「俺はティターンズだぞ!」
JJ≪ジェイジェイ≫は思わず声を荒げた。ロビーを行き交う人の視線が彼に集まる。良くない癖が出てしまった。周りにいらない不安を与えてしまう。
溜息を挟んで、クールダウン。クールだクール。今の自分は冷徹なエリート軍人だ。
「コホン。誇り高い我らティターンズが、そのような愚行に協力などするものか。この件は上に報告させてもらう」
「…あぁそうかい。お前はこっち側だと思ったんだがな。見込み違いだったよ」
JJに密談を持ちかけた男は、肩を竦める。JJの演技≪ロールプレイ≫に付き合うつもりは毛頭ないようだ。悪態をつきながら離れていく。
「ティターンズなんて嫌われ者の悪役だろうが。コスプレまでして物好きめ…」
言うだけ言ってフィールドを移動した男。全世界1億3千万のジェリドファンに殴られろと呪いを吐きながら、JJは男のいた方を睨みつける。
運営に通報するか?いや、連中はゲームルールの穴を見つけただけで、不正ツール使用をしているわけじゃない。次回のアップデートでルールに修正は入るにせよ、今起こっている事を止めようがない。
「初心者狩りとか、ダッセェな」
なんで自分が誘われたかは大体見当がついた。悪名高いティターンズのロールプレイの一環で、『マギーさん』に喧嘩を売っているからだろう。反運営側だと思われているのかもしれない。
…裏で自分がどれだけあの人に平謝りしているか、笑ってノッてくれているあの人にどれだけ感謝しているか、知らないのだろう。
「連中、マギーさんがELダイバー絡みで忙しくしてるからって、調子に乗りやがって」
世界ランク23位のトッププレイヤー『マギー』は、良くこのロビーで初心者のサポートをしたり、初心者狩りに勤しむ連中にキツイお仕置きをしたりしていた。
彼の存在は、マナー違反者に対する強力な抑止力だったのだ。
その不在は、大きい。
壁にもたれて腕を組む。どれだけ威圧の目線を飛ばしても、自分ではただの怖い人だ。ティターンズは敵役、そんなことは良く自覚している。
それでも、自分はティターンズが好きだ。
理想に、平和な地球圏に燃えたエリート達。少なくとも陰謀を知らぬ一兵卒は、そうだったとJJは思っているから。
「貴公」
「ふぁい?!」
急に声をかけられて変な声を上げてしまった。見れば、こちらに鋭い視線を向ける男装の女貴族。ガンダムW、OZ系の格好かとJJは察した。
彼女はこちらを睨みながら詰問する。
「貴公はあの、無辜の民草を糧にせんとする不埒な者達の仲間か」
「めっちゃ気合入ったロールプレイだなお前…んん、生憎だが自分は不穏分子などとは手を組まない。誘われはしたが」
「では彼女とあの少年は?」
言われてカウンターに目を向ける。
青い髪にワンピースの少女は、高校生くらいだろうか。初期から選択できるアバター衣装に加え、操作に不慣れな感じが伝わる。間違いなく初心者だ。
問題は小学生くらいの少年の方。おさげ髪でニコニコと笑って見せているあの少年は、さっき声をかけてきた男の仲間ーーリーダー格だったはずだ。
その少年は何やら少女に話しかけ、ウィンドウを操作させていた。JJだってGBNをやり込んでいる。見ていればどんな操作か察しがつく。あのメニュー画面は確か…
「ーーーおい、お前!」
制限解除、フリーファイト、サバイバルモード申請…聞いていた手口がまさに今目の前で行われようとしている。
JJは慌てて駆け寄ろうとするが、少女は少年に促され、
「待て!そいつはーー」
ーー静止は間に合わなかった。
気がつけばJJが目をつけていた常習犯達も10名ほどロビーから消えている。
ーーどうする?
幸いさっきの男から『会場』へのアクセスは聞いている。だが相手は自分と同じくらいのランクで、それも多勢だ。止められるか?
冷静な自分が戦力比を計算して、無理だと判断する。撃墜され、無駄に連中にポイントを稼がせて終わりだろう。だが、だがーー
「貴公は、彼らの行先がわかるようだな」
「はい?」
ウィンドウを開いたまま悩み固まっているJJに、女貴族は淡々と聞いた。その手は自らのウィンドウを操作し、なんでもないことのように戦いの準備をすすめている。
「いやわかるにはわかるが、勝ち目は?」
実はトップランカーだったりするのか、とJJは確認する。マギーさんのような実力者なら、あるいは、と。
「多勢に無勢。難しいだろう」
女貴族が返してきたのは期待を裏切る言葉。提示してきたダイバー情報では、JJとそう変わらないランクだとわかる。
だが、と彼女は言葉を続けた。
「だがレディ一人を救出するのに躊躇ったとあらば、トレーズ閣下に顔向けできないだろう」
「…ホントにキマッてるなお前」
ーーー
「『リ・ガ・スレイ』、これより治安維持活動を開始する!」
高らかに名乗りを上げて、JJはMA形態の高速で敵陣の真ん中を突っ切っていく。気分は一周回って、最高にハイだ。
運営の介入か?ガード?公式が摘発に乗り出した?
そんな風に混乱する相手を撹乱し、分断し、ばらけさせる。
ハッタリもいいところだ。だが、JJの思うティターンズならこれで正しい。地球圏の治安維持のために設立された、選りすぐりの精鋭部隊。それがティターンズだ。発言に何も間違いなんてない。
分断した敵に攻撃を仕掛ける。ランクが近いこともあってそうそう落とせはしないが、牽制にはなる。
不意打ちの一撃で『Zガンダム』を落とせたのは幸運だった。連中の中で唯一、JJのリガスレイに追いつけそうなガンプラだったから。
JJの『リガスレイ』はガブスレイをベースにした改造機だ。鋭角的なデザインに変更しつつ、大型化した肩やスカートアーマーに、ギャプランやバイアランのパーツを流用し、スラスターを増設している。
その多数のスラスターが一方向に揃うMA形態の加速力は、ちょっとした自慢だ。…反面、一部のスラスターが装甲に収まらず、正面以外に被弾を許されない状態ではあるが。
JJはターゲットを一機に絞らず、ちょっかいをかけては次の敵へ向かう行動を繰り返した。自分を追わせて、時間を稼ぐ。時間が経てばタイムアップも見えてくるし、ーー迂闊な隙を見せる敵も出てくる。
「変形を、した?!」
急接近からの変形、奇襲で一機仕留めたJJに、少女からかかる声。多分無意識だったろうそれは、原作セリフにとても近くて嬉しくなる。
思わずロールプレイが抜けた言葉をかけてしまったが、まぁ仕方ないだろう。
「女貴族、そっちはどうだ?」
「苦戦中だが保たせよう。あとちゃんとダイバーネームで呼びなさい」
共にサバイバルモードに突入した女貴族ーーグリンダは、『トールギス』のカスタム機、登録名『トールギス・ルーク』を使い、同時に複数の敵と戦っている。分厚い装甲と手に持った大盾を用いて、正面から撃ち合う質実剛健なスタイルだ。
JJとグリンダは二人がかりで、十人を相手取る。奇襲による混乱で今でこそ有利に見えるが、こちらの実力と手の内が露見するのにさほど時間はかからないだろう。
そしてーー自体は最悪の方向へ。
「あのガキ!」
JJは悪態をつく。あれだけ周囲ので混乱や被害を起こしたというのに、リーダー格の少年は仲間なんて気にしていない。獲物の少女に襲い掛かろうとしている。
少年の機体は『Gのレコンギスタ』の機体『モンテーロ』。まともに身動きできない少女のSガンダムをビームライフルで弱らせ、とどめはその特徴的な武器であるビームジャベリンで刺すつもりのようだ。
位置が悪い。JJは複数の敵を引き連れて射線をかわすので手一杯だ。グリンダのトールギスが立ち回っている場所は、JJよりさらに遠い。
助けの手は、間に合わず、届かない。
「くそ、イケてると思ったんだが」
やはり、気持ちだけでは正しいことなんてできやしない。そんな事は重々承知していたし、その自戒も込めてこの軍服を着ていたのに。
ーーロビーに戻ったらどう声をかけようか。過去自分がマギーさんにしてもらったようにできるだろうか。俺、顔と目つきが怖いっていつも言われてるからなぁーー
「えっ」
…JJが聞き取ったのは予想していた少女の悲鳴ではなく、少年の、何が起こったかわからない、という声だった。
モンテーロ、撃破判定。
「今、何が起きた?」
無闇に足を止めたゲイツをフェダーインライフルで狙撃し撃破したJJは、少女のSガンダムを振り返る。
その場の皆が、予想外の事態に視線を少女に、Sガンダムに向ける。満身創痍のその姿はしかしそれでも健在であることを示し、両手に抜いたビームサーベルからは、明確な殺意がーー
「!」
JJはとっさにリガスレイを可変させ距離を取った。
その一瞬で、3機が撃破判定。
背部ビームキャノンでガンダムヴァサーゴを。
腰部ビームキャノンでザクⅢを。
ビームサーベルでベルガギロスを。
Sガンダムは、『全く同じタイミングで、同時に』撃破して見せた。
「グリンダ!ギブアップだ、急げ!」
「何?!」
JJはグリンダに呼びかけ、急いでメニューを操作する。声をかけられたグリンダも同様にギブアップを選んだようだ。
その間に。
残っていた敵が爆散した。
JJは反芻し、黙考する。
初心者だったのは間違いない。ガンプラは誰かから貰ったもののようだが、だからと言って今のような高度な動きができるはずがない。
「いや、できるとすれば」
戦闘フィールドが解除され、撃破を免れたJJとグリンダは通常のフィールドに移動する。どうやら初期エリアの草原が選択されたようだ。機体はゆっくりと地上へと降りて行く。
赤く眼を輝かせた、Sガンダムと共に。
「こいつは、A.L.I.C.E.≪アリス≫だ」