胡蝶蘭は野に咲いて   作:whitedevil

1 / 7
第一話 相談

「はぁ〜……」

 

 壁際に設置されたソファに力なく倒れ込むようにして座った私は、オレンジジュースが半分ほど入った「シロ」と書かれたマグカップを眺めながら、深いため息をこぼしていました。

 ここは東京都世田谷区、グレートウォールに近いキャツナーレのアジトになっているビルの一室。なんと私だけのためにあてがわれた部屋なのです。

 あの日━━新条という男が世界中をめちゃくちゃにしようと企んだあの事件の日から数日経ち、キャツナーレの中ではいろんな人が出たり入ったりして忙しそうにしているみたいです。どうやらあの事件は世間では表沙汰にはなってないようで、事件から2日後には政府の人が来て咲音さんや希留耶さんと何やら事件の後始末について話し合って決めたみたいです。

 その後始末の一つとして、しばらくの間事件の後処理の拠点となるキャツナーレのアジトは最低限の人員を残して、残りの人員は一旦別のコミュニティに移ることになったらしいです。

 なので今ここにいるのは、【クロスギア】リーダーの谷越あきらさんをはじめとして、先の作戦に参加したコミュニティリーダーと、事件解決の中心となったペンダント所持者、そして咲音さん、ぎんが、神神子さん、かりんさんと私だけみたいです。……というのをかりんさんがこの前説明してくれました。

 

 そんなわけで、希留耶さんにビルの余った部屋の一つを私が使っても良いと言われ、こうして1人ソファで休んでいるのです。

 思えば、あの戦いは本当に壮絶でした。後から聞いた話だと、あきらさんがうまく指揮をしてくれたおかげで、重傷者こそ出てしまったものの、幸いにも死者はゼロ。そして、なによりぎんがもいづみさんも希留耶さんも無事に帰ってこれました。わたしは…わたしは本当に何よりもそのことが嬉しいです。

 なのにどうして私が、こんな深いため息をついているかというとそれは…全てはあの日の出来事が原因なのでした。

 それは、あの戦いから帰ってきてみんなで後始末を始めた頃、ちょうど私は仮拠点に荷物を運んでいるときのことです。

 

 

ぎんがと叢雲さんが地面にふたりして倒れていました。

 

 

 えっと、正確には地面で2人してぎゅーっと抱きしめてあっていたのですが、なにやらふたりはお口とお口を合わせて抱きしめあっていたのです。

 私にはそれがどういう意味があるのかは分からなかったのですが、不思議とその姿を見ていると胸がどきどきとして顔が熱くなってしまいました。あの時は、理由はわからない恥ずかしさとか、どういう意味があるのだろうという疑問とか、なぜ自分が顔が熱くなってしまっているのかという困惑とか、いろいろな思いが巡って頭がパンクしてしまっていました。なにやらその後ぎんがから言われた記憶もありますが、あんまり覚えていないです。

 このどきどきとした気持ちは、かりんさんに抱きしめてもらったときとか、かりんさんのお布団で寝てしまい、その後起こしてもらった後に感じに似ているのです。

 なので、あの後ぎんがにどういう意味がある行為なのが聞いたのですが、なんだかぎんがは分かってなかったみたいでした。仕方ないので、もう1人の当事者━━叢雲さんにも聞きに行きましたが、なんだか顔を真っ赤にして「もう許して…おねがい忘れて頂戴…」と涙目で言われてしまったのでそれ以上は聞けなかったのです。ちなみに私が叢雲さんの部屋を出ると同時に入ってきたぎんがが、なぜか叢雲さんに頭をはたかれていました。なんだったのでしょうか。

 ともあれ、当の本人からあの行為の意味が確かめられず、私は困り果てていました。

 

 しかし、私がため息をついていたのはこれだけが理由ではないのです。

 あの『行為』を見てから、ぎんがとかりんさんが2人でお話しして楽しそうにしているのを見ると、なんだかもやっとした気持ちになってしまうのです。

 ぎんがは私の相談をたくさん聞いてくれたり、私が困っているとすぐ助けてくれたりとても尊敬している人です。それに、言わずもがなかりんさんは、こんな私にたくさん新しいことやものを見せてくれ、困った時にはいつも私に優しい言葉をかけて助けてくれる私のとても大切な人です。

 だから、2人には全然私なんかじゃ返しきれないくらいたくさんの恩があるのに…あるのに……。不思議と2人が話しているのを見ると、なんだか落ち着かなくなって、もやもやとした気持ちを抱いてしまうのです。

 ……私はおかしくなってしまったのでしょうか。新条を倒して以来、(これはみんなには話してはないのですが)私はミュータントはおろか、半分ミュータントの姿にも戻れなくなってしまったのです(正確にはそういう感覚がなんとなくあるだけで、かりんさんを困らせてしまうから実際に試してはないのですが)。お医者さんは体の中のウイルスの濃度が減ってきているし、特に問題はないと言っていましたが、やっぱり私の心はおかしくなっているのかもしれないです……。

 こんなこと誰にも相談できませんし、こんなひどいやつだとバレてしまえば今度こそ見捨てられてしまうかも……。

 ……やっぱり私が普通の人と違った人生を歩んでるから……他の人と同じように暮らすなんて無理なの…かな……。

 そんな風にどんどん暗闇に落ちていこうとする思考を遮るように、部屋の扉が突然ノックされます。

 

「えっと、シロちゃん…わたし、真理花なんだけど、中に入ってもいいかな?」

 

 無骨な木の扉の向こうから真理花さんの声が響いてきました。わたしは咄嗟のことで頭がパニックになりながらもなんとか返事を返します。

 

「あっ…えっ、えと、はい!ど、どうぞ…!」

 

 わたしが急いで扉まで行き、扉を開けるとニコッと笑顔を向ける真理花さんがいました。

 

「はいっ、シロちゃんこれ! プリン、持ってきたよ!」

 

そう言って彼女は、私に黄色くて甘い香りのするお菓子を渡してくれるのでした。

 

━━

 

 実は真理花さんとは、キャツナーレに戻ってきてから頻繁にお話をする仲になっていました。きっかけは、たしか彼女が事件の翌日突然私の元にやってきた時でした。

 

「私…!キャツナーレにいた頃のみんなとのこととか、神神子ちゃんとの思い出とか思い出したいから、神神子ちゃんとチームのシロさんにいろいろ教えて欲しいんです…!」

 

 そう言う彼女に、何か自分でも役に立てるのではと思って、快く頼みを引き受けました。

 私は彼女に、私なりに感じた神神子さんの印象やあった出来事やキャツナーレのことなどを話しました。でもそのうち、私が全然壁の外のことや常識などがわかっていないとわかると、彼女はお礼にと壁の外のことや、私が知らないいろんなことを教えてくれました。

 そうして、たくさんおしゃべりしていくうちに、自然と時間がある時に話す仲になったのです。

 しかもなんだか最近では、神神子さんに作ったあまりだから気にせず食べてねと言って、壁の外の人が持ってきたいろいろな物資を使って色々な『お菓子』を私に作ってきてくれるのです。

 そんな彼女の姿を見ていると、神神子さんが真理花さんに頭が上がらない理由の一つが分かるような気がします。彼女が作る料理はとっても美味しいですが、神神子さんが前に作ってた、えっと…『すくらんぶるえっぐ』?なる食べ物はなんだかまっくろで苦くてちょっぴり食べるのが大変でした。

 

 それはともかく、いつかこのご恩をかえせるように、料理というものを勉強して真理花さんとかりんさんにたくさん美味しいものを振る舞ってあげたい…です。がんばらなきゃ…!

 そんな思いにふけっていると、真理花さんが持ってきてくれた『ぷりん』を食べる用意までしてくれているのに気付きます。

 

「あっ、そ、その…ぼーっと、しちゃって…て、用意手伝い、ます!」

 

 私が慌ててソファから立って言うと、真理花さんは苦笑しながら

 

 「いいよいいよ~。たいした手間でもないから大丈夫!」

 

 と言って手早く用意を済ませてしまいました。私は手を空中であわあわさせながら座ります。

 そんな私をにこにこと優しい目で見てくれながら

 

「それじゃあ、食べよっか!いただきまーす」

 

 といって真理花さんは食べ始めます。

 

「あっ、い、いただき、ます…です。真理花さん」

 

 私も慌てて彼女に倣って手を合わせます。最初の頃は私があわあわすると、彼女もあわあわしていました。そしてあわあわする彼女に申し訳なくなり私がさらにあわあわして、彼女がそれを見てさらにあわあわ…なんて言うやりとりもありましたが、最近は私の扱いがわかってきた?のか彼女が慌てることも少なくなりました。

 

「えっと、それでシロちゃんはなにを悩んでるのかな?」

 

「えっ!? ど、ど、どうして…わかった…の?」

 

 プリンを一口含んで幸せそうな笑顔をしていた真理花さんが、スプーンを机の上に置くと同時に切り出した言葉に、私は思わず驚きの声を出してしまいました。

 

「んんと、シロちゃんドア開けてくれたときに『わたし悩んでます〜』って顔してたから」

 

 そう苦笑いしながら言う真理花さんにわたしは言葉を失ってしまっていました。私、そんなに深刻そうな表情が顔に出てしまったのでしょうか…。

 

「そ、そう…でしたか…あっ…その……た、たいしたことでは…ない……ですので…!」

 

「うーん、シロちゃんが言いたくないって言うことなら無理には聞かないけど、できれば……力になりたいなって思う…かな」

 

 慌てて誤魔化そうとしたわたしに、真理花さんは優しく言葉を続けてかけてくれます。

 

「それに、シロちゃんには私の記憶を戻すお手伝いをたくさんしてもらってるから、ね?」

 

 そう言って真理花さんは私に笑顔を向けてくれます。なんと…なんとお優しい方なのでしょうか。私の周りの方はとても優しい方ばかりで…私は……ついつい周りの方に甘えてしまいます。そんな申し訳ない気持ちにつつまれながらも、気づいた時には私は口を開いてしまっていました。

 

「……じ、実は……えっと…ぎんが……と、かりんさん…のこと……あと、お口のこと…で……こまって…ます」

 

「明樽さんと神我さん?ええと、お口って…?」

 

 はっ、と気づいた時にはもう遅すぎました。このことを話せばきっと優しい真理花さんでも、私のことを失望してもう話してくれなくなるかもしれません……。かりんさんたち以外でちゃんとお喋りできる方をこうも早く失ってしまうなんて…取り返しのつかないことをしてしまいました……。

 そう心の中で絶望している私を怪訝な表情で見る真理花さんに、なにも説明しない……と言うことができるわけもなく、私は洗いざらいすべてのことを喋ってしまったのでした。

 私が話している途中、なぜか途中で顔を輝かせたりしていた真理花さんは今、何かを考え込むかのように押し黙ってしまいました……。

 きっと……私に深く失望し、どのような侮蔑の言葉をかけようか考えているに違いありません…。

 私はいつ彼女から突き放しの言葉を投げかけられるのかと目をギュッと閉じ、体をできるかぎり縮こませ待っていました。

 すると、彼女はゆっくり瞳を閉じそして急に目を見開たかと思うと、突然私の肩を掴み、顔を輝かせながら私にこう言ってきたのです。

 

 

「それは…恋だよ!!シロちゃん!!」

 

 

━━

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定