負けイベントに勝ちたい   作:暁刀魚

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116.強欲を蘇らせたい。

 暴食卵は、僕たちにとっても四天にとっても、非常に重要な意味を持つ星衣物だ。

 この星衣物を利用するのか、破壊するのか、利用するならば戦力の増強に使うのか、相手の妨害に対して使うのか。用途は様々だろうけれども、ゲームにおいて、プレイヤー側はこの星衣物の破壊を目指した。

 

 選択肢としては、怠惰龍の復活という選択肢もあった。ヒロインである百夜にとっては祖父にあたる存在だ。それを蘇らせないのかという選択肢。

 ――とはいえ、それは百夜本人によって一蹴されたが。

 

 理由は単純。怠惰龍はアンサーガあっての怠惰龍、どちらか一体を蘇らせたところで意味はない。色欲龍に対するルクスリアのそれと同じだ。

 

 そのため、暴食卵はプレイヤー側にとっては不要だろうという考えで破壊が決まったのだが、回り回って、それは間違いだった。というか、破壊に失敗したことが、最終的にマーキナーの首をより絞める形になったのだ。

 暴食卵を使い、傲慢龍を蘇らせた結果、その傲慢龍に裏切られ、更にはマーキナー撃破の一翼を担われた。

 

 ――その上で、今回の暴食卵だ。

 

 僕らがここで強欲龍の復活を選ぶのは、それが必要だったからだ。なにせ、僕らがマーキナーを撃破する上で必須とも言えるアイテムを、強欲龍が死んだまま持ち逃げしたのである。

 倒したときに奪えばよかったじゃないか、と思わなくもないが、あの強欲龍が奪うことを許容するはずもなく、そもそもあの時僕らはやつを倒すことで手一杯だったので、どうしようもない話である。

 

 ともかく、その当時はそもそもマーキナーとの対決はそこまで考えていなかったのもあって、僕らは強欲龍からそれを受け取っていない。

 

 他にも強欲龍を選ぶのは、やつを蘇らせれば、奴は四天に興味をいだき、四天を攻撃するだろうという考えあってのことだ。

 これに関しては後述するが、強欲龍とは()()()()()()()()()()()()()()()を至上とする存在である。

 

 というわけで、要するに僕たちの対四天緒戦の戦略は、強欲龍の復活とその利用なのだ。やつと共闘――というと少し違うが、ともかく、奴を四天とぶつけることで、足りない戦力を補うことが、今回の目的なのであった。

 

 

 ◆

 

 

「――ここが、最奥か」

 

「ハイ、暴食卵が眠る遺跡の最深部です。まだ、暴食卵は設置されていませんけれど――」

 

「つかれたのーん」

 

 恐る恐るといった様子で部屋に入る僕たちの横で、リリスがずさーと滑り込むように部屋に入っていった。中は非常に大きな作りとなっており、ここで戦闘ができるようになっている。具体的には傲慢龍の玉座程度の大きさ。

 

「フィーちゃん、後どれくらいかかりそうなのー?」

 

「すごい勢いで動き回ってた彼女の動きが止まった。多分……戦闘中、だと思う」

 

「ってことは、もうすぐ……だなぁ。いよいよ、最後の大罪龍が倒れるのか」

 

 はぁ、と大きく嘆息しながら、師匠が先に進む。

 

「正直、傲慢龍を倒したところで、対大罪龍は終結したようなものに思えてならなくて、全然実感が湧かない」

 

「本来の歴史では、それは長い長いマーキナーとの戦いの始まりに過ぎなかったのですが」

 

「うち九百年くらいは空白期間じゃないか」

 

 その空白期間が大事なのだと、僕は豪語する。いやだって、空白期間がないと舞台に変化がなくて世界観を広げる楽しみがないんですよ。

 っていうのはメタ的な話なので、実際にはもうちょっと遠回しに言うけれど。

 

「空白期間がないと舞台に変化がないって言ってるのー」

 

「なんで今回に限ってきっちり宣言していくんだい、リリス」

 

「あうあう」

 

 ほっぺたをつまみながら、僕たちはそこにたどり着く。そこは遺跡の最深部。暴食卵が設置されていないこの場所には、それ以外にもあるものが眠っている。

 フィーの遺跡でみたような、アレだ。

 

 ちなみに、アンサーガの遺跡にも一応あるはずなのだが、アンサーガが生まれた直後に叩き壊したためゲーム中で読むことは出来ない。

 

「というわけで――百夜、頼んだ」

 

 僕は内容を知っているけれど、とりあえず読める人に読んでもらうことにした。

 

「ねむい」

 

 ――そして拒否られた。

 

 僕が取り出した百夜は、僕の手からぴょーんと離れると、リリスの荷物にホールインワンした。リリスは百夜を懐に仕舞うと、くるくると回転した。

 なんで……?

 

「えーと、なになに?」

 

 というわけで、読めないけれど読めるフリをしながら読む。内容は一字一句正確に把握しているが、相変わらず読めなかった。

 

「暴食には貪欲なまでに底のない、ただただ深い穴が似合う。そこに満たされるものはなく、叶えられる願いはない。常にただ一つの欲を暴れ狂う」

 

 ――暴食龍とは、単一にして群体の龍だ。無数でありながら、個体という概念がなく、故に孤独であるような描かれ方をしていた。

 この碑文もその証明。孤独であるがゆえに底がなく、故に暴食。そんな存在という扱い……だったはずなのだが。

 

 今こうして読み返してみると、

 

「……こいつ、愛に狂っていたんだなぁ」

 

「なのん」

 

 そうやって、知られざる暴食龍の本性に触れた僕たちは、この碑文一つにも味わいを感じながらも、暴食卵が生まれ落ちるその瞬間をまった。

 

 

 ◆

 

 

 ――それは、不意に訪れた。

 遺跡内部に淡い光が灯る。もとより、この遺跡は不思議と光源もないのに視界が開かれていたが、そこに加えて広がっていくこの光は、どこか暖かさと、そして底知れない怖気を感じた。

 

「ううんこれは……暴食龍の愛ってやつか?」

 

「やめてくださいよ!? もうそれにしか感じられないでしょう!?」

 

 なんて話をしながら、僕らはその光が一箇所に集まっていくのを見た。やがて光は白い一つの玉へと変わり、その光が収まると、そこには卵があった。

 暴食卵、グラトニコスの星衣物。

 

 これが大罪龍の全滅後に現れるのは、マーキナーがそう意図したためだ。狙いは四天と人類の激突。やっとのことで撃破した大罪龍を蘇らせる卵など、火種の元。

 そう、火種を投げ込んだのだ、マーキナーみずから。この火種に対して、四天は油を注ぎにやってくる。僕たちは、それに対していくつかの選択肢を持つが、――そこから一つの結論を導き出した。

 

「よし、……やるか」

 

 僕は師匠にそれを託して、一歩後ろに下がる。リリスもまた同様に。僕らはそれを見守る、しかし――邪魔者のほうが、一手早かった。

 ついに、その時が来たのだ。

 

 

“――――おやぁ、もう到着しておりましたか”

 

 

 カツ、と。

 足音。

 こちらを侮蔑し、見下し、卑下し、こき下ろし、軽視し、白眼視し、忌避し、バカにした声音。圧倒的上段から、自身の強さを一切疑わないその声は、いっそ清々しいほどにこれまで相対してきたどの大罪龍とも違う種類のものだった。

 

「――何者だ、と聞いておくべきかな?」

 

“ハ、ハハハ――バカにしているのでしょうか。何故君達に名乗らなくてはならないのです?

 

 ――そこには、傲慢龍と同じ姿かたちの、けれどもどこか線の細さを感じさせる天使の姿があった。

 

“頭を垂れ、そちらから名乗りあげた上で、足をなめて懇願するところでしょう。そのような言葉遣いを、私は許したつもりはないのですよ?”

 

 そいつは僕らを完全に下に見た上で、煽るように語りかける。なんと性格の悪いことか。概念使いは名乗りあげなければ概念化できない。

 あちらは名乗らずとも戦闘が可能、故に、こちらから先に名乗らねばならず、こちらから名乗ったということは、()()()()()()()()()()()のと同じことなのだ。

 

 とすれば、僕らの返すべき言葉は一つ。もちろん、それは概念化ではない。

 

「どうも、お初お目にかかる。こんなところまで、マーキナーのお使いご苦労様、なぁ」

 

 そのもの、火を司るは四天の一翼。

 

 名を、

 

 

「四天、ウリア・スペル」

 

 

 ウリア・スペル。

 他者を小馬鹿にしたようなその龍は、僕の言葉を鼻で笑い飛ばし、

 

“わざわざこちらの手間を省いてくれて感謝しましょう。さて、今すぐここでその首を飛ばすことで褒美としてもいいのですが、その衣物をこちらに運びなさい”

 

 ――まるでそれが、栄誉なことなのだと言わんばかりに、ウリア・スペルは手をのばす。現れたばかりの暴食卵が、ふわりと浮き上がる。

 

「させないのー!」

 

 リリスがそれにへばりつき、妨害する。いや、別にそれは妨害しなくてもいいのだけど、ともあれ師匠が問いかける。

 

「それをどうするつもりだ?」

 

“どう、とは? わざわざ聞かなければわからないほど、あなたは愚かなのですか? ああ、申し訳ない、あなた達人類はあまりにも矮小すぎますので、小ささの比較が我々はどうもできなくて”

 

「……本題に入れ。煽りたいだけなら、こちらで好きにこいつは使わせてもらう」

 

“おや、怒らせてしまいましたか? このようなことで怒りを覚えるとは、やはりあなた達は卑小で愚劣ですねぇ”

 

 くつくつと、おかしそうにウリア・スペルは笑うと、それからどこか怒りの混じった声で、僕たちを睨みつけてくる。

 

“まったく、マスターの考えることは理解しかねる。あなた達のような愚昧な存在を、何故敵と認める? まったくもって、理解しかねる”

 

「だからさっさと、本題に入れと……」

 

“――故に。私はその愚かさを教授してあげることとしたのです。世界の器――解っているのでしょう?”

 

「……そうだね」

 

 ――四天は、暴食卵に対してどのようなアクションを起こすか、というのは大事な問題だ。普通に考えて、というか、マーキナーや四天の性格を考えると、一度犯した過ちは二度は過たない。

 故に、取る選択肢から傲慢龍の復活は否定される。そうなると、彼らの選択はほぼ、一択だろう。それをウリア・スペルは僕に突きつけている。

 

 僕もそれに頷いて、そして高らかに宣言するのだ。

 

「お前たち、四天は暴食卵を――」

 

 

“――大罪の復活に利用する”

 

 

「――破壊する」

 

 

 ――――あれ?

 

“……ハ、ハハハ、ハハハハハハハハハ!!”

 

 いやいやいやいや、おかしい、絶対におかしい。なぜ復活させる? そもそも誰を復活させる? 傲慢龍はありえない。強化フィーに負けた憤怒龍は戦力外。暴食龍は復活時に一体しかいない。色欲龍はフィーの中。他の大罪龍はそもそも死んでない。

 

 え、いやいやいや、待て待て待て。

 

“愚か! 愚か愚か愚か!! これまで、まるで我々を盤上の駒のように見下ろし、見下し、軽視してきたお前が、ここに来て我々のことを見誤るのですか!! ハハハハハハハ!! まったくもって! まったくもってお前は愚か! 存在価値など無に等しいのです!!”

 

「ま、て……まて、まて! 四天――ウリア・スペル。君は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?」

 

“語るに落ちる! それすらも理解できないのですか!! ならば――教えて差し上げましょう。愚かなるお前の頭に、それを絶望と刻みつけるのです!!”

 

 ――ひやり、と汗が流れる。

 

 同時に、リリスが押し留めていた卵が、ついには耐えきれずにウリア・スペルの元へと流れる。――あいつは、これを即座に孵化させようとしているのだ。

 余談であるが、マーキナーは性格が悪い。人類が暴食卵を使用、もしくは破壊しようとした場合、その完了にそこそこの時間がかかる。しかし、四天の場合は一瞬だ。

 

 火種として投入した上で――マーキナーは四天に対して贔屓をしていた。故に、その復活は一瞬で完了する。

 

 故に、故に、僕は――僕らは、これから起こることの想像がついてしまった。あーあ、という視線が卵に注がれるが、けれども完全に有頂天になったウリア・スペルは気づかない。

 

 ああでもそんなまさか。いや、そんなはずはない、あっていいはずがない。だって、それでは、それでは――

 

 

“――さぁ、()()()()()()()()! その強欲でもって! かつてお前から生命すら奪い去ったものへ、絶望の鉄槌をくだ()()()

 

 

 ――結局、四天の小物感というやつは、この世界に於いてもかわらないのだ。

 一度したミスを、また別の形でやらかすという大ぽかを決めたウリア・スペルは――

 

 高らかに勝ち誇るウリア・スペルは――卵から飛び出した腕に顔面をぶん殴られて、思い切りよく吹き飛ぶのだった。


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