「ふッ!」
「はァッ!」
多数対多数。ペンギン急便陣営対マフィア陣営。鎮魂祭のある龍門の夜街で、殴る蹴るやゴム弾を撃つ違法行為以外何でもありの乱闘が始まっていた。
この綺麗な夜空にマフィアを打ち上げてからずっとこの調子だ。綺麗に打ち上げ花火を披露したら彼方側にバレてしまい、こうして集まってしまった。
それからはこの大乱闘だ。
街灯事務所とか言うフィクサー達もかなり腕が立つらしく、三人でかなりの量のマフィアを捌いている。ルルと言う子の、黄色いバットで吹き飛ばす様は爽快ものだ。
この喧嘩の雰囲気に当てられて、かなりこの広場が騒がしくなってきている。何も知らない
だが、楽しまなければ損なのは確かだ。
最近はこんな大事がなかったからこそ、猶更胸が高鳴ってしまうのだろう。
周りでは
と、無駄事を考えながらゴム弾を撃ちこんでいく。ダムダム、と鈍い音と苦しむ声が鼓膜を震わせる。
あれ、割と痛いから仕方がない。
「実弾使えないって、やっぱり面倒くさいなぁ」
「こんな街のど真ん中でぶっ放せるわけないやろ!」
そう、この龍門の街中では実弾を使ってはならないことになっている。そもそも、実弾が高価なもので使いたくても出し渋るのが現実だ。
ラテラーノ国家が定める"銃器類制作規制法"が全ての元凶だ。この法律は全ての工房が対象になるもので、法で定められている"銃器類制作免許"が発行された工房でないと銃、及び銃弾の作成を行ってはならないことになっている。
貴重な上に銃弾に課せている税金が凄まじく、必然的にゴム弾の使用に繋がると言うわけだ。
__ラテラーノ公民法の適用されるサンクタは安く買えるのだが、それでも高いものは高い。
高いからと持ってないわけではない。ペンギン急便の拠点やロドス・アイランドには"ロジックアトリエ"、"黒鉄工房"製の銃弾が保管されているが、あれを使うのは当分ないだろう。
「__ちゅーかエクシアはん、後ろや!」
そう背後からクロワッサンの声が聞こえた次の瞬間、ちょっとした衝撃が伝わってきた。
どうやら盾で身を守ってくれたらしい。いつの間にか背後を取られていたらしい。
「サンキュー、クロワッサン!お返しは...こうだッ!!」
態々回り込んできて爆弾を投げてきた相手に銃口を向けて、躊躇いなく引き金を引く。
銃の機構内に組み込まれているアーツ作用部が熱を帯び、その運動量を弾に伝えて、鋭いゴム弾の軌跡が不届きものへと伸びていく。
目視で避けれるはずもなく、身を護るすべもなく。見事腕の関節に大半の銃弾が命中した。
たぶん関節が外れた程度で済んだとは思う。
「にしても、結構多くない?キリがないなぁ」
今回のマフィアはしぶとく、更に数が多い。どこから人員を連れてきてるのかわからないくらいだ。
此方も人数は居るが、それでもじり貧になるのは目に見えていた。
皆も疲れ始めてるらしく、動きがかなり鈍くなってきている。
「こんなに粘られたら...ッ、テキサスさん!」
「ふむ...場所を変えるか。ソラと私、クロワッサンとエクシアで分かれて"大地の果て"に行く。街灯事務所とバイソンは...好きな方についてこい」
「えっ、なんて...?大地の...?」
大地の果て。大層な名前ではあるが結局は酒場。
お高いお酒を置いていたりと、最高にいかしているバーだ。最近は立ち寄る機会もなく、丁度恋しくなってきたところだった。
「やったっ!じゃなかった...分かりました」
「つまりは二手に分かれて分断するってことだね?オッケー、私の得意なやつ!」
相手のことを無茶苦茶に乱すのは得意だ。その上楽しいと来た。
つまり、この上ない娯楽と言うわけである。相手がまっすぐ向かってくるような単純な奴らなら猶更のこと、撹乱しやすいことこの上ない。
取りあえず、"大地の果て"へと向かうための足を探さなければならない。このまま歩きで行くならあまりにも距離がある。時間もかかるし、何よりも疲れてしまう。
諸々楽しむためにも体力は温存しておきたい。
何かを聞くような声が聞こえるが、目の前の楽しみばかり気になってしまう。仕方のないことた。
「集合は一時間後、いいな」
「もっちろん!!」
「でも...どう突破するんですか?これ」
__だが、此れを実行するにあたって大きな問題がある。
そう、現在このマフィア達に囲まれているのだ。これをどう突破するものか、その答えが出なければ"大地の果て"にも行けないだろう。
だが、逆に考えてしまえばいい。
何なら素早くたどりつくことすらできるだろう。
とっても簡単なことだ。
丁度バイクに乗っていたマフィアに歩み寄り、軽く拳をウォームアップ。軽く指を鳴らしたりと安っぽい準備をしていく。
「ま、それは~...こういうことじゃない?せいやっ!」
「はぁ!?ちょ___ゴフッ!?」
バイクの上に乗っていた邪魔な置物を殴り飛ばして、ものの見事に移動手段と突破手段を準備出来た。
「クロワッサン、乗って!あいつら、こんなイカしたバイクに乗って...ちょっとむかつくかも」
「おっしゃあ!ほな皆さん、おさきに~!」
ちゃっかり二人で跨り、踏み込んではエンジン状況を確認。状態は良好、かなりの速度を出せそうだった。
後の面子はテキサスが何とかするだろう、なんて思いながら思いきりエンジンを吹かして正面に道を切り開いた。
高速でもないのにこの速度を出すと、近衛局の連中が騒ぎそうだが、今は関係ない。楽しんだ者勝ちなのだから。
# # #
あの黒ずくめの包囲網を抜けて、人気の少ない道路を爆走していく。爆走と言っても、レースのような速度が出ているわけじゃない。この一般的なバイクの出せる限界を攻めているだけだ。
徒歩で時間のかかるような距離ではあったが、この盗んだバイクのおかげでほんの数分で現地に到着した。
「ふぃ~、ついたついた~」
「はぁ...エクシアはん、ちょっと運転あらすぎやわ...」
「あはは、ごめんってば」
適当な路地に入り、バイクを立てかけておく。マフィアを片付けた後、ここにあるのを覚えていたら自分のものにするのもいいだろう。売り払って今使ってる守護銃の改造をするのも悪くは無い。銃弾の方が高いと言えど、発表されたてのモデル等は同じくらいに値を張るのだ。
どうやらあいつらは追ってきてないらしい。今のうちに"大地の果て"に入ってしまえば多少なりともましな状況になりそうだ。
私たちが到着してから間もなく、エンジンの駆動音が遠くから近付いて来た。十中八九、置いてきた誰かだろう。
「やっと追いついた」
「おっ、テキサスにソラ~!割と早い到着だね」
「飛ばしてきたからな」
飛ばしてきた。その言葉を裏付けるかのようにソラの顔はかなりげっそりとしていた。テキサスと言うトランスポーターはそういう人だ。ついかっとばしがちだ。
だが、そのおかげでこうして素早く場所を移動することが出来た。これで状況打開を狙う余裕も出てきた。
「それじゃ、そろそろボスを探しにでも__」
_が、何故だか違和感がある。
「あっれぇ...?なんか足りなくない?私達」
「...あっ」
「バイソン君と、街灯事務所のみんな...」
「てっきりテキサスが連れてくるものかと思ってたよ。私はほら...先に行っちゃったし」
「...」
完全にやらかしている。いつもはそれぞれ自分勝手に集合するためか、このノリについていけない人がいることを考慮できなかった。
頭の片隅にすら無かった。
今分断されるのはかなりまずい。彼方が一人ずつ狙ってくるなら確実に此方が不利になる。
いくら強くないと言えど、相手はマフィアだ。数もいるし、しつこいし。
一方的に揶揄うにはいい相手だが、こういう時は遠慮したいものだ。
「街灯事務所のみんな、強そうだったから大丈夫じゃないかな?凄い戦いぶりだったし、たぶん」
「今はとにかく待つしかない。来なかったら、探しに行けばいい」
「無暗に動くのはあかんっちゅうこっちゃな!」
「それに、龍門にはモスティマも帰ってきてるんだしさ。そんな深刻な状態でもないでしょ?」
「エクシアが完全に拗ねているな」
「拗ねとるなぁ、これは」
「拗ねてないってば!!」
実際はすこしばかり拗ねている。何故帰ってきているというのに顔を出さないのだろうと文句をひとつやふたつぶつけてしまいたい。以前帰って来た時だって連絡もなしに拠点に居て、次の日には何も言わずに出発。国際トランスポーターの仕事は忙しいのは理解はしているが、それでも寂しいことに変わりはない。
前の出発からもう何年も経っている。いい加減に私の所にも"ただいま"の言葉くらい言って欲しいものだ。
どうして私の周りの人は連絡を寄越さない人が多いのだろうか。モスティマも、"あの人"も。
と、感傷に浸ってる時間ではない。
バイソン君と街灯事務所が今どこにいるかが問題だ。そんなに簡単にやられるとは思わないが、安心できるというわけでもない。
相手は数の暴力で攻めてくるマフィアだ。疲れたところを突かれてしまえば__
「おーい!みなさーん!!」
「えっ、自転車に...ダッシュ...?」
__別に心配はいらなかったらしい。
遠くから自転車を必死にこいでいるバイソン君に、それと並んで走っている街灯事務所の皆が灯りに照らされた。
フィクサーたるもの、肉体改造施術を受けていると聞く。自転車の走行速度を平然と出せると言うのはそう言う事なんだろう。
私も肉体改造施術に手を出せば、あれくらいのことが出来るのだろうか。
「まさかチャリンコとダッシュでテキサスはんに追いつくなんてなぁ!ど偉いやっちゃ!」
あの距離を自転車で全力を出し続けるのは本当に凄まじいことだ。おそらく私は無理だろう。疲れてしまうと言うより、自転車よりもバイクや車が好きと言うのが一番の理由だが。
バイソン君の頑張りは認める。だが、先に街灯事務所の三人が此方に合流してしまった。足で。
三人はそこまで息が乱れてない。バイソン君とこの事務所の面々の疲労度の差は正直笑えて来てしまう。
「早く奥まで行かないとやばそう。さっきからあたしたちの事追っかけてる奴もいるから」
「あとはバイソン君だね~。揃ったら行こっか」
ルルの言う通りに、遠くからあいつらの声が幽かに聞こえる。"どこに行った"だの"あっち"だの、正確な場所をあぶりだそうと必死に嗅ぎまわっているらしい。
また少し大きな団体になってしまったが、それでもこの裏路地を歩いていくしかない。時間帯的には"掃除屋"も出現しないし、一応近衛局かツヴァイ協会の治安区域でもある。急に大きなことに巻き込まれる心配はそこまでないだろう。
こういう裏路地にこそ協会指定の危険団体やらが居るらしいが、私は生まれてこの方であったことがない。ラテラーノも龍門も、そういう意味ではすごく平和なのである。
「しっかし、沢山連れてきちゃったみたいだね~」
「自転車と足じゃ、振り切るのは無理だろ」
「ま、そうだよね~」
「少し位殴っといた方がよかったかな~、私なら追いつけるだろうし!」
「夢中になって帰ってこないだろ、分かり切っている」
「ンだとマスゥ!!」
少々緊張感のない空気がこの裏路地を満たしている。少しはぴりついた空気が流れても可笑しくは無いが、この方が気疲れしなくていいのかもしれない。
何より"らしい"のがこの雰囲気な気がする。
いつ何時も楽しまなくては大損になってしまうのだから。
__すごい形相で自転車を漕ぐ彼の姿がすぐそこまで迫った時、嫌な予感が背筋を伝った。
「...まずい、待ち伏せだ!エクシア!」
そうだと思った。
だが、銃を構えた頃には人影はバイソン君へと迫っていた。腕を伸ばせば届く距離に。
「ちょーっと、間に合わないかなぁ...!ごめんねー!」
「もう少し...でぇ...ッ!あ___」
引き金を引く前に、素早い手刀がバイソン君の首裏を掠めた。
音が鳴らないと来ると、やはり慣れているのだろう。物音を立てず、尚且つ失神させるための力加減とやらを。
「そうだな、道案内ご苦労様だな」
「チッ、先手を取られたか」
だらんと脱力したバイソン君を小脇に抱え、目の前のループスはうざったいくらいにほくそ笑んだ。どれだけ調子に乗ってるんだと思えるくらいには気持ちの悪い笑顔だ。
まるで自分が勝者であるかのような。
実際問題、戦況はあっちに傾いては居るのかもしれない。
気に食わないが、此処は相手を伺うしかない。
「こんばんは、ペンギン急便の皆さん。俺はガンビーノ・リッチ。このファミリーのボスだ」
「ご丁寧な挨拶、ご苦労様だね」
「ふん、言ってろ。この小僧の命は俺が握ってるんだ、好きに言える立場かよ。この程度で取り乱すような皆さまではないと思うが?」
「元はと言えば、私たちが忘れちゃったのもあるからね~...」
「せやけどなぁ」
緊迫した時間が過ぎる。今か今か、と襲うタイミングを計る街灯事務所に、視線で牽制を行う私達。私は銃を向けて、いつでも撃てるようにと追加の威嚇もしておく。
それでも尚、目の前のマフィアは慌てる様子もない。
「貴様、どういうつもりだ?」
「正直鬼ごっこも起きてきたモンでね。それに、騒ぎが大きくなるのはお互いに不都合だ。違うか?」
軽そうに抱えたバイソン君を揺らし、見せつけてきた。あの横に裂けた口角をくっきり上げて。
「それでこのガキが使えるってわけだ。人質が居る以上、キミたちは正面からやり合うしかない。
それが一番楽なんだよ。まとめて掃除出来るからね」
ザッ、ザッ、ザッ。
周りを囲む足音が聞こえる。
こうしている間にも、有利に立ち回るための準備は進めているらしい。
「ペンギン急便、キミたちに逃げ場はもうないぞ」
「成程、それは良かった」
「...なんだと?この状況のどこが良かった、なんだ?」
「お前の言った言葉、思い出してみろ。クロワッサンとソラは陣形を維持、エクシアは援護、街灯の三人は攪乱を」
一度に掃除出来るのは此方も同じ事。数に囲まれていようが関係ない、その分長く楽しめると考えればいい。
少し後退し、周りを確認できるような位置に陣取る。皆が動きやすいように、楽しめるように。
そして何より、自分の為に。
「__バイソンを取り返す」
「おうとも!!」
ペンギン急便、社訓第六番"奪われたものは取り返す"。
この言葉の通り、大事な仲間を取り返してもらう。
# # #
「チッ、命が欲しいなら鼠王の場所を吐け!どこに居る!」
「し、知らないッ!鼠王ってなんだよ...聞いたこともない...」
「テメェ、逆らうとどうなるか分かってるよなァ!?」
龍門、裏路地第十二区間。薄暗いこの場所に黒ずくめの男の怒号が響いていた。
此処の住人の胸倉を掴み、ナイフを突きつけ、そして脅す。
何とも安っぽい行為に及ぶマフィアの姿がそこにあった。
「おい、カポネさんにはカタギに手を出すなって...」
「こんな薄汚ぇ奴がカタギだって!?どうせこいつも感染者なんだろ!化けの皮を剥がしてやろうかァ!?なァ!!」
「ま、待ってくれ!本当に何も知らないんだ!!だから殴らないでくれ!」
「なんだ、本当に口の堅てぇ奴だな!?」
思った通りの結果が出ないことに激昂し、ナイフを握り締めた拳で頭部を殴りつけた。鈍い音が周囲に薄く聞こえ、同時に被害者の嗚咽も空気を伝った。
肉体改造施術を受けていたとしても、人の頭を一撃で潰すには至らなかったらしい。
「う、ゴホ...ウェ...」
「もう此奴はほっとけ。胸糞悪ぃ。名簿によれば次の爺までそう遠くねぇって。魚団子の屋台だとよ」
「チッ、時間の無駄遣いだったか」
気絶した住人に唾を吐きかけ、踝を返した。
__が、振り向いた先には人影が一つ。
シルエットだけで分かる、サンクタの男だった。
「やぁやぁ君達!今日暴れてるっていうマフィアってさ、もしかして君達?」
「なんだよお前、文句あるのかよ!?」
「いや~...普通あるでしょ。煩いし」
「んだとォ!?」
サンクタの男が吐き出す言葉に、また頭に血が上っていく。
カタギに手を出すな、無駄に騒ぎを大きくするな。自分らのリーダーが言った言葉すら忘れて。
拳を固く握り締め、そして地面を思いきり蹴る。助走をつけるには十分な距離がある、そう思い込んで猪突が如く男へと向かって行く。
「"捨て犬"が本当に捨てられちゃったのかなぁ。何というか、哀れだね」
「ぜってぇにぶっ殺すッ!!!」
思いきり振りぬいた拳は的確に男の頭へと飛んでいく。
__だが、それが届くことは無かった。
その拳が届くより素早く手刀が首筋に飛び、めきりと鈍い音を立てて横に吹っ飛んでいった。
命は落としてないだろうが、それでも当分は動くことはないだろう。
「少しは考えて向かってきてほしいんだけどなぁ。
あ、連れの君。君たちのボスに伝えといてくれる?"あんまり調子に乗るな"って」
その光景を見た比較的冷静だった男は、恐怖に満ちた目でそのまま撤退していった。
連れのことを放っておいて。
完全に伸びている男の服を一部裂いて、その皮膚を確認。肌に刻まれている入れ墨の書き方や内容で大体の所属が分かる。
それが"組織"と言うものだ。
「ええと、入れ墨は~...うわ、ガチで"捨て犬"じゃんか。シラクーザも大変だねぇ、"親指"に捨てられたらほぼ終わりでしょ。
でもあれだね、問題はそこじゃない。
男はため息を、めいいっぱい吐き出した。
「これは、金になりそうだな。クソペンギンの言う通りに」
あんれまぁ … … …