――卵から飛び出した腕が、ゆっくりとその殻を引き剥がす。
中から現れるのは巨漢の竜人、酷薄で、残忍で、そして何よりも強欲な面構え。ただ一夜の邂逅でしかないそいつは、けれども欲望に満ちた笑みすらも当時のままで、僕らの脳裏に張り付いた、強欲の二文字がせせら笑う。
“――あァ”
そいつは端からそうだった。
生まれ落ちる前から強欲で、常にその生き方は強奪によってなりたっていて、そして今も、
そうだ、奴は僕らの知るそのままの姿で、
“これァどういうことだ、紫電、敗因”
強欲龍グリードリヒは、僕たちにそう問いかけながら、降り立った。
“俺は死んだ、お前たちに負けた、あァ、そこまでは覚えてる。しかしよォ。何故蘇らせた? お前たちには理由がねェだろうがよ”
「理由も、狙いもあってのことさ。嬉しくはないのかい? 強欲龍」
“嬉しさより先に困惑しかないね、蘇らせるにしたって、
――強欲龍の言うことは、まったくもってそのとおりだ。僕たちだって、こいつに星衣物を持ち逃げされなければ、わざわざ蘇らせることもなかった。
それでも、必要になって、時が来た。故に蘇った。
僕らには、それ以外言えることはない。そして、強欲龍にそれ以上の理屈は必要ないだろう。
“ハ――まったく、
笑う。僕たちを悪しようにいいながら、しかしどうにも強欲龍は楽しげだ。目の前に、自分好みな強欲が転がっていることを、彼は肌で感じていることだろう。
「――懐中時計を、返してもらう」
師匠は、端的に要件を告げた。
そうだ、僕らが強欲龍を蘇生した理由は、
後付で、けれども意図された通りに。
だから蘇生した上で、師匠は真正面から要求した。別に方法はいくらでもあった。僕らの存在を気取らせず、リリスやフィーに演技をしてもらって騙し取る、だとか。
もっと卑劣な方法もいくらでもあった。しかし、それらは選ばずに、直接的に言ったのだ。理由はすでに語った通り、師匠にとって強欲龍とは純粋な悪でなくてはならない存在なのだ。
すべては強欲龍の存在が悪いのだと、いろいろなことを押し付ける相手として、奴には強者であってもらわなくては困る。
何より――あの強欲龍が、惨めに泣きわめいて、懇願するようなところは見たくない。流石にそこまで、やつが無様を晒すとは思わないが。
“――断る。こいつは俺のモンだ。俺が手に入れた、俺の
「……最強、か」
“あァよ! お前らがこうして蘇らせてくれた以上、俺はそれを目指さずにはいられねぇ! お前がここにいるってことは、
うなずく。僕が倒したと、自信に満ちた顔で、
――ならば、と強欲龍は笑みを深める。
“何より、理解できねぇな。これをお前らが求めることもそうだが、
「どこ、というのは今更な話だ。こいつ――我が弟子も一因ではあるが、何より確かな事実として」
師匠は、紫電の槍を突きつけて、そして宣言する。この一言を口にすれば、奴は絶対に懐中時計を譲らなくなるだろう。だとしても、
「
“――なら、永遠に奪われてろや。てめぇがあの男の倅ってんなら、なおさら俺は、これを渡す理由がなくなった”
そう言って、強欲龍は手元にそれを出現させる。
――星衣物の中には、大罪龍と一体化した星衣物も存在する。強欲龍と憤怒龍の星衣物がそれだ。前者は見ての通り、奴にとってはそれは手放せないモノ故に、強欲にも取り込んでしまっている。
憤怒龍の場合は、星衣物はあの遺跡と奴の体内の憤怒能力がワンセットであり、主軸が憤怒能力の方にあるため、一体化しているといえる。
どちらも、体内にあるものを取り出して破壊してしまえば、マーキナーの封印は撃破したカウントに入るのだが、そもそも人類の脅威であるこの二体を、わざわざ生かす理由がない。
暴食龍が大罪龍の撃破後に星衣物を生み出し、傲慢龍に至ってはそもそも形すらない。人類に敵対する大罪龍は、そもそも星衣物を破壊してカウントしたことにするという方法が、ほとんど想定されていなかった。
ともあれ、今は懐中時計。強欲龍の星衣物を奪い返すこと。それが僕らの目標だ。
“どうしてもって言うならよぉ。お前らも解ってるんだろ”
そして、僕も、それからリリスも概念武器を構え直し、
“――
そう、叫び。
僕らがそれ以上の会話もなく、戦闘に移ろうとしたところで、
“ふざけるなあああああああああああああ!! この舞台の、主役は、私なのですよ!!”
――吹き飛ばされ、瓦礫に埋もれていた四天の一画。ウリア・スペルが起き上がりざまに叫んだ。
「あっ! じゃわじゃわ虫さんなの! 見てるとじゃわじゃわしてくるから名付けましたの!」
そこはおじゃま虫じゃないのか、と叫ぶリリスに心の中だけでツッコミを入れる。
“貴様! 誰が貴様を蘇らせたと思っているのですか! この四天が一柱、ウリア・スペルが! わざわざ貴様を蘇生させたというのに! その態度はなんなのです!!”
“……ああ? 何だこいつ”
強欲龍の、胡散臭いものを見る目がこちらに対して向けられる、説明を求めているのだろう。いや、四天のこと、何も知らないのかこいつ。
「――四天。お前の創造主、機械仕掛けの概念の手足であり、直属の駒だ」
“ん? ああ、聞いたことがあるなァ。そんな名前だったのか”
顔に手を当てて、納得したようにうなずく強欲龍。全く歯牙にもかけていない。相手は上位者、自分にとっては上司のような存在だろうが、こいつは何も変わらない。
そしてウリア・スペルは何も理解していない。
“き、さ、まぁ! 私の言うことが聞けないなど、その存在価値はもはや無に等しい! さぁ、今すぐに戦うのです! さきほどの続きをすればいい!”
“……こいつは何を言っている?”
――いきなり浴びせられた罵倒に、そもそも理解が追いついていないが故に、強欲龍は首をかしげることしかできない。そもそも強欲龍は、自分を蘇生したのがこいつだと思っていない。
あくまで、僕たちとの間に割って入る、邪魔者としかみていないのだ。
“ああ、理解できないのですか? ただ奪うことしか脳のない矮小な貴様には、理解すら奪わなければ及ばないちっぽけな知恵しかないというわけですね。ああまったく、嘆かわしい”
“――うっせぇな、黙ってろつってんだろ”
そこまで罵倒されて、ようやくこいつは自分を見下しているらしいと理解した強欲龍が、苛立ち紛れに視線を向けて、
“おい、何をしている、はやくそいつらを――”
“黙ってろつってんだろォが!!”
――叫び、そして熱線を放った。
強欲裂波。僕らを散々苦しめてきたそれが、今、四天のウリア・スペルへと突き刺さる!
“き、さまぁああああ!”
――とはいえ、それ一撃でウリア・スペルが敗れるわけではない。むしろ、逆。奴に大きな怪我は見られない。腕一本で難なく受け止めている。確かにその実力は示しているのだ。
ただ、どこまで行っても、小物臭さが抜けないだけで。
“誰を攻撃している! 強欲龍、わざわざ蘇生させてやったというのに!! 貴様は!!”
“だからいきなり浴びせつけんなつってんだろ。あぁ、でおい敗因”
「なんだ?」
――頭をガシガシと掻きながら、強欲龍はこちらを見る。心底ウリア・スペルを鬱陶しそうににらみながら。
“アレは俺が喰ってもいいモンなんだろう”
「好きにしろよ、僕としては、アンタとウリア・スペル。両取りにするつもりだけどね」
“ハッ――”
そう言って、僕らもウリア・スペルへと意識を向ける。あいつは――というか、四天はその小物臭さから、とにかく強欲龍を煽るのにうってつけの逸材だ。
僕らと強欲龍はどうしたって激突しなければならない立場だが、別にそれは今すぐやらなくてはならないというわけではない。
もしも強欲龍の眼の前に、僕ら以上に鬱陶しい存在が現れれば、奴はそちらを嬉々として優先するだろう。加えて言えば、強欲なグリードリヒは、メインディッシュをあとに取っておくタイプだった。
本当にただポッと出の、しかも自分より強者であり、奪いがいのある敵。
それはまさしく、大きな因縁による最高の奪い合いというメインディッシュの前菜にふさわしい敵だった。
“ごう、よくりゅうううううううううう!”
叫び、ウリア・スペルが戦闘態勢に入る。一瞬で膨れ上がる圧と、熱。
“しかしよぉ、こいつ、どぉにもアイツを思い出すんだよな”
「あいつ?」
“傲慢龍だよ”
ああ、とうなずく。
それは意図的なものだ。ゲームで登場した四天は、時空を越えてやってきた、過去作の主人公たちを中心に討伐される。その時、敵対する四天は、対応する主人公にとって因縁深い敵を想起させる記号が複数詰め込まれていた。
ウリア・スペルの特性は傲慢。
つまり、初代主人公と、それから別口で蘇った傲慢龍と敵対する相手。
それが奴のあり方だった。
“ハッ――あの模造品の出来損ないと一緒にしないでもらいましょうか! 私こそが完全なる天翼の龍。四天のウリア・スペルなのですよ!”
“――てめぇ”
それに、強欲龍が、それまでにみせなかった感情を示す。
“今、傲慢龍のやろォをバカにしたか?”
ああ、それは――
完全に地雷だよ、バカ四天。どこまでも愚かで、故にただ無闇矢鱈に強いだけの敵。――それを前にしての緒戦。
僕たちは、強欲龍との共闘とすら言えないような三つ巴に近い共同戦線でもって、ウリア・スペルと対決するのだった。