突進を止めるには十二分だった。
「お、重たい...ッ!どうして...!」
「なんや、スナイパーがおるんか!?」
「おい、テキサス。俺の言いたいことは分かるな。」
「承知。」
後ろでそんな会話が聞こえてきた気がするが、今はそこまで気を回すことができなかった。何度も正確に飛んでくる矢を受けきるに精いっぱいだった。
だが、途中からその狙いも杜撰になってきた。構えてはいたが、あの最初の重たい一撃が飛んでこなくなったのだ。
ちらりと周囲を確認する。打ち出された鉄は無計画なものではなく、全て車の同じ部分に。
そう、大体燃料タンクの辺りに。
__ツンとした燃料の香りが周りに広がっていく。道路にはじんわりと黒い液体が広がっていき、嫌な色に染まっていく。
最後の射撃の火花が飛び散り、良く燃えやすい其れに当たり、一気にマフィアたちの車が爆ぜた。その爆風がここまで届いて、体制が崩れていく。
視界もだんだんとずれて、皆の姿を確認することが出来なくなった。
でも、再開には近付いているかもですね。