ガンダムビルドダイバーズ 青い髪のアリス   作:秋草

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1-4 絡む視線、解ける言葉

 

 「GBNって、そんなに面白いの?」

 リビングのソファで寝っ転がったままの亜里珠がそんなことを聞いたのは、別にGBNに興味があるからではなかった。単に一番身近にいる人が何を考えているのか、少しだけ聞きたかった。

「あ、GBNに興味が出てきた?!やる?やろうよ!楽しいよ!」

「やらない」

「そう…」

 一言切り捨てればガックリと肩を落とすものの、『彼』は気を取り直したのか、手元でガンプラを作りながら言葉を続ける。

「楽しいよ。元々ガンダムもガンプラも好きだったけどさ、それを抜きにしてもね」

 彼は口元を綻ばせながら、亜里珠にはよくわからない飾りをガンプラに付けては外し、ヤスリで削ったり、なにかを塗ったりしながら試行錯誤する。楽しい、という感情が分かりやすく伝わってきていた。

「ディメンジョンはとても広いんだ。僕は知らない景色を求めて、遙か遠くまで冒険をするのが好きだな」

 地の果て、空の果て、宇宙の果て。

 アップデートは常に繰り返されて、世界は広がり続けていく。そんな世界を誰よりも早く、愛機と仲間と共に探検する開拓者達。

 それが僕達なんだと彼は笑う。

「…いい大人が冒険とか探検とか、子供みたい」

「大人になっても少年の心は不滅なの!」

 亜里珠の嘆息混じりの呆れにも、めげる様子はなく。

 優しい眼差しで亜里珠を見る。

 それはとても…居心地が悪く。

「あっちの友人達もいいヤツばかりさ。…亜里珠もすぐに友達に」

「知らない」

 

 言葉を置き去りに亜里珠は自室にこもった。  

 逃げだした。惨めな気持ちに、耐えきれず。

 ーー今でこそ思う。

 あの時に、ちゃんと話を聞いていれば。

 あの時に、もっと一緒にいれば。

 きっとこんなに後悔することはなかった。

 

 …あの人は、自分を見て何を思っただろう。

 たった一人の、家族だった兄<ひと>は。

 

ーーー

 

 思い描いた世界は、思っていたような楽園ではなく。

 外と変わらない、人間の世界だ。

 少し夢を見ていたんだとアリスは思う。

 あの人が楽しげに語るから、勘違いをしたのだ。

「…」

「…」

「…」

 目の前には、怖い顔をした黒服の男と、鋭い目をした男装の麗人。その視線が、アリスには強い圧力<プレッシャー>を持っているように感じられた。

 

 先の騒ぎの後、一組の男女に「少し話したい」と言われてロビーに戻ったアリス。

 …流石に言われるままではない。操作の仕方と意味は男の方が操作ガイドの出し方を説明し、その上で一緒に来るか判断するようにと促された。

 多分自分はこの二人に助けられたんだろうと思うし、一人でいてまたエイトに見つかるのも怖かった。そう思い二人についてきたものの、その判断を早速後悔している自分がいる。

 ロビーから少し離れたカフェテラス。そのテーブルが、異様な緊張感に包まれている。

「…あの」

「あの」

 意を決して出した言葉は、男の言葉と正面衝突した。再び訪れようとする沈黙を、男は咳払いで追い払った。

「あの、さっきの出来事は、実に不運だった。嬢ちゃんに不快な思いをさせた事を、いちユーザーとして謝りたい」

 …男の切り出した言葉は謝罪だった。

「っつーかホント、こんなことがあったら気分晴れないよな。止めきれなくて申し訳ない。アイツらはまた見かけ次第潰す。なんとしてでも叩き潰す」

 男は獰猛な笑みを浮かべる。その凄惨さに、アリスは身を縮めた。

「…貴公、顔、顔」

「え、あ、す、すまん!いや、好みのアバターを作ったらすっげぇカッコ良くできたんだが、傍目には怖い顔してるらしく」

 貴族のような格好の女性に促され、男が頭を下げる。口元に貼り付けた笑みはアリスを嘲笑うかのようで、これまた悪辣な印象を抱かせる。

 …変な人、とアリスは率直な感想を抱いた。

 

 黒服の男はJ.J.<ジェイジェイ>と名乗り、女貴族はグリンダと名乗った。

 二人はアリスに、今自分が巻き込まれたのがどんな出来事だったのかを説明する。

 曰く、初心者狩りと言われる行為の標的にされたこと。

 曰く、エイトはそのリーダー格だったということ。

 曰く、仮に負けても現実のガンプラが壊れたりはしなかったこと。

「良かった…」

「まぁポイントが減ったりとかはするけれどな。GBNは現実のガンプラがぶっ壊れる類のゲームじゃないぜ」

 曰く、アリスのガンプラには大量のポイントが使用されていること。

 曰く、先程の戦いで勝利したのはアリスであること。

「…私、ですか?」

「やっぱり自覚ねぇか…」

 うぅむ、と唸るJ.J.。

「嬢ちゃんは、嬢ちゃんのガンプラについてどれくらい知っている?」

 アリスは口籠もる。エイトとのやりとりを思い出して、自分の無知を晒してしまっていいものか、悩む。この人達は、本当に善意で自分の前にいるのか。

 人は、表面ではなんとでも繕える。ここは現実と変わらないと思い知ったばかりだ。

 ーーそんな恐怖に足がすくみ。

 ーーそんな自分の考え方に吐き気がした。

 「レディ?気分が優れないなら語らずとも構いません。貴女からすれば私達が不審なのは当然です」

 グリンダがアリスの様子を気遣い、J.J.を振り仰ぐ。続きを話せ、とうながしているようだ。

「おう。じゃあ勝手に説明するが、嬢ちゃんのガンプラはS<スペリオル>ガンダム。コイツには劇中であるシステムが積まれている。」

 

「ソイツの名前は『A.L.I.C.E.<アリス>』って言うんだ」

 

ーーー

 

 『A.L.I.C.E.』

 それはSガンダムが登場する『ガンダム・センチネル』劇中において開発された、人工知能の名称だ。モビルスーツの完全自律稼働を目指したシステム。

 人間の持つ時に不合理な思考を学習し、半ば人格を獲得し得るに至った、機械仕掛けの少女。

 偶然か、必然か。亜里珠と同じ名を持つ存在。

 

ーーー

 

 J.J.の説明はアリスのガンプラ『Sガンダム』の舞台背景まで説明するものだったが、しっかりと噛み砕かれており、何も知らないアリスにもかろうじて理解できた。

「勝手に動くガンダム、ということですか?でもそれって、お話の中の設定じゃ…」

「まぁそうなんだが、GBNってゲームは懐が深い。サイコミュ、明鏡止水、SEED発現、とにかく設定上のありとあらゆる能力を再現できるように、いろんなスキルやシステムがある。ポイントで取得したり、ガンプラの完成度を上げたりすれば、劇中の再現は結構イケるのさ」

 その中でも、ALICEに関しては比較的理解しやすい部類だと、J.J.は語る。操作初心者向けの簡易操作モードやオートバトルのシステムもあるし、そもそもNPD<ノンプレイヤーダイバー>はシステムに操作されて勝手に動いている。それらを発展させ、自分の機体でできるようなシステムを組むというのも出来なくはなさそうだと言う。

 そして現実に、アリスのSガンダムは高い完成度を持ち、大量のポイントが消費されている。

 ALICEの再現。先程の戦いぶりを見れば、想像に難くない。

「そういう意味では、正直に言って今の嬢ちゃんがその機体に乗り続けるのはオススメしないんだよなぁ」

 ひとしきり説明した上で、J.J.はそう締めくくった。

「…どうして、ですか?」

「まず単純に、悪目立ちする。初心者が一人でそんなポイントを持っていたら、さっきみたいな連中に目をつけられる。ALICEがどこまで戦えるか分からないが、勝ったら勝ったで妙な因縁つけられそうだ、うぅむ」

 腕を組んで唸るJ.J.と、顔色を悪くするアリス。グリンダが無言でJ.J.を睨みつけ、「いや、嬢ちゃんは悪くない!これに関しちゃ一切悪くない!」とJ.J.は慌ててフォローするが、グリンダは見てられないという様子でアリスの手を取る。

「可憐な婦女子を狙う不埒な輩など、この私が切り払いましょう。恐れる必要などありません」

「は、はぁ…?」

「オタク、俺と嬢ちゃんとで対応違いすぎない?…まぁいいや、オススメしない理由の本命はもう一つのほうなんだが、嬢ちゃんのGBNの楽しみを損なうかもしれないって点だ」

 ガンプラバトル・ネクサスオンラインの楽しみ方は多岐にわたる。だがやはり『ガンプラバトル』のために作られたシステムだということは間違いない。

 自らのガンプラを作り出し、腕を磨き、強くなっていく。その「過程こそを楽しむもの」という点は大多数のオンラインゲームと変わらない。

 だが、与えられたガンプラ、そして勝手に勝利をしてしまうALICEは、果たしてその成長の楽しみをアリスに与えてくれるのかどうか。

「それに、機械任せじゃ勝つにしたってどこかで頭打ちが来る。そう考えるとどうしてもな…」

 言わんとしていることは、アリスにも理解できた。J.J.はアリスを心配して言ってくれているのだろう。顔は怖いが。

「…でも」

 でも、とアリスは言いかけ、口ごもり。

 

 ーー言うのか。言っていいものか。

 ーーGBNは夢の世界では無く、信頼は裏切られる。

 ーー実際そんな目を見たばかりだ。

 ーー信じて、結果落胆することが怖いなら。

 

 ーー…でも。

 でも、と思う自分がいる。

 それでも、一歩、踏み出す勇気を持たなければ。

 何も変わらない。

 兄を置き去りにしたあの日と何も。

 

 「…それでも、この子と一緒にGBNに挑まなきゃいけないんです」

 

 アリスは顔を上げて、二人をまっすぐに見つめた。

 ここから、この一歩から始める勇気を。

 

 「だから私に、この世界のことをもっと教えてくれませんか」

 

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