――ライン公との昔話を終えて、僕らはライン公国を離れた。
理由は一つ、強欲龍の襲撃を警戒して、だ。なにせあいつは今、概念使いになるべく行動中のはず。四天に呼ばれたということは、四天にも何かしらの狙いがあるわけで。
でもって四天は、当然ながら傲慢龍の儀式に必要なものを知っている。
とすれば、強欲龍の行動として警戒すべきは儀式の存在を知り、それを実行するために行動すること。最終的に僕たちにたどり着くことは解っているから、僕たちはそれに合わせて場所を変えなくてはならない。
強欲龍を、ライン公国に降り立たせるわけにはいかないだろう。
――では、どこへ向かうのか。候補は二つあった。師匠にとって、どちらも因縁深い場所である。そこにたどり着くまでに出くわしてしまう可能性もあったが、ともあれ。
ただ、僕はそれはないだろうな、と思っていた。
なにせ相手は強欲龍、
それに、奴を呼び出しただろう四天もまた、それを望むだろうという考えもあった。
次なる四天は、嫉妬を冠するフィーの対となる存在。
そいつは、行動に意味を求める。理由なき行動に意味はない。たとえそれが、感情的なものだったとしても、それが理由なら、ヤツにとっては
ともかく、僕らは目的地へ向かって旅をしていた。
ああ、それにしても――この旅も、もうすぐ終わるのだ。マーキナーを倒せば、一度腰を落ち着けることになるだろう。世界が復興し、前に進み始める中で、次の準備をする時間が必要になる。
だから、しばらく旅はできなくなる。
次に旅に出るとしたらそれは、世界が復興した後だろうな。その時は――できることなら観光を目的にしたい。なんて、余談がすぎるが。
――ともかく、僕らは現在、街で補給を行っていた。
ここで補給をしたら、次はいよいよ目的地――僕は懐かしい人に会っていた。
「じゃあ、そういうわけで――お世話になったよ、アリンダ」
師匠が、そう声をかけて背を向ける。僕らが会っていたのはアリンダさん、かつて師匠が守護していた街に済んでいた女性。師匠にとってはあの街における保護者のような人物で、僕にとっても、色々と因縁深い人だ。
「ああ、達者でな、ルエ!」
「君も早く来たまえよ、私はあっちで買い出しをしてくるからね、夕方に宿で集合だ」
「了解です師匠」
――積もる話は色々あったが、僕らはそれも一段落したところで切り上げ、この場を離れることにした。そう、色々と話をした。師匠とアリンダさんの会話は尽きなかったが、一番驚いていたのは、傲慢龍を撃破したことだろう。
半信半疑という様子で、しかし、ここ最近、少しだけ魔物の襲撃が減ったことを感じていたアリンダさんは、一応は信じることにしたようだ。
もし、そうならば嬉しい――と。
そんな話をして、今は師匠が離れ、僕もそれぞれ別の用事を果たすためにここを離れようとしているところ――
「ところで――ルエはアンタに惚れてるね?」
――凄まじい慧眼で呼び止められた。否定は――いや、できない。間違いなくできない。こういうことを断定してくるおばさんは、間違いなくこの世界でも最強に近い種族だ。
きっと四天より強い。
「……まぁ、色々とありまして」
「そうかいそうかい! あの子もいい人を見つけられて、アタシも安心だよ!」
「あー、えっと……」
横恋慕なんです……とは、流石に言えなかった。もし言ったらどうなるか。怒る? ……多分怒らないと思う、アリンダさんはおおらかな人だ。
概念使いを排他する空気の強い今の時代に、それを気にせず、むしろ気にかける彼女のあり方を考えると……
「――何をしてでも幸せにしな。それができない事情があるなら、……その事情ごと幸せにするんだよ。アンタならできるだろう?」
「はい」
――――言わなくても、なんとなく見透かされている気がして、僕は素直にうなずくほかなかった。
「それにしても……どうしてあの子はなんだか、悩みがあるような風なんだい? 憂いなんてそうないように思えるんだけど」
アリンダさんも気がついたようだ。師匠は今、悩んでいる。自分のことを解決し、悩む必要なんて、一見無いように思える。だというのに、師匠は何かを憂いているのだ。
それは、何か。
僕には、それがなんとなくわかった。
「ああ、それは――」
“――よう、少しいいか?”
その時だった。
町中に、
「――――は?」
思わず理解できずに、問い返すようにしながら振り返る。たしかにそこに、強欲龍が立っている。
「ん? どうしたんだい?」
アリンダさんが聞いてくる。周囲の人々は何も気が付かない様子で通りすがる。――そこに立っている強欲龍のことなど、端から目に入っていないかのように。
そして、そんな強欲龍の前を、一人の少年が駆け抜ける。
“――四天の力だ、そういえばてめぇはわかるだろ”
「……あ、ああ」
“場所を変えるぞ、ついてこい。てめぇと話がしてぇ”
――四天。
今、強欲龍はそいつと行動をともにしているのだろう。名を、“ガヴ・ヴィディア”、二体目の四天は、空間に対して効果を発揮する概念技を有する。
強欲龍をあの場から連れ去り、今度は空間を歪めて、強欲龍の姿を僕にだけ認識させている。
目的が読めない。
――そこを探る必要もあるだろう。敵の能力はすべて把握している。だから、ここから僕がどうにかなることも、ない。
「……すいませんアリンダさん、ちょっと野暮用が!」
「う、うん? ああ、いや、わかったよ。気をつけな」
僕は訝しむアリンダさんへ、そう断って、アリンダさんもこちらを気遣いながら、了承してくれた。さて、すぐにでも移動しないと。
この場を強欲龍に蹂躙されても困る。おそらく、今のやつは僕と話をするという欲望に取り憑かれているから、おそらくは大丈夫だけど。
ああ、でもそのまえに。
「アリンダさん。師匠の事は、任せてください――僕は、あの人を不幸には絶対にさせません」
これだけは、伝えておかなくてはならない。
アリンダさんはそれに驚いて、しかしすぐに笑みを浮かべると。
「ああ、……行ってきな」
そういって、僕を送り出してくれるのだった。
◆
「――四天、ガヴ・ヴィディアは何を考えている?」
“俺が知るかよ。あいつは俺に概念使いになる方法を教え、そのために必要なものを揃えた。それだけだ”
「なるほど」
――どうやら、強欲龍もその意図は理解できていないようだ。考えられる理由はいくつかあるが、残念ながらそれを教える理由がない。
交渉の手札を、向こうが一つも有していなかったのだから。
やがて僕らは、街の外れ、墓地が立ち並ぶ一角へたどりついた。そこに人の姿はない。死が静寂へと変化したここは、内緒話をするにはどうかと思う場所だが、こういう場所でもなければ、師匠たちに嗅ぎつけられる可能性がある。
――強欲龍は僕を指名している。そこにある意図は、なんとなく理解できるからだ。
“ったく、てめぇ一人になるまで随分と待たされたぜ、アイツラがそばにいれば、てめぇは戦いを選ぶだろう。今俺が求めてるのは、てめぇとの対話なんだよ”
対立じゃねぇ、と強欲龍は吐き出す。
想像通り、強欲龍には周囲へ危害を加える意思がなかった。強欲龍は弱者も強者も、等しく奪う。だが、そもそも強欲龍は目の前に目的があれば、それを優先する存在である。
「そりゃあ、アンタは師匠にとっての仇であり、僕にとっての越えなくちゃいけない敵だ。二つも戦う理由が集まれば、アンタを見逃す理由はない」
逆に今は、師匠がそばに居らず、強欲龍も直接ここにいるわけではない。戦わない理由が二つもあるのなら、戦うことは避けるべきことだ。
そもそも不可能という話はさておいて。
“先にてめぇが聞きてぇだろうことは話してやるよ。長話だ、気が散ったらお前は面倒くさいだろう”
「僕を面倒なやつみたいに言うなよ、それが普通なんだ。アンタが単純すぎるのをこちらのせいにするな」
ケッ、と強欲龍は吐き捨てて、僕は大きく息を吐きながら、奴の言葉を待つ。
“まず、四天のやつは今の所考えが読めねぇ。俺をてめぇらとぶつけたい様だが、対決には横やりを入れないらしい”
「勝手にやってろってことか?」
“そうじゃねぇのか? でもって俺も、それなら利用させてもらおうってぇことで、今はそういう協定の中に俺と四天は存在している。まぁ、てめぇらには関係ねぇがな”
そうかな、と僕は思う。情報としては意味があるが、両者の間に割って入るかといえば、それはない。まぁ、別にそれを気にする必要もないのだろうけど。
“てめぇらはあそこを目指してるんだろう? なら、俺もそれに乗ってやるよ。ここでてめぇらを襲わねぇのは、俺もそうしたいからだ”
「アンタ自身の口からそれが聞けるだけでも、こちらとしては収穫だよ」
決戦の舞台は確定した。強欲龍も、そして僕たちも同じ考えならば、もはや検討の余地はないだろう。明日、この街を発ち、それから別の町へ――もう誰もないあの場所へ、僕たちは向かうのだ。
そう、つまり――
「――お前とかつてやりあったあの場所で、もう一度決着を付けることにしよう」
――僕らの目的地は、かつて師匠が守護していた街。強欲龍に破壊された街の跡地。――僕と師匠と、それから強欲龍の因縁が始まった場所でもある。
そこで、僕たちは強欲龍から師匠の父の形見を取り返す。
これは僕が、そして師匠が、決定事項として定めたものだった。運命故に、確信に満ちた顔で。対して強欲龍は、そこまで話して、一度視線を泳がせてから、頷いた。
“話すべきことはここまでだ。んで、次はこちらから話をさせてもらうぜ”
「……聞くよ」
一体なんだろうと僕は思う。突拍子もない、想像もつかないような内容だろうか。驚天動地の事実だろうか。わからない。
わからないから、答えない。
――強欲龍は、そして。
“
それは、問答だった。
強者だけでなく、弱者からも奪い尽くす強欲の龍。
だが、奴はわかっていなかったのだ。
僕は、その答えを知っている。ゲームで強欲龍は答えたからこそ、知っている。
ああ、それは――強欲龍。