カイリューが釣れました   作:ムラムリ

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 塔を降りるに連れて、疑問が強く表層へと浮いて来る。

 何故、カイリューは子を喪ってしまったのだろう。

 とても強いだろうに、子を守れなかった理由は何だろうか。

 嵐に原因があるのだろうか。それとも単に事故だったのか、または病気だったのか。

 分からないまま歩いていると、瓦礫に躓いてしまった。

 起き上がろうとすると、ウインディに襟を噛まれてそのまま背中へ投げられた。力を抜くと、俺の体は一回転してすっぽりとウインディに跨った。

 進化したての頃のウインディが曲芸師のギャロップに憧れて、俺の体を何度も犠牲にして身に付けた曲芸だ。

 久々にそれをされて、俺は何とはなしに呟いた。

「疲れたな」

 それは俺の台詞だ、と言うようにウインディが俺を振り落した。

 可愛くねぇ奴。

 でも言っておく。

「済まん。流星群は分からなかった」

 ウインディはいいよ、と言うようにそのまま歩き続けた。俺も起き上がって歩いた。

 

 帰っても、カイリューにはリュウラセンの塔に行った事はばれなかったみたいだった。

 内心ほっとしながら夜飯を食う。

 テレビでは伝説のポケモンについての特集をしていた。伝説のポケモン達は数が一体とかしか居ない代わりに、死ぬと転生するという説について話し合っていた。

 そんな時、唐突にぺき、と変な音がしてその方を見る。特に何も変わりは無かった。カイリューもウインディもココドラも、特に何事も無く飯を食っている。

 何の音だったのだろう。

「伝説のポケモンだって寿命はあるでしょうし、死に至る事もあるでしょう。なのに、太古からずっと姿が記録されているポケモンだって居るのですよ?

 寿命が無かったとしても、これまで全ての伝説のポケモンが死に至る事無く今まで生き続けているなんて有り得ますか?」

 ディスカッションの場には、伝説のポケモンの写真や絵が詰まっていた。今まで俺が見た事の無いポケモンも結構な数が居た。

 姿形が似た奴も結構いるんだな。本当に大した違いが無い位に似てる奴等も居る。

「有り得るでしょう。

 例えばうずまき島を住処にするルギアは豪華客船をも念動力で浮かせたと言いますし、グラードンやカイオーガは天変地異以上に地形を大きく変えられるだけの力を持っています」

「では、スイクンやエンテイ等に関しては? レジロック、レジアイス、レジスチル等に対してもそれは言えますか?

 そこ辺りのポケモンは、腕の本当に立つトレーナーに従う事もあります。一対一で普通のポケモンが勝つ事もありますよ。

 言っちゃ悪いだろうけど、その程度なのに有史以来その姿が長い間確認されなかった時が無い」

「う、ん……」

 ぺき、とまた音が聞こえた。けれど、振り向いても音の原因は分からなかった。

 

 飯を食い終える。ぺき、という音は、どうやらカイリューがポケモンフーズを折っている音のようだった。いつもはそんな事してないのに。

 俺もカイリューも立ち止まっているのだろうと、俺は思った。

 昔ながら屠殺されたものを食うべきと曲がらなかった俺に対し、ポケモンを殺す必要なく肉が食べられるならそれが良いと曲がらなかった妻。

 子供の教育に深く関わるだろうそれに妥協点を見つけられないまま、妻は別居した。

 たったそれだけの事で長い間、妻と会っていない。電話もしていない。

 携帯からその番号は来ていない。俺も掛けていない。

 あるのは、妻が残していったムシャーナだけ。

 ただ、そんな俺の立ち止っている原因なんて、カイリューに比べれば本当に些細な事だろう。子供を喪ってしまったその悲しみは、俺は理解出来ない。いや、したくない。

 強過ぎる、絶対に味わいたくないものだから。

 はぁ、と俺はソファに凭れて天井を眺める。カイリューは俺が自身と似ていると気付いて、俺に付いて来たのだろうか。それとも単に、カイリュー自身にとって都合の良い人間だったからだろうか。

 そりゃ、子を喪うなんて事があった後にトレーナーに捕まって戦わされるなんて嫌だろうし。

 理由を聞けはしないけれど。特に、知ってしまった今となっては。

 そしてカイリューはまた、ぺき、と音を立てていた。この番組の何かに反応している気がした。

 顔に出してはいなかったから、それ以上の事は分からなかった。

 

 次の日の朝。

 雪が降り積もる中も、カイリューは寒そうにしながら俺の居ない間は外をふらつくようだった。

 知ってしまった今となっては、どこかへ飛んで行くカイリューの姿は何か物寂しかった。

 頭の中でもやもやとした、立ち止まらせている何かを捨てられずにただ、俺も職場へ歩いていく。

 カイリューの中にあるそのもやもやは、俺よりもどす黒く、鉛のように重いものだ。それを思うと、背筋が震える感覚がした。

 それが失せるきっかけを、カイリューは待っているのだろうか。それとも、引き摺ってずっと生きるつもりなのだろうか。

 一つ言える事があるとすれば、俺にはどうする事も出来ないのは事実だった。

 何となく、隣を歩くウインディに聞いてみる。

「お前、子供欲しいか?」

 ウインディは少し考えるように時間を使ってから、頷いた。

「その子供が死んじまったら、お前はどうする?」

 ウインディは変な質問をするなぁと、俺を見た。

「きっと、カイリューはそうだ」

 ウインディは驚いてから、また前を向いて歩き続けた。

 まあ、分からねぇよな。俺にも分からねぇし。

「あーくそ」

 何を罵倒するでもなく、俺は空に向って言った。

 やっかいなものを背負い込んだとは、不思議と思っていなかった。ウインディは思っているかもしれないが。

 

 そんな、結局カイリューの事を知っても日常は何も変わらなかった、冬が過ぎて行くある日。

 来客があった。

 帰って来ると、玄関の前でゴウカザルを出して暖を取っているトレーナーが居た。見るからに腕の立つトレーナーだった。

「こんばんは」

「……こんばんは。誰ですか?」

「リュウラセンの塔に居たカイリューが、今ここに居ると聞いたもので」

 厄介なのが来たと、俺は心底思った。そして、哀れにも思った。

 カイリューも丁度帰って来る。俺の後ろに着地して、すぐさまウインディを抱き締めた。

 ウインディは暴れるが、カイリューはやはり寒いのを無理して外をふらついているようで、体を震わせながらもウインディを放そうとはしない。

 もう、いつもの事だった。神速で逃げようが、カイリューも覚えていた神速で追いかけられて呆気なく捕まえられてからはウインディももう、諦めを感じているようだった。

 そのトレーナーが雪を叩いて立ち上がり、俺に聞く。

「一応、お伺いしますが」

 その言葉だけで、あのトレーナーが喋ったのだろうと思った。別れる時も不満そうだったから、十分にあり得る事だとは思っていた。

 こうなる可能性も一応は分かっていつつも、現実になって欲しくないとしか思っていなかったが。

 ゴウカザルも体を跳ね起こすように一回転して起き上がった。

「貴方とカイリューの関係についてお聞きしたいのですが」

「……家主と、居候」

 あのトレーナーと同様に勿体ないと言ったような、軽蔑も混じった目をされた。

「貴方のポケモンでは無いのですよね?」

「まあ」

 どさり、と音がして、後ろでカイリューがウインディを解放したのが分かった。

「なのに、ここでその強さを生かさずにただただ暮らしてると」

「そうだな」

 そっけなく答える。後ろで怒りが溜まっているのが分かる。

「では、その強さを生かせる私がゲットしても?」

 その言葉が、皮切りだった。

 俺が答える間もなくカイリューは神速でゴウカザルに近付き、何もさせないまま首を掴んで地面に叩きつけた。

「……え?」

 ゴウカザルは暴れるが、完全に封じたまま今度はトレーナーの方を睨み付けた。今まで見せた事の無い、明確な怒りの表情。

「嘘、だろ」

 起こっている事を信じられない、トレーナーの声が虚しく響く。

 首を絞めつけられ続けたゴウカザルは気絶し、カイリューはそのゴウカザルをそのまま片手でトレーナーへと投げ渡した。

 このカイリューの強さはそこ辺りのポケモンとは段違いな事を、もう俺もウインディも知っていた。

 仕事でドラゴンタイプのポケモンを間近に見る事が最近あったのだが、ボーマンダもガブリアスも、サザンドラもヌメルゴンも、そして同じカイリューでさえ、このカイリュー程の生命力を感じなかったのだ。

 その時は俺もウインディも、あんな生命力の塊の沢山と付き合わなきゃいけないのかと思っていたのが、酷く拍子抜けした。

 そして今、怒っているカイリューから感じ取れるその生命力は、いつもよりも一段と強くなっている。

 俺は、言った。

「俺自身も良く分かっていないんですけど、カイリューも何の理由も無く俺の傍に居る訳じゃないんですわ。

 それでも無理矢理捕まえようとするならば本当に、死を覚悟して挑んだ方が良いと思いますよ」

 脅しでも何でもない。

 俺もウインディも、なって欲しくないと思いながらもこうなる事は予想出来ていた。

 俺の隣に来たウインディも大して驚いていない。それどころか、ウインディはトレーナーと倒れているゴウカザルを露骨に憐れんでいた。

「くそっ」

 プライドのせいなのか、それとも俺の言葉を単なる脅しと受け取ったのか、それでもトレーナーは脇に付けたボールに手を伸ばした。

 ただ、ボールに手が届く前にカイリューはそのトレーナーの頭を掴み、目に指を突きつけた。

「ひ」

 ゴウカザルは気を失ったまま動かない。

 トレーナーはそれでもボールに手を伸ばした。

「流石に、殺すなよ」

 俺はそう言った。カイリューは小さく頷いて、出て来たポケモンの一匹を殴り飛ばした。

 

 六匹全て、何も出来ない内にカイリューによって叩きのめされた。氷タイプのユキノオーでさえ、尻尾の一撃で吹っ飛んで動かなくなった。

 トレーナーは、正に目の前が真っ暗と言ったように茫然としていた。漏らしてもいた。

 カイリューは白い息を吐いて、座り込んだ。

 …………。

「入ろうか」

 玄関の鍵を開け、少しだけ血の付いたでかい手を取って俺はカイリューを引っ張った。

 カイリューが驚くように俺を見た。これだけ暴れたのに、それでも良いの? と言ったように。

「…………お前が子供を喪った事、俺は知ってる」

 カイリューは驚いた。俺は、ばらしても良い気がした。ばらしても大丈夫な気がした。ばらした方が良いと思った。

「リュウラセンの塔の最上階に、亡骸を埋めたんだろ?」

 ウインディが器用に扉を開けて先に入り、次に俺が入り、カイリューが潜って扉を閉める。鍵も閉めた。

「まあ、良いよ。気が済むまでここに居ても」

 カイリューがここに居る限り、俺も妻を呼び戻して子を為すなんて出来ないだろうし、同じくウインディの番を見つけて子供を育てるなんて事も出来ないだろう。

 でも、それでも良かった。ただここに居させるだけで、こいつの途轍もなく重い枷を軽くする事が出来るならば、それでも良い気がした。

 そして、カイリューに抱き締められた。

 ああ、こりゃきついわ。カイリューにとっちゃ軽く抱きしめているつもりなんだろうけど、俺の体がちょっと悲鳴を上げた。




元4話も10000文字あったので二つか、切る場所次第では三つに分けます。

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