神々がコロナに翻弄されるのは間違っているだろうか? 作:tubuyaki
緊急事態宣言解除を記念して
※この物語は、完全なるフィクションです。この物語に登場する方々がフィクションだと殊更に主張したいという意味ではなく、この物語の中に登場する方々の振る舞いや言動がフィクションなのです。またこの物語は、既存のあらゆる信仰を貶めたり、あるいは推奨しようという意図があるものでもありません。正確性に欠く部分も大いにあるでしょうが、そこはフィクションとして、広い心で読んでいただければ幸いです。
令和二年水無月某日、某所にて...
「今年も早半年を迎えようとしている。一時は大変であったが、
一同に会した日本の神々の視線が集まる中、筋骨隆々の男神はそう切り出した。
「そろそろ、誰がこの未曽有の流行り病の抑え込みに一番の功を成したか、はっきりさせようではないか」
彼の言葉に、神々の目の色が変わった。近年の御朱印ブームやパワースポットの流行により、多少の盛り上がりを見せた神々の世界ではあるが、かつての厚い信仰は失って久しい。それが、今回のコロナ事態においては、切実に信仰を寄せる者が多少なりとも増えたのだ。神々にとって、愛する日本が得体の知れぬ異国の病に苦しめられることは大変嘆かわしいことであったが、同時に彼らを信仰する者が増えたのは、怪我の功名のようなものであった。
神と人との関係は、次のような言葉で言い表されることがある。
神は人の敬うに依って威を増し、人は神の徳に依って運を添う*2
彼らにとって今回の非常事態は、薄れゆく彼らの存在意義を蘇らせ、神力を増すまたとない契機ともなるだろう。そこへ来て、彼の神の発言である。仮に、コロナ抑え込みの功労者として認められれば、その者はより一層の信仰を獲得出来ることであろう。また、ここで認められるということは、次に病が流行した時に、再びの信仰が約束されるということでもある。信仰に飢えた神々が、言葉を聞いて必死な表情を浮かべたのも無理からぬことであった。
「無論のことだが」
かの男神は、猛々しく生えたもさもさのヒゲを撫でながら、睨み付ける様に他の神々を見回した。
「余の功績に、異論のある者は無いな? 」
より一層の信仰獲得を期待した神々の切っ先を、当の口出しっぺの男神が制した。
「余の神威は、言うまでもなく今回のような災禍のためにあるものぞ。厄除け・病難除去で知られた神といえば、言われるまでも無くこのスサノオである。出雲や熊野は無論のこと、京の祇園信仰や尾張の津島信仰、更には今の都がある武蔵国の氷川信仰*3に至るまで、広く厄除けの神徳で信仰を集めてきたのが余である。これらの信仰があるからして、今回の流行り病の落ち着きに最も影響を及ぼしたのも余に他ならぬ。違うか?*4」
スサノオにギロッと睨まれた気の小さな神々は、それだけですくみ上がった。この男神スサノオは、今でこそ妻を持って丸くなったとはいえ*5、神々でさえ畏れ多く思うような、天界での乱暴狼藉を働いた過去を持つ男である。いや、乱暴狼藉を働いたどころか、乱暴狼藉の限りを尽くしたと言ってもいい。それが原因で、
今も今とて、彼は手を半分、剣の柄に伸ばしながら、文句のある者はいないだろうかと、神々を一柱一柱*7睨み回している。この荒ぶる神の振る舞いに、大半の神々は、今回の功績者として手を挙げる気力を失ってしまった。
しかし、日本の神々の層は厚い。中には、こんなおっかない神へと意見する、気骨あふれる神も存在している。
「はて、それはいかがなものであろうか?」
「なに?」
「スサノオ殿、我が敬愛する父祖よ。あなたは、今回の病禍に大変な働きをしたとおっしゃる。だがそれは、非常に疑わしいと言わざるを得ない」
「こやつ! 余に物申すと言うか!」
命知らずにも思えるその神の名は、オオクニヌシ*8。かつて出雲の地を大繁栄さえ、最後は天界の勢力に屈し、ヤマトにその支配権を明け渡した神界の実力者であった*9。神々の凋落著しい今なお、出雲大社を通じて並みならぬ信仰を集める彼は、スサノオに殺されそうになりながらもその娘と一緒に駆け落ちしたという剛の者でもある*10。
「そも、普段スサノオ殿が治めておられる病というものは、スサノオ殿ご自身の荒ぶりようが原因で起きたものではなかったか? とすると、スサノオ殿が尽力されたという今回の流行り病も、実はスサノオ殿の仕業ということになりますまいか?」
「ぐぅ!」
鋭い指摘に、スサノオは胸を抑え込んだ。祇園等に見られるスサノオ信仰とは、ただ流行り病を終息させるスサノオの権能を称えるためだけのものではない。祟りによって病を発生させるといわれるスサノオの荒ぶる気を静めるために行うものでもあるのだ*11。スサノオは、苦々しく顔を歪め、反論した。
「違う! そも、余とて訳も無く病を蔓延させている訳ではないぞ。人々が、おのれの先祖であるところの神々への恩と崇敬を忘れ、傍若無人に振る舞うのが悪いのだ。余はその様を叱責すべく、病を流行らせておるのだ。云わば、それは天罰である。それに今回のコロナに関しては、まったくの冤罪ぞ。これが異国から来た病であることぐらい、お前も承知であろう!」
オオクニヌシはうなずいた。
「もちろん承知でございます。しかし、今までスサノオ殿が治めて来たのは、ご自身で流行らせた病ではありませぬか? そこを見るに、今回の病の広がりと長引きようは、スサノオ殿がこの病に手こずった、というより、神威を十全に発揮出来なかったことを意味しますまいか? されば、常よりの病伏せの名評と同じく評価する訳には参りませぬ」
「ぬう、小癪な。されど、それでも病は落ち着きを見せたのだ。余の力添えが大きかったこと、否定はさせぬぞ」
「それは勿論でございます。その上で、一番の有功者を決めたく存じます」
「ふん、好きにしろ」
オオクニヌシに口では敵わぬと知るスサノオは、案外すんなり身を引くと、どっかりその場に座り込み、後は知らぬとばかりに神酒を煽り始めた。
「さて、それでは他の有功者はおられぬであろうか。我こそはと思う方は、是非声を上げられたい」
「わらわたちを忘れてもろうては困る!」
声を上げて進み出たのは、神々の中でも特に美しい衣に身を包んだ、二人の女神であった。
「我ら、
「ふむ? それはどういうことであろうか?」
疑問を呈したオオクニヌシに、女神はかっとなって言った。
「とぼけるでないぞ! 機織りとは、それ即ち布、そして布といえばマスクじゃ。
神々の間から、おおーっという、感心の声が上がった。マスク、それは確かにコロナ対策の代表例と言うべきものである。
「うむ、これは確かに認めざるをえぬ」
「これはなかなか有力ではないか?」
神々が女神らを褒め称える中、オオクニヌシは懐疑的であった。
「うーむ。いやしかし、現代的なマスクが、果たして機織りと繋がるものであろうか? なんでも、現世のさーじかるマスクとやらは、不織布を使うと聞くぞ? これがまた妙な布でな。なんと、繊維を織らずに絡み合わせて作るものなのだそうだ。機織りをせず作るというのに、果たしてそなたらの出る幕があろうか?」
「だまらっしゃい! 例え織らずといえど、繊維は全てわらわたちの領分ぞ! それに、当のサージカルマスクは全然足りなかったではないか。そこでもてはやされた布マスクなどは、これ、完全に機織りの領域ぞ」
「そこだ。私はそこが非常に気になっておる。今回、マスクは国民に中々行き渡らなかったという。そのような様では、人々に神力を疑われようというものぞ」
「その文句は、
言われたオオクニヌシは、右から左に受け流すように*12、話をある神へと振った。
「どうやら流通に問題があったそうだが、いかがであろうか? 商業神の代表者である稲荷神*13よ。稲荷神? 大丈夫かお主!?」
問い掛けられたその神は、見るからにやつれ、目に黒々とした隈が出来ていた。
「コンッ、コンッ…… 自粛、自粛では神通力も通じぬ。口惜しや……」
普段は商売繁盛を初めとした様々なご利益で人気者のかの神の惨状に、周りの者たちは胸を痛めた。
「おお、お労しい……」
「今回、一番割を食ったのが、あの神よな。商売自体が出来ぬというのに、商売繁盛も何もあったものではない」
稲荷神は、そんな心配されるようななりでなお一言言わんと、口を開いた。
「だがな。すべきことはしたぞ。……私は、この国の権力者の夢枕に立ち、毎晩必死に囁きかけたのだ。そしてついに成し遂げた。日ノ本の子ら全てに、
「なんと! アレはそなたの仕業であったというのか!!」
神々は大いに驚いた。10万円。それは金の輝き。人々を確実に元気にさせる、超普遍的な価値。普段は賽銭やら玉串料やらで、金を受け取る一方の神が、逆に人々へ金をもたらしたというのだ。流石は商業神の面目躍起というものであると、神々は大いにかの神を褒め称えた*14。
しかし、神々の歓声が頭に響いて辛かったのか、かの神は耳を手で塞ぎ、うずくまってしまった。慣れない大仕事は、神にも相応の負担を強いるのだ。
「あー…… 稲荷神は体調がだいぶ悪いようだ。そっとしておいてやるのが
オオクニヌシはそう言って仕切り直すと、改めて女神たちに告げた。
「ともかく、流通に問題があったのは認めるにしても、そなたらの実績には少々疑問符が付く。なんせ、マスクのほとんどは中国産だというではないか」
「何を言うか! 国産の比率として、決して無視出来るものではない。そして何より、その中国産が届かぬから、国産のマスクを増やせるよう、我らが神力を尽くしたのではないか」
「うむ、そういうことなら、その点は認めよう。しかし中国産マスクに関しては、そなたたちの影響を認めることは出来ぬ。よって、その分はそなたらの功績から大きく差し引いて考えねばならぬだろう」
「うぬぬ、いらんケチを付けおって…… 」
女神たちはそう言って、渋々引き下がった。
「それにしてもすげえな、稲荷神」
「ほんとな。でもよく考えたら、10万円ってコロナ封じとはちょっと違うよな」
オオクニヌシは咳払いをし、話を次に進めた。
「それで、他の功績者のことだが…… ここで一つ、私の話を聞いて貰いたい。是非、功績者として推薦したい神がいるのだ。皆、ここにいる彼のことを忘れてもらっては困る」
神々は騒めいた。あの、有力神の彼が推薦する神とはどのような神であろうか? しかし、オオクニヌシの紹介にも関わらず、その当の神の姿が見当たらず、声すら聞こえない。いや待て、オオクニヌシの肩に、何か小さいものが乗っている。それは果たして、一寸もあればよかろうかという、小さな小さな神であった。名をスクナビコナと言う。
言葉を発さぬ彼に代わって、オオクニヌシは皆に語った。
「病とは、マスクを初めとした予防ももちろん大事であるが、罹った後の平癒もまた大事というものだ。語らずの神である我が親友スクナビコナは*15、皆も知っての通り薬事を司る神である。今回の流行り病では、アビガンを初めとする治療薬が、苦しむ人の子の命を救ったことは皆知っての通りである。良き薬が生まれるよう、日々神力を尽くしている彼の功績を語らずして、今回の有功者を決めることが出来ようか?」
神々は、この話を聞いて大いに頷いた。
「うむ、オオクニヌシの言うことは最もである」
「効く薬があったのは、まさに僥倖というもの。これより先、完全な治療薬が生まれるのも、スクナビコナ殿の力添えあればこそ捗るというものであろう」
かねがね好評の内に、スクナビコナも有功者として名を連ねることとなった。
「私からの話は以上とする。では次なる神はおられぬか? 我こそはという者は?」
「我も声を上げよう!」
「なんと、オオヤマヅミ殿ではないか」
これまた神界の大物が名乗りを上げたことで、神々は大いに沸いた。かの神は、その名前から察せられるように、山の神である。それも、山々の総元締めとでも言うべき存在であるからして、その影響力は大きい。かの富士山に祀られているコノハナサクヤヒメも、このオオヤマヅミの子であり、彼には頭が上がらないという。もっとも、彼女の身長は父親をとうに越え、彼を見下ろすまでになっているのだが……
「して、オオヤマヅミ殿はどのようなことを成されたのか? 山はあまり関わりがあるように思われぬが、いかがであろう?」
「そなた、忘れてもらっては困るぞ。元は山の神といえど、我が本拠地は瀬戸内ぞ。それゆえ、我にとっては海も勝手知ったる場所なのだ。そうして今や、我は航海神としても祀られておる。ここまで申せば、此度の我の功績も、察することができよう」
「はて、航海といえば、ああ! あのような出来事もありましたな」
オオクニヌシは唸り声を上げた。
「そうだ。病を帯びた異人が海から国に入るを防いだからこそ、国内での努力が実を結んだのだ。果たして、我があの
神々はこの主張に、大いに頷いた。
「うむ、こたびの病は感染力が強いからの。入るのを防がねば、いつまでも終わりが見えぬというものじゃ」
「スサノオ殿がいくら国内で頑張っても、外から次々に入って来ては、どうしようもあるまい」
「これは決まりかもしれんのう」
「いやいや、いくらオオヤマヅミ殿が頑張っても、国内がどうにかならねばこの病は収まらぬぞ」
神々がそう囁き合っていたところ、突如として、今までの流れに文句を付けるものが現れた。
「おうおうおう! 俺を無視して結論を出そうとは見過ごせねえなあ。今回最も力を発揮したのは、言うまでもなくこの俺様よ!」
「何じゃ? 一体誰じゃ、あの珍妙なナリをした奴は?」
「あなめずらしや。いとあやしきものなり」
「あやつ! 今話題のアマビエではないか?」
声を上げたのは、嘴の生えた顔に見事なロン毛、鱗で覆われた体と3つ又に分かれた尾びれを持つ、異形の妖怪アマビエであった。えらくふてぶてしい様子のこの余所者に対し、神々の反応は厳しかった。
「ちっ、妖怪風情が!」
「成金の分際で、調子にのりおって」
「聞こえんなあ? 時代はまさに、この俺様よ。絵に描いて、それを眺めれば利益をもたらす。SNSの時代にはピッタリってもんよ。思うに、江戸の頃はちょっと登場が早過ぎた。だが、や~っと時代が俺に追いついたって感じぃ? 絵師が有り難がって、次々に俺を描いては拡散を繰り広げんだから、追い付ける奴はもう誰もいねえ。もはやロートルの出る幕じゃねえってことヨ!」
アマビエは、神々の苛立ちを一身に集めるも、気にした様子がない。それだけ、今の彼には勢いがあるのだ。
「そもそもなぜ妖怪がこの場にいる?」
「誰だ。あんな奴をこの場に招いたのは?」
「儂だ」
「ゲェーー! オオワダツミ!?」
声を上げたのは、海の超実力者、オオワダツミ神であった。山のオオヤマヅミと双璧を成す彼は、海の世界の支配者であり、海に関わるありとあらゆる者の総元締めでもあるのだ。
「儂が彼をこの場に呼んだ。此度の彼の活躍は見過ごせぬのでな。海の者は皆、儂の眷属であるからして、儂が責任を持って連れてきたのだ」
神々はざわめいた。チンケな妖怪と思っていたら、バックに超大物が付いていたのだから、むべなるかな。
「不安に揺れる人々の心に、安らぎと癒しとを与えたこのアマビエの功績は大きい。儂も海の主として、鼻が高いというものぞ」
確かに、神々にとっても、アマビエの影響は否定しがたい。今回の事態で、最も信仰を拡大したダークホースと言ってもいいだろう。神界の結論はどうであれ、彼アマビエが人界で一種の覇権を確立したのは、認めざるを得ないところである。
オオクニヌシはそのことを踏まえつつ、なおアマビエに言い返した。
「確かにお主が与えた影響は、無視出来ぬものがあることは認めよう。人の世で持て囃されるのもまた良かろう。しかし我々神界としては、今回どのような神威を実際に発揮したか、その信頼性もまた重要と考える」
「なにぃ?」
「要するに、口先では何とでも言えるということだ」
オオクニヌシは、アマビエにガンを付けられながらも、一切動じることなく先を続けた。
「そもそも、お主が人の世に姿を現したのは江戸であって、今の世ではない。今回は、以前とは違って流行り病を予言した訳ではないではないか。それゆえ、今回の病の落ち着き様に、本当にそなたが力を発揮したものであろうかと、我々は怪しんでおる。なんせそなた、その姿を拝むことで、本当のところどのような効能があるか、明言しておらぬそうではないか。実のところは、他の神々の力あってこそ、病が収まって来たのではないか?」
「馬鹿なことを言わないで貰いたいネ。むしろ他の神々が、俺の力にあやかって信仰を増やしたんじゃねえの?」
「言っておくが、これだけではないぞ。私のところに、いくつか陳情が来ておる。お前とよく似た名前の妖怪たちが、自分たちの名前と霊能をそなたに盗用され、シェアを奪われたと聞き及んでいるのでな。確かアマビコやアリエとか言ったか」
アマビエは、度重なる反論に逆上した。
「なにおう! 俺は知ってんだぞ。お前のところの系列の神社で、俺様の姿を描いたお札を配ってたってなぁ!」
「ぬ、ぬぅ…… 私を祀る以外に何を信じるかは、人の子らの自由であって……」
「自分たちが上手くいってないからって、難癖を付けるんじゃねーっ! 第一、お前たちがなんだ! あんたらを祀る神事は、コロナ対策で皆縮小傾向! 神力を振るおうにも、中々難しかったんじゃねえか? お前たちの功績こそ、怪しいもんだぜ!」
アマビエの言い分に、神々は歯噛みした。
「あな口惜しや」
「まさか妖怪風情が、神である我らよりも大々的に持て囃されようとは……」
「本当に、奴がこの病を収めたというのか?」
「考えるまでもないことぞ。かの者はただの妖怪。一国を救うほどの力があるはずはない」
アマビエは、ほくそ笑んだ。
「ふふん。人界には、俺を神と呼ぶべきという声もある」
「なに?」
「神々が振るわぬのだから、当然だよなあ? それに、『神は人の敬うに依って威を増し、人は神の徳に依って運を添う』だったか? 信仰を集めた俺が大きな力を発揮するのも、当然のことってもんよ!」
「馬鹿な! お前は神ではなく、妖怪ではないか」
アマビエはにやにやと笑った。
「似たようなものだろう? 人も死んだら神となる世の中だ。妖怪が神になって悪い理屈があるか」
「ぬう……」
神会は紛糾した。
「そもそも妖怪を、神として認めるわけには……」
「いやしかし功績でいえば……」
「そもそもそれが怪しいと言っておるのだ」
「実は、うちも奴のお札の世話になったところがあってな」
「おいお主、まさか奴の肩を持つのではあるまいな」
悩める神々らに向かって、オオワダツミは言った。
「諸君らの懸念も分かる。如何にもここなアマビエは、神ではなく妖怪ぞ」
「ボス!」
アマビエは、余計なことを言わないでくれとばかり、かの神へ非難の眼差しを向けた。
「皆の者、人々が彼を神のごとく崇めるというのは心配か」
「それは、当然であろう」
オオクニヌシの言葉に、神々はそろって頷いた。
「ならば、その主たる儂を祀れば、問題はなかろう。儂がこやつのことに、責任を持つと言うのだ」
この提案は、何よりもアマビエの反発を招いた。
「ボス! いくらなんでもそりゃあ無いぜ。確かに普段からの恩はあるけどよ、この件に関しちゃあ、ボスは何も動いてねえじゃねえか!」
オオワダツミは、ほっほっほと笑った。
「勘違いするな、可愛い我が眷属よ。儂は何もお前になり代わろうと言うのではない。ただ、よく神社でも合祀というものがなされるであろう? 主祭神の神威を高め、その身元を保証する配神がな。神界に背景を持たぬお前を支えるのに、儂がその配神となってやろうというのだ。これならば、誰もお前を崇めることに文句は言えまい?」
アマビエは喜色を浮かべて、この提案を受け入れた。
「ボス! 話が分かるぜ! しかしボスも、ちゃっかりしてるなあ? 俺に乗っかって、自分の信仰を広めようなんてよ」
「ほっほっほ、何事も持ちつ持たれつだからのう」
神々は騒然とした。力を持った妖怪の参入という、神界の均衡に一石を投ずるこの動きに、神々も冷静ではいられない。場合によっては、これが切っ掛けとなって、神界の勢力図が大きく塗り替えられるかもしれないのだ。
「ワッチヲ、ワスレテモロウテハ、コマリマス」
「誰だ!」
たどたどしい女の声に、神々は一斉に振り返った。
「二ポンノ、ミナサン。シンジツニ、メヲムケテクーダサイ。二ポンデノ、ヤマイノオチツキハ、デウスノオカゲデス」
「なんじゃとう?」
「ミナサン、ワタシ、シィテイマス。アナタガタ、カミハ、ノー・ゴッド。二ポンジンノ、ゴセンゾガ、シンカクカサレタ、タダノヒトデス。ヒトナラバ、ミナ、デウスノ コデス。ミナサン、コレヲキニ、ナカヨク改宗シィマセンカ? デウス、イイデスヨ?」
「「「帰れ!」」」
満場一致で投げ掛けられた言葉に、少女はびくっと震えた。
「一体どこから入ってきたのだ」
「ぐろうばりずむという奴も、困り者だのう。この手の輩が、ひっきりなしに入ってきよる」
「南蛮人は、鎖国して締め出すべきぞ」
「東照大権現よ。人の世はもはやそのような時代ではないのだ」
「ともかく、さっさと追い出してしまえ。この場にはそぐわぬ!」
怒り冷めやらぬ神々たちを、オオクニヌシは諫めにかかった。
「まあまあ、異人さんとはいえ、若い娘にそう怒鳴るものではない。外なる国には、また外なる国の信じるべき道があるということだろう。して、お嬢さん、お名前は?」
「ワッチハ、セイント・コロナ、イイマス」
「……」
「「「お前のせいかぁああああ!!!」」」
「チガマス! チガイマス! ワッチハ、ヤマイ、オワラセヨウトヤテキタダケデス! 二ポン、信仰ノ不毛ノ地! デモ、スコシハ信者イル!」
追い掛け回される少女と、それを追う神々たちを眺めながら、知恵の神ヤゴコロオモイカネは首を傾げた。
「はて? 今回の病、唐の国より生じたと聞くが……」
追いかけっこは、誤解が解けるまで続いた。*16
「さ、気を取り直して再開しようか。そろそろ結論を出しても良い頃だと思うが…… いかがかな?」
「その前に、ひとこと言いたい」
「なんだね。ホンダワケノミコトよ」
その神は、彼を慕う武将らと共に、八つの幟がはためく小さな陣を作り、
「今回の病、終息も大事だが、その後のことも大事と心得る」
「というと?」
「今回の災禍は、漢の国より来たるものと心得ている」
「うむ、その通りである。今は中国と呼ぶがな」
「かの国でも神が荒ぶることはあろうと心得るが、されどその祟りが我が国までも穢すとというのは、許されざることと思う」
「うむ、もっともである」
「異国の神とて、討伐せねばなるまい」
この発言に、血気盛んな者たちは湧き上がった。
「おう、その通りぞ!」
「今こそ神罰を下そうぞ!」
オオクニヌシは眉を顰めて言った。
「ふむ、果たしてそのようなこと、出来ようか? 海を越えた先では、我々も十全に力を振るうことはできまい」
「確かにその通りだ。それゆえ、我らに代わって、我らの祝福を授けた人間を、かの地に送り込まねばならぬ。だが、かの地は遠い。直接向かうにも海は荒れ、船は沈み、命がいくつあっても足らぬ。そこで足掛かりとなるのが朝鮮である。先ず朝鮮に渡り、そこから漢陽*21の地を目指せば、兵がいたずらに海で命を散らすこともない」
「あー、色々と言いたいことはあるが、つまり、お主の申したいこととは……」
オオクニヌシは色々と察したが、自分の世界に入り込んでしまったホンダワケノミコトは、そうはいかなかったようである。
「されど今の朝鮮は、我が国の言うことを聞かぬ。通せと申しても、聞く耳を持つまい。そこでだ。我が母の事績に習い、余も二韓征伐を試み「あー、あー、聞こえぬ。何も聞こえぬ。諸君ら、なにも聞かんかったな。良いな!」おい、話を途中で遮るな。わしの主張は「何も聞かなかった! 何も聞かなかった! 皆の者、良いな!」
慌ててのオオクニヌシの否定に、他の神々も追随した。皆、戦争にはトラウマがあるのだ。
「八幡神様、それはいけませぬ! この猿めも、そうやって唐入りを目指しましたが、これがどうにも上手く行かず! 今の人の世とて、そう上手くはいきますまい!」
「身の程を弁えぬからじゃ」
「儂が生きてさえおればのう」
「おい、お主」
ホンダワケノミコトは、彼を諫めようとする小柄な男をじいっと睨み付けた。
「確か豊国大明神とか申したな」
「ははあ! 武運長久の
死後、神として祭られた豊臣秀吉は、照れる様に頬を掻いた。
「無論、覚えているとも。お主、なんでも新八幡を名乗ろうとしたと言うではないか」
「ああー、まあ。そういうこともあったような、いやアレは若気の至りにて! 畏れ多いことをしでかしたと言いますか、まさか死後にご本人と出会うとは……」
秀吉は、睨まれ小さくなり、話はなんだか有耶無耶になった。
悪くなった空気の中で、神の一柱がぼやいた。
「いやしかし、せめて武漢とやらだけはどうにか出来ぬものかのう? あの異国の地さえどうにかなれば、次から同じようなことは起こるまいに」
「武漢!」
「んん? お主、確か靖国の……」
「イケマセヌ。武漢ダケハ、イケマセヌ。武漢作戦ハ、完全ニ失敗デアリマス。日中戦争ヲ終ラセルドコロカ、泥沼ノ戦争ニ引キ摺リ込マレタノデアリマス」
この発言に、天界随一の武神コンビ、フツヌシ・タケミカズチの両神は、重々しく口を開いた。
「無謀なばかりの戦は、我らが力を貸すところではない」
「己の身を弁え、神慮に沿う者にのみ祝福は与えられるのだ」
またも不穏な空気になってきたところで、オオクニヌシは声を張り上げた。
「ええい、とにかくこの話は切り上げぞ! 異国のことをどうこうしようなどと、再び国を危機に晒すつもりか! 一つ前の
最もだということで、神々は頷いた。
「よし、これで意見は十分に出たな? そろそろ結論を出しにかかろうではないか」
「その前に、余の声を聞いてたもれ」
「これはこれは、
オオクニヌシを初めとした神々は、一様に首を垂れた。今まで一言も喋らず、静かに話を聞いていた天界の姫君の発言である。女帝と言い換えても良いかもしれない。
「余が思うふに、神々も時代の変化と共にあるべきぞ。人の子が新たに見出したる、科学的知見という
「ははあ、左様でございます」
何を言い出すのだろうと訝しるオオクニヌシ相手に、アマテラスオオカミは続けた。
「ウイルスは、夏場に収まる傾向がある。違うか?」
「はあ、そのようでございます。ウイルスというものは、どうやら高温多湿に弱く、特に紫外線の強い夏場はウイルスも不活化し、……あぁ、そういうことでございますか……」
オオクニヌシは、天照大神の言いたいことをおおよそ察した。
「ウイルスの蔓延がこの程度で済んでおるのも、常より降り注ぐ日差しのお陰。これからウイルスが収まっていくのもまた、日差しが強まり高温多湿となるお陰。つまり太陽のお陰ぞ。して、その太陽を司るのは、誰であったか?」
天照大神に他ならない*22。彼女の隣に控えたタカギノカミ*23が、これに言い添えた。
「お主達のいかな働きがあろうとも、常より世を照らす姫君の御神徳を忘れるでないぞ」
「よく考えて決めてたもれ」
議論は紛糾した。各神入り乱れ、己の功績を主張するこのような状況で、上手く結論がまとまる筈も無かったが、オオクニヌシの一言で、場が動いた。
「このままでは埒が明かぬ。ここは一つ、当事者に決めて頂くがよろしかろう」
「おお、それはいい意見だ」
「そうしよう」
「うむ、そうしよう」
そういうことになった。
「新しき世の現人神*24よ。そなたはいずれの神が最も大きな働きを成したと思う? 正直に申してみよ」
ありとあらゆる神々の視線が、一人の人間に集まる。かの人は、畏れかしこみ、こう奏上された。
「先ずは皆様方に、感謝の念を表明いたしたく存じます。此度は、我々が未曽有の病に苦しめられ、混乱に見舞われる中、皆様お一方お一方が、日本国民の心の拠り所となり、人々が心身の健康を保つことに対して、ご尽力頂きました。日本の社会のことを申しますと、このたびの病は、日本国民一人一人の努力もまた大事でありました。どこかで、誰かが気を抜いても、この病は抑え込めなかったと思われます。そのことと同様に、ここにましますどなたの働きが欠けても、ここまで早くの感染の落ち着きは無かったものと存じます。それゆえ、ここにまします皆々様に対して、私は日本国民を代表し、深く感謝の念を表明するものであります」
神々は、おおと歓声を上げた。
「此度の子も、我ら一柱一柱を深く敬う、よう出来た者のようじゃ」
「そうじゃのう」
神々の感心する声の中、かの人は続けた。
「そして、此度の大功がどなたにあるかということでございますが」
「うむ」
「誠に畏れながら、まだそれを決めるのは時期尚早かと存じます」
「なに?」
「このたびの病、日本では一応の落ち着きを見せましたが、まだ予断を許さぬ状況にあります。また、世界ではまだ、依然としてこの病が猛威を振るい、苦しむ人々が出て来ております。これがまた、再び日本の地にもたらされれば、第二波、第三波の感染に苦しめられることは必定でございます。コロナとの戦いは、まだ始まったばかりである。人の世においては、そのような心構えで、この病と対峙したく、思っております。それゆえ、誠に申し訳ないことではありますが、私の身からこのたびの大功ある神を決めるということは、控えたく存じます」
神々は、考え込んだ。
「うーむ。どうだろうか」
「どうであろう?」
「言い分、もっともではないか?」
「もっともである」
「それで良かろうか」
「それで良かろう」
神々は頷き合って、結論を出した。
「此度の有功者選定は、見送りとする。今後の諸神らの働きを見て、この病への懸念が完全に晴れた折に、また改めて一番の有功者を決めようぞ。されば、此度の神会はこれにて終了である! 皆持ち場へお帰りになられるが良い!」
神々はぞろぞろと帰り支度を始めていく。
その中で二柱だけ、かの人に近づく神々の姿があった。
ニニギノミコトと神武天皇の、天孫降臨&日本建国コンビである。*25
「そなた。我らが末裔よ。今度の発言は、ご苦労であった。今後もつつがなく、その務めを果たすがよい」
「畏れ入ります」
「それはそうと、天照大神様は、その血を引く孫である我とその一族に国を治めよと命じられたのだ。他の神を奉ずる者ではなくな」
「もちろん、重々承知で御座います」
「なれば、皇統のことも分かっておろうな。ゆめゆめ、出雲のオオクニヌシや他の
言いたいことを言い終え、満足した神たちは、いよいよ帰り支度を始め、天界へと飛び去って行った。
神々が全て去った後の、静かな斎場にて、かの人は神々から受けたプレッシャーに、なおも胃をきりきりと痛めておられた。
令和も始まったばかりだというのに、上手くやっていけるであろうか? いや、上手くやらねばならない!
新しい時代、神々の世の平穏も、この人の肩にずっしりと圧し掛かって来ていた。