胡蝶蘭は野に咲いて   作:whitedevil

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最終話 告白

 私、巳剣叢雲は頭を抱えていた。

 

 理由は言わずもがな、縁満が文字通り命をかけて東京(せかい)を救って、約束した通り生きて戻ってきてくれた日━━私は感極まってか、あろうことに大勢の目がある前で彼を押し倒し、キスまでしてしまった。

 本当、あの時のことが頭をちらつくたびに耐え難い羞恥の気持ちが湧き上がってくる。というか、あの日以来、周りの人間が何とも言えない温かい目で見てくるのは本当に何とかしてほしい。

いや、私が恥ずかしいのは別にこの際良いのだ。いや全く良くはないけども、可能ならあの光景を見た人間の記憶を片っ端から消し去りたいけども、問題はそこではないのだ。

 問題は……そんな風に私があの日のことを引きずっているというのに、縁満といえば全く気にしていなさそう……というのが私の悩みなのであった。

 

 そのことを痛切に私が思い知ったのは、私がやらかした翌日のことだ。

 羞恥のあまり彼とどう話していいか、どんな顔をして会えばいいのか、私が終わりなき自問自答を繰り返してる時のことだ。あいつは「なぁ、叢雲」と平然と私の部屋を訪ねてきたかと思ったら、「トイレットペーパーどこにあるか教えてくれ!」と笑顔でのたまってきたのだ。思わず頭をはたいてしまった。

……いや、流石にあれはないだろう。叩いてしまった私が悪いのは事実だけども、あんなことがあった翌日の一言目がそれって酷すぎやしないだろうか。もう少しその……私のことを意識したりだとか? おはようの、その、キスとか? あって然るべきではないかしら! かしら!

 その後も、びっくりするほど恋人らしいこともなく、恋人になったこととかキスしたこととかもはや私の妄想であったのではないかと思ってしまったほどだ。

そして今日に至るまで縁満のめちゃくちゃな行動に振り回され、私はその尻拭いやら後始末をしたり……と、恋人の「こ」の字もないような思い出ばかりなのだ(周りの人には「いや、イチャイチャしてるよね」とか言われたが全くそんなことはない。彼らにはピンク色のフィルターがかかった世界が見えているのではないだろうか。……確かに彼と話すことが増えたりしたのは事実だけど)。

 

 というか、割と冷静に物事を判断できたりする方だと自負していたのに、彼の前だといつも調子を狂わされてばかりな気がする……。

 と、そんなふうに思いを巡らせていると、私の部屋のドアを叩く音が聞こえた。

 

「あ、あの〜……叢雲さん? 今ちょっとお時間いいでしょうか……?」

 

 どういうことか、真理花さんが訪ねてきたようだ。確か今日はあの事件の事情聴取はなかったはずだけど、何の要件なのだろうか。

 

「あ、うん、大丈夫よ。入って入って」

 

 疑問に思いつつ私が答えると、そこには意外な組み合わせの人物がいた。

 

「では、入らせていただきますね……!」

 

「し、しつれい……しま、す!」

 

「叢雲さんあたしも入るわよ〜。休みなのに悪いわねー。はぁ……」

 

 入ってきたのはなぜかやや目を逸らしている真理花さんと、ペコペコと頭を下げているシロさん、そして少しやつれた顔をした希留耶さんの3人。これは一体、どういう組み合わせの3人なのだろうか。確かに最近真理花さんとシロさんは仲がいいみたいだけど、真理花さんに苦手意識があるらしい希留耶さんも一緒にいるとは少し驚きだ。

 

「えっと、珍しい組み合わせみたいだけど、私にどういった用件が……? 確か今日は事情聴取の日じゃなかったわよね?」

 

「あ、それは、そのですね━━」

 

 疑問を口にする私に真理花さんが答えようとしたところで、今まで所在なさげに俯いていた彼女が声を上げる。

 

「叢雲、さん……! 実は……そのっ、悩みが、ある……です……!」

 

 シロさんは私のことをまっすぐ見つめて、一生懸命に言葉を紡いでいく。

 

「わたし……最、近……かりん、さんを見てると、すごく……ドキドキ、したり……かりんさんが、他の男のひと……と話してると、胸がいたくて。真理花さん、に相談したら……『恋』してるって」

 

 彼女は胸の前に持ってきた右手をぎゅっと握りしめると、視線を少し下へと落とし、不安げな顔をして言葉を続ける。

 

「それで、かりんさんと、もっと……なかよ、くなりたくて……想いをつたえ、たく……て……希留耶さん、にも協力、してもらって……たくさん、作戦立て、て頑張った……、けど……」

 

 そう言ってシロさんは今まで試してきた作戦を私にざっくりと説明してくれる。私は希留耶さんがやつれた顔をした理由を把握しつつ、時折相槌をうって話を聞く。

 

「でも……うまく、いかなく、て……全然、なかよくできなく、て……かりんさん、とも……話し、方、わからなく……なっちゃっ、て……」

 

「だか、ら……だから……ぎんがと恋人、の……叢雲、さんなら……その……どうしたらいい、か……もし、知ってたら……! おしえて、くだ……さい……!」

 

 そう言って深く頭を下げるシロさん、そして同じように私に頭を下げてお願いする真理花さんに希留耶さんをみて私は想いを巡らせる。

……なるほど。確かにシロさんは付き合いのほとんどない私からみてもかりんさんに好意がありそうな気配は感じてはいたが、そこまで彼女の想いが深く大きなものだとは……。

 私は、そんなどこまでも真剣でまっすぐで純粋な彼女の願いに応えられるように、口を開く。

 

「そっか、シロさんは本当にかりんさんのことが好きなのね」

 

 そう優しく彼女に笑いかけると、シロさんはその白く綺麗な頬にさっと朱色をさし、「あわ……そ……その……はい……!」と言葉を漏らす。

 

「その……私も別に恋に詳しいというわけでもないし、しかも恋人がよりによって普通とはかけ離れたあいつだから、参考になるとは限らないとは思う━━」

 

 そこまで言ったところで、シロさんはまるで『しゅん』という擬音が聞こえそうなほど、肩を落とし、それでもそれを私に悟られまいと笑顔を浮かべようとする。

 

「けど、それでも、シロさんの役に立てるかもしれないなら、私なりの考えを伝えようと思う。シロさんの今の気持ちは私も……痛いほど分かるから」

 

 そう私が苦笑しつつシロさんを見ると、シロさんはぱあっと笑顔を浮かべ、「あ、ありがとう……ございます……!」と感謝を伝えてくれる。まだなにもアドバイスもしてないのに、本当にこの子は純粋で……だからこそ、その想いが報われて欲しいと本心から思う。

 

「そうね。私の場合、想いを伝えられたのは運に恵まれてたことも大きいと思うの。……縁満が私のためにって、命をかけて戦うって言った時、嬉しいっていう気持ちもあった」

 

「けど、それ以上に、怖くて……もう会えなくなっちゃうんじゃないかって……。それで……どうしても彼を引き止めたくて、世界なんかより私と一緒にいて欲しくて、そんな、打算に満ちた思いで彼に気持ちを伝えちゃったの」

 

 私は……彼にさえも伝えてないそんなかっこよくない私の想いを言葉に出していく。

 

「でも、そんなのは全然うまくいかなかった。あいつだったから特に、なのかもしれないけど」

 

 苦笑を浮かべて私は続ける。

 

「あいつは━━縁満はどこまでもまっすぐで、そんな私の想いを受け止めてくれて、そして、その上で私のことが大切だから、好きだから、だからこそ、お前のために戦うって、そう言ったのよ」

 

 普段はこんな話、恥ずかしくて出来ないだろう。

 

「そこで、ハッとさせられちゃってね。縁満は自分の想いに真剣で、その想いを恥ずかしいくらいまっすぐとぶつけてきて、そして、自分の思いを信じて行動してて……。それがすごくかっこよくて、納得しちゃったっていうか」

 

「『あぁ、そうだった。こいつは昔からこんな男で━━だから私は縁満のことが好きなんだ』って思って」

 

 いつしか、シロさんだけでなく真理花さんと希留耶さんも食い入るように私を見つめ、話を聞いているようだった。……うっ、何だか意識すると急に恥ずかしくなってきた。

 

「ええとね、私が言いたいのは結局━━自分の思いを飾ったりせず、自信を持って相手に伝えるのがいいんじゃないかなって思うの。他人がどう思おうと、『これが自分の気持ちなのよ〜!』って」

 

「それはどこかでつまづいたり、失敗することもあるかもしれない。現に私もまっすぐに行きすぎて大勢の前であいつにキスしちゃった……し……うん……」

 

 あはは、と苦笑いを浮かべながら答える。……答えるうちにあのことを思い出して死にたくなってきた。いや、あれは失敗しすぎだろう。あんなのをみんなに見られるなんて……ああ……。絶望の海に沈もうとする気持ちを何とか抑え、私は最後まで言葉を続ける。

 

「でも……でも! すぐにうまくいくとは限らないけど、まっすぐ心を伝えていれば、絶対相手にその想いが伝わる。しっかり、受け止めてくれる」

 

「だから、うまく言葉に出せなくて時間がかかってもいいから、自分の思いを素直に相手に伝えることから始めるのが大切だと思う。うまくいえなくても逃げずに、最後まで、ね」

 

「と、いうのが私からのアドバイス……といっても、あいつから教えてもらったことばっかりだけどね」

 

 再び苦笑いを浮かべシロさんを見ると、彼女は目を丸くして私をしばし見つめた後、呆けていたことに気づいたのか慌てたように手をわたをたと振り出し、口を開く。

 

「す、すごい……です……! かっこいい……あ、ありがとう、ござい、ます……! わた、し……叢雲さんに、教えてもらったこと、頑張り、ます……! ほんと、に……ありがとう、ございます……!」

 

 何だか少し泣きそうな顔をしながら、感極まったようにシロさんは感謝の言葉を伝えてくれる。

 

「これが……押し倒しキス術の真意だったのね……! 強すぎるわね……」

 

「びっくりしました……。これが真の『ラブマスター』の力なんですね…」

 

 なんだか、シロさんの後ろにいた2人が小声で言ったようだか私には聞こえなかった。思い返すとちょっとカッコつけたようなことを言ってしまった気がする。

 

「真理花、さん……! 希留耶……さん……! 叢雲さん……も! わたし、がんばって、きます……!」

 

「あ、そうだね! 叢雲さん、貴重なアドバイスありがとうございました! 今度またいろいろ聞かせてくださいね……!」

 

「そ、そうね、とにかく叢雲さんありがとう。……最初から真理花じゃなくて叢雲さんに聞いておけばよかったわね……」

 

「え、何か言いましたか希留耶さん????」

 

「な、何も言ってないわよ! い、いやね〜聞き間違いじゃないかしら」

 

 何かを決意したかのようなシロさんに、真理花さん希留耶さんも感謝の言葉を告げる。なんか一瞬真理花さんが希留耶さんに笑いかけてたけど、目が笑ってなかったわね……。

 

「ううん。そんな大したことはしてないから……。シロさん、がんばってね」

 

 私がシロさんにそう告げると再度シロさんが私にお礼の言葉を言って、3人は部屋を出て行ってしまう。

 

 

 先程まで賑やかだった部屋に再び静寂が戻る。

『自分の気持ちに素直に』ね……。

偉そうにシロさんにアドバイスしたものの、私に足りないのはそういうところなのかもしれない。

上手くいかないかもしれない、失敗するかもしれない。すぐには想いが伝わらないかもしれない。

けど━━

そう思った時、部屋のドアがどんどんと叩かれる。きっとこんな乱雑な叩き方をするのは彼だろう。気づかぬうちに笑みが漏れてしまう。

 

「ノック、覚えたのね」

 

 私が軽口を叩くと扉が開かれ、いつもの子供っぽい笑顔を浮かべた彼が入ってくる。

 私は彼の名前を呼び、こう告げる。

 

「改めていうのもなんだけど……その……私あんたのこと━━」

 

 

━━

 

「と、いうのが私からのアドバイス……といっても、あいつから教えてもらったことばっかりだけどね」

 

 そう苦笑いしながら話してくれた叢雲さんに私は衝撃を受けていました。ぎんがとも仲良くて、いつも仲良くお話ししている叢雲さんはきっともっと完璧で、遠い存在なのかと私は勝手に思い込んでいました。でも、実際はそんなことはなくて、叢雲さんも、失礼かもしれませんが私と似てるんだなと、そう思いました。

 そして同時に、叢雲さんは真っ直ぐで自分のことをしっかりと省みてて……やっぱりそんなところがぎんがとうまくいってるのかなって、納得してしまいました。

 

「す、すごい……です……! かっこいい……あ、ありがとう、ござい、ます……! わた、し……叢雲さんに、教えてもらったこと、頑張り、ます……! ほんと、に……ありがとう、ございます……!」

 

 もしかしたら、自分も……叢雲さんのような強さも、真っ直ぐさも、勇気も足りない自分でも━━。

 

「真理花、さん……! 希留耶……さん……! 叢雲さん……も! わたし、がんばって、きます……!」

 

 

足りない強さはみんなに支えてもらって━━

 

 

「ううん。そんな大したことはしてないから……。シロさん、がんばってね」

 

 

足りない真っ直ぐさは今のこの溢れる好きの気持ちで補って━━

 

 

「伝え、なきゃ……! かりんさんに……!!」

 

 

足りない勇気は、叢雲さんからもらったお守り(アドバイス)で補えば━━

 

 

「あのっ……! かりん、さん……!」

 

 

 

 気づけば私は駆け出していて、そしてキャツナーレの屋上の扉を開けていました。

 夜の帳はすでにとっくに降りており、空には無数の星々が煌めいていました。屋上は冬の冷たい風が打ち付けるように吹いています。

 そしてそこに、私の一番大切な人がいました。その人は突然息を切らして話しかけた私に驚いたのか、少し目を丸くした後に、風で乱れた髪をかきあげながら、いつものような優しく私に微笑みかけてきてくれます。

 

 

「かりん、さん……に伝えたいこと、があって……!」

 

 

 1人だった私にたくさんの幸せをくれて、どんなに私が辛い時でも救い出してくれて、ヘンテコなことしても笑って許してくれる優しくて強い人。

あぁ……やっぱり、私は…この人のことが━━

 

 

「わたし……私は……かりん、さんのこと━━」

 

 

 

 私は吹き付ける風に勇気をもらって、そして本当にやっと

 

 

 

 

 私の恋は始まった。




もしかしたら、強く吹いた風のせいでかりんちゃんに声は届いていなかったかもしれない。
それでも、シロちゃんは大好きな人のためにもう迷うことなくまっすぐ前に進んでいけるのかなと思います。
はー、かわいいすこすこ。
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