――決着はついた。
ウリア・スペルは概念崩壊し、その場に崩れ落ちる。同時に強欲龍の首は元通りに奴の胴体に収まって、ともかく、僕らは油断なくその様子を眺めていた。
“――てめぇはつまらねぇ、器がどうのと、んなこたぁどうでもいい。俺を見下すその眼が、マジじゃねぇ。てめぇから奪っても、何も満たされねぇんだよ”
“…………”
――強欲龍にとって、奪う事は、存在意義だ。上位者から奪い、その達成感に浸り。木っ端から奪い、その優越感を謳歌する。
それが強欲龍という存在で、そのあり方は決して善良とはいい難い。
だが、しかし。それでもやつには判断基準というやつがあり――その基準の上で、ウリア・スペルという獲物は、あまりにも虚無だった。
“……傲慢を名乗りながら、てめぇは小手先を弄した。
――強欲龍にとって、傲慢龍を愚弄されることは、如何程の意味を持つか。
語るまでもないだろう、傲慢龍とは、
それを愚弄して、傲慢を名乗るなら、絶対にとってはならない行動をして。
“
強欲龍が抱いた感情は、怒りではなく――納得だった。
“
たしかにウリア・スペルは傲慢龍を愚弄したが。何よりも、強欲龍にとって認め難かったのは、
それが、先程の小細工で否定された。ならば、ウリア・スペルは傲慢龍の
“
――ここが、こいつの面白いところだよな。強欲龍はウリア・スペルを傲慢龍よりも
しかし、だからこそ、
“――ハ”
“だからよぉ”
そうして、強欲龍がもったいぶった様子で、拳を振りかぶる。もはや概念崩壊し、敗北を決定づけられたウリア・スペルに対して、その終幕を告げるため。
ああしかし、強欲龍。お前は間違っている。
“安らかに死んどけや”
――
“――――
直後、
強欲龍は、
そう、そもそもウリア・スペル。四天は概念化していなくとも大罪龍と正面から打ち合える身体スペックを誇る。そして、概念崩壊していようと、概念使いは死んだわけではないし、動けなくなったわけでもない。
だから、
「――――マジか」
「――――やりやがったの」
師匠とリリスが呆れた様子でつぶやく。予め聞いていても、本当にやるのかと、やってしまうのかと、半信半疑だった二人は、呆れた目線をウリア・スペルに向けた。
“――さきほどからごちゃごちゃと、支離滅裂で、自己陶酔も甚だしい! そんな言葉に、一体何の価値があるというのです。見苦しい、すぐにその首をもう一度刎ねるべきでしょう”
“て、めぇ――”
強欲龍は、そんなウリア・スペルをにらむ。
さて、僕はと言えば――
「――そういうことだ、強欲龍。四天っていうのがどういうものか解っただろ」
僕は――ウリア・スペルへと迫っていた。最後のトドメをさすために。
復活液を受け、リリスの回復によって、体力は万全。もうスクエアは使用できないが、問題ない。ウリア・スペルはもはや死に体。あとは、少しの攻防で決着がつくだろう。
「こいつらは、マーキナーの前座なんだよ。徹頭徹尾、何から何まで。――だから、こうして極端なまでに中身がない」
けれど、と続ける。
「けれど――だからこそ、倒しやすいだろう? もちろん、激戦ではあったけど、これはこれで――楽しかったな」
僕は、止めを刺すべく剣を構えた。
“は、ハハハ……ハハハ! 来い、来なさい! その程度、私は乗り越えて、この場を勝利する! まだ、何も終わっていないのです!”
「いや、終わりだよ――もう、これで終わっとけ。その方が、まだ無様じゃなくて済む」
“ふ、ざけるな! 私は四天! 驕傲のウリア・スペル……最強で! 最強の! 最強な概念使いなのですよおおおおおおお!”
さぁ、終わりだ。
悪いな四天。チェックメイトってやつだよ――!
その時だった。
“―――――――――――強欲裂波ァ!!”
突如、後方から放たれた強欲龍の熱線が、
「まずい――!」
――
「が、あ――ッ」
――突然のことで、対応できず。
けれども、カンスト間近まで迫ったレベルは、なんとか概念崩壊を食い止めた。
“チッ、今ので死んどけよ、敗因”
「こ、こいつ……」
「こっちまでやりやがったの――!」
その行動は、あまりにも強欲龍らしい行動で、絶対に想定しておくべきだった行動であるにも関わらず、僕はまともに受けてしまった。
師匠たちが、呆れと怒りを混じらせた瞳で強欲龍を見る。
僕も、そちらに振り返り、
「やってくれたな――! なんてことをしてくれるんだよ!」
叫んだ。それはそうだ、この状況で、この期に及んで僕の方を狙ってくる。強欲龍のそれは、本当に何から何まで強欲で、いっそ清々しいまでに、こいつらしい。
けど、よりにもよって今、っていうのは――本当に、本当に!
「見ろよ、今の隙をついて、ウリア・スペルの野郎――」
僕は、そして
「――
そう、憤怒龍に引き続き――
――ウリア・スペルは逃げ出した。
“――――ハ”
対して、強欲龍は、
“ハハハ、ハハハ、ハハハハハハハハハハハ! まじかよ! いっそすげぇなあいつ! そりゃてめぇもここで決着をつけようとするはずだ!”
「笑ってる場合か! ああ、まったく。今すぐ追わなくちゃいけないのに――!」
僕は焦り混じりに身体を遺跡の出口へと向ける。その直後――
「――――」
――ウリア・スペルが僕らの追撃を妨害するために、天井を破壊したのだ。
あいつは、本当に、いっそ姑息とすら言えるくらいの逃走だった。どこが驕傲だよ、と思わなくもないが、奴はこれをこちらを見下したまま当然のようにこなすのだ。
恥知らずここに極まれり。まさしく驕っていると言えるだろう。
“ああ、してやられたなぁ”
「アンタが同意するなよ!」
“けどよォ――”
強欲龍は僕を指差す。
その顔には、
“楽しそうじゃねぇか、てめぇ。――笑ってやがるぜ?”
――僕の顔には、笑みが浮かんでいた。
ああ、本当に。
「……なぁ」
強欲龍は、徹頭徹尾強欲龍だった。それが、僕は嬉しくてしょうがない。だって、一度敗れてもなお、強欲龍は強欲龍なのだ。
――ゲームの頃。僕の一番好きな大罪龍は、強欲龍だった。その生き方が、そのあり方が、僕はどうしようもなく好きだった。
憎むべき敵として、倒すべき壁として、これほどまでに強敵で、これほどまでに対等な、
ドメインシリーズにとって、象徴的な越えるべき敵が傲慢龍ならば、
――はじめて相対した時は、あちらが圧倒的に強者であった。
でも、こうして。
再び相まみえた時。
どうしようもなく、僕が惚れ込んだ、敵としての強欲龍の姿そのものだったのだ。
「……君も、たいがいバカだよな」
師匠が、横に並ぶ。
「こいつは、私の仇だ。絶対に許したくない。一度決着をつけてはいるけれど。それでも、まだ憎い」
師匠にとっての強欲龍は、そうそう変わるものではないだろう。仇敵、その二文字は、いつだって師匠の頭にちらつくはずだ。
たとえ、一度それにケリをつけたとしても。
生きているなら、それだけで。無条件に。
それは、決して間違いではない。ただ――
「――けど、今は少しだけ違う。あの時、ただ奪われるだけだった私は、もういない」
――それでも、一度は勝利したという事実は、師匠に認識の変化をもたらした。つまるところ――
「
「……ありがとうございます」
師匠に、一言だけ礼を言って。
リリスにも、視線を送った。
「いつでもいけますの!」
合点承知と意気揚々に、リリスは応える。ああ、本当に、ありがたいことに。――僕の仲間は、どうしようもなく僕に応えてくれる。
それが、嬉しくてたまらなかった。
さぁ、ウリア・スペルは逃してしまったが。
“ハッ、いいぜ――”
それは、強欲龍も同様だ。あいつだって、解っているんだ。僕たちと相対したら、決着をつけずにはいられない。たとえ、他に優先しなくてはならないものが、あったとしても。
ああ、それにしても、
少しだけ、惜しい。僕にはもうひとり、大切な仲間がいて、彼女は今、別の場所で戦っていて、ここにはいない。しかし、叶うことなら僕は彼女も隣にいてほしかったのだ。
これは、譲れない戦いだ。絶対に負けられない戦いだ。最善を尽くしたい。最善を尽くしたと胸を張って宣言したい。
だから、最後の仲間、フィーが、ここにいないことに――
――少しだけ寂しさを覚えた僕は、ふと懐からちらりと例のレーダーを取り出して。
「――――え?」
思わず、呆ける。
そこに映っていたのは――今、僕たちがいる場所に、高速で迫りくる、光点。ああ、つまり。
――直後、
「あああああああああああああああ! まに、あったああああああああ!?」
――それはもう、すごい速度で突っ込んで来たのだろう。
足元は天地破砕もかくやという勢いで破壊され、フィーに踏まれた状態で、ウリア・スペルは消滅しようとしていた。
「怪しいやつを見つけたから、ついでに轢き殺したんだけど、ねぇ、アンタ!? もしかしてこれが、噂の四天ってやつ!? なんかプライドレムみたいでむかつくんだけど!?」
「あ、うん――」
「――って、グリードリヒ!? もう復活したの!? ああもう、やるってんならかかってきなさいよ!!」
“いや、お前――”
まくし立てるフィー。なんというか、興奮しすぎである。凄まじい速度でここまでぶっ飛ばしてきたからだろうか、なんかこう、速度に酔っている感がある。
っていうかそうじゃなくて。
「……どうやってここまできたんだ?」
「そうそう、それよルエ。いやー、すごいわね、ジェットスラスターってやつ? エクスタシア取り込んで焔を操れるようになったから、やってみたんだけど、これちょっと戦闘には使えないわねぇ」
そういえば、概念的な話はしたことがあったな。これが現代知識チートというやつだろうか……いやなんか違う気がする……。
「フィーちゃんどうどう」
「誰がバカよ!?」
そこまで言ってないのー、とリリスが吠える。
なんというか、なんだろう。――一人だけテンションの違う彼女がやってきた上に、しかも僕らが取り逃がしたウリア・スペルを引っさげてやってきたものだから。
なんだろう、こう。
……フィーの一人勝ちでいいんじゃないかな、これ。
そんな気分だった。
っていうか、そうだ。ウリア・スペル、フィーにとどめを刺され、消滅しかけているそいつを見る。
“な、なぜだ、なぜだなぜだ、なぜですか……! どうして! 後少しだったのに! ここで逃げ切れれば、幾らでもなんとかなるはずだったのに……!”
「そもそも、逃げるのがダサい」
――ばっさりと、本当にばっさりと、フィーが切り捨てて。
“ふ、ふふふ、ふふふふふ…………”
ウリア・スペルは。
“ふざけないでくださいよ、貴様らあああああああああああああああああ!!”
――消滅した。
◆
呆然とする僕たちを他所に、横から美味しいところを全部かっさらう形になったフィーは、消滅したウリア・スペルからこぼれ落ちた
キラキラと光るそれは、水晶のような赤い塊。この場に光源はないが、なんとはなしに天井へそれをフィーはかざして観察する。
「……ふぅん? これがアンタの言ってたやつか」
「そうだね……ところでフィー」
「ん?」
僕は、この場の全員を代表して、呼びかける。それと同時に指差して――
「強欲龍が、すごい顔でそっち見てるぞ」
「うん……?」
そう、僕が指差した先には、僕の言う通り――それはもう、驚きとか呆れとかを通り越したなんとも言えない顔でフィーを眺める強欲龍の姿があった。
「あら、久しぶり。もう何年ぶりかしらね。十年くらい? そっちは相変わらずみたいね」
“…………てめぇは変わりすぎだろ”
「あ、そう? わかっちゃう? 当然よねぇ、私、こいつに変えられちゃったのよ」
“やめろ気色悪い!”
僕に抱きついてくるフィーに、強欲龍がそれはもう嫌そうな顔で叫んだ。なんていうか、普段愛想のない親類が目の前で因縁のある相手にデレデレしてる感じだもんな。
良い悪い以前に、見ていられないという感覚は、なんとなくわかる。
……数十年後、フィーがふと冷静になった時、今の行いをどう思うのだろう。僕は少しだけ考えたくない想像をして、それを即座に振り払った。
今は、目の前のことだ。
“――だあ、くそ。こんな隠し玉持ってやがったのか。大罪龍――しかも、今の嫉妬龍は、
「色々あったのよ……それで?」
フィーは改めてといかける。
どうやら戦闘態勢に入っていたようだが、このまま続けるのか――と。
“俺ぁどうだろうとかまやしねぇ、奪えるなら奪う。それが俺の流儀だ……が”
強欲龍は、気勢こそ削がれたものの、別に戦いをやめる理由はない。強いて言うなら、
僕としては、別にここで戦うことに問題はない。フィーが到着した以上、どうあっても勝つのは僕たちだろう。
流石に、一人で戦力差をひっくり返せる戦力が、今の強欲龍にはない。
しかし、
“――どうやら、迎えがきたみてぇだな”
そう口にした直後、
「な。なんだ!?」
「四天ですよ。最初の四天が敗れたことで、次の四天が目を覚ましたんです」
――四天は、実はこの世界に
簡単に言うと、現在四天がこの世界に出現しているのは、ゲームのコントローラーがつながっているから。しかし、つながっているコントローラーは一つだけ。故に一人ずつゲームをプレイしている。そんなところだ。
「それが、なんだって強欲龍に? そもそも、何をしてるのよ、これ」
“さてな、お呼びがかかったってのは、間違いねぇ”
「――転移能力、です。次の四天は、他者を転移させる概念技を有します」
「それでここから、逃がそうってことなのね」
“余計なお世話だ――が、拒めるものでもねぇ、ここはこれで失礼させてもらうぜ”
そういって、強欲龍は頭を掻いてから、僕たちに背を向ける。……別にそんな必要はないのだが、まぁこの方が収まりが良いのだろう。
そうして、強欲龍は、
“――今回の件で、よくわかった。俺は、まだ最強じゃねぇ。現状、嫉妬にすら勝てない有様。そんなもん、俺は認めねぇ。だからよぉ、敗因”
僕に対して、言葉を残す。
“
「――好きにしろよ」
僕は奴が最強になる方法を知っている。だが、強欲龍はそれを聞かないだろう。聞く必要がない、というのもあるが、何より――
すでに、理解しているからだ。
“
「……教えられるまでもないよ、強欲龍」
僕は、消えゆく強欲龍に吐き捨てた。
――そう、これまで何度か触れてきたが、強欲龍はゲームにおいて最強を目指し、そして終盤それを成就させた。今の強欲龍から、ラスボスとして更に一つ上の高みへとやつを押し上げた方法。
それは、
ゲーム内では様々な試行錯誤を繰り広げた強欲龍。しかし、この世界では四天がそのチュートリアルを担うのだろう。
「行っちゃったの」
「……どうする? 探す」
フィーの問いかけに、僕は首を横に振り否定する。必要がないのだ。
「いらないよ、だってあいつは、最終的に僕たちの元へと帰ってくる。だって――」
――それは、強欲龍が概念使いになる方法に起因する。
「強欲龍の概念化に必要なのは、
――かくして、戦いは次の舞台へと移行する。
「……ということは、だ」
「儀式には、大罪龍の
つまり、
次なる対決は、強欲龍の概念化を巡ってのもの。
――最強の思し召しは、かくしてここに、生まれ落ちるときを待ちわびていた。