――僕と強欲龍。
スクエアを起動させた今、僕らの身体的なスペックはほぼ同列と言っても良い。――傲慢龍戦までならば、レベルの関係で若干スペックが劣っている部分もあったが、ほぼカンスト状態の今ならば、僕らはおおよそ同列といっていい能力差である。
つまるところ、二人分の大罪龍が全力で接近戦を挑む状況。
――――優勢は、ウリア・スペルであった。
“ハ、ハハハハハハハハハ! ハハハハハハハハハハハハハ!! 笑止! 笑止笑止笑止! これが貴様らの全力だとでも!?”
「調子に……乗るなよ!」
いいながら、鞭の群れを踏み越えて、先に進む。飛びかかるような形で切りかかれば、六対の翼が間断なく襲いかかる。それを叩くように切りつけて、更に飛び上がり、周囲に迫る鞭に移動技を叩きつけて、更に斬りかかる。
――そこにも翼が迫っていた。
同時に、強欲龍も強欲裂波を振りかざしながら殴りかかり、それを鞭の雨に難なく受け止められている。それを囮に踏み込んだかと思えば、今度は鞭の一部が絡まって。拳となり、強欲龍の拳とウリア・スペルの鞭の拳が激突する。
――押し負けたのは、強欲龍だった。
“ぐ、おおお!”
「っつ、うう!」
互いにウリア・スペルに弾かれて、距離を取る。
スクエアを起動してからここまでの攻防で、入れられた一撃はせいぜいが小技だけ。それでもただ強欲龍が拳を叩き込むよりは威力があるし、デバフは有効なのだが、有効打ではない。
インフレ極まったウリア・スペルには、師匠の最上位技ですら一割も削れればいい方なのだ。
――ここまで、削ったHPは、せいぜいが三割といったところ。
一気に決着まで持っていくとなれば、スクエア状態での最上位技は必須。
しかし、押されているとはいっても、HPは削れていた。状況として僕たちにマイナスに働いているのはスクエアの残り時間と、一瞬のミスで概念崩壊まで持っていかれない状況だ。
とはいえ――
“愚か、愚か愚か愚か! まったくもって愚かですねぇ! この状況を、あなた達は戦えているというつもりなのですか!? このままジリ貧で、負けていくだけのあなた達が!”
――このウリア・スペルの煽りは、そのミスすら誘発しかねないくらいには、耳障りだ。もちろん、それでミスをするほど、僕らはやわな修羅場をくぐってきてはいないが。
“さっきからごちゃごちゃと! てめぇの言葉には主義がねぇ! 煽るだけか!? 侮蔑するだけか!? その言葉に何の意味がある!”
“貴様らに掛ける言葉など、この程度で十分なのですよ!”
拳を打ち合わせ――今度は強欲龍が打ち勝った。リリスのバフによる効果だ。とはいえ、ウリア・スペルが拳を弾いて衝撃を逃したという側面もあるが――
――そこで僕が切り込めば、そいつは立派な隙だ!
「“
“あぁ……?”
そうして鞭によって再び距離を離されながら、僕はウリア・スペルを、ただこちらをバカにするだけの四天を見る。
「そいつらにあるのは、意思じゃなくて機能だ。お前は不死身だろう?
「おい、それ私達も初耳なんだが!?」
――話す必要、そんなにないですしね。
という、いつものやつはさておいて、四天が中身のない器だというのは事実である。というよりも、器だけをつくってマーキナーが放置したというか。
「四天というのは、
“――つまり、人の試作か”
そういうことだ。
マーキナーは、人を作るために、世界の器を作るために色々と試行錯誤を繰り返した。その際にできたのが四天であり――そして、
“――愚か。戦いに言葉など不要。気を散らして、こちらに勝利を差し出したいのならば、そもそも武器などすてて首を出せばよいでしょう!”
“今の言葉に、怒りの一つもねぇのかよ、てめぇは”
“我らは神の作り給うたオリジナル、そこに何の問題があるというのです”
“――そうかよ”
そうして、強欲龍が天地破砕で地面を叩き壊しながら、踏み込む。ちょうど僕が移動技で宙を舞っているタイミングだ。狙ったかどうかは、さだかではないが、まぁ、奴は文句を言われるのを嫌ったのだろう。
今だけは、そんな気分でもないだろうから。
“これのどこが、オリジナルだってんだよ!”
――いいながら、強欲龍は拳を叩きつけ、それから自分を守るために、翼がウリア・スペルを覆う。そのうえで、
再び、両者の足場が崩れ、バランスが崩れる。翼は拳に、鞭は――
「――今だ! “
“――させるものか!”
――師匠に片手が向けられて、
「“
もう片方に、僕の概念技が叩きつけられる。――動きが、止まった。
“オオオオオッ! 天地破砕!”
――――直後、強欲龍の最大火力が、ウリア・スペルへと叩きつけられた。
“きさ、まらああああああああああ!!”
怒りとともに、咆哮するウリア・スペル。ここまで、HPはだいぶ削った。しかしそれでも、決定打には至らない。あと一つ、この状況から決着をつけに行くには、もう一つ欲しい物がある。
僕の最上位技、スクエアのバフがある今なら、十分ヤツにとっても脅威となる。
しかし――
“――
待ちかねたと言わんばかりに、ウリア・スペルが自身の焔を噴出させる。
“オイオイ、間に合ってねぇなぁ敗因! てめぇの口はついてるだけかぁ!?”
「いや、間に合わせるさ! “
叫びながら僕は駆ける。先程上位技を使ったことから分かる通り、コンボは順調に積み重ねていて、そしてもうすぐ最上位技に手が届くのだ。
距離を取るような挙動で動く僕に、しかしウリア・スペルは狙いを付けるだろう。一番の脅威が、今この瞬間においては僕だからだ――!
“逃げられるわけがないでしょう!”
当然ながら、ただの移動技ではウリア・スペルの速度から逃れられるわけがない。だが、そんなことは最初からわかりきっている。僕はウリア・スペルが迫る直前。
「“
移動技の勢いを載せたまま、宙で無敵時間のある技を起動させる。攻撃はウリア・スペルには届かないが、駆け抜ける奴の焔を、僕はギリギリですり抜けるのだ。
“――完全にタイミングを合わせれば、その無敵時間で回避しきれるというわけですか!
僕が更に移動技で場所を合わせながら、向こうの突進を最適なタイミングで躱せるよう調整する。ちらりと視線を送る、強欲龍は動かず。師匠は僕がミスをした時のフォロー、リリスは最適なタイミングでのバフのため、スタンバイを終えている。
「四天、アンタたちは強いよ。他にはない強みもあって、何よりネームバリューは申し分ない」
“ほう?”
「――けどな、それだけだ。
速度を上げていくウリア・スペルを躱しながら、僕はそれを言葉にする。
――なにもない。ただ器だけの敵。
倒すにはいいだろう。
越えるにはいいだろう。
――けれど、対決するには、こいつらはあまりにも虚無だった。
「
僕の剣が巨大化する。速度の上がり続けるウリア・スペルの爆進を、僕は最後まで乗り切った。一度でもミスをすれば攻撃を食らって概念崩壊するそれを、けれども乗り越えて。
SBSを使わないのは足場が不安定なのと、ミスをすれば終わりなのはどっちでも同じだったから。
“――――ならば、死になさい”
そして、ウリア・スペルもまた、最上位技を構えて、僕に迫っていた。
“もとより、私の前に須らく散りゆく貴様らに、価値など抱く必要はないのです。これは必然、啓蒙してさしあげましょう。私という存在の素晴らしさを!”
「――もうすでに、とっくに理解し終えてるって、言ってるんだよ! “
かくて、剣は振るわれて、
――――
「……え?」
――一撃を、奴が受ける。だが、奴はそのまま剣を振り上げていて。
“敗因、
強欲龍が叫んだのは、心配ではなかったはずだ。強欲龍の言葉には、
――直後、僕はウリア・スペルの翼に貫かれていた。
“私達が空虚? 単なる器でしかない?
――驚くべきことに、ウリア・スペルはこちらの攻撃を受けた上で、翼で僕の不意をついた。そして、必殺の炎剣を油断なく叩き込むのである。
小手先、というやつは僕らが決着を付けるために使用する手段だが、ウリア・スペルはそれを使用してきた。
剣を、構えたまま。
「が――」
“――滑稽だ、と。では、死になさい”
炎剣は、そして。
“
決死。
終わりを目の前に、必然として迫った死を、僕は理解する。自覚して、納得する。ああ確かに、それは上手いよ、ウリア・スペル。でもな――
「――まだだ!」
まだ、僕たちは何も終わってないんだよ!
僕が、叫ぶと同時。
「――――“
師匠が、遠距離攻撃を炎剣に叩きつける。
“無駄を――”
「一瞬でもあれば、無駄じゃないさ」
――本当に、それは一瞬。一瞬だけ炎剣の動きを遅延する。それでも、僕の死は決定的だ。回避は間に合わず、殺される。
原因は、単純なスペック差。これまでの敵は、先程までの大技の直撃を経れば、決着をつけることができた。ウリア・スペルは単純にその体力がこれまでとは一線を画するものがある。
故に、決着をつけきれなかった。必殺の一撃が、相手に受けるという選択肢を与えてしまった。
スペックの差は、今後の課題だ。
だが、だからこそ、僕らは今、今後のために生き残らなくてはならない。勝つための手を打たなくてはならない。
方法は――一つだけ、あった。
「――敗因は時間使いが荒い。けれど、最強を目の前で名乗られたからには、私は、対抗しなくてはならない」
――百夜。
「直接相対することのできない歯噛みを連れて、私達は一秒先を征く。“
直後、僕と百夜が転移した。
百夜のTTは転移先を選べない。故に使用される場面の多くは、撤退用だ。しかし、TTには多少の法則性が存在する。
今、この場所で百夜にとって最も縁の深い少女の元へ。
僕を連れて、百夜が一秒先へ帰還する。
「――――強欲龍!!」
“――悪いが、俺がこいつはいただくぞ、敗因!”
そして、先程から静観を決め込んでいた強欲龍が、満を持して動く。奴が動かなかったのは、単純だ。
先程の最上位技、もとよりそれで決められないことは誰もが解っていた。
“――――強欲龍!”
炎剣がかき消え、焔の鞭へと移行するウリア・スペル。もはや、奴の体力は残り少ない。後一撃、ここまでくれば、それは強欲裂波でも、天地破砕でも構わないだろう。
決めることができれば、だが。
“こいよ、四天! てめぇがそうやって意地汚く勝とうと思えるなら、俺の一つや二つ、越えてみやがれ!”
“――挑まれる側の態度を取らないでいただきましょうか!”
そうして、両者は激突する。
僕は復活液をリリスに分けてもらいながら、眠りにつく百夜に礼を言って、そしてその戦いの行方を見守る。
「大丈夫か?」
「なんてことはないですよ、師匠。それより――決着は一瞬ですよ」
師匠がこちらに飛んでくる。
もはや、僕らに戦うつもりはなかった。もちろん、この攻防で強欲龍が敗北すれば、また違ってくるが、そうでないならば、ここで決着がつくからだ。
――強欲龍は、拳を叩き込む。
途端に、カウンターが強欲龍を襲う。それで、強欲龍のHPは不死身が機能する数値まで落ち込んで、待っていたとばかりに、ウリア・スペルが鞭を振りかぶる。
“消えなさい!”
正直、僕にはこの時のウリア・スペルの狙いが読めていた。
不死身の核狙い。強欲龍の不死身は胸と首の核を破壊すれば消滅する。そして、それは一つずつ破壊すれば問題ない。だから、片方を囮に、もう片方を狙うはずだ。
手数の上では、圧倒的にウリア・スペルが勝っている。故に、その手数をすべて同時に向けられれば、強欲龍は片方を捨てるしかないはずだ、と。
そこで一つを破壊してしまえば、もう一つも何かしらの手段で破壊できる。策はあるのだろう、そこまでは僕も読めないが、そもそも、
“――策を弄するやつってのは、おもしれぇくらい、これに引っかかるよなぁ”
思い出す。
――あの時、勝利を確信して首の核に放った一撃を、
それと、全く同じ光景がそこにあった。
“――――は?”
ウリア・スペルから漏れ出た言葉は、それを理解できないと言わんばかりの声。ああ、そういえば――怒りに満ちた叫びはいくつも聞いてきたけれど、
――あいつの呆けたような声は、はじめて聞いたな、と。
“――――強欲ッ、裂波ァ!!”
宙に飛んだ強欲龍の首から放たれた熱線によって概念崩壊する、ウリア・スペルを眺めて、おもうのだった。