カイリューが釣れました   作:ムラムリ

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2015年に書いたものを改稿したものです。
4話構成です。


1.

 バスラオ、バスラオ、バスラオ。

 今日は何匹釣ってもバスラオばかりだった。特に珍しくもないポケモン。例えるならば、コイキング並に。

 進化するだけコイキングの方がマシだとも思う。ただ、ギャラドスはギャラドスで迷惑極まりないが。

 このリュウラセンの塔はドラゴンタイプのポケモンに纏わる塔のようだが、ドラゴンタイプのポケモンはまだクリムガンしか見ていない。

 ミニリュウとかも居るとか聞いていたんだけどな。

 はぁ、と溜息を吐いて、霧雨が降り始める中もぼうっと釣竿を握る。

 

 そんな溜息が釣りにも影響したのか、それからはバスラオさえも釣れなくなった。湖はしん、と静まり返っている。

 気分を晴らす為であって、大物が釣れるとかそんな大した期待はせずに来たとは言え、バスラオさえも釣れなくなると流石に凹む。

 くぁ、と後ろでウインディが欠伸をした。俺の釣ったバスラオの数匹は既にこいつの腹の中だ。

 満腹になって、眠気も抑えずにぼけっとしている。でんせつポケモンなんて異名を持っているが、そんな神々しい姿、こいつからは全く感じられない。

 俺も溜息を吐いて釣竿から手を離し、背伸びをしてからウインディの背に凭れた。

「眠いなぁ」

 何となく呟いた。

 釣竿は固定されたまま、揺れてさえいない。

 どうせ釣れてもバスラオだけだろうし、寝ても良いか。冷静に考えれば、ドラゴンタイプが釣竿何かに引っ掛かる訳無い。

 平和なのは、良い事だ。なんて思ったりも。

 

 かたっ、かたかた、と釣竿が揺れる音で目が覚める。

 背凭れにしていたウインディはいつの間にかどこかへ行ったか見えなくなっていた。

「ったく」

 もふもふの毛皮から湿った青臭い草に頭の居場所がいつの間にか変わって、髪の毛はぐしょぐしょになっていた。どこ行ったんだか。

 どうせバスラオだろと思いながら、釣竿を引っ張る。……あれ、重い。

 いや、重いどころじゃない。全く引っ張れない!

「ウインディ! どこ行った?」

 俺ごと引っ張ってくれと頼みたいのにこんな時に居ねぇあいつ。くそ。

 諦めるか? いや、それは嫌だ。

「ウインディ!」

 その時、急に釣竿が軽くなった。

 糸が切れた感覚はしてない。逃げられたか?

 いや、釣り針から外れた感覚さえも無い。どういう事だ?

 そして今更やって来ても遅いわ。ウインディ。

「わふっ」

 そんな可愛い声出しても何も出んわ。

 リールを巻き上げて、釣り針を……あれ、何か、手のようなものが。

 二本の触角がある頭、首、でかい胴……。

「はぁ?」

 自分でも驚く程の素っ頓狂な声を出していた。

 カイリューが釣り針を掴んでいた。

 ウインディも戦闘態勢に入る以前に、俺と同じように驚いて固まってしまっていた。

 カイリューは釣り針と俺を眺めてから釣り針を捨てて、ふわりと目の前に立った。

 テレビでその姿を見た時は丸っこい顔にぽっちゃりした腹、小さい翼とか可愛いなぁとか思ってたが、その巨体が目の前にあるだけで、そんな事は吹っ飛んだ。

 くんくんと俺に鼻を近付けて匂いを嗅がれる。

 頭ごと食われるんじゃないか。そんな想像が浮かび上がりながらも目を離せない。

 ただ、その存在だけで俺は圧倒されていた。見た目は可愛くとも、そのドラゴンタイプの満ち溢れる生命力は本物だった。

 何故そんな小さな翼で飛べるのかと疑問に思ったが、目の前にしたら当然のように思えた。

 恐れてもいたが、僅かながら見惚れていた。幸いな事に見惚れられるだけ、悪意は感じなかった。

 じろじろ、ふんふんと観察され、次に俺の隣で同じく固まっていたウインディに対象が移った。

 一歩、ウインディは後退りした。そして一歩カイリューが詰め寄る。

 どの位のレベル差があるのか分からなかった。ウインディの方が弱いのは確かだろうとだけは分かるが。

「ヴゥ……」

 威嚇しているも及び腰で、カイリューには何も効いていなかった。

 ウインディがまた一歩下がる。カイリューはそれを面白がるように歩いて行く。

 緊張は全く消えていなかった。カイリューがもし俺とウインディに明確な敵意を向けたら、逃げられるとは思えなかった。

 ウインディが助けを求めるような目で俺を見て来る。図鑑のような威風堂々とした姿なんてそこには無かった。

 俺にどうしろって言うんだ。持ってる中でカイリューに有効そうな技はあれど、通じるとはそうは思えなかった。それに悪意が無さそうな以上、何もしない方が賢明だった。

 そしてとうとう、ウインディは後ろにある木にぶつかった。

 そこにカイリューがしゃがんでじっくりと顔を近付けた。俺との差程でも無かったが、体格差もあった。

 じろじろと観察されるのが耐えられなかったのか、ウインディは走って逃げようとした。ただ、その前に両腕で顔を掴まれて阻止される。

 まな板の上のコイキング。

 正にそんな感じだった。俺のウインディも決して弱くは無いのに。

 そして数分経って、やっと観察が終わるとカイリューはウインディから手を離した。

 ウインディは腰が抜けたように崩れ落ちて、カイリューはまた俺の方に歩み寄った。

 今度は何を?

 そう思ったが、俺の隣に座るだけだった。

 ……帰っても良いんだろうか? 釣りを続ける気にはどうしてもなれなかった。

 単に俺という人間と、ここらには居ないポケモンであるウインディを面白がっているだけだろうとも、殺意が無いと言えども極端に言えば、このカイリューが今の俺とウインディの生殺与奪権を握っている。

 人間様とは言うが、道具も何も持たない人間は大概のポケモンには敵わないのだ。

 はぁ、と俺は溜息を吐いた。道具を仕舞い始めてもカイリューは俺の手先を見つめるだけで邪魔をする様子は無い。

 鞄を背負い「ウインディ、帰るぞ」と言ったものの、ウインディはまだ腰が抜けていた。

 仕方なくモンスターボールに入れる。

 そして歩き始めると、カイリューは立ち上がって俺の後ろに付いて来た。

 ……どうしようか。真剣に悩みながらも、追っ払う事も出来ずに歩き続けるしか出来なかった。

 

 歩き続けても、どこかで戻る様子もなく後ろから付いて来る。

 リュウラセンの塔の区域から出ても、町中に入ってもそのまま付いて来た。

 町中の視線を集めながら、後ろを振り向いて聞いてみる。

「なあ、お前。どこまで付いて来るつもりなんだ?」

 けれどもカイリューは言葉を理解していないようで、ん? と頭を傾げるだけだった。

 可愛い、が、困る。何を考えているかも全く分からず、野生である事がばれたらまずい。ポケモンセンターとかに相談すれば良いのだろうが、それはそれで余り良い対応をしてくれなそうな気がしてさっさと街から出る事を優先させた。

 街の、リュウラセンの塔とは反対側の外れに置いた車にまで着き、どうしたものかと腕を組む。このまま車に乗って帰っても大丈夫だろうか。

 思い切って空のモンスターボールを出してみた。野生のポケモンでも、特に最終形態まで進化している奴ならこれを出す意味は分かっている筈だ。

 顔を合わせて、それでも特に何の変化も無い顔をしているのに俺自身困惑しながら、トスするように投げてみた。

 すると、ボールが効力を発揮しないように丁寧に掴まれて、手渡しで返された。

「あ、はい……」

 ……どうしたものか。

 言葉も通じなければ、何をする訳でもない。ただ、そのまま車に乗ると、カイリューはルーフの上に乗りやがった。

 舌打ちしても良いだろうか。一応やめておくが。

 ウインディのボールを助手席に置いてエンジンを掛ける。車を走らせながら、そのボールの中のウインディに聞いてみた。

「なあ、お前。あいつの事どう思う?」

 ウインディはただ俺と同じように困惑した目で、俺を見つめ返すだけだった。


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