ガンダムビルドダイバーズ 青い髪のアリス   作:秋草

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1-1 知らない世界、知る世界

 

 

「≪それでは、ガンプラバトル・ネクサスオンラインの世界へようこそ!あなたに楽しいひとときがあらんこと!グッドラック!≫」

 

 

 システムボイスに背中を押されるように、亜里珠はーーいや、ここでは『アリス』だーー1歩踏み出した。

「うわ、すごい人…」

 思わず感嘆の声が漏れる。ロビーと銘打たれたそのエリアは、種々様々な人で溢れていた。

 人種も、髪の色も、服装も、リアルではあり得ないごった煮感。よく知らないが、ガンダムってロボットが主役じゃなかったっけとアリスは首を傾げた。

 …まぁ私も現実ではあり得ない格好ではあるけど、と、視界の隅に揺れる自分の髪先を指で弄る。好きな色にできるというので青色に染めた髪は、それだけで異世界感がする。

 

「ねーこのアイテム取りに行こうよ」

「ふむ、ここはこのスキルの方が」

「フォース募集しまーす!SEED使い歓迎!」

「俺はティターンズだぞ!」

「ぐぁーー限定キット売り切れた!」

「第088MS小隊は新規メンバーを募集する!」

「俺⭐︎が⭐︎ガンダム⭐︎だ⭐︎!」

 

「…頭痛い」

 この喧騒は、アリスにとっては目眩を覚えるレベルだ。自慢じゃないが騒がしいのは苦手な方だった。

 それが不特定多数の人混みとなれば尚更で。踏み出した一歩なんて早々に引っ込めて、今からでも帰ろうかとさえ思う。

「ダメだ、ダメダメ」

 首を横に振って、アリスはその考えを振り払う。

 決めたのだ。決めたからここにいる。不慣れで、知らないことばかりで、怖いことだらけだけど、アリスはーー藍川亜里珠は自ら決めてここに来た。

 たとえ帰るにしたって何かを得てからでなければ、その決意の割りに合わないんだ。

 

「…とは言うものの、まずどこに行けば」

「おねーさん、お困りですか?」

 突然かけられた言葉にびくりとする。視界の外からひょいと顔を覗かせたのは、アリスより小柄な少年だった。

 中学生…いや、小学生だろうか。ひらひらとしたケープを纏い、薄茶色の後ろ髪をおさげにまとめた姿。屈託のない笑みを浮かべて、上目遣いでアリスの顔を伺う様は、まるで妖精のようだ。

「おねーさん?」

「あ、いえ、その…」

 可愛い、なんて思った事が知れたら、少年に失礼だろうか。思わずアリスは口籠ってしまうが、少年は気にした様子もなく、うーんと少し考えて、人差し指を立てる。

「ズバリ!おねーさんGBN初心者でしょ!」

「あ、うん。良く分かったね?」

「わかるよ!ボクはそーいう人たちを助けたくてココにいるんだもの。ボクはエイト!おねーさんは?」

 少年はアリスの手をとって、ブンブンと握手する。そのわざとらしいまでの元気な様子に、アリスも思わず笑顔になる。

「私はアリス。…キミ、すごいね」

 見ず知らずの誰かのために、笑顔を振りまいて話しかける。そんな事はアリスには到底できない話で。自分より年下の男の子がとても眩しい。

「う、んと、おねーさんちょっと素直すぎない?」

 人付き合いは得意じゃない。年下の少年がちょっと呆れて見せるのさえ、アリスには、自分よりもずっと愛想のある仕草に見えた。

 

ーーー

 

「…とまぁこんな感じで、カウンターでミッションを受けて、出撃。すっごい単純に言ってしまえばその繰り返しなんだ」

「ふむふむ」

 エイトの言葉にうなずき返すアリス。…本当に理解できているかは、まぁ別として。

 エイトに連れられて、アリスはロビーの使い方を教えてもらっていた。本当に基本的なことだけざっくりとというのは、エイトが自分に合わせたからなのか、エイトの年相応の落ち着きのなさからなのかは、わからないけれど。

 少年に連れられた年上の少女、という構図が目立つ様子もないようだった。ロビーに溢れかえる人の組み合わせは様々で、大人たちの中に混じる子供も、その逆もあり。アリスはその光景の珍しさに視線が泳いでしまうのを自覚していた。

「アリスおねーさん、ほんっとにゲーム慣れしてないんだねぇ」

「うん。ゲームって、暇つぶしのパズルとか、クラスメイトと一緒にやったクレーンゲームとか、それくらいしか触ってこなかったから」

 ーー実は『ガンダム』のことも『ガンプラ』のことも全然知らない、なんて言ったら嫌われるだろうか。

 『ガンプラバトル・ネクサスオンライン』は、文字通り『ガンプラ』イコール『ガンダム作品のプラモデル』を戦わせる事が基本となったゲームだ。

 ガンプラを持たない人間もログインはできるが、コンテンツとしてはやはり『ガンプラ』が中心になる。

 その点で言えば、アリスは論外も甚だしい。

 ガンプラを作ったことがないばかりか、ガンダムのこともほとんど知らないのだ。

 一度「ツノと両目と口があったらガンダムなんじゃないの」と発言して、『あの人』を苦笑いさせた事がある。

 その経験から言えば、目の前の少年に事情を告げても、好印象はもたれないだろう。

「そういえば、おねーさんのガンプラは自分で作ったの?」

 ちょうどそんなことを考えていたところだったので、エイトの言葉にドキリとした。

「…ううん。預かり物、かな」

「ふーん、じゃあGBN経験者が用意したのかな。招待キャンペーンとかあったし…むしろ都合いいや」

 何か一人納得した様子のエイトは、向き直ってアリスに提案する。

「習うより慣れろ、っていうよね。とにかくフィールドに出てみようよ!大丈夫、ちゃんとエスコートするからさ!」

 右も左もわからないアリスからすれば、今やエイトの言葉が全てだ。言われるままにうなずく。

「よし、じゃあまず設定を…そう、それからカウンターでメニューを開いて…」

 

「ーーーおい、お前!」

 

 乱暴な呼びかけは、少し離れたところにいた黒い軍服の男からだ。目つきが鋭く、金髪を刈り上げたいかにも軍人風の人物。

 肩を怒らせて、人混みを割るようにカウンターに向かってくる男に、アリスは立ち竦んだ。

「おねーさん!メニューから出撃を押して!早く!」

 エイトの言葉にはっとして、アリスは宙に浮いたボードに教わったばかりの操作を打ち込んだ。

 

「待て!そいつはーー」

 

 視界が暗転し、男の怒声が途切れる。

 明るく広いロビーの風景はあっという間に書き換わり、一転。

 アリスはほっと一息ついて、今いる場所を確認する。

 ぼんやりと光を放つ、何かの表示。手元には2本のスティック。あぁ、説明書で見たような気がする。ここはガンプラの操縦席、なのだろうか。

 そして前面を広く切り取った窓からは。

 

 ーー月と、地球が見えた。

 

「きれい…」

 CGだ。作られた映像だ。そう理性がささやくも、感情から生まれた言葉は自然と口に出た。

 あるいは『あの人』はこれを自分に見せたかったのだろうかと安易に考えたくなる、それほどの衝撃だった。

「アリスおねーさん」

「エイト君?どこ?」

「すぐ近くにいるよ。おねーさんあんまりガンダム詳しくなさそうだったし、時間もないしで出撃演出スキップしちゃったけど、ごめんね」

 窓に小さく表示が生まれ、エイトの顔が表示される。アリスには良く分からない何かを謝っているが、その割に悪びれた表情はしていなかった。

「すごいね、エイト君。これがGBNなんだ…」

「うん、まぁ喜んでくれたなら何よりかな」

 感動をくれた礼を、と思っていたアリスは、エイトの声音の低さに戸惑った。

 何かが、おかしい。

 …これは覚えのある違和感だ。どこか冷めた、取り繕う相手がいなくなったときの、空気。

 期待が、裏切られる時の気配。

 思い出す。人付き合いが息苦しくなった、あの時のーー

 

『別にアイツなんか友達じゃないし』

 

「…エイト君。あの男の人、なんで怒っていたのかな」

「さぁね」

 吐き気を飲み込んで、絞り出すようにアリスは言葉を紡ぐ。それへの返事は、実にそっけなかった。

「ま、ボクのやりたいことに気が付いたんじゃないかな」

 アリスは顔を上げる。

 正面の窓には月と地球。

 そして幾つも浮かび上がってくる、人型の影。

 通話に混ざる、嘲笑めいた吐息。

 影がーーガンプラ達が武器を構える。

 その中の一つ、『8』と表示された青いガンプラが、手に持つ剣に光を宿した。

 

「ねぇおねーさん。ここまで案内したお礼にさ」

「そのガンダム、ボクにちょうだい」

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