122.強欲が始まった時。
――強欲龍が生まれ落ちた時、ヤツにとっての強欲は、一つしか存在しなかった。
他者から何もかもを奪うこと、と、端的に彼の根底を表してしまうのは簡単だけれども、それはあまりにも漠然としすぎていて、強欲龍にはさっぱりだったのだ。
それは他の大罪龍にも言えた。嫉妬も、暴食も、色欲も、憤怒も、一体どこへ向ければいいというのだ? これらの感情は、向ける相手が必要だ。
誰かに対してそれを抱き、それを抱くから感情を向ける。大罪とはそもそも、
例外はそれこそ、そもそも考えることすら必要のない怠惰と、自分がそれを信じていれば問題ない、傲慢の二つしか存在しないだろう。
だから、大罪龍は
色欲は人類に。
暴食は傲慢に。
憤怒もまた、傲慢に。
嫉妬は、結局それを見つけることはできなかった。
――まぁ、僕に出会うその時までは。
そして、強欲が見出したのは、これもまた傲慢だったのだ。
だから、強欲龍は傲慢が最強でなくてはこまる。そして封印が解け、傲慢龍が人類に敗れたと知った時、強欲龍は何を思ったか、
もう、直接傲慢を倒すことで最強になることはできない。ならば、傲慢龍を倒した人類の力を取り込む――その方法こそが、
この世界でも、概念使いである僕が傲慢龍を倒したことで、その思考に奴はたどり着いたというわけで。
……まぁ、僕はまだ生きているから、最終的には僕を倒すことが奴の目標になるのだろうけれど。
そういえば、こんな話もある。
傲慢龍は暴食と憤怒をボコして屈服させ、配下に加えた。この理由は、こいつらが本気で人類殲滅に出ると、自分の出る幕がないから、というちょっと姑息な側面があったりする。
とはいえあいつは傲慢だから、自分がうまく使ったほうがより効率的だという方が大きかっただろう。他にも、マーキナーからゲームメイクをしろという命令があったというのもあるが。
……まぁ、傲慢龍がマーキナーの命令に素直に従うかと言われると、多分ノーだと思うが。
話を戻すと、そんな中で傲慢龍は強欲龍を配下に加えなかった。これは、人類殲滅に強欲龍の力が不要だったこと、配下に加えるには絶望的に相性が悪かったこともあるが――
配下にしたくなかった。配下にするよりも、もっといい方法を知っていたから。
対決すること、決着を付けること。傲慢龍は、期待していたのだ。いずれ強欲龍と、真に決着を付けるその時を。己がすべてをぶつけ合い、その最後の最後までを戦いに捧げ、そしてその優劣を決めるその瞬間を。
故に、傲慢龍が配下に強欲龍を加えなかった端的な理由は、
――世界にたった七体の同胞。思うところは、まぁあるのだろうが。
ともあれ、強欲龍は概念使いを目指した。最強となるために、傲慢龍を越えるため、それを倒した僕たちを越えるため。
ゲームでは、その方法を求めて、中盤で復活を遂げた奴は迷走を始める。当時最強と言われていた概念使いに弟子入りしたり、最強を決めるトーナメントに律儀に参加者として乱入したり。
あいつは、そういうところでは愛嬌があるのだ。強欲こそが何よりも優先されるが、一つの強欲に目標を定めた場合、それ以外の欲に目移りがしなくなる。
正直、最強を真面目に目指しているあいつは、そこそこ話のできる相手だ。故に、強欲龍の概念使い化を防げば、ある程度はこちらに協力してくれるはずだ。
まぁ、そもそもからして、あいつの最終目標は僕らであるから、最終目標に加勢する理由は、ほとんどないのだけど。
――強欲龍は最強を目指した。
あいつが手始めに奪おうとしたものは、傲慢龍という最強の座。しかし、強欲龍はウリア・スペルの件からも分かる通り、
強者に価値を見出し、弱者にも意味を見出す。それが強欲龍のあり方だとするならば、
――その答えこそが、師匠の父の形見。強欲龍の星衣物。
その正式名称は
◆
「――そういうわけで、用意させてもらったぞ」
そこは、ライン公国の王城。国の中心たる城の、さらに中心。王の執務室、つまるところライン公が仕事をするための場所である。
中はさほど華美な装飾はなく、けれども至るところに見目の良い衣物が飾られている。質実な部屋に、品のいい調度品。それが衣物――何かしらの効果を持つアイテム――であるということを除けば、武人気質の王族というライン公にピッタリな部屋と言えるだろう。
この衣物が、全てライン公が怠惰龍の足元で掘り起こしてきたものだということを知れば、むしろ武人気質すぎて、無骨であるとすら思うかも知れないが。
「しかし、なかなか難物でな、国の守りを手薄にするわけにもいかず、これだけしか集まらなんだ」
今、僕たちが何をしているかと言えば、ライン公に依頼していたとある代物を、受け取りに来ているところだ。
何か――といえば、
「それにしても……こんなものをお前さんたちが使うのか? 一体何があったんだ?」
こんなもの、一言で言えば、
「いや、ライン公の思っている通りには使わないよ、この
傲慢龍の星衣物。
つまるところ、概念使いの血を引いていないものを概念使いに目覚めさせるための儀式。それには、いくつかのアイテムが必要で、それをライン公――というかライン公国の概念使いに集めてもらっていたのだ。
だから僕たちの目の前には、ライン公に集めてもらったアイテムが、2セット分ある。
「それに、数としてはこれで十分ですよ。丁度いい、ともいいます」
「ふむ……? 一体何に使うというんだ、本当に」
僕らとしては、とりあえず集められるだけ集めてもらいたいということで頼んだ。最低でも2セットほしいのだが、3セットあってもまぁ困らないからだ。
加えて言うと、これを頼んだのは実はフィーを仲間にして、ライン公国に滞在を始めた頃だったので、フィーやリリスが仲間になったときのように、仲間が増えることを想定していたのである。
結局、それから増えた仲間はあまり戦闘に参加しない白夜一人であったが。
「傲慢龍の儀式は、概念使いでないものを概念使いにする。その際に、
――本来の歴史におけるクロスとアンのように。
「ですが、僕らが今からやろうとしていることは、それとは別の意味を持つんですよ」
「……つまり?」
「まぁ、簡単に言ってしまえば、
師匠の言う通り、僕たちがマーキナーと戦うために必要な一段上の強化。
それにどうしてもこの儀式は必要なのだ。故に、僕らから言えることは唯一つ。
「これで、誰かの生命を捧げようとか、そういうものではないよ」
「そうか? ならば、構いやしないけどな」
そういって、師匠の言葉をラインは信じ、納得した。ともかくこれで、この場にないアイテム――フィーの血さえ揃えれば、僕たちは儀式の準備が完了する。
幸いなことに、儀式に必要なアイテムはすでに足りていて、取りに行く必要はない。逆に、強欲龍がこれを取りに来ることを警戒したほうがいいだろう。
四天が、どこで見ているとも限らないからな。
……まぁ、今の四天は強欲龍と行動をともにしているだろうけれど。
「それで、だ。今回私と我が弟子……二人だけで会いに来たのにも、理由はある」
「……何があった?」
「安心しなよ、いい知らせだ」
さて、これで僕の要件は終了だ。今回、師匠とライン公に会いに来たのは、師匠にも用事があったからで、フィーとリリスがこの場にいないのは、師匠の根底に関わる話を今からするためだ。
師匠だって二人に過去を話したくないわけではない、というか、二人にも師匠は自分のことをきちんと話しているが、今回はそもそも、
「――父の形見が見つかった」
「……なるほど?」
――――ラインにとって、師匠の父は顔見知りだ。それはそうだろう、同年代の、同世代の概念使いだ。まだ、ラインが若い時代、概念使いの数は少なかった。
そんな中で、互いに勇名を轟かせた者同士、お互いに面識はあっておかしくはない。
「
「……それはまた、面倒になっているなあ」
ライン公は頭をガシガシと掻きながら、ため息をつく。
ああまったく、面倒な話だ。僕らは互いに苦笑しあって、ともかく話を続ける。師匠はラインに話を聞きに来たのだ、自分の父の話を。
「それもあって……強欲龍と一度決着をつけられたこともあって、色々と整理がついた」
――一番の契機は君だけどな? と視線だけで僕に告げる師匠をそっと受け流す。今そういう話をラインの前ですると面倒になるからやめましょうね?
僻まれますから、絶対に僻まれますから。
「だから、父の話を聞きたい。
「と、いうと?」
「――どうして、強欲龍は父の形見を持ち去ったんだ?」
そうだ、そこは師匠にとっても、そして聞かされたラインにとっても疑問だろう。何故、あいつはそんな事をした? その理由が二人にはわからない。
――僕はわかる、すでに知っている。だが、師匠と二人で話をした上で、
だから問いかける。
師匠の父を知る人物へ、ライン公に。
「――わかった。一度仕事を落ち着けるまでまってくれ、それで……場所も変えよう、ここは、あまりそういう話をするには向かない」
――嫌なことまで、過去を思い出してしまうからな。
そう告げるライン公の視線は、壁にかけられた衣物の数々に向けられていた。