地球における労働の魔の手から逃れ、左団扇な生活を目指す話 作:やがみ0821
翌日、律歌は夜が明けきらぬうちに起き出した。
彼女は隣で寝ている恵理を起こさないように――などと優しくするつもりはない。
「恵理ー! 起きてー! カンカンカンカン! 起きてー! すっごく朝! もう日が上っているよ!」
「起きてるよ?」
「……私ってホントバカ……」
むくりと上半身を起こして小首を傾げる恵理に律歌は自己嫌悪に陥ったものの、30秒くらいで立ち直る。
互いに全裸であるが、今更見られて恥ずかしがるような間柄でもない。
「律歌が起きる気配を感じて、僕が起きないわけがないよ」
「だよね……ともあれ、修行よ。まずは魔力を増やさないと駄目だと思う。莫大な魔力があれば、大抵のことは何とかできる」
「うん、いいよ。瞑想すると良いんだっけ?」
「うん。だけど、ここで私が漫画で見た集中力がアップするスゴイ修行法がある……」
「僕も見たことある?」
「たぶん……1本の指の先端に魔力を集めて、尖ったものの上で逆立ちするって感じにやるといいんじゃない?」
「元ネタは霊力の修行だよね、それ」
「似たようなものだから、平気平気……知らないけど」
「……ねぇ、律歌。それって失敗すると大変なことになるんじゃない?」
言うまでもなく串刺しだ。
さすがに恵理も止めざるを得ない。
「じゃあ、1本の指の先端に魔力を集めて、それだけで逆立ちするっていうのにする。尖ったものじゃなくて、普通の床とかベッドで」
「できるの?」
「やってみなくちゃ分からないわ」
というわけで早速実践の前に――しかし、全裸のままでは問題があるので服を着た。
そこで律歌は幾分冷静さを取り戻して、恵理に問いかける。
「……そういえばあれよね、魔力の直接操作って普通はできないんだっけ?」
「うん」
「じゃあ恵理は瞑想して。悟りを開けるくらいに」
「頑張るよ。でも律歌のことで頭がいっぱいだから難しいかも」
「そういうところが好き……って、それよりもともかくやるわよ」
「うん、頑張って」
にこにこ笑顔の恵理を見ながら、律歌はいよいよ逆立ちを敢行する。
いきなり指一本で逆立ちというのはハードルが高いので、まずは普通に逆立ちを行ってみる。
しかし、5秒もしないうちに倒れてしまう。
「……根本的に体のバランスに問題があったわ。指に魔力を集めることは昨日、すぐにできたのに……」
そう言いながら、律歌は人差し指に魔力を集束してみせる。
淡く光る小さな球体が彼女の人差し指の上にできていた。
そんな彼女に恵理は告げる。
「逆立ちなんて普段はしないから仕方ないよ。一緒に瞑想しよ?」
「……うん」
そんなわけで2人は朝食まで瞑想に耽った。
朝食後、律歌と恵理は図書館へ向かう。
知識を蓄える為だ。
まずは魔法関係に限るが、いずれは色んな分野についても学びたいというのが律歌の希望であり、恵理もまたそれに倣った。
特定分野だけではなく様々な分野において、横断的な知識を身につけることで、発想に幅が広がる。
もっとも、律歌は基礎こそが全ての土台であり、何よりも重視すべきものだという考えがある。
故に、2人は子供用の基礎教材からまず始めた。
その理由は、専門用語を子供にも分かりやすいように、簡単な言葉に言い換えてあり、かつもっともポピュラーな魔法について学ぶことができる為だ。
そして2人は図書館で魔法に関する様々な子供用教材を読み漁り、やがて訓練施設へと向かった。
メルドは律歌と恵理のステータスプレートを見て、思わず声を出しそうになったが、何とか堪えた。
図書館で2人が熱心に勉強している、ということを部下から聞き、ステータスの伸びを一応確認しておこう、と彼が思った為だが――予想以上に伸びていた。
幸いにも他の面々からは離れている為、2人のステータスプレートをメルド以外は見ていない。
元々律歌も恵理も魔力のステータスが他のステータスよりも高かった。
総合的には天職:勇者である天乃河光輝が勝るのだが、魔力という一点に限って2人は彼よりも高い。
特に律歌の方は異常と言っても過言ではない技能がある。
魔力操作と魔力制御――魔力を直接どうこうできる存在なんぞ、メルドはモンスター以外では聞いたことがない。
さすがにこれは彼の手には余るものの、かといって誰かに相談するわけにもいかない。
誰に相談しようが、どこからか情報が漏れて権力闘争の道具にされるのがオチである。
そのとき、律歌が悩むメルドに声をかける。
「メルドさん、立ち回りを教えて」
「あ、ああ……昨日も言ったが、技能については口外するんじゃないぞ」
「ええ、心得ているわ。とりあえず私と恵理はまず魔力を重点的に鍛えつつ、戦闘においては一撃離脱という形を取りたいのだけど……」
律歌の言葉にメルドは思考を切り替える。
「ふむ……悪くないな。遊撃としても動ける魔法使いというのは有り難い存在だ」
「立ち回りとか色々と詳しく教えて欲しい。私と恵理には、そういう知識や経験がゼロなので」
「勿論だ。宮廷魔法師達では、そういうことは教えられないだろう」
荒事に対して真っ先に投入されるのが騎士団であり、宮廷魔法師というのは最後の切り札として温存される。
故に騎士団の方が様々な状況を宮廷魔法師達よりも経験しているのだ。
「私はあなた達が血と汗で得た戦訓を学びたい」
律歌の言葉にメルドは確信する。
彼女は他の少年・少女達とは何かが決定的に違う、と。
故にメルドは提案する。
「……正直に言おう。今の訓練を続けてもステータスは伸びる。だが、君達に対しては実施していない、より過酷な訓練もある。伸び率は後者のほうが良いが……どうするか?」
メルドの問いかけに律歌は恵理の方をちらりと視線を向ける。
すると彼女は小さく頷き、それを確認した律歌はメルドへ視線を戻す。
「やってほしい。さっきも言ったように、魔力を重点的に伸ばしつつ、他のステータスも鍛えたい。知識や立ち回りとかそういったものも覚えたい」
「僕もです」
律歌と恵理の言葉にメルドは力強く頷いたのだった。