昼下がりのキャツナーレ、ここしばらく続いていたUGNの責任者としての書類整理が落ち着き、あたしは久しぶりに優雅なお昼を過ごす……つもりだったのだが…。
12時ごろ、お昼ご飯を食べてから確か真理花に用があると言われ、彼女のもとに行ったはずなのだが、気づけば時計は13時を過ぎており、何故か私はキャツナーレ地下の倉庫の端にうずくまっているところを心配したシロに(何故彼女が心配してたのかは謎だが)彼女の部屋まで連れてこられていた。
あれ……。確かあたし…真理花に会いに行ったところまでは記憶があるんだけど…どういうわけかその後の記憶が思い出せない。
だがなんとなくあの後、真理花様のお願いであるシロの恋愛の手伝いをしなければならないというお願いを受けたような気がする。
なんか最近こういうことが多い気がする。この前も、死にかけのあたしにZOMBウイルスを注入され、ウイルスの制御がうまくいかなかったのかひどく苦しむあたしが誰かに介錯される……なんていうやけにリアルな悪夢を見たりもした。
「こほん。では希留耶さんも戻ってきたみたいですし、シロちゃんが神我さんに上手くアタックするにはどうすればいいか、ご意見を聞きたいのです」
何故か普段より偉そうな口調の真理花があたしに問いかけてくる。……それに、隣にいるシロもキラキラとした瞳であたしをみてきている。
いや、そんな期待された瞳を向けられてもねぇ…。
そもそも、パンデミック以降、あたしには恋愛なんていうそんな浮ついたものに頭のリソースを割く余裕がなかったのだ。日々逼迫する食糧を始めたとした物資の管理、他コミュニティとの外交や情報共有、キャツナーレ内の生存者やハーフジャーム…もといオーヴァード達の不満や要望の対処…。未だ完全に受け入れられていない瑠璃のこと…。そして……いまだ生傷としてあたしの心に深く刻まれている新条との取引のごたごた…。
そんなこんなで、自分には恋愛ということなんてそもそも考える余裕がなかったのだ。それに、パンデミック以前は、咲音と瑠璃との3人で過ごすことも多くあまり異性との関わり合いがなかったのだ。
恋愛なぞ、本や空想、そしてだいぶ前にキャツナーレの女の子達が話していた話程度しか知らないのである。
まぁ、全く興味がない……わけではないのだが。
しかし、今回の話でシロが恋心を抱いているのは男の子……ではなくかりんに抱いているらしく、ノーマルな性癖を抱いていると自負しているあたしには縁遠いもので、どう答えたものかと頭をひねり言葉を絞り出す。
「そうねぇ〜…。えっと、こういうのってやっぱり、雰囲気ってやつが大切って誰かが言ってた気がするわね。えーと、夜景の見えるレストランで高級ディナー、とか?」
「いやいや、希留耶さん…。今のご時世でビルに登ったところで見えるのは灰色の東京ですし、ましてやレストランなんて何年前の話してるんですか……?」
「う、うっさいわね! それくらい知ってるわよ! 言ってみただけだし!」
なんとか言葉に出した案はすぐさまジトッとした目を向けた真理花に否定されてしまう。新条の一件で壁の中の人が壁の外に出る算段がついてきたとはいえ、未だ東京は廃墟のままであるのだ。
うーん…とはいえ、他の案は…。
「あ! そうよ! こういうのは女の子が喜ぶシチュエーションで行くのが鉄板よ! ええと、例えば……。壁にドンってなるように突き迫って、そこで、えっと……その…あの……き、きき、キス……とか…?」
「へぇ〜…。希留耶さんってそういうところべたべたな乙女なんですね…。ちょっと意外です…」
「かべで……き、きす……?」
「うっ、べ、べたべたで悪いか〜! なによ、あたしが精一杯案を出してやってるのに!」
思わず顔を赤くして真理花へと抗議の言葉を投げつける。ば、馬鹿にされていないだろうか、あたし…!
「ふむふむ…。まぁでもベタというのは意外に軽視できません。王道ということでもありますからね。よし、シロくん! ここは、希留耶さんを神我さんだと思って、まずは予行練習をしましょう!」
「わ、わかっ、た…! がんば、る!」
「えっ、あたしほんとに参加させられるわけ…? というか、かりんの真似とかできないんだけど…」
「まぁ、希留耶さんに神我さんを正確にトレースする演技力は期待してませんけども……。それでもなんとか希留耶さんなりに神我さんのふりをしてください!」
「うぐっ…あ、あんた……ほんと最近あたしに辛辣じゃない……? うぅ…咲音ぇ…」
なんだかあたしにだけ、非常に辛辣なというか扱いが雑な真理花の言葉に傷つきつつ、最近の彼女のやりとりを思い出していると、真理花からどのようにすればいいかを教えてもらったシロが、あたしに向かってずいずいと近づいてくる。
「え、えっと……『し、シロ? どうしたんだ突然?』」
「か、かか…かりん…さ、ん!」
始まったのを感じ取り、あたしはそれに合わせて、後ずさっていき、ついに背中に壁の感触を感じる。
そこで、シロは逡巡するかのように目線をあちこちに泳がせた後、覚悟したかのように小さく頷くと、顔を上げる
西洋人形のような真っ白な肌を持つ彼女の頬は今、朱色がかり、彼女はあたしを見あげて、キスの準備なのか目を閉じてプルプルと体を震わせて待っている。
いや、とても彼女は可愛らしい……可愛らしいとは思うのだが…なんかあたしの考えていた壁ドンとは違う……。真理花の方をちらりと見ると、彼女もなんともいえない顔をしていた。
「え、えっとぉ〜……シロ?」
あたしは苦笑いを浮かべながら、彼女に残酷な現実を言い渡す。彼女は体を震わせたまま薄く目をあけ、あたしを見上げる。
「シロには……壁ドンはあんまり…似合わない……かもしれないわ」
「……っ…!! そ、そん…な……じゃあ、かりん、…さん、恋……おわり…?」
「いやいやいやっ! ええとね、シロくん!」
あたしの言葉がまるで世界が終わりを告げる終末のラッパの音色であるかのように、顔を青ざめさせ、膝から崩れ落ちたシロに真理花は駆け寄り慰めの言葉をかける。
な、なんか……もう少し言い方考えればよかったかもしれないわ……。
「シロくんは…その……ちっちゃくて可愛いんだ! だから……多分男の子っぽいアプローチではダメと言うだけで、シロくんがかりんさんと結ばれないわけではないということだよ!うん!」
「ぁ……ほ、…ほんと…?」
「うんうん、もちろんだよシロくん!」
ひどく慌てた真理花がそう答えると、シロは続いてあたしの方に目線を向けてくる。
えっ、あ、あたし…!?
あたしは急いで笑顔を用意するとシロに言葉をかける。
「え、えぇ! そうよ! あんた可愛い系だから、そういうのがあんまり合ってないかも〜ってことだけよ!」
なんだか笑顔が引きつってしまった気もするが、ごまかしの言葉をかけることに成功する。
まぁあたしとしても、可愛い女子に言い寄られてもなんともなぁという気持ちで あった。咲音とかほんの少しだけいいなと思っていた時期がないといえば嘘にはなる。彼女は昔からずっと自身の音楽…そして自分の役割をまっすぐ突き通しているかっこいい女の子である。
……まぁ、先日キャツナーレが襲撃に遭ったとき屋上で言われた言葉は未だに引っかかってはいるが、彼女なりに励まそうとしての言葉だったのだろう……きっと。
しかし私は一般的かつどこにでもいる平均的な女子であり、男の子の方に興味があるのだ。
というか、そうだ。思い出したけど、この子ってたしか……。
「えっと、あたしは見たことはないんだけど、あんたって見た目変えられるんじゃなかった?」
そう切り出した私に、先ほどまでの落ち込んだ顔を引っ込め、疑問符を頭の上に浮かべたシロが首を傾げる。
「え…う、うん…。いま、も…かえられ、る…はず」
「というか、咲音から聞いた話ならあんた、変身したあとかりんと五十幡さんのフリして普通に話してたんじゃないの?」
「あ…うん……。えと、他の人の、姿だと…しゃべ…れるよ? ふつ、うに…たぶ、ん」
「そうですよ! それです! せっかくだしシロくんは、少し大人っぽく雰囲気変えてやってみるのもいいんじゃないかな!」
そこまでシロが話したところで、興奮気味の真理花が割り込んでくる。
確かに、聞いた話だと変身後は今のシロとは話し方がかけ離れた五十幡いづみそっくりだったらしい。彼女が今の姿でうまく喋れないというなら、姿を変えてみるというのは、魅力的にも、そして話せないという問題を解決する意味でもいいかもしれない。
「…ん! じゃ、あ……少し、大人っぽく…がんば、る……!」
シロも納得したのか、そういうとすぐに目を閉じ、何かを考えるかのように押し黙ってしまう。流石に突然黙ったシロに驚いたあたしは彼女に声をかけようとすると、突如シロから真っ白な光が溢れ出し、思わず目を閉じてしまう。そして、次に目をあけたとき、先ほどまでシロがいた場所には長身の美少年(?)がいた。
「え、えっと……あんたは…?」
「私はシロだよ、希留耶さん」
━━っ…!!
はっ、一瞬その優しい笑みに見惚れてしまっていたあたしは意識を取り戻す。
信じがたい…信じがたいことだが、目の前にいる中世的な女性…は、シロが変身した姿らしい。
やや短髪ではあるものの、元の彼女らしい美しい白銀の艶やかな髪の毛が、変身前と同じく右目を少し隠している。そして、モデルでもしていてもおかしくないほど端正に整った顔に、目元には小さな黒子もあり、どこか優しげな瞳が合わさりなんだか蠱惑的な魅力を醸し出している。
身長も変身前と比較して私を越して、かりんと同じくらいの高さだろうか。体つきも変身前より穏やかであるものの、女性らしい丸みを感じさせるものになっている。
というか、全体的にかりんっぽい雰囲気をどことなく感じるわ…。
「い、いやいやいやいや! あんたそれは流石に別人でしょ! 喋り方までなんかキザっぽいし! というか、ちゃんと喋れるなら普段から喋りなさいよっ!?」
何故か少し体温が上がったあたしが、目の前のシロに指を突きつけながらいうと、彼女はなんだか少し困ったような笑みを浮かべて口を開く。
「いやぁ、私も普通に喋りたいんだけど、元の姿だと頭で考えてることをうまく口に出せないんだよね〜。そしたらきっと、かりんさんともうまく喋れるのに…」
あっ……悲しそうな表情をしている。うっ、あたしはなんて酷いことを言ってしまっ━━っていやいや、あたしは当然のことを口にしただけで全く悪くないはず! ふ、ふぅ…見た目に騙されるところだったわ。
というか、こいつは女。騙されてはいけないのだ。
「でも、とりあえず、さっきの練習、改めてしようか、希留耶さん」
目の前の美少年(美少女)が、あたしに笑みを浮かべて近づいてくる。い、いやいやいや、ちょっとは心の準備をさせてほしい!
「ちょっ、い、いきなり近づくなぁ〜! と、というかあんたなんでそんなさっきと違って自信満々なのよ! あっちょっと、ちょっとほんとに! そ、そうだ! 真理花! あんた、助けなさ━━」
ぐいぐいと近づいてくる彼(彼女)から逃れるようにジリジリと後退する私は、とっさに真理花に助けを求めて視線を向ける。
「っ〜…! はわっ、あぅ…ああ…」
しかし、彼女は顔を真っ赤にして言葉にならない言葉を口から紡ぎながら、あたし達から一瞬も目を離さまいとじっと見つめている。
あんたまで、魅了されててどうすんのよ!
心の中で悪態をついたあたしは、ついに背中に壁が当たり、壁際に追い込まれてしまう。
「ほら、希留耶さん…これは『練習』…だからさ?」
そう笑顔を浮かべて綺麗な顔が近づいてくる。どういうわけか、その顔…そして唇から目を離すことができない…!
うっ、こいつは女! しかも、元はあのヘナヘナとしたちみっこい女の子! 私はノーマル! 女の子に興味は……きょうみ、は……。
………。
…。
「あ、あぁ! 希留耶さんが気絶しちゃいました! ま、マスター! どうすれば!」
先ほどと同じように希留耶さんに近づき、キスをするフリをして練習をしようとしていた私でしたが、何故か顔を近づけると希留耶さんは顔を真っ赤にして気絶してしまいました…!
慌てた私が、頼みの綱である『らぶますたー』にどうすれば意見を聞こうと振り返りますが…。
そこには、同じく顔を真っ赤にして地面に倒れ気絶する真理花さんがいるのでした。
……私の恋愛作戦は、とても難しいもののようです。
メス堕ち