ARMORED CORE -Resume “N”- 作:アカ狐
むかしむかし
にんげんたちは、じぶんたちのくにや
じぶんたちのすんでいるほしそのものを
めちゃくちゃにしてしまうほどの、
せんそうをしていました
それはそれはひどいもので
じぶんたちのすんでいた
ぜんぶのばしょが
みわたすかぎりの
ひのうみになって
すめなくなってしまうほどでした
あるとき
ひとがたくさんしんでしまうこと
たたかうことにみんなはつかれてしまい
あらそうことをやめて
こんどはちからをあわせて
じめんにとてもふかくて
おおきなあなをほり
そのあなのなかで
なかよくくらすことにしました
そうして、なんじゅうねんもたったあるとき
またせんそうがおこってしまいました
たたかうばしょが
じめんのうえからしたになっただけで
ひとびとのこころは
かわってはいませんでした
そんなことがずっとつづいたあるひ
みんなはあなのなかから
でなければいけなくなりました
あなのなかのせかいをかんりしていた
きかいがこわれてしまったのです
そうしてにんげんたちは
きれいになったあなのそとのせかいで
こんどこそあらそうことなく
くらすことをきめました
そうしていつまでも
みんながなかよく
みんなのしあわせを
いちばんにかんがえて
あたらしいせかいをつくっていきました
めでたしめでたし
-----
究極の強化人間。ヒトの超越、背徳の技術。
それを実現するために、我々の“機関”はあらゆるものを犠牲にしてきた。
男、女、子供、老人、必要なら腹の中の胎児や脳死状態の病人でさえ。
私もまた、医者というだけでそんな奴等に手を貸してしまった人でなしの一人だ。
病気や体の弱い子供を、少しでも不自由なく過ごせる体にできるのならばと、そんな考えを抱いたことがそもそもの間違いだったのかもしれない。
「被検体C-21、高負荷試験レベル3にて心肺停止。死亡しました。」
「また失敗か…」
「やはり子供の強化体ではアレの機体負荷には耐えられませんか。」
…
また一人、無駄死にさせた。
モニターの向こう側で白目を向き力なく四肢を投げ出した子供の姿を見て、白衣を着た男達がぶつぶつと呟いている。
彼らのなかではこれは無駄死にではなく進歩という。
人の体を捨てて、なぜヒトを超えられると考えているのか。
この研究のその先にはなにがあるのか、私には分からない。
此処に勤めてもう5年経つが、未だに彼らの死ぬ姿を私は直視できない。
「ガーネット先生。」
彼らの内の一人が声をかけた。私は彼らの目を見た。
全員、目が腐ってる。その目で私に問いかける。
「君の意見を聞きたい。」
「………やはり子供を使うのは無理があるでしょう。強化人間手術を施した子供が生きていた上、レベル3の機体負荷実験まで耐えたのはほぼ奇跡と言ってもいい」
「そんな意見は求めてはいない。我々が求めているのは奇跡ではない、超越だ。」
うんざりするほど聞かされた決まり文句。
こいつらの目に映っているのは崇高な理念でも、ヒトの超越という理想でもない。
あるのは己の地位と権益だけ。
「……以後改めます、ではこれで」
私はそう言ってさっさとその場を後にした。
-----
この研究機関はどうやら複数の企業による巨額の投資で成り立っているらしく、
予算が潤沢にあるのか設備だけは最新鋭の物が揃えられている。
私はここで、生身の人間の身体の大部分を機械化する手術の執刀医をしている。
そんな私の仕事の一つが、
「せんせーっ!」
扉を開けるなり突然抱きつかれ、足を止める。
私は頭をぐりぐりと擦り付けるその子の頭を撫でた。
「おいおい…まだリハビリ中なんだからあんまり走り回るな。転んで怪我するぞ?」
「えへへ、でもせんせーのおかげで、ぼく立って歩けるようになったよ!ありがとうせんせー!」
術後の経過観察の為に、手術を受けた子供たちの容態を見て回ることだ。
ここにいる子供たちはみな、命の綱渡りを知らず知らずにさせられてきた子供たちばかりだ。
今話している子は、生まれつき足が弱かった子だ。
この子は歩くことが出来ない子であったが、脊髄の光ファイバー化と人工筋肉への交換で自由に走れる体を獲得することができた。
その隣では人工臓器を移植したおかげで、衰弱していた体が驚異的な速さで健康状態に回復した男の子が私に笑いかけている。
「……良かった。でも、まだ外はダメだぞ?先生が良いって言うまでの辛抱だから」
「えー?」
「今度、先生が公園に連れてってあげるから。それまでな?」
「ほんと!?やくそくだよ??」
「うん、やくそく。」
彼にそう伝えると彼は嬉しそうに自分のベッドに飛び乗って腰を下ろした。
私は部屋の一番奥のベッドで、座ったまま窓の外をジッと見つめる女の子の傍へ歩み寄った。
その子の名前を私は知らない。
記録上でも「UH-1」という識別番号でしか登録がなされていないのだ。
また彼女には記憶が無いらしく、言葉もあまり話さない。
その為彼女の警戒心を解くことを優先して、まだ手術は行っていない。
彼女の隣に腰掛け、今日も声をかけてみる。
「具合はどう?」
「…」
「今日は天気がいいね。」
「…」
私の言葉に少女は何も答えない。ただ外を眺めているばかりだ。
「…また来るね」
私が立ち上がったその時だった。
「私の隣のベッドの子、何処へ行ったの?」
「!!」
私は心臓が止まりそうになった。
彼女の隣のベッドに居た子供は、ついさっき実験の最中に命を落とした “あの子供” だったのだ。
それどころじゃない。それ以前の実験の数々で、この病室にいる子供たち以外は、もう皆この世から居なくなってしまった。
「…ほかの病院でリハビリすることになったんだ……。急だったから、皆とお別れもさせられなくって、ごめんね。」
私は嘘をついた。
死んだなんて、口が裂けても言えるはずがない。
そのまま足早に部屋を出た。
扉を閉めるときも彼女は私を見ようともせず、窓の外を見ていた。
その背中はまるで、私に「うそつき」と言っているように感じた。
-----
次の日、私はその少女「UH-1」に強化人間手術を施した。
他の子達とは違う、また別のアプローチでの実験だ。
動物並の五感を人間に与えるという、人の肉体のことを何とも思っていないも同然の人体実験。
そして、それを実現するだけの腕と技術を、私は持っていた。
天才的な医師としての才能を持っている自分が、このときばかりはとても憎くてたまらなかった。
手術から一週間後、
少女の体から包帯が外れ、人間の体にはとても似つかわしくない、狐の耳と尻尾が備わった姿になった。
「……しばらくは慣れないかもしれないが、それまでの辛抱だ。」
私は少女に慰めとも言い切れない言葉をかける。
少女は手鏡をまじまじと見つめては、自分の頭の上についた耳を触っている。
そうして私の目を見て問いかける。
「先生、私のこと…どう思う?」
「…可愛いと思ってるよ。」
私は少女の頭をポンポンと撫でる。
少女はこそばゆそうな顔をしていたが、嬉しそうに尻尾は揺れていた。
それから数日後、会議室に研究の主要な人間達が集められ、そこに参加した私は研究所長の言葉に絶句した。
「今月末までに結果を出さなければ出資を削減するとの申し出がきた。早急に結果を出さなければならない。よって来週頭の実験は被検体全員レベル5で行う。これは決定事項だ。」
「ま、待ってください!!」
私は思わず立ち上がって声を張り上げた。
「手術を施した被検体の中にはまだ術後の容態が不安定な者もいます!今だって身体が馴染まないでストレスになっている子だっているんです!もっと段階的に実験をしなければいたずらに人を死なせるだけです!」
「だからなんだというのだね?」
「…は?」
所長が私の言葉を遮った。
意味が分からずに言葉を失ってしまう。
「ガーネット先生、今所長が仰ったことが理解できんのかな?出資が絶たれれば我々は用済みです。ならば結果を出して出資を続けてもらうことが賢明でしょう。」
「ですが、まだ実験でレベル4に到達した被検体も居ない現状でこれは…」
「ガーネット先生、いっそ被検体の強化手術を人工臓器に切り替えるところまで一気にやってしまわれては?その方が恐らく早いでしょう?」
「それとも、死んでも誰も悲しまないモルモットに情が湧いたのですかな??」
研究者たちの嘲笑が会議室に響く。
私は何も言い返せず、歯噛みするほかなかった。
怖かったからじゃない。
コイツらには、何を言っても無駄だと思ったからだ。
こんな奴ら、怖くもなんともない…怖いわけが……
—--
「皆、今日は先生この部屋で寝たらダメかな?」
「先生?どうしたの急に?」
「ううん、大したことじゃないんだ。実はちょっと怖い夢を見ちゃって。」
「え!?先生怖いのー?」
「私にだって怖いものはあるよ。だからお願い。」
「もーしょーがないなあ!」
「ねえ先生、寝るなら私のベッドに来て!」
「えー僕のベッドに来てよ!」
「あははは、皆優しいね。ありがとうね…。」
「…先生?泣いてるの?」
「あ!怖い夢のこと思い出したんでしょ!」
「…うん、ちょっとだけね!」
「先生には僕がついてるから大丈夫だよ!」
「ありがとうみんな…ホントにありがとう。」
-----
そして、私の懸念は現実となった。最も最悪な形で。
「いやああああああああああああ!!!痛い!痛いいいいいいい!!」
「せんせぇ!だずげでええ!!センゼェッ…!」
「こわいよぉ!!やだぁ!!やだああぁあああぁゴボッ…!!」
「C‐16、高機動試験レベル5で心臓、呼吸、脳機能停止!!」
「B-2、横G試験レベル5で内臓破裂、脳機能停止!」
「D-8、高負荷試験レベル5で血圧異常!脳神経断裂…心肺、停止しました。」
「…あれだけの強化手術をしておきながら、耐えられないとは…実験体ももう少し質の高いものを選ばなくてはいけないようですな。ガーネット先生」
私が強化手術をしてきた子供たちが、全員見るも無残な姿で死んでいった。
皆口々に、苦しみの中で私のことを叫んでいた。
彼らは太陽の下で、外で遊ぶという夢を果たすことなく命を散らせていった。
ただ少し体が弱かっただけで、あんな奴らのくだらない理想の為に。
「外の、空気を…、吸ってきます…。」
私は意識が遠のきそうになりながらも、その場を後にする。
そして、ふらつく足取りで廊下を歩いて、歩いて…。
無意識にあの子たちの病室に辿り着いてしまった。
誰も居ないベッドだけの部屋。
「先生!」
「ッ!」
呼ばれた気がして辺りを見回すが、誰も居ない。
無邪気に私を呼ぶ子供の姿も、もうない。
悔しさなんて感じる資格は無いはずなのに、やるせなさでその場に崩れ落ちる。
流す資格は無いのに、涙があふれて止まらない。
「…せんせ……?」
「っ!」
心臓が止まるような感覚。
見るとそこには、UH‐1がいた。
「あっ…!」
私は思わず声を上げたが何とか押し殺し、彼女を抱きかかえて部屋を飛び出し自分にあてがわれた診療室に入って鍵をかけた。
「はぁ、はぁ…か、勝手に部屋を出るなって言ったろ…?」
「ご、ごめんなさい…」
「誰にも見られてない…?」
UH-1は小さくうなずく
「なら、良かった。」
私は奴らの目を欺いてこの子だけはここで面倒を見ることにしていたのだ。
嘘の死亡診断書まで書いて、この子の存在だけを隠し通した。
本当は皆そうしたかったが…この子一人がやっとだった自分を心底呪ってしまう。
…。
他の子たちが皆死んでいった以上、この子だけでも私が助けなければならない。
私はこの施設からの脱出を決めた。
ーーーーーー
脱出と言っても、私自身ここの施設で基本的に生活をしてきた人間で、
ずっと籠もりきりの様な生活をしていたので、外へ通じる道も思い出せなくなっていた。
思い出そうものなら、死んでいった人たちの姿ばかりが浮かんで、精神的に参ってしまう。
ずっと思い出さないようにしていたものまで、思い出してしまうのだ。
「なんとかしなきゃ……」
私は部屋に置いてあった端末から自分の今までの執刀記録や、ここに来てから参加してきた会議の議事録や、人体実験のデータを自分が持っている範囲ではあるが、その全てを傭兵組織に依頼文と共に送信した。
匿名の依頼で、この施設を破壊するようにと。
かなり法外な金額を吹っ掛けたから、金目当ての傭兵なら食いつくはずだ。
そう思っていた矢先
契約完了のメールが届いた。
早ければ早いほど良いと依頼文に載せておいた甲斐があった。
すぐに出撃してくれるようだった。
賭けになるが、やるしかない。
上手くいくかはわからないが、きっとうまくいく。
自分にそう言い聞かせながら、机の引き出しに入れたままだった拳銃を取り出す。
使いたくはないが、持っていて損はない。
それを懐に隠し、UH-1の手を握る。
彼女を安心させる為というより、私が安心したかった。
「せんせ…?どこいくの?」
「ここから、君だけでも逃がす。安全な場所に。」
私は少女にそう言って自分の部屋のドアを開けた。
服にしがみつくUH-1を抱き寄せながら壁伝いに歩く。
誰も歩いていない廊下が、とてつもなく怖い。
監視カメラの死角を出来る限り歩く。
この子の存在がみつからないように。
十字路を出たところで巡回の警備員の後姿を見て慌てて身を隠す。
人影を見ただけで脈が早くなって汗が吹き出る。
こんなことをして見つかればどうなるかわからない。
恐らく私は死ぬかもしれない。
でも……
「!」
彼女が不安そうに私を見つめている。
…私は安心させたくて頭を撫でた。
私は銃を抜いて、非常口の表示を頼りに歩き始めた。
いつも歩いている廊下が長く感じる。
この子だけは絶対に逃がす。一歩歩くごとにそう何度も胸に刻み込んだ。
「おや?ガーネット先生?」
その決意と私の心臓とを凍てつく鉄槌が叩き潰すような感覚に、一瞬めまいがした。
振り向くと、この研究所の所長が立っていた。
その後ろには警備兵が二人、マシンガンを構えている。
「いけませんなあ。貴重な実験体を連れて何処へ行かれるおつもりかな??」
「……」
私にしがみつく彼女の背中をしっかりと抱き寄せる。
「……まさか情が湧いたのですか?いままで何人も殺してきたというのに?」
「ッ!!」
怒りに身を任せ、反射的に二発撃ってしまった。しかし、一発は所長の真横をかすめ、警備兵の頭に当たり、もう一発は天井に当たった。
すぐさまもう一人がマシンガンの引き金を引き、私はこの子を抱きしめ、背中に何発も銃弾を浴びた。
「ぐぁ…!ああぁああ!!」
すぐに振り返り、応戦し、警備兵の肩に当たって、怯んだ隙になんとか立ち上がって、彼女を抱いたままどうにか非常口に向かう。
「やめろ!撃つな!実験体に傷がつく!!」
~~~~~
「ハァ……、ハァ…」
痛みと出血で意識が朦朧とする中、泣きじゃくるUH-1を抱きかかえ、非常用エレベーターのボタンを押す。
しかし扉が開く前に、私はその場にへたり込んでしまった。
痛い。体が重い。
UH-1が私の顔を覗き込む。夕焼けの様なオレンジ色の瞳からは涙が溢れている。
「先生…?」
「私は…大丈夫だ…ゆうひ…おまえだけでも…」
「…え?」
「お前は、ユウヒだ。お前の名前は……ユウヒだ…エレベーターに乗って、お前だけでも逃げろ……」
私は声を絞り出してユウヒにそう伝える。
エレベーターを降りた先で捕まるかもしれない。
無事に脱出できたとしても、助かる保証はない。
だが、私とここで二人で死ぬよりは、彼女だけでも逃げて生き延びる可能性に、私は賭けた。
「先生!だめだよ...! 早くいかないと…!」
「ゆうひ…わた、しは…」
「いたぞ!こっちだ!!」
「いいか!実験体には傷をつけるな!」
遠くから声が聞こえる。
嫌、私の意識が遠のいているだけで、本当はもうすぐそこなのだろう…。
私はまるで石のように重たく感じる銃をぼやける視界で、こちらに向かって走ってくる人影に向けて引き金を引く。
が、それよりも早く銃撃を喰らい、私の意識はそこで途切れた。
~~~~~
「せん…せ……」
「目標、沈黙。」
「実験体を確保しろ。」
「死体は?」
「処分しろ。用済みだ」
「腕はよかったんだけどなあ…結構美人なのに」
「バカなことしたもんだ。」
「あ……あ……」
「抵抗する様子はない。が、麻酔銃を使え。確実な安心が欲しい」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
—--
次の瞬間、少女の目の前にいた警備兵二人の頭が千切り飛ばされ、あるはずのものを失った首からは真っ赤な血が噴き出した。
10歳の少女の目は真っ赤に染まり、その手は先ほどの二人を死体に変えた痕跡がべっとりとついている。
そのすぐ後ろに立っていた数人の警備兵達は目の前で起こった異常事態への認識が遅れ、それは彼女が彼らを最初の二人と同じ死体に変えるのに十分な時間を与えてしまった。
その赤く染まった眼と縦長の瞳孔は目についたもの全てを一瞬で抹殺し、自らの手を、足を、服を、肌を、血に染め上げて、周囲に死を振りまいていく。
施設内はたちまちパニックとなった。
「実弾の発射を許可する!実験体を停止させろ!」
「緊急停止コードは使えないのか!?」
「やってるがまだアイツは動いて施設の人間を殺しまくってんだぞ!!」
「ガーネットめ!!くそ!!」
兵士たちが銃を手に怪物と化した少女に向けて銃を撃つが、弾丸が見えているのか一発たりとも当たる様子が無い。
それはもはや、怪物のそれと何ら変わりはなかった。
「まずは避難が優先だ!シェルターに近づけるな!!」
その声を聞き、避難しようとする人間達の姿が怪物の視界に入った。
それを見た怪物は眼前に立ちふさがり、銃を向けてくる兵士達の首を切り飛ばし、体をへし折り、
一人の頭を掴み壁に擦り付け頭を半分ほど削り飛ばして、ついに閉まろうとしていた避難用シェルターに手がかかる。
強引にこじ開け、侵入し、避難した研究員たちの悲鳴が響く中、扉が閉まった。
‐‐‐‐‐
シェルターという密室。
中で震えていた白衣の人間達はその全員が血の海に沈みピクリとも動かない。
たった一人を除いて。
「…」
「ひっ!?」
怪物の瞳は最後の一人となった男を見た。
部屋の隅に追い込まれ、小さくなって震えている。
ゆっくりと近づき、怯え切った男の顔を見つめる。
怪物はこの男の顔に覚えがあった。
さっき自分を捕まえようとしていた人だ。
この人のせいで自分を守ってくれたあの人は死んでしまった。
この人が良く分からないことをずっと言っていたから。
「センセエ…カエシテ……」
「く、来るなバケモノ!!」
男の言葉に怪物は問答無用で顎を鷲掴みにし、持ち上げる。
男は怪物の腕を掴むが、信じられない力で引き剥がすことが出来ない。
「ぐぐぅーー!!?ぐぅー?!うーー!!」
男は口をふさがれて声にならない叫びを上げる。
怪物は頭を掴んだままの腕を振り被り思い切り男を壁に叩きつけた。
頭蓋骨を砕かれた男の頭を、そのまま壁に押し付けたまま勢いよく引きずり地面に叩きつける。
「センセエ…センセエ......!アアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
‐‐‐‐‐
「第2避難シェルターに実験体が侵入!」
「救助は無理だ!出てきたところを撃て!」
扉の前に増援の兵士たちが集結する。
数分後に扉を強引にこじ開け、全身を真っ赤に染めた怪物は血の川と共に兵士達の前に姿を見せた。
「撃て!撃て!」
全員が引き金を引き、一斉射撃をするものの怪物は弾丸を交わし、目の前の兵士を一瞬で血祭りに上げた。
更に響く足音のする方向に怪物は赤い目を向けた。
「目標、未だ沈黙せず!」
「早く撃ち殺せ!!」
施設内の人間たちの悲鳴と警報が止まぬ中、兵士達は未だに殺戮の限りを尽くす少女を殺そうと銃を向け発砲しようとした次の瞬間、
彼らの立っていた廊下が吹き飛んだ。
突如として崩壊した壁から外気が光と共に勢いよく差し込む。
少女の頭に生えた耳はその轟音に反応し、赤い眼を外界に向けると、
視線の先には白い装甲の二足歩行兵器 “ アーマードコア ” が立っていた。
「こちらは、ブラック・フェザー所属、ランク8、ローレライだ。貴様達は三企業の強制捜査対象となった。この場で “処理” されたくなければ、大人しく投降しろ。」
機体から発せられる警告。
少女は眼前の巨人を眺めていたが、ハッとするとすぐにその場を離れた。
兵士たちは少女を追うわけもなく、武器を捨て投降を始めた。
~~~~~
「………せ……」
閉じた瞼の向こう側で私を呼ぶ声が聞こえる…。
「………せん…、……し……して…!」
全身が激しく痛む。
瞼が重い。
どうにかして目を開ける。
………?
ユウヒ……?
……
~~~~~
「お願いします……この人を助けて………。」
「いや、彼女はもうだめだ。出血がひどい。」
「嫌……、お願いします…お願いします………。」
「………お前、この施設の実験体だな?」
「…え?」
「……なら、この施設はまだ調べる必要がありそうだな。」
~~~~~
“ 次のニュースです。生活困窮者や、難病の子供たちへの支援と保護を名目に、施設内に軟禁し、非人道的な人体実験を行っていた疑いで、三企業共同総合医療センター『パラディソ』に強制捜査が入りました。
施設には武装した警備員が複数人いたことから、企業はACを投入し、鎮圧に当たったことで、現場周辺は一時騒然となりました。
施設内からは人体実験を行ったと思われる記録などが大量に押収され、現在詳細を調査中とのことです。
この件に関して、出資元であるミラージュ、クレスト、キサラギの三社はいずれも責任問題を明らかにすることで一致し、事件の全容の究明を急ぐ方針です。
また施設内の監視カメラには実験を受けたとされる人が職員を襲う映像が記録されており…… ”
~~~~~
「ぅ……?」
瞼からでも分かる光の強さに思わず目を開ける。
視界がぼやけてなにがなんだか分からない。
しかし、心電図モニターの音と、呼吸器の音でここが病院だということだけは分かった。
メガネを手探りで探そうとするが、手が届く範囲にはない。
どうも点滴も打たれているらしく、腕を伸ばした際、針が引っ張られた。痛いぞ。
それに体中に包帯を巻かれているらしく、それに気が付いてからどうも落ち着かない。
戸が開く音が聞こえた。
妙に聞こえやすいな。こんなに耳が良かっただろうか?
「あ、大丈夫ですか?」
「え?はい……」
「意識はハッキリしていますか?」
「はい…メガネが無いから…あまり見えないですけど…」
「自分が誰だか、わかりますか?名前は?」
「ルビィ…ルビィ・ガーネット」
「年齢は?」
「22」
「…大丈夫そうですね。今先生をお呼びしますから」
「あ、すみません」
看護師であろう人から簡単に問答をされたと思ったら、すぐ行こうとしたので呼び止める
「はい?」
「メガネはありませんか?」
~~~~~
私が目覚めてから分かったこと。
ここは傭兵斡旋組織ブラック・フェザーの附属病院だということ。
私はあの施設から瀕死の状態で連れ出されたということ。
意識を失ったあの日から2週間が経過しているということ。
ユウヒのことや、誰が助けてくれたということは、聞かなかった。
聞く勇気がなかった。というよりは、自分にはそんな心配をする資格なんかないと思ったからだ。
あの場で死んでも、それでも良かった。
あの子たちが受けた苦痛に比べれば、私が受けた銃弾なんて、砂粒も同然だ。
何より一番驚いたのが、私の行った強化人間手術によって私自身の体が助かったということだ。
事実私の頭には、獣の耳が生えていて、おそらく臀部には尻尾も生えている。
まだ実際にこの目で見てはいないが。
「それで具合はどうだ?ガーネット先生」
そして、今その話をブラック・フェザーに所属するレイヴンから聞いたところだ。
早乙女…という名前らしい。名前からしてキサラギ領出身の人間だろうな。
「あぁ…、その…私が助かった理由だけを考えてた……。」
「貴女を助けた理由は、助けてほしいと言われたからだ。」
「え…?」
私は耳を疑った。
助けてほしいと言った人がいただって??
多くの人間に強化人間の手術を施した。
その多くは手術中に命を落とし、強化に成功した人間もその殆どがその後に行われた高負荷実験で死んでいったというのに。
私がそんなことをしたばっかりに死んでいった人達が大勢いるのに、
こんな私ですら助けてほしいと思う人間がいるのか?
「君のことを助けてくれと、言ってくれた子が居たんだ。君のいた施設の、実験体の生き残りの子供がな。」
そう言って早乙女は私に一つのプレートを見せた。
そのプレートには、“ UH-1 ”と書かれていた。
~~~~~
思った以上に体の回復が早く、あれからたった数日で包帯が取れた。
これも強化人間手術の賜物、というやつなのだろうか。
天才と持て囃された私の医師としての腕で生まれた忌々しい産物によって命を救われるなんて、とんだ皮肉だな。
宛もなく病院をフラフラとしていると、目の前に一人の女の子が見えた。
小さな体に生えた大きな耳と尻尾。
見間違えるはずもない。
「ユウ、ヒ…?」
私の言葉が届いたのか、彼女の耳がピンと跳ねた。
振り返り、私と目が合う。
いつか見た夕焼け空の様な、オレンジ色の瞳。
私を見るなりかけてきて、抱きつく。
その力強さに押され、私は二、三歩後ずさった。
「お、おい…」
私は彼女の肩を抱くと、震えていることに気がついた。
泣いていたのだ。
私の為に涙を流してくれる子が、生きていてくれたことが嬉しくて、
私とユウヒは二人で泣いた。
「感動の再会、だな。」
「先生!」
後ろからの声にユウヒが反応する。
見ると早乙女がそこにいた。
ユウヒは彼女を先生と呼んだが、どういうことだろうか??
「ガーネット先生、実は貴方に依頼されて受けた任務の報酬をまだ受け取っていないんだ。それに貴方がたは事件の重要参考人な上に身元上かなり危険な立場にある。」
早乙女の言葉に私はゾクリとした。
私が吹っ掛けた法外な報酬。それはあの忌々しい研究の全てを公にする為の餌だった。
しかし、こうして依頼を受けたレイヴンが目の前に居る以上、払う義務が生じるのは必然だ。
早乙女は続ける。
「55万cだったかな?それでいてこの病院での治療費と入院費なんかも二人分合わせると結構な額でな…?」
「それは…」
「私が払います!!何年かかっても絶対に払います!」
私より先に声を上げたのはユウヒだった。
しがみつく手に力を入れて、その眼を早乙女に向ける。
早乙女は最後まで話を聞けと制して続ける。
「そこでだ。ブラック・フェザーでレイヴンとして生きるという選択肢がある。受けてみるか?」
「レイヴン?」
レイヴン、ブラック・フェザーに所属する傭兵の総称だ。、
「君たちの身元の保護と生活する場所の確保の為だ。」
「……や、やります!」
ユウヒは少し考えたが、はっきりとそう言った。
私はユウヒに思い直すように何度も言ったが、ユウヒの意思は固かった。
そんな彼女の姿勢に、私の想いも固まった。
「なら、二人でなろう。レイヴンに。私もその試験を受ける!」
「…上出来だ。一年間私が君達を鍛え上げてやる。」
私の言葉に早乙女はそう言った。
そして一年後…
「レイヴンを目指す者に対し、我々は唯一の試験を行わせてもらう。与えられた機体で戦闘を行い、生き残る事。その瞬間から君はレイヴンとなる。このチャンスに二度目はない!必ず成功させることだ! 」
「これに生き残れば…ユウヒ、出来るな?」
「…うん!」
「よし!行くぞ!!」
“システム キドウ”