「――四天っていうのは、ぽっと出なんですよ」
「……君は何を言ってるんだ?」
「なのなの」
――そこは暴食龍の星衣物が眠る遺跡の入り口、これからそこにアタックをかけようという直前で、僕らは夜営をしていた。そんな悠長でいいのか、と思うかもしれないが、現在のフィーの居場所は、暴食龍戦で使った相手の居場所を追跡するレーダーによって把握しているため問題ない。
それによれば、フィーは未だに憤怒龍を探して海上を飛び回っているようだ。
とはいえ、そろそろ探せる場所もなくなってきた。臆病な憤怒龍が動き回るとも思えないので、そろそろ見つかることだろう。
といったところで、僕らは今、自分たちがこれから激突することとなる敵――四天についての話をしていた。おおよその概要は話してあるのだが、おさらいなども兼ねて。
「四天が本来の歴史に登場するのは、最後の決戦。つまりこの世界の僕が活動する時期だけです」
「ええと、だからこれまで戦ってきた大罪龍という因縁のある敵に比べて、因縁が薄い?」
そういうことだとうなずく。
マーキナーの存在は、これまで散々話に出てきたし、ゲームでも相当色濃くそれを感じることができる。しかしその配下として、手足として動く四天という存在は、語られこそすれ、掘り下げはほとんどされていないのだ。
「逆にマーキナーは、登場するのは本当に最後の最後、決戦だけであるにもかかわらず、すでにもうその存在を僕たちは嫌というほど把握しています」
「リリスたちもそんな感じなのー」
「そうだね。マーキナーに関しての知識って、具体的に何がある?」
僕が問いかけると、リリスは少し考えて、
「悪いやつなの!」
「流石にそれは雑すぎる!」
そう言ってリリスの頭にデコピンを入れる。あうー、と鳴き声を上げながら、彼女はそのまま地面に倒れ込み、ゴロゴロと転がった。
なんなんだろう。
「この世界を作った神。盤上の主にして、自分を駒として盤の上にあげようとする無粋な輩。他者の不幸を好み、陥れることを是とし、それでいて自身は人間との対等な決戦を望む二律背反な存在」
「有する能力は、可能性の操作。無数にある選択肢のなかから、一つの可能性を確定させる能力。これにより、
――他にも、他者への介入。衣物の創造。これらもマーキナーの能力の一つだ。
「これらは、サンドボックスと呼ばれる能力です。マーキナーの、衣物としての権能――とも言えます」
「それは本来の歴史でも、マーキナーと出会う前からこの世界の君は知っていたのかい?」
「はい。マーキナーには、事前情報としてこれだけの情報が開示されていたんです。マーキナーの性格も、マーキナーのあり方も、すでに語られたことでした」
――対して四天はそうではない。
四天について、解っていること。
「――この世界には、天使という概念はありますが、悪魔という概念はありません」
「悪魔ー? なんかわるそーなことばだから、大罪龍みたいなものなの?」
「そう、天使の対になるのは大罪龍。僕らの世界では、悪魔というのは天使の対になる言葉なんだよ」
そう言われて、師匠がむむむ? と首をかしげる。いまいちピンとこない様子だ。まぁ、無理もないことだけれども。
「ちょっとまってくれよ、天使というのは神の使い、神の四本の手足を指す言葉だろう? 伝承の中に見られる、数少ない四天の残滓、それが天使という概念のはずだ」
「ええ、この世界ではそうですが、僕たちの世界では、天使とは神の使いであると同時に秩序の守り手です。そしてそれを脅かす存在として、混沌を司る悪魔が存在しているわけです」
――この世界における秩序と混沌は、言ってしまえば神のマッチポンプだ。人々は長い歴史の中でそれを自覚のあるなしに関わらず感じ取り、信仰に反映させてきた。
故にここに神と天使はいても、悪魔はいない。
そして天使とは、僕らの世界のような種族的な意味をもたない。あくまで四天という4つの御使いだけを指す言葉であった。
「でもって、四天について知れていることは、
――故に、この世界にとって信仰とは、神と大罪龍にだけ向けられるものだった。四天というのは、言ってしまえばマイナーな神話の一節に過ぎず、人々にはあまりにも知られていない。
だからこそ、僕はそいつらをぽっと出と表するわけだ。
「んー、とにかく君が言いたいことは解った。その四天っていうのは、神マーキナーや、大罪龍の連中と比べると人類に対して因縁が薄いってことだな?」
「いきなり横からあらわれてフテーやつなの」
リリスがのそのそと起き上がりながら言った。まぁ、不遜な言葉だがその通り。
「師匠やリリスは、傲慢龍を指して天使のようだ、と表現することがあるのは、知っている?」
「しらないのー」
「まぁ、言わんとしていることはわからんでもないが……聞いたことがないな」
――当然といえば当然だろう。傲慢龍の姿は、天使の如き六枚羽。そういった一節が歴史に現れるのは、傲慢龍が討伐されてからだ。
要するに、傲慢龍が歴史の一ページへと成り果ててからのことである。
だから――
「――知ってる。剣とローブの概念使い……その、初代が広めた」
ぴょん、と百夜がリリスの頭の上に現れる。彼女は数百年を生きた歴史の生き字引。当然ながら、その表現に関しても知っていた。
「僕をカウントすると、彼は二代目ですけどね」
――ようするに、傲慢龍をそう評したのは、初代ドメインの主人公だ。彼は英雄の特権として、歴史に自身が降した相手を、褒め称える形で残した。
まぁ、それは今はあまり関係ないけれど。
「大事なのは、傲慢龍が――大罪龍の頂点が、
「ん、んんんーなのん!? ピコッと来たのん! 四天は傲慢龍のお母さんなの!」
どちらかというと姉の方が近いかも知れない。いや、四天に性別はないのだが。ともかく、四天と傲慢龍は似ている、というのがどういうことか、理由は簡単だ。
「――傲慢龍は四天を元にデザインされたのか」
「…………まぁ、僕の世界では逆なんですけどね」
設定的には――そしてこの世界の歴史としては、傲慢龍とは四天を模倣して作られた存在――言ってしまえば劣化コピーである。
色々と事情があってこの形になったのだが、ともかく四天とは傲慢龍の強さ、カリスマ性を利用して強者としての格付けをしているのだ。
なので、ゲームプレイヤーからの評判が悪い。
だってそれまで最強として君臨していた大罪の頂点を、カマセにして登場したのだから。故に僕らは四天をぽっと出と表現する――という側面は無いとは言えない。
とはいえ、それは意図されたものである。なにせ、傲慢龍をカマセにするような悪役だ。倒すことに何一つ心が傷まない、ある意味で理想的な敵とも言える。
大罪龍の多くが。本人の感情という譲れないものを秘める敵だったのに対し、あくまでマーキナーの端末でしかない四天は、
その代わりに、べらぼうに強い。
「そりゃあ傲慢龍のオリジナルともなれば、強いだろうなぁ」
「うずうず……」
師匠がぼやくようにいう。正直なところ、マーキナーの前座としては、厄介極まりない上に、面白みもなにもない。とはいえ、戦闘狂の百夜は見ての通りうずうずしていたが。
というかうずうずしすぎてリリスの上でバイブレーションしていたが。
「ばばばばばばばば」
「リリスが振動してすごいことになってるから、そろそろやめてあげてね、百夜」
「うずぅ……」
不満そうに視線をこちらに向ける百夜はさておいて、まぁ、面倒ではあるけれども、今から即マーキナー戦が始まったら僕たちは全滅確定なので、戦う必要のある相手だ。
「マーキナーは、現状の僕たちでは勝てません。というか、本来ならばおそらくは勝てません。本来の歴史でマーキナーを倒すために使った手札を、僕たちは持っていませんからね」
「そこは君がうまくやるんだろ。私達はそれに応えるだけさ」
「あはは、がんばります」
――マーキナーを倒すために必要なものは二つ。僕たちの基礎的な強さ。そしてマーキナーのゲームマスターとしての絶対性を崩すための鍵。
前者に関しては、本来の歴史では位階のカンストを突破させることでクリアした。
しかし、この世界ではそうもいかない。そもそも上限を突破させられたとして、その上限に見合った経験値の敵がいないのだ。
そこで、特殊なパワーアップである。フィーが色欲龍たちを取り込んでパワーアップしたような感じで。あれくらいの強さがないと、まともにマーキナーとやりあえないのだ。
「そのための手段に、
「フィーちゃんもいないの。いればなんとかなるなるのん?」
「まぁ、何とかならないこともないでしょうけど――今回は別の手段を使うよ」
強化済みのフィーがいれば、四天に対しての勝ち目も見えるのだけど、残念ながら憤怒龍に逃げられてしまった上に、それを討伐できるのがフィーだけなので、僕らはフィーの手を借りれないこととなる。
まぁ、これに関してはしょうがない。
――もちろん、解決策は考えてある、というのが、今回の話。
というわけで、
「
――僕は、今回の策についての話をする。
そもそも、暴食卵は目覚めた直後の四天も狙ってくる代物だ。ゲームでは傲慢龍を復活させるために、この世界では――別の大罪龍だろうか。
マーキナーの性格上、一度裏切られたら、同じ大罪龍は選ばないはずだ。
……まさか、いや、まさかね。
と、思いつつ僕は続ける。少し前に、師匠と話し合って固めた今後の方針。
「
――その後のことは、一旦考えないこととして。
僕らは暴食卵で、強欲龍グリードリヒと――あのいけ好かない欲望野郎と、また顔を合わせることを決めるのだった。