明日、また彼女にフラれる。   作:杜甫kuresu

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何となく引いたモスティマがダイレクトヒットしたので勢いで書きました。
基本的に私が楽しいだけの小説なので、無理ない範囲でご利用いただけることを願っています。


Day1 13:12『世界はこんなにも近い。』

「つまるところ君は、あれだね? 記憶喪失」

「まあ、そういう感じ。此処が何処かも、自分の名前も、種族も知らない。というか種族とやらについて、そもそも俺は何も知らない」

 

 俺はあっさりと洗いざらい話した。というのも、目の前で石に座り込む女性の風貌があんまりにも奇天烈で、嘘をつけるほど冷静じゃない。

 モスティマと名乗った彼女は、このだだっ広い草原で行き倒れた俺を拾ってくれた恩人。ただ同時に、かなり度の行った不審者なのも記憶喪失にだって分かるからだ。

 

「うーん。近くに移動都市が通った話は聞いてないし、だからって君の服装は…………旅人って訳でもないね。自殺行為だろう」

「そうだろうな」

 

 何を言ってるのかわからない箇所は有ったが取り敢えず話は合わせた、後で聞こう。話を戻そうか。

 

 何が不審者かという話だが、彼女の驚くほど精巧な顔の作りとか、短すぎるホットパンツもどきの話じゃない。もっと何というかヤバい。

 天使を思わせる光輪は黒ずみ、天使なら絶対存在しない鋭利な尻尾と角、背中にも翼っぽい黒みがかった欠けた何かが浮いている。

 恩人を考慮しても怪しい。何だこの人は。

 

 視線に気づかれる、明らかに疑われ慣れている感じの困った笑顔が眩しい。僅かに覗く舌が青かった、俺の勘違いではないようだ。

 

「あーうん。とりあえず気にしないで」

「気にしなくていいって言えば気にしない内容かよ、それ」

「そうかもね。でも危害は加えない、約束する。だから取り敢えず気にしないこと」

 

 なんだか押し切られた感じがするのと同時に、草原が波立って迫ってくる。モスティマの後ろから迫ってくるその光景が見慣れなくて、つい視線を吸い寄せられるが彼女は何も反応しない。

 その波が俺達を攫って行ってしまうような、ふわりとした不安で一瞬だけ頭を明滅させる。

 

 だが結果は勿論、何も起きない。代わりに心地良い風が頬を撫でた。

 

「あんまりこういう場所も歩き慣れてない感じだ。感想は如何かな?」

「ちょっと怖かったけど、気持ちいい風だった。街とかに吹いてるのとは違うような気がする、冷たいし」

 

 へー。とモスティマが頬杖をつく。

 

「鋭いね、実は私の後ろ――――つまり南をずーっと行くと海が有るよ。冷風が吹くのは正しい」

「そうなのか、えっと…………海陸風?」

「正解」

 

 言ってる間にまた風が吹く。俺ばっかり呆気にとられていて、モスティマと自分が実は別の世界に居るんじゃないかと錯覚を起こしそうになる。

 モスティマは殺風景な草原を眺めながらうーん、と物思いに耽っていた。その間も風は断続的に通り抜けて、彼女のサファイア色の髪を蹴飛ばしていく。一本一本売り物になりそうな艶だ、彼女はその佇まいで一枚描ける芸術性を帯びている。

 

 それはそうとできればヘアケアについて教わりたいなんて呑気なことを考えていると、彼女が一声上げると立ち上がる。

 

「よし。私も流石に此処で行き倒れてる子を置いていくのは、ちょっとばかりバツが悪い。仕事にも付き合わせてしまうけど付いてきてもらっていいかな?」

「え?」

「近場の都市まで案内は出来るよ、私はトランスポーターだからね」

 

 トランスポーター…………ヤバい、難しい横文字はわからない。薄ぼんやりした記憶じゃ俺は中学生か高校生ぐらいだぞ。

 目に見えて狼狽えていたのか、くすりと笑って口元を抑えたかと思うと、モスティマが丁寧に教えてくれた。

 

「言い方を変えると運送業者。聞けば良いよ、君は記憶喪失だし私も邪険にしようという気はないから」

「いや、まぁ…………一般常識レベルのことを聞くの恥ずかしいし…………っていうかついて行っていいの? 俺は何の役にも立たないぞ」

 

 質問に応える気がないとでも言わんばかりに、立ち上がって随分軽そうなバッグと――――――杖みたいなものを二つ。ひょいと持つなり俺の横を通り過ぎていく。

 

「お、おい。良いのかよ、あんたのお荷物が増えるんだぞ」

 

 俺の声にようやく振り向いたモスティマが、薄く笑ってみせた。さっきもそんな笑顔を見たはずなのに何でだろう、心臓の音はさっきよりずっと速い。

 

「私、お願いしたんだよ? 勿論私は困らないけど君はどうかな。ついていくのは嫌? それとも…………」

 

 なんだかずるいというか、賢い質問だった。俺の返事のハードルをあからさまに下げたような、というかこれに気づいてることすら見透かされてる気がして仕方ない。

 手段がないし、とか何も分からないし、とか言い訳は出来たけど。

 

 正直その笑顔にちょっと惹かれて足が動いたのは、あんまり否定できないし、したくもない所だ。

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば名前も分からないんだっけ? 色々話すことも有るだろうけど、まずは名前から始めよう。自分で名前を決めるなんて、中々レアな体験だね」

「名前。名前か」

 

 確かに名前を自分で決めるなんて、誰でもやることじゃない。まあ俺はやる訳だけど。

 

 丘と小さな水溜りばかりの草原を眺めて考える。

 飽きてきたから空を眺めて考える。雲が風ですいすいと流れていって、差し込む陽の光が少しばかり弱かった。ただ何処までも続く空を見ていると、思考が何処かに吸い込まれていったことまでは覚えている。

 結局歩いている間、俺は何も考えてなかった。白状する。

 

「後にしよう。何か、空見てるとどうでも良くなってきた」

「ふふっ、何となく分かるよ。まあ私が”君”と呼ぶか、ちゃんと名前を呼ぶか、というだけの事だし急ぎじゃない。思いついたら教えてね」

「分かった。ところで今何処に行ってるんだ?」

 

 そう言えば言ってなかったかな、と言った様子で顎に手を当てる。

 

「えっとね、私は今さっき言った通りトランスポーターだ」

「確か…………そうそう運送業者ね。こんな所を一人でほっつき歩く運送業者、俺は知らないけど」

 

 言い返せると思わなかったのか、誤魔化されたのか。はははと乾いた笑いが帰ってきた。

 会話をしていてもそれこそ雲を掴んでいるような感じだが、俺は高揚半分落ち着き半分になる。彼女の声が、割と好きだ。

 

「君の言う通り、恐らく私は君が知らないタイプのトランスポーターさ。ちょっと特殊でね、今回向かってるのは…………此処」

 

 そう言ってモスティマが指差したのは地面、流石に首を傾げた。

 

「地下だ。この草原になっている場所全体は、実は地下遺跡が存在しているんだよ」

「…………それマジか?」

「マジさ。君が今踏みしめるそこだって、掘れば先人の痕跡を辿ることが可能だよ。まあ怒られるけど…………しないよね?」

「するわけないだろ!」

 

 思わず声が大きくなったが、モスティマは軽い調子で謝ってくる。どうやら俺はからかわれたらしい。

 しかし遺跡。遺跡というのは、多分実物を間近で見たりした経験はない。写真とか文字では見たことがあるかもしれないけど、俺は多分記憶を失う前から中々出不精だったんじゃないか?

 

 遠くに有ったなだらかな丘が、気づけば目の前だ。この草原は広くて、まるで手が届かないような心地がしてたからちょっとだけ不思議な感触。登り始めたモスティマを俺は静かに見つめてしまう。

 振り向かれた。また気づかれてる、視線で分かるようになってきた。

 

「…………遠くなんて無いよ。君が行こうと思えば、何処へだって届く。世界は君が思うほど余所余所しくも、冷たくもないはずさ」

「俺の価値観が狭いのかも」

「そう頭ごなしにマイナスに考えるのは良くないね。君は新しく知る権利があるってことだ、きっと楽しいよ?」

 

 何だかそう言われるとそんな気がする、彼女の喋り方はちょっとずるい。全部知ってるみたいだ。

 この高低差は中々急で登るのに一苦労だったのだが、登っている内に気づいてきた事がある。この丘は規則的と言うか、具体的に言うと円を描いている気がするのだ。

 

 当てずっぽうだが聞いてみた、この人はきっと知っている。

 

「なあ…………も、もすてぃ」

「どうかした?」

 

 息切れしてきてしまって、上手く名前が呼べなかった。モスティマは息一つ乱さないが、一体どれだけの量歩けばこんな風になるんだ?

 改めて。

 

「モスティマ。この丘、もしかして円形になってないか?」

「おぉ、当たり。勘が冴えてるね」

 

 そう言いながら丘をぐいぐい登っていくモスティマだったが、恥ずかしい話。俺はもう軽くへばっていた。

 重い足を何とか前に押し出して登っていくが、少し風が吹くと押し返されそうだ。額にも汗が滲んでいるのが自分で分かる。

 

 癪だが、すぐに彼女に気づかれた。笑顔で迎えに来ると手を差し出してくる。

 

「大丈夫?」

「一人でも平気だ」

「でも楽に登れるかも、さあ」

「…………分かった」

 

 彼女の差し出した手が手袋越しでなかったら、俺はまだ抵抗してた可能性がある。正直、それでも少しドキドキした。

 案の定、体はクタクタだった。モスティマの手を借りても、登りきるまでは彼女の数倍時間を食ってしまったことだけはっきり言っておこう。

 

 やっとのことで、背中を擦られながら、水を渡されながら、よく見たら間接キスで噎せながら。すごい顔をして俺は登りきって。

 その光景に目を剥いた。

 

「おぉ…………」

 

 張られた沢山のテントに、下地に引かれた疵だらけの遺跡。それは本当は逆、むき出しにされた遺跡に彼らはテントを設置していた、しかしその周りの砂には僅かながら草が生え始めている。きっと彼らはそれだけの年数を調査に費やしたのだ。

 

 出入りする沢山の人間達。獣みたいな耳とか、尻尾、場合によっては角があるのも驚きだが、ともかく今までの人気のない草原からすれば”多すぎる”彼らを、まるで物珍しいものみたいに眺めていた。

 そんな俺を覗き込みながらモスティマがニコニコとする。

 

「今回の仕事は此処。私は手紙を預かってきた、彼らの家族や、友達、色々だね…………どうせだから、君も彼らの反応を見ていこう」

 

 俺は上手く顔が見れなかった、何となく理由はもうわかってる。

 

「そうだなぁ…………最後の一人に配り終えるまでに、名前は決めておこっか」

 

 まあ理由について、わざわざ此処に書かせないで欲しい。




モスティマが170cmだそうですが、”君”の身長は167cmといったところです。
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