地球における労働の魔の手から逃れ、左団扇な生活を目指す話   作:やがみ0821

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大きな動き

 

 

「アイタタタッ……! は、腹がッ……!」

 

 お腹を両手で押さえて転げ回る律歌に恵里は言わんこっちゃない、と肩を竦めつつ、彼女を止めて魔力すらも回復するスゴイ水を口移しで飲ませる。

 

 スゴイ水には神水という名前があるのだが、2人は知らなかったのでエリクサーと律歌によって命名されていた。

 

 

 その神水こと、エリクサーを飲んで律歌はようやく落ち着きを取り戻す。

 

「どうだった?」

「恵里が作ってくれたので、最高に美味しかった。調味料をホルアドで購入しておいて良かったわ」

 

 満面の笑みを浮かべて親指を立てる律歌に恵里は満足げに頷いた。

 だが、彼女が聞きたかったのはそこではない。

 再度、恵里は問いかける。

 

「モンスター、やっぱり食べない方が良かったよね?」

「エリクサーのおかげで大丈夫だわ」

 

 そう言いながら律歌はステータスプレートを取り出して確認し、恵里にも見せた。

 それを確認する限り、ステータスの大きな上昇と食べたモンスターが使っていたと思われる固有魔法が技能欄に現れていた。

 しかし、それだけではなく吸収という技能もまた現れている。

 

 そんなものを使ってきたモンスターはいない為、モンスターを食べるという行為自体が何かしらのトリガーになったのかもしれない。

 

「吸収ってラーニングのことかしら? やっぱりゲテモノ食いはパワーアップ手段だった」

「……良いこと尽くめだけど、本当に腹痛だけだったの?」

 

 ジト目で問いかける恵里に律歌は胸を張って答える。

 

「実は今も物凄く痛い。具体的に言うと全身が複雑骨折した上に、上からお相撲さんが10人くらい落ちてきてピョンピョン飛び跳ねている感じ。でも恵里の前だから頑張れる」

「致命傷だよ!?」

「エリクサーを飲ませてくれれば大丈夫。エリクサーを信じろ……」

 

 律歌の言葉に恵里は再度、口移しにてエリクサーを飲ませる。

 その行為をしばらく続けていると、合間に律歌は問いかけた。

 自分が人外の存在へなったのではないかと感じていた為だ。

 

「見た目の変化とか何かある?」

「特にないよ。腕とか足とか触手とかそういうのは生えてない。髪色とか瞳の色も変わってない。全体的に筋肉がついたくらいだけど、ムキムキのマッチョっていう感じじゃなくて細マッチョってやつ。律歌の変化には敏感な僕が言うんだから安心して」

「元々魔力を直接弄ることができた為かしらね……魔力を使って身体強化とかもできたし、そういうのに耐性があったっていうか、そういう構造になっていたという感じなのかな。知らんけど」

 

 その時、律歌はもしやと思って自分のスカートを捲った。

 突然の行動に首を傾げなら恵里は尋ねる。

 

「どうしたの?」

「もしかしたら両性具有になってるかと思ったけど、そんなことはなかった」

 

 律歌の言葉に恵里は彼女へ抱きついて、耳元で囁く。

 

「えっち」

「恵里ってば本当に可愛い」

 

 よしよし、と律歌は恵里の頭を撫でつつ提案する。

 

「恵里もパワーアップしてみる?」

「……さすがに僕はやめておくよ」

「エリクサーを飲めば物凄く痛いだけで死なないし、恵里には強くなって欲しいし、もしかしたら私は恵里よりも長い寿命を得てしまったかもしれないから……」

 

 そう言いながら、律歌は恵里を上目遣いで見つめる。

 彼女に対して恵里は問いかける。

 

「律歌は恋人に苦痛を味わえって言っているんだよ? 普通、そういうことは言わないんじゃない?」

「……恵里の言っていることは至極真っ当なんだけど、将来ピンチになった時、食べておけばよかったみたいなことになりそう。よくあるじゃない、そういうのって」

 

 律歌の指摘に恵里は渋い顔になって告げる。

 

「そんな漫画みたいなことが起きるわけがない……って否定したいけど、僕達のこれまでの経緯から考えると否定できない」

「……どうする? 私が食べた方がいいんじゃないかって勧めた理由はさっき言った通り。代償は物凄く痛いことと身体とかに変化があるかもしれないこと。別に食べなくてもあなたに対する思いが変わることはない」

 

 律歌は恵里の瞳を真っ直ぐに見つめてそう言い切った。

 その言葉に対して、恵里は溜息を吐く。

 

「そういう言い方、本当にずるいよぉ。断れないじゃん。実質的な強制じゃん」

「駄目かしら?」

「駄目じゃないよ。律歌が僕のことを考えてくれているの、すごく嬉しいもん」

 

 そう言って恵里は決意する。

 

「僕、食べるよ……!」

「私が口移しでエリクサーを飲ませ続けるから何とかなる……安心して」

 

 律歌の言葉に恵里は俄然、やる気を出した。

 

 

 

 そして、2人は適当なモンスターを仕留めて、それを律歌が調理する。

 恵里の為に彼女は愛情と調味料を込めて、程よい火加減でじっくりと骨付き肉を1本、焼いた。

 

 肉汁が滴り、食欲をそそる香りが辺りに立ち込める。

 見るからに美味しそうだが、先程も見た目は良かった。

 

 

 恵里は意を決して齧り付いた。

 調味料のおかげか味も悪くはないが、危険であるのは律歌が身をもって証明している。

 さっさと食べ終えてしまった方が良いと判断した恵里は、一心不乱に咀嚼して嚥下していく。

 

 程なくして恵里の身体に痛みが走り始めるが、それが本格化する前に彼女は食べ終えた。

 すかさず、口にエリクサーを含ませていた律歌が恵里に口移しでもって飲ませる。

 

 エリクサーを口に含んでは恵里へ飲ませ続けて、しばらくして恵里の痛みも収まっていく。

 そして、律歌は落ち着いたところで恵里の身体を確認する。

 

「腕とか触手とか生えたりしてない……髪色とかその他色んなものに変化がない……あ、でも身長が伸びたような……」

「身長が伸びたって? やっぱり律歌の愛の力かなぁ。でもあんまり変わった気がしない……本当に伸びたの?」

「数cmとかの伸びじゃないわ。何となくさっきよりもちょっとだけ大きくなっているような気がする。愛もそうだけど、エリクサーを飲ませ続けたのが良かったのかしら。エリクサーが少量摂取だったら、もっと大きな変化が起きていたのかも」

 

 そう予想する律歌の背中へ恵里は両手を回し、その耳元で囁く。

 

「ねぇ、律歌。分かっているんでしょ? 僕達、人間じゃなくなっているよ」

「何となくそんな気がしていたけど、やっぱりそうなのかな?」

「きっとそうだと思うよ。ステータスが上がったとか技能が増えたとか……そういうのだけとは思えないもん。あと魔力ってこういう感覚なんだね」

 

 そんなことを言いながら、恵里は律歌の首筋に口づける。

 そして、囁く。

 

「身体が軽いし、力が漲ってくる……あと律歌と同じような感じで筋肉がついてるよ」

「……痛かったけど、体脂肪を撃退できたって感じかしら」

「体重は筋肉分、増えたと思うけどね。そんなことよりさ、せっかく2人で生まれ変わったんだから、記念に……」

 

 最後まで言うことなく、恵里はにっこりと笑ってみせる。

 律歌もまたそれは望むところであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 王国にて畑山愛子は戦争への参加ではなく、人道支援として王国内における農地開拓を目指して動いていた。

 精神的なショックを受けた生徒達を戦争へ参加させることなく、また王国・教会からの何もしていないという批判をかわす狙いがある。

 もっとも王国や教会からの批判については、まだ聞いたことはないが何もしないままでは将来的にそうなる可能性は高いと彼女は判断していた。

 

 幸いにも彼女の天職は非常にレアなものであり、その有用性は王国・教会だけでなく彼女自身も理解していた。

 

 その一方で畑山は1日に2回は生徒達を全員集めて、ホームルームのようなことを行い、また個別面談も順次行っている。

 これは生徒の心のケアの為であり、全員が対象だ。

 慣れない仕事ばかりであったが、生徒達が極端な考えに走らぬよう、彼女は四苦八苦しながらも取り組んでいた。

 普段は彼女のことをからかっている生徒も多いが、流石に今回はそのようなことをする者は誰もいなかった。

 

 

 

 さて、南雲ハジメは夕食後に畑山との個別面談を終えて、自室のベッドで横になってぼんやりと天井を眺めていた。

 

「これから……どうなっちゃうんだろうな」

 

 ぽつりと呟く。

 

 

 あの日以来、クラス内の雰囲気は変わった。

 

 もう帰れないんじゃないか、という思いが誰の胸にもあり、クラスの中心人物である天之河や2人を死に追いやるきっかけとなってしまった檜山が酷く責任を感じて、精神的に不安定になっている。

 

 

 この世界の人々を救うために戦争へ参加するなどと言わなければ――

 自分がもっと気をつけていれば――

 

 

 

 そのような言葉を口にして嘆き悲しむ様を見ると、天之河も檜山も召喚前と比べて別人のようだ。

 

 特に檜山はハジメにちょっかいを掛けてくることがなくなった。

 だが、イジメが無くなったことを喜べるような状況ではない。

 

 

 ハジメは当時、あの場にはいなかった。

 畑山の勧めもあって、彼は王国お抱えの錬成師達に授業をしてもらっていた為だ。

 2人が死んだという実感がわかず、どっかで生きているんじゃないかと思えてしまう。

 

 

 

 そのとき、扉が軽く叩かれた。

 あの日以来、毎日彼の部屋を訪れる人物がいる。

 

 故にハジメは特に驚くこともなく、ベッドから起き上がって扉を開けた。

 

「こんばんは、ハジメ君」

 

 ここ最近、下の名前で呼んでくるようになった白崎香織その人だ。

 

「こんばんは、白崎さん」

 

 ハジメの言葉に香織は頬を膨らませる。

 その表情に彼は思わず見惚れてしまう。

 

 可愛いな――

 

 そんなことを思っていると彼女は告げる。

 

「ハジメ君、香織って呼んでくれなきゃ駄目」

「か、香織さん……?」

「……今はそれで我慢してあげる」

 

 今はって何だよ、とハジメは恐れ慄きながらも、彼女を部屋へ招き入れる。

 彼女は椅子には座らずハジメのベッドに座って、その横を手で軽く叩く。

 彼はそれに従って横に座り、そこから会話がスタートするというのがここ最近のルーチンだ。

 

 何でこんなことになったんだ、とハジメとしては不思議でしょうがない。

 

 最初の日はちょっと相談に乗って欲しいってやってきたのに、ドラスティックな変化である。

 

 とはいえ、彼とて男子高校生だ。

 ここまで露骨にアピールされて気づかないわけもない。

 理由は不明だが、白崎香織は自分に惚れているんじゃないかと予想するには十分だった。

 

 かといって告白する勇気は今の彼には無い。

 

「ハジメ君、律歌ちゃんと恵里ちゃん、生きていると思う?」

 

 おっと今日はいきなり変化球だぞ、とハジメは思いつつも答える。

 

「正直、死んだっていう実感がわかない。実はどっかで生きているんじゃないかって思うときもあるかな……」

「だよね。私もそう思う。生きている証拠とかそういうのは何にもないんだけど……あの2人ってしぶとそうだから」

「もしかして、死んだように見せかけたとか?」

 

 彼が何気なく問いかけると、彼女は食いついた。

 

「ねぇねぇ、やっぱりあの2人ってデキてるよね? だから駆け落ちしたんじゃないかなって私は思っているの。前々から噂になっていたんだ。校舎裏で2人がキスしてたのを見たって子もいるし……」

「ちょっと待った。何だその噂は……?」

「え? 知らないの? 男子達もわりと知っているらしいんだけど……?」

「知らなかったんだけど……」

 

 ハジメはそう答えて、自分の学校生活がどうであったかを思い返す。

 クラスメイト達との接点がない。

 

 香織が常日頃から指摘してくれていたのに、それを改善することもなかった。

 他者との接点が無ければ情報が入ってくることもない。

 

 趣味の合間に人生を掲げている彼はオタクである。

 オタクな彼はオタクではない人々よりも、ディープな情報収集を欠かしていない。

 某巨大掲示板をはじめとして、あちこちのサイトを彼は常日頃巡回していた。

 

 そんな彼は無駄に知識もあり、またネット上でのスラングも多く知っており、その中には現在の自分をよく表現したものがある。

 

 

 趣味の合間に人生、趣味の為に色々と切り捨てる――大いに結構、その覚悟は称賛に値する。

 自画自賛だけども。

 

 

 だが、これって周りから見たら――単なるコミュ障ボッチでは?

 

 

 気づいてしまった南雲ハジメの衝撃は大きく、項垂れてしまう。

 

 急に落ち込んだ彼に対して香織は迷う。

 今ならばチャンスではないか、と彼女は直感したのだ。

 落ち込んだ彼を慰めて好感度アップという魂胆であるが、ここは大胆にいったほうが良いのではないかとも彼女は思う。

 

 自らの心臓が早鐘を打つのを香織は感じた。

 

 

 どうする? どうする? いっちゃおう――!

 

 

 逡巡していた彼女は決意し、行動する。

 そして、白崎香織は南雲ハジメに横から抱きついた。 

 

「ちょっ!? えっ!?」

 

 ハジメは混乱するが、ここまできたならば最後までいってしまえと香織は決心して、抱きついたまま告げる。

 

「あなたのことが好きです……私と付き合ってください……!」

 

 一世一代の香織の告白に対してハジメは理解が全く追いつかない。

 何がどうしてそうなった、と彼は声を大にして問いかけたいが、それは最悪の手であることは考えるまでもない。

 

 南雲ハジメは白崎香織をどう思っているのか。

 好きなのか嫌いなのか、男女の仲として付き合うか付き合わないかという二択である。

 

 そんなのは決まっていた。

 ここで断る奴は男じゃない。

 

 

「自分でよければ……よ、よろしくお願いします……!」

「ハジメ君じゃないと駄目だよ」

 

 香織はそう告げて微笑みながら、きっかけを話し始めた。

 

 中学の頃にお婆さんと孫を不良達に土下座して守ったということを聞いて、ハジメはそんなこともあったなぁ、と思い出す。

 

 しかし、その直後に続けられた香織の言葉に彼は耳を疑った。

 

「他校の生徒だったハジメ君だけど……私は制服から学校を特定したんだ」

「えっと……マジで?」

「マジだよ。他にも色々あるよ? 昔から私はハジメ君のことが好きだったの」

 

 満面の笑みで香織にそう言われて、ハジメはもしやと思う。

 

「……香織さんって、もしかしてストーカー的な?」

「違うよ。それに、好きな人のことは何でも知りたいっていうのは、普通の感情だと思う」

 

 これは自分がおかしいのか、とハジメは思わず首を傾げてしまう。

 そのとき、扉が叩かれる。

 

 ハジメが問いかければ八重樫雫だという。

 彼は香織へ視線を向けると、小さく頷いた。

 

 それを見て彼は立ち上がって――当然のように香織も一緒に立ち上がり、くっついてくる。

 

「香織さん、離れてくれると……」

「だーめ」

「あっはい……」

 

 ハジメは渋々そのままの状態で扉を開けた。

 八重樫雫は2人の状態を見て微笑んだ。

 

「香織、おめでとう。頑張ったわね」

「えへへ、ありがとう」

 

 はにかんだ笑みを浮かべる香織から雫は視線をハジメへ向ける。

 

「南雲君……香織を泣かせたら、大変なことになるから」

「き、肝に銘じておきます!」

 

 ハジメはそう答えることしかなかった。

 

 

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