ルーキー日間 20位
短編日間 6位(5話目になるので消える)
になりました。ありがとうございます。
嵐の中、ひっそりと湖の奥底で子供を抱えている。
外の嵐の強さに怯えている子供の頭をゆっくりと撫でて、上を見た。まだまだ、嵐は収まりそうに無い。
こんな時期に一体どうしてこんな強い嵐が来たのか不思議に思いながらも、ただただ過ぎ去るのを待った。
そんな時、ぴりぴりと体に刺さる若干の痛みを感じた。
電撃……。誰だ、こんな奥底まで届くような強力な電撃を飛ばしてくる奴は。
子供にも少し影響が出ていた。上に居たバスラオが数匹気絶して浮き上がって行く。
また、電撃が来た。さっきより強い。
この強さだと、水面近くに居るバスラオは全て死んだだろう。
子供の顔が苦痛に歪んでいた。水中から出てその元凶を倒すか、それとも過ぎ去るのを待つか迷った。
でも、抱え込めば子供までに電撃は伝わらないかな。
苛立ちを抑えながら、子供を自分の体で抱え込んだ。電撃はもう何度か来た。
痺れるが、流石に子供にまでは大して伝わっていないようだった。
ほっとしながら、電撃が来なくなったら叩きのめしてやると決めた。
しかし、それだけでは終わらなかった。
上を見上げると、今度は渦が出来始めていた。……何が居るんだ?
渦は広く、深くなっていく。巻き込まれた、既に動かないバスラオが宙へと飛んで行くのが見える。
その先にぼんやりと姿が見えた。宙に浮いている二体、その内一体が強い電撃を渦の底へと飛ばしてきた。
渦の底から自分までの距離が狭まっていた。子供を抱え込んでも、痛みでがくがくと震えた。自分にとっても無視出来る痛みではない程に。
出なくてはいけない。子供が殺される前に。
子供を抱え込んだまま体をうねらせて、一気に水上へと飛んだ。
強い電撃が来て、子供に直撃しないように背中で受け止める。
子供がびくびくと震える。堪えてくれ、後少しだけ。
水上に出た。嵐と呼ぶには異常な程の暴風と雷がこの地を包んでいた。
そして、目の前に居たのは二体の、今まで見た事の無いポケモンだった。それぞれが下半身が雲に包まれている、姿形が似通っているポケモン。
片方は電撃を、もう片方は暴風を纏っていた。二体とも、にやにやと自分の方を見ていた。
逃げよう。二体も同時に、子供を守りながらこんな嵐を起こせる力を持ったポケモンと戦うなんて、不利に決まっていた。
雷を司っている方が、自分に手を向けて来た。バヂッバヂヂッ、その手に電撃が集中していく。
風を司っている方も、自分に手を向けて来る。ゴオオオッ、その手に暴風が纏われていく。
神速で逃げた。直感的に、危険過ぎるものが迫っていると分かった。塔の中に逃げ込もう。
背中に雷を受けて、一瞬怯んだ。塔まで後少し、逃げ切れ。
けれども中へ入りきる前に暴風が体を襲い、塔の壁に叩きつけられた。
子供は……大丈夫。離していない。けれども、距離は詰められてしまった。
戦わなければいけないのか? 守りながらこの強力な二体を倒さなければいけないのか?
何度も子供を電撃から庇い、更に壁に叩きつけられた背中は強く痛んでいた。
子供もぐったりとしている。体力はもう無い。
また二体から手が向けられる。果てしない暴力が自分と子供に向けられる。これ以上は、駄目だ。
咄嗟に口を開いた。破壊光線、雷を司っている方を遠くに吹き飛ばした。
すると、もう一体の表情が変化した。
悪戯しているだけなのにこんな事までするか、と言ったようなとても吐き気のする、怒りの顔だった。
向けられていた手が今度はぐ、と握られた。抱えている子供が暴れ出した。自分の腕の中でのたうち回る。
何、を。
体は破壊光線の反動で思うように動かなかった。
やめてくれ! 自分になら何でもして良いから、だから、子供だけには!
背中を向けようとも、子供は痛みで暴れ続けた。何かしらの念動に属する技を使っていた。
直接叩きのめさなければこの攻撃が止む事は無い。
動くようになった体で、距離を一気に詰めて尻尾の一撃を見舞う。けれど、当たらなかった。直線的過ぎた。
振り向いた時、怒りの顔は嗤いになっていた。自分に、子供に向けて握られていた手が、より一層強く握られた。
その瞬間、子供がぷつりと力を失った。動かない。
え、あ。嘘、だ。
*****
冬がやっと過ぎようとしていた。
マフラーを付けていると、流石に暑いと感じる時が増えてきていた。カイリューもウインディに抱き付く事は少なくなり始めていた。
ウインディを連れながら仕事で外を歩いていると街頭のテレビが目に入る。
緊急らしきニュースを伝えていた。
いきなり嵐が発生して、気象予測が全く頼りにならないような軌道を描きながら様々な場所を移動しているらしい。
「ポケモンの仕業か?」
ウインディに聞くと、そうだろうと言うように頷いた。
「こっちまで来なきゃいいけどな……」
カナワタウンやセッカシティがもう被害を被っているとの情報を聞きながら、俺はそこを後にした。
カイリューの事が気になったが、まあ、大丈夫だろう。
嵐だろうとあいつから空を奪う事は出来ないだろうし。
帰路の電車から降りてスマホを確認すると、電話が来ていたのに気付いた。
……妻からだ。
一体、何故。
メールも来ていた。題名は、至急、連絡を。本文は無し。
「……」
何だと言うんだ。
電話を掛けてみる。すぐに出た。
「今どこに居る?」
暫く振りに話す最初の言葉がそれかよ、と思いながらも俺はその切迫した声に真面目に答えた。
「家から最寄りの駅の中だけど」
「出来るだけ頑丈な……近くにビジネスホテルあったでしょ、トレーナー用の。そこに入って。嵐がそっちに近付いて来てる。去るまで出ないで」
「……何でそんなに焦ってるんだ?」
薄々勘付きながらも、質問した。
「カイリューの夢を分析して見たわ。
トルネロスとボルトロス。そいつらにカイリューの子供のミニリュウが殺されてた」
「トルネロスとボルトロス? どんな姿だ?」
「殺された事も分かってたのに、伝説のポケモンや嵐に原因があるかもしれないって分かってたのに、そこまでは調べてなかったの? 下半身が雲に包まれてる、姿形がそっくりな二体よ」
俺の夢に限らずカイリューの夢までムシャーナを通してやっぱり見ていたのか、と思いながら答えた。
「調べようと調べなかろうと、もう変わらない気がしてな」
ウインディも、勿論ココドラも、伝説のポケモンには到底及ばない。それにカイリューが復讐を考えていたとしたならば、俺に止める術も無い。ココドラとウインディで不意を突けば出来るかもしれないが、する気も余り無いというのが本音だ。
「ああ、そう……」
少しだけ間を開けてから、また堰を切ったように話し始めた。
歩きながら俺はそれに耳を傾ける。
「それで、今回の嵐もそいつらが関わってる。ニュースでやってた。
そして最新のニュースではソウリュウシティを通過したらしいんだけど、ジムリーダーのカイリューだけが半殺しにされたわ」
……。
「既に通った場所でもリュウラセンの塔は半壊して、湖の水が巻き上げられて酷い事になっているみたいだし、カイリューに似た容姿のポケモンやドラゴンタイプのポケモンも酷く痛めつけられてる。
貴方の所に住んでるカイリューが、子供を殺された後何をしたのかまでは夢の中からは分からなかった。
けれど、これだけは確かよ。
トルネロスとボルトロスは、そのカイリューを探してる」
それから先は耳に入らなかった。
地平線の先からは、雷を纏って輝く黒い嵐が異常な速さで近付いて来ていた。
そして俺の目の前、駅の出入り口にカイリューが居た。設置されているテレビをその真前で見ていた。
耳から降ろしたスマホからは未だ振動が伝わって来ている。
電話を切った。電源も切った。妻は、別居しても俺の事を大切に思ってくれている。ただ、俺自身が危険に陥ろうとも、曲げてはいけない事だってあるのだ。
じっと動かずにテレビを見ているカイリューだが、警察が近くに来ていた。
捕獲する準備も出来ているのだろうか。俺はそれより先にカイリューへと近付いた。
テレビでは、嵐の情報を流していた。それは明らかにこの街に近付いていた。
「……復讐するのか?」
カイリューは俺の姿を見止めたものの、何も反応を示さなかった。
……いつか見たドラマで、復讐を遂げようとする人に対して探偵役だかの主人公が、復讐する事を子供が望んでいるか? とか言って説得するシーンを見る事がある。
ただ、そんなものをカイリューに言ったって無駄だろう。それに実際、そんな事があろうともそんなセリフで復讐が止まる事もあるだろうか? 無いと思う。
結局の所、復讐とは自分がやりたいからやるものだ。特に自分の最愛がもう、この世に居ない場合。
そして復讐を遂げた所で何も得られない事を、カイリューは分かっている気がした。
カイリューが後ろを、嵐の方を振り向いた。嵐は瞬く間に近付いて来ていた。まだ遠いが、その激しさはこの距離からでも恐怖を抱く程だった。
ふわり、とカイリューは飛び上がる。その顔からは何も読み取る事は出来なかった。表面に出せるような強さではない、それを遥かに超えた感情を抱いている、そんな気もした。
嵐の方へ飛んで行くのを見ていると、警察が近寄って来た。
「放し飼いは困りますよ」
「捕まえてないんですよ。あいつは……俺の家のただの居候です」
唖然とされた。
「では」
ウインディをボールから出した。出した瞬間から嫌そうな顔をされる。
長い付き合いだ。俺がこれから言う事も分かってるんだろう。
「カイリューを追ってくれ」
分かったよ、と渋々と言ったようにウインディは俺を乗せて走り出した。
可愛げが無かろうと俺の頼みには従ってくれる、良い奴だ。
そして、見届けなくてはいけないと俺は強く思っていた。自分でもそう思う理由は良く分からない。
単に強者同士の戦いを見たいから? それが無いとは言えなかった。
子を喪ったポケモンが復讐の末にどんな道を辿るのか知りたいから? 強い理由では無い気がした。
単なる居候とは言え、ここまで深く関わってしまったカイリューを放っておく事は出来なかった? 強い理由かもしれないが、だったら何故俺はウインディを鍛えたりしなかったのだろう。トルネロスとボルトロスにまで辿り着かなかったのだろう。
似た者同士だったように思えたから? 結局の所、それが一番強い理由かもしれない。
町の郊外に出る頃には、ウインディの駆ける速さ以上に速く飛ぶカイリューの姿はほぼ点になっていた。
それにウインディも少しだけ速度が落ちていた。嵐に恐怖を抱いていた。
「巻き込まれない位の位置で良い」
俺だけでももっと近くに行こう。
似た者同士に思えていたとしても、どうしてそこまでしたいと思っているのか。
カイリューに俺は傾倒しているのだとは分かっていても、何故まではやはり、はっきりとは分からなかった。
やはりそれも、カイリューは強いから、という単純な理由かもしれない。
畑が過ぎて行き、整備も行き届かなくなっていった道をウインディは走って行く。良く見る野生ポケモン達は嵐に怯えているのか姿を全く見せなくなっていた。
雲の中から雷の光が見えた。感じる風が強くなって行く。雨が降り始めた。
ウインディが躊躇い始めた。カイリューは先にある小山の上で止まっていた。カイリューとの距離も狭まりつつあった。
「……これ以上は行きたくないか?」
ウインディは肯定するかのように止まった。
俺としてはもう少しだけ行って欲しい所だったが。
俺はウインディから降りた。
「逃げても良いぞ。俺は歩いて帰るから」
そう言うと、仕方なくと言ったように付いて来た。
唐突に雷が落ち、それはカイリューに直撃した。息が詰まるが、カイリューは怯んだ様子も無い。そして敵を見つけたようで神速で遥か上空、雷雲の中へと突っ込んでいった。
雷が一層激しく鳴る。時には躱し、時には身に受けて、カイリューはすぐに見えなくなった。
雲の中で戦っているのがはっきりと分かる。爆発するかのような音と共に雲から雷が幾多に漏れていく。カイリューの攻撃か、破壊光線の光が雲を突き抜けて遠くまで何度も飛んで行く。
雲の中、それは嵐を司るトルネロスとボルトロスと言うポケモン達の最も得意なフィールドだろう。なのに、カイリューはそれでも勝算があると思って突っ込んだのか。
しかも相手は伝説だ。それを踏まえてもあると思っているのか?
カイリューはポケモンの中でも賢い方だ。勝算があると思っていないとそうしないだろうけれど、怒りや恨みといったものが思考を惑わさせている可能性も俺には否定出来なかった。
雷が一層激しく響き、雷雲の中から何かが落ちて来る。
……カイリューだ。その遥か高くから段々と姿が見える高度にまで、びくとも動かないまま落ちて行く。黒ずんだ体からは煙すらも上がっていた。
「……おい」
殺される、と思った。茫然としていると雲の中からその二体が出て来た。
猛スピードでカイリューに迫って行く。二体がそれぞれカイリューへと手を向けた。
あのカイリューがこのままやられるのか? 加えて二体は傷を負っているようには全く見えない。
信じられない、とも思った。それ程にまであの二体は強かったのか。いや、だったらどうしてカイリューは? 我を失って無謀に走っただけなのか? それも信じられない。
その二体の手から、溜めを入れた雷と竜巻が同時に飛んだ。しかしその瞬間、カイリューは身を弾き飛ばすかのように身を翻して飛んだ。両方の攻撃を寸前で躱した。ひたすらにカイリューへと突っ込んでいた二匹はそれに対応出来ない。カイリューは雷を放った方の首を掴んだ。
そしてその顔面に、ゼロ距離で破壊光線を放った。
がくり、とそのポケモンが力を失った。一撃で、ポケモンバトルで言う戦闘不能になっていた。
けれども、これは人が指示する明確なルールのあるポケモンバトルではなかった。
風を司っている方、多分トルネロスと言う方が怒ってカイリューに攻撃を仕掛けた。それをカイリューは戦闘不能にした雷を司っている、多分ボルトロスと言う方を盾にして防ぎ、更にそのボルトロスの顔面を殴りつけた。ボルトロスは体を震わせただけで、もう動かなくなっていた。
カイリューは叫んでいた。
しかしそれは少なくとも、雄叫びと言うような猛々しいものではなかった。俺に背中を向けていてその表情は分からなかったが、今、カイリューは涙さえをも流しているように思えた。
トルネロスが、続けてカイリューに何か別の攻撃を仕掛けた。
見えない攻撃のようで、カイリューがもがくように苦しみ始める。多分、エスパータイプの技だろう。
しかし、苦しみながらもカイリューはトルネロスへと近付いていった。トルネロスは一定の距離を保ちながら、その技を仕掛け続ける。
ただ、カイリューはその攻撃を受け続けながらも神速で一気に距離を詰めた。
微塵も動かなくなったボルトロスを握ったままにぐるりと体を回転させ、尻尾の一撃を見舞う。トルネロスはそれを下へと避けた。その直後に放たれた破壊光線も、ギリギリで避けた。
反動でカイリューの動きが鈍る。すかさずと言ったように、トルネロスがまたその不可視の技を仕掛けた。
ただ、トルネロスはカイリューの真下に居た。
反動、攻撃で動けなくなったカイリューがトルネロスへと落ちて行く。
トルネロスが慌ててそれを避けた。その隙をカイリューは見逃さなかった。反動の時間が終わり、そして仕掛けられていた攻撃もその隙に弱ったのか、カイリューの体が驚く程スムーズに、しなやかに動いた。
全身の回転の力の全てが乗った、強烈な尻尾の一撃が今度こそトルネロスに当たる。
その瞬間、深い角度の"く"の字に折れ曲がったトルネロスは、それ以上何も出来ずに地面へと墜落して行った。
「……行こう」
ウインディに言った。
けれどウインディには乗らずにただ、一緒に歩いた。
ココドラを連れて来ていなくて良かったと思った。これから起きる事は、子供には絶対に見せない方が良いものだ。
嵐は、まるで幻だったかのように今はもう霧散していた。雨も止み、雷の音は一つたりとも聞こえなくなっていた。夕日さえも見えていた。
次で最終話です。
6/5 7時からちょっとずらして投稿予定。