――プライドレムの戦いに、配下など必要なのだろうか。
ふと、疑問に思うことが在る。あいつは傲慢であれば誰にも負けない。常に己が最強だと思い続ければ、奴は世界を敵に回しても勝利できるのだ。
流石にお父様と四天は無理らしいけど。
しかし、だというのにプライドレムは配下を作った。自分が屈服させられないグリードリヒ以外の人類と敵対する大罪龍をボコボコにして、屈服させて。
中にはそこに情欲が入り混じっている変態もいたけれど、ラーシラウスはそうではない。
ようするにプライドレムが自分から配下に収めなければ、ラーシラウスは単独で人類と敵対していただろう。だからこの場合、ラーシラウスに言った必要ない、とは。
プライドレムにとってラーシラウスは必要ない、という意味ではなく、
だって、ラーシラウスは本人の性格はともかく、その能力は人類と敵対するという観点だけで見れば、間違いなく最強なんだもの。
多数で挑むと、怒りを抱いた時点で概念崩壊し、だからといって少数で挑もうにも、あの巨体に有効打を与えるのは至難の業。加えて少数だろうと、怒りイコール即死は変わらない。
普通にやっていれば、あいつより人類を殲滅するのに向いている大罪龍はいない。だとしたらプライドレムは、こう考えたんじゃないだろうか。
そして、だとすればグラトニコスが配下に加わるのも同じ理由に思える。なんたってあの増殖は何かと便利極まりない能力だから。
グリードリヒが配下に加わらないのは、そういった便利な能力がないから……? 単純に屈服できないからではなく。
ううん、それもなんだか違う気がする。
とはいえ、なんとなく腑に落ちた。少なくともグラトニコスとラーシラウスは、プライドレムにとって必要な存在だったんだ。
だとしたら、腰巾着の意味も、変わってくる。ラーシラウス自身が言っていた。
そう、つまり。
プライドレムはラーシラウスを必要だと思っていて、ラーシラウスはそれが誇りだったんだ。
多分、ラーシラウスに自覚はないけれど。でも、そりゃそうよね、なんてったって、あのプライドレムが他人を褒めるとは思えないし。
認めるって直接口にしたのも、あいつだけのはずなんだから。
……ああでも? そういえばアタシ――プライドレムからグリードリヒへの評価って、聞いたことなかったな。
◆
先程とは打って変わって、私とラーシラウスは海上を凄まじい速度で移動しながら戦闘していた。それまでになかったことだけど、ラーシラウスはそれはもう俊敏に動き回り、なんとか熱線の範囲内にアタシを収めようとしてくる。というか、熱線を乱射してくる。
まずい、とは思うけれど、今の所回避はできていた。攻撃は――そこまであたっていないけれど。まぁ、一進一退だ、ジリ貧とも言う。
急激に減速して相手の移動の背後に回ったり、一気に視界から消えるように下降上昇を繰り返したりして、何度か攻撃を叩き込んでいるものの、効いている気配がない。
いや、手応えはあるのだが、そもそもここまで塔を破壊する以外のダメ―ジは与えていないから、底が見えていないのだ。
とはいえ、相手に攻撃が通らないのはあの青白い光の効果。多分このまま攻撃を加えてもいいと思うけれど――少しばかり、あいつの話を思い出す。
たしか、ラーシラウスは倒すのに
で、その上で推測として、憤怒した場合でも、倒すのにギミックの解除が必要になるのではないか、と言っていた。
そういうふうにお父様が設計している可能性が高い、とも。
でもって実際、あの塔を破壊するとラーシラウスは苦しみ、全部破壊すると、攻撃の方法を変えた。これはギミックの解除が進んだ、ということなのだとおもう。
こういう時、あいつの知識はとても役に立つのだけど、今回ばかりは無理な話だろう。あいつだって戦った時の情報がない憤怒状態のラーシラウス。知識ではどうしようもないのだが。
で、とりあえずこういう時は、目立つ場所を攻撃すればいいんだったか……と、飛び回ってみるものの、わからない!
ないじゃない! 目立つ場所! もうちょっとこう、さっきの塔みたいなやつが在ると思ったのに、どういうことよ!
“――嫉妬龍うううううあああああああああああああああああ!!”
「って、やばっ!」
目の前にラーシラウスの顔。発射態勢は整っており――私は勢いよくラーシラウスの頭を蹴って上に飛び上がる。あ、……ぶない!
“ぐ、おおお!”
「……あ?」
――感触が違った。というか、反応でもわかる。思ったよりも効いている。……もしかして、弱点は顔か!?
いやでも、あまり近寄りたくない。生理的にとかそういう問題でなく、単純に危険なので。
とはいえ解ってしまえは話は早い、警戒を強めつつ――
「――“
両腕に鉤爪を生み出し、飛び出す!
再び目の前に迫ったラーシラウスの顔に、一発! そのまま即座に離脱!
“ぬああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!”
まずい、ちょっと間に合わないかも!
「ったあああ!」
腕をがむしゃらに振って、風を生み出しつつ離脱。それもラーシラウスの顔に直撃、ラーシラウスは苦しそうに呻く。
その後も、何度もヒヤヒヤしつつ、攻撃を叩き込んでいく。
“なぜだ! なぜだなぜだなぜだあああああああああ!!”
――先程から、というか、この戦闘中。ラーシラウスはひたすら叫んでいた。意味のわからない言葉の羅列もあったが、こうしてなんとなく意味を読み取れる言葉もあった。
“なぜ儂を置いていったああああああああああああああ!!”
――こいつは、はっきり言ってプライドレムの敗北の大きな原因だ。いや、一番大きいのは、怒ったこいつを鎮めずに放置して、敗因との対決を望んだプライドレム自身なのだけど。
でも、こいつが激怒していなければ、そもそも戦いの舞台にアタシたちは立てなかったわけで。
「ま、敵としてアンタには感謝してるわよ! アンタの手落ちのおかげで、アタシたちは勝てたんだから!」
“あああああああああああああああそうだあああああああああああああああ! 儂の! 儂が! 儂はあああああああ!!!”
「うっさい!」
女々しい巨体に、一発を叩き込んで黙らせつつ、叫ぶ。
「でもね、アンタ解ってんの!? そもそもアンタに今更人類を襲う理由があるの!? わざわざ四天の甘言に乗って遺跡を破壊する意味はないでしょう!」
――根本的な話。
こいつは四天に乗せられて遺跡を破壊したといった。しかし、それは本来するべきではない行為だ。結果として強化されたアタシに、こうして倒されようとしている。
だったら、どうして喧嘩を売った? 思慮が足りなかったから?
とすると、
「つまりアンタは、
ケリを叩き込む。
――ラーシラウスは呻くだけだった。
「じゃあそういうことでしょ、アンタはアタシに勝つつもりなんだ。何故? それが役目だから? ――人類を殲滅したとして、死んだあいつらに認めてもらえるとでも?」
もう一発、
更に一発。
――アタシがケリを、鉤爪を叩き込むペースが、だんだん早くなってくる。
「ここにいるのはアンタだけよ。アンタ以外に味方はいない、アンタは一人で戦うしかない。だとしたら、アンタの狙いは? 願いは? 戦ってでも勝ち取りたいものは?」
“う、あああ――”
「――――もう、一つしか残ってないでしょうがぁ!」
――そうして、一気に叩き込んだ両腕の鉤爪。その時確かに、ピキリ、となにかが砕ける音がした。見れば、ラーシラウスの身体の青白い光に、ヒビが入っている。
……後少し!
“わからん、わからん……わからん!”
熱線を、ラーシラウスが放つ、もちろん狙いもなにもないそれが当たるはずはないけれど、しかし、まだ威力は一切衰えていない。
空へ向けて放たれたそれは、雲をうがって、澄み渡るような青空をアタシたちの上に作り出す。
「じゃあ、冥土の土産よ。アンタも、死ぬんならそれくらいは餞にして許されるでしょう」
“ぐ、ううう……ッ”
「アンタが最後にしたかったこと、それは――」
“あああああああ、嫌だああああああああああああああ! 死にたくない!!
言葉を遮って、ラーシラウスがかき消えた。
「……なっ!」
――雷に変化しての転移。まだ怒りが収まっていないあいつなら、こちらを狙える状態で転移してくる!
消失は一瞬だ。しかし、その一瞬故に、どこから攻撃が飛んでくるか解らず、そしてそれを推測する時間もない。
だからアタシは、その一瞬で判断した。
「そう、負けたくない」
――だから、アタシは踏み込んで。
「
“ぐ、あ――な、ぜ――――”
「いやだって、アンタがそんな臆病なら、そもそも
――青白い光が、完全に剥がれ落ち、ラーシラウスから怒りの意思が消えていく。プライドレム、これをやろうと思えば出来ただろうに、やらなかったんだな。
それは、きっと――
「だからね、ラーシラウス。プライドレムだって、アンタのその性格にはとことん呆れ返ってるだろうけれど、でも、これだけは確かなのよ」
アタシは、熱線をかませる。ラーシラウス本来の迎撃機能が働いて、雷撃だの何だのが飛んでくるが、そんなものがアタシの用意した三枚刃に通るわけがない。
さぁ、これで終いよ。
「――その憤怒は、あんただけのモンなのよ」
“あ、ああ――”
アンタも大罪龍なのよ。どれだけアンタがダメだろうと、プライドレムはそこだけは認めていたのよ。でなければ、
だから、それがアンタにとっても誇りだったなら、無意識にでも、そう感じていたのなら。
「――最後まであらがってみなさい!
アタシは、本当に珍しく、大罪龍を、大罪としての名を呼んで。
“あ、ああああ――嫉妬龍うううううううううううううううう!”
――直後、激情のまま着火して、即座にチャージを完了させようとする憤怒龍へ向けて、
「――そのうえで、
準備を終えた熱線を、叩き込んだ――!
◆
「――本当なら、アンタはアンタだけでも人類を殲滅できるのよ」
――消えゆくラーシラウスに、アタシはつぶやく。
「でも、プライドレムはそれをさせなかった。させたくなかった。だってアンタに先を越されたら悔しいもの。だから配下に加えた。アンタを死蔵したのよ、あいつは」
“それ、は――”
「だから、プライドレムが負けたのはアンタのせいだけど」
アタシは一つため息をついて、
「
――そう、告げた。
“は、はは――そうか、そうかぁ……そうかあ”
それに、憤怒龍は大きな息を吐いた。長い長い、何かの大きな肩の荷をおろした後のような、そんなため息だった。
しばらくそれは続いて、アタシはぽつりと問いかける。
「……で、結論は?」
“ふん。儂は――臆病で、思慮が浅く、そして短気だ”
苛立たしげにしながらも、ラーシラウスは口を開く。
“だが、儂は憤怒龍だ。憤怒に至るほどの怒りというのは、溜めなければ、それは開放されん。この性分も、怒りを貯めるために無意識に自分で作り上げたものなのだろう”
そう考えれば――
“――傲慢龍は、儂に怒り方を教えたのだ。あいつは儂にとっては、もはや目の上のたんこぶ以外のなにものでもなかったが、
「……つまり、一人じゃそれは無理だったと?」
“お前は儂を買いかぶりすぎだ。
――結果として、それが憤怒龍と傲慢龍の敗北を招いたとして、
「
憤怒龍は、他者を見下しくすぶる性質故に、怒りというものを心の底に溜め込めて。
――故に引かれたトリガーを、傲慢龍は愚かだと切り捨て、憤怒龍と決別したが。
そもそも、
どれだけ間違った行動をとっても、
“なぁ、だから嫉妬龍、覚えておけ。――
「ふぅん?」
それはアタシもよく解っている。
――必要だとしたら、それはアタシではなく……
「でもまぁ、ありがたく受け取っておくわ。じゃあね、ラーシラウス」
アタシは、そうして背を向けて、
「罪まみれの、恥知らず。――けれども決して、間違いなき憤怒の龍」
“さらばだ、罪を抱え、それを力に変えた嫉妬の龍”
それを最後に、憤怒龍は消失した。