――それまでまるでそこにはなにもないかのように凪いでいた海は、しかし気がつけば嵐の真っ只中へと変貌していた。
荒れ狂う風と、雷。アタシの身体を這うそれは、しかしアタシを傷つけるには至らない。そもそもラーシラウスの攻撃に呼応して起こっている現象なのだから、威力もたいしたものではないのだ。
乱発される超火力の熱線。
大罪龍のなかで最大の威力を持つそれは、放たれると、途端に収縮し一点を駆け抜ける。正直なところ、速さはそこまでではなく、これ一本なら回避は容易だ。
ラーシラウスは巨体故に小回りが効かず、口から放たれる熱線としては、正直なところ威力以外は大したものではない。逆に言えば、威力は折り紙付き、一撃でもかすめれば、今のアタシだって持たない。だがそもそも、顔の横に回ってしまえば当たることすらない。
初撃すら普通に回避してしまえたから、これ自体は問題ではないのだ。
ただ、同時に身体中から、おそらくそれと同じ威力であろう雷撃がほとばしり初めた。うねり、襲いかかるそれは凄まじい勢いで、威力を確かめるためにぶつけた通常攻撃の余波――今のアタシは、かつて星衣物と一体化していたときのように、技を使っていない鉤爪にも、遠距離攻撃を付与できるようになっていた――が跡形もなくかき消えた。
これはまずいと、距離をとりながらも雷撃を躱しているのが現状だ。
しかし、この間のアレでもわかっていたけれど、ラーシラウスは本当にちぐはぐな存在だ。人が戦うには、その巨体と熱線の威力故に脅威というほかないが、大罪龍同士では、あの程度の火力だと平均的な大罪龍は歯牙にも掛けないだろう。
他にも対人間の群体に有効な即死技を持っているが、こちらも大罪龍には通用しない。
とことん、人を殲滅することに特化した大罪龍。弱者に対してのマウントだけは得意なのだろう。昔はその中にアタシもいたんだろうな、と思うと嫉妬と憐憫が同時に襲ってくる。
いけないいけない、あまり調子にノリすぎてはだめなのだ。力を手に入れたアタシの明確な欠点。自分の強さを正確に認識し、常に冷静に立ち回らなくては。
百夜師匠から教えられた戦闘の極意、試させてもらうわよ!
――致死、とは言わずとも当たれば敗北が見える雷撃をかいくぐりながら、何とかこちらに顔を向けようと追いすがるラーシラウスをやり過ごす。
憤怒状態のラーシラウスの攻撃スピードは凄まじい。雷撃も、光の速さで迫ってくる、というと言い過ぎかもしれないけれど、強化されていないアタシの視界では、まったくもって追いきれないスピードだ。傲慢龍の移動技とどっちが早い?
……移動しかできないぶん、流石にあちらのほうが早いだろうか。
正直同時に比較できないからわからないが、そんな感じだ。
それを、アタシは最小限の動きで避けていく。移動技のない、スペックだけでの移動を強いられるアタシに、これは結構きつい。だが、回避できない程ではない。
――この戦闘スピードについて来れるのは、間違いなくスクエアを起動したあいつだけだ。
そんな戦闘の中で、アタシは早速新しく手に入れた力を開放する。
「“
両の手のひらに浮かび上がった赤色の鉤爪、それはアタシの身体を覆い尽くす程に大きく、さらにはそれだけでは終わらない。
アタシがその鉤爪を振るうと、そこから無数の斬撃が飛び出し、敵を襲うのだ。これが一度発動すればしばらく続く。つまり、これまでの遠距離攻撃技とは違い、これは遠距離攻撃を行う鉤爪を装備する技だ。
――とはいえ、今は、雷撃にただの斬撃はかき消されてしまうのだが、
「――ふんっ!」
迫ってきた雷撃に鉤爪を振るう。普通に拳を振るっただけだと、一方的にダメージを受けてしまうが、これなら対抗することができる。雷撃を振り払って、私は更にかける。
鉤爪の効果は、まだ続いている。だったら――
「“
両腕を拡げ、鉤爪をかざす。そこから無数の弾丸が、炎をまとって矢継ぎ早に叩き込まれる。その炎は嵐の中にあっても煌々と輝き、雷撃に突き刺さってはその進路を曲げる。
――対遠距離に強く、そして何より範囲が凄まじい。ポイントはこれは鉤爪を装備していなくても使用できるが、その時は手のひらに、広範囲に広がる弾幕が集束して威力が上がる。
使い分けができるのだ。
そうして、雷撃に道を明けて突っ込んでみるが――
「……ダメか!」
――近づけない。熱線を放っても、あまりにも密度の高い雷撃に弾き返されてしまうだろう。せっかく威力も上がっているというのに、使ってしまうのはもったいない。
もったいないというか、アタシはもったいぶりたいのだ。なんたって切り札だから。
「っていうか、雷撃エッグい!」
アタシはそう言いながら、かかとを振り上げて、
「でも、残念ながら対応策は在るのよ! “
そういって、振り下ろした足から、猛烈な爆炎が出現して、雷撃からアタシを守った。効果としては、敵の攻撃を防ぐ壁である。
元になった踏みつけのアレは、アタシが飛べないのもあって、若干使いづらさがあったけれど、今は飛べるし、何よりこの炎は間隔を開けて出現させることができるので、みんなを守ることにも使える。
だいぶ便利になった、と我ながら思う。
――エクスタシアの能力をアタシの中に落とし込む上で、アタシが本来使用していた技とのすり合わせを行った。そうして、生まれたのがこれらの技だ。
どれも遠距離に強く、遠距離で強く、近接もそこそここなせる。
これまでのアタシの役割を伸ばしつつ、対遠距離攻撃という新しい役割も備わった、アタシの強化形態だ。
「――ふふ、ありがとねエクスタシア……アンタと一緒に戦えて、アタシ嬉しいわ」
自分の胸に手を当てて、笑みを浮かべながら、アタシは一旦距離を取る。ここまでやって解ったが、ゴリ押しでは勝てない。
そして、距離をとると、今度は逆にまずくなる。
“嫉妬龍あああああああああああああああああああああああああああああ!!”
――転移。一瞬、憤怒龍の身体が光に包まれたかと思うと、こちらに顔を向けた状態で出現する。怒っているというのに、器用なやつだ。
というか、怒っている方が通常より器用だった。
「うっさい!」
叫びながら、放たれる熱線を回避して、奴の身体に接近する。そうしながら、とにかく観察だ。こいつの雷撃は、こいつの身体から放たれる防衛本能のハズ。
つまり、どこかにそれを放つ器官があるのだ。たしか、通常の状態でもそういう戦闘をすることになっている――はずだ。
「つってもねぇ……この光じゃ、あっても近づけるかどうか……って」
憤怒龍の上を取る。
そこで見た。やつの背中にある体毛……? のようなものの一部が、凄まじく逆だって塔のようになっている。ああうん、アレだ。
――破壊すれば迎撃が厳しくなるだろう、だったら一発目は不意を打ったほうがいい。とすれば――
「ここは、これね。喰らいなさい――!」
アタシは口を叫ぶように明けて、
「“
直後、アタシの口に赤色の輪が広がって、それが急速に拡大し、一度に三つの光が、うねるように広がって、直後、その輪を覆うように、一筋の光が、塔に突き刺さる。
――広がった三つの光は、周囲を旋回して、アタシを狙う雷撃からアタシを守る。
発射までに、しばらくの時間を有する代わりに、その威力は見ればすぐにわかるほどだった。
塔が一撃で破壊されている。跡形もなく吹き飛んで、再生できるかもわからない。
“あ、があああああああああああああああああ!!”
「よし、んじゃこれ全部ふっとばしますか」
――憤怒龍の反応を見て判断、正解だったようだ。さて、それじゃあ……あそこに見える塔、全部ふっとばしていきますか。
◆
“何故だああああああ!!”
「何故……って、どれに対して言ってんのよ、こいつ……!」
雷撃をかいくぐり、薙ぎ払い、防ぎ、反らして先に進む。なかなかの弾幕だが、奴の言葉を咀嚼することができる程度には余裕があった。
“あああああああああああああ! 敗因ああああああ! 傲慢龍ううううううううう! ああああああああああああああああああああああ!!!”
「って、アタシ入ってないじゃない! こいつ、完全に冷静じゃなくなってるわね……」
いいながら踏みつけで塔をぺしゃんこにして、アタシは更に加速する。塔は雷撃の発射地点だと思うのだが、破壊すれば破壊するほど雷撃の威力が増している。
これ、本当に大丈夫なんでしょうね!?
まぁ、もう止められないけど!
「にしても、なんで腰巾着でキレるのか……ってことよね、そんなこと言われても、アタシそもそもアンタのこと、何も知らないんだけど」
――正直なところ、ラーシラウスとはまともに会話したことがない。だってでかくて目立つし、人間に敵対的な大罪龍には近づきたくない。
だってあいつら、人間のこと見下してるし、同じ感覚でアタシのことも見下すんだもの、妬ましい!
じゃない、とにかくアタシはラーシラウスのことを一つとして理解していないのだ。
グラトニコスのような因縁もなく、おそらくアタシにとって一番遠い大罪龍がこいつ、ラーシラウスである。だとしたら、何を答えればいいというのだ?
「せいっと」
また一つ、塔を壊して、見ればおそらく残りはあと数本といったところ。雷撃は勢いを増しているが、これならなんとでもなるだろう。
「ともかく、怒りを覚えてるのはあいつとプライドレムなのよね。アイツラみたいな存在に嫉妬してたってこと?」
“そんな醜いことおおおおおおあああああああああ!!”
「今アタシを醜いって言ったか!? ああ!?」
――即座に熱線を展開し、沸騰したまま激情に任せてぶっ放す、が、もちろん雷撃によって減衰させられ、大したダメージにもならなかった。
さらには隙を晒したもんだから……ああもう! アタシのバカ!
「――いや、これがあいつの言う憤怒ってやつね。売り言葉に、買い言葉。でも、それにしたって、
確かにアタシもカチンと来たけど、すぐに冷静になった。
――怒りって、そうそう長続きはしないものよね。というか、こいつの継続する怒りっていうのも、なんというかこう、一瞬で吹き上がるものじゃなくない?
話に聞いていると、ラーシラウスの怒りっていうのは、こう、器の中に少しずつ怒りが溜まっていて、最終的にそれが溢れ出した結果、発生するもののはずで、腰巾着の一言でそこまで点火することは、正直不思議といえば不思議なのだ。
では、つまるところなんだ?
――一つ、思いついた。
「……ねえアンタ」
そういいながらも戦局は動いている。
すでにアタシの眼の前には、最後の塔が迫っていた。アタシは鉤爪を構えながら――ぽつり、とつぶやく。
「
ただ、そう告げて、塔をへし折って、直後。
雷撃は収まった。まだ青白い光は奴の身体を覆っているが、とにかくチャンスだ。即座に鉤爪を叩き込むと、確かな感触。攻撃が通っている!
よし! と喜んだのもつかの間、ラーシラウスの周囲に光の刃が展開され、振り回され始める。
慌てて飛び退きながら弾幕を展開すると、しかしこちらは手応えなし。遠距離攻撃無効ってこと!? ふざけんな! いやでも、今度は飛び込めないことはない。ってことは、この刃を切り抜けつつ、一気に叩き込めってことか!
……とは言えその前に、試すべきことは全部ためす、アタシは大きく息を吸って。
「“
熱線を放とうとして、
奴の身体が動く? ありえない。いや、ありえない、ではない。ありえているのだ。ということはつまり――アタシは、慌てて熱線の発動をキャンセル。
“――儂を、
――直後、こちらに顔を向けていた憤怒龍の熱線を、アタシはすれすれで回避するのだった。