――強欲龍に、弱者を蹂躙する意義はなかった。
というよりも弱者に対して、強欲龍は当初興味がなかったのだ。目の前に傲慢という誰よりも奪いがいのある強者がいたから、より強いものから奪うことには、相応の関心があった。
けれども、弱者からはそうではない、意義がない、意味がない。奪ったところで価値もない。そして何より最悪なことに、
それが奴の使命であるがゆえに、奪わないよりは、奪う方が、やつにとってはまだ強欲だったのだ。
ただの塵に等しい相手だとしても。
それが変わったのはいつからだろう、と。答えは言うまでもなく、あの時だった。僕はそれを知っている、ゲームでも語られて、師匠からも語られて。
こうして、こいつと正面から話をするのは、思えばこれがはじめてだ。そもそも、会話した機会が少なく、僕はこいつのことを、直接よく知っているわけではない。
――だとしても、お互いに、お互いの関係を一言で表せと言われたら、僕たちは同時に宿敵、と応えるだろうことは想像に難くない。
不思議な関係だと、そう思う。
はじめて激突したその時に、あの場で再会したそのときに、僕らは逃れられない宿命を背負ったのだ。だからこそ、こうして話をすることは、本来ならばありえないことなのである。
必要がないからだ。僕たちは本当に短い付き合いしかないが、それでも十分なほどに濃厚に刃を交わらせて来た。だからこそ、僕たちは言葉ではなく、これからも剣をぶつけ合うのだ。
だから、これはイレギュラー、ありえざる邂逅。
しかし、
ゲームでこのイベントが起きるのは最終盤の直前だ。強欲龍は復活してから世界を大混乱の渦に巻き込んだが、世界を終わらせるには至らなかった。
もはや世界には当たり前のように概念使いがいて、それを殺す方法も周知されていて。
だから自然と、強欲龍は
これは、きっと傲慢龍も変わらないだろう。世界に版図を拡げきった人類に対して、個人の大罪龍はあまりにも小さかった。
こういう時人類の脅威足り得るのは、結局の所憤怒龍や暴食龍のような、人類の殲滅性能が高い存在だったと言えるだろう。
――故に、強欲龍はその中で最強を目指す。もとよりやつにとってはそれが何よりの命題であったこともそうだが、強いだけの個人に、世界を変える力がなくなった時代というのは、彼にとってまったくもって面白くないことだった。
強欲は、全てを奪わねば強欲たり得ない。弱者も、強者も例外なく、等しくまったく大差なく。強欲龍は強欲だった。
だが、だからこそ。
悩んだからと言って、奪う手を止めないところが、強欲龍の強欲たる所以だが、ともかくこんな豪放磊落極まりない強欲龍でも、悩むことがあるのだ。
まぁ、悩むといってもなんでだろーなー、まぁいいかー! といった感じなのだが。
いやだからといって、師匠のようにずっと引きずるように思い悩んでほしいかと言われると否なのだけど。師匠の方もどうしたものか。
アレは僕がどうにかできる問題じゃないからなぁ。
ともかく、そんな強欲龍だったが、そもそもやつにとって、弱者に価値を見出したのはある事件がきっかけだ。
事件、というべきかは定かではないが、強欲龍にとっての転機。
いや、もっと端的に言えば、
強欲龍はあの形見、懐中時計に執着している。自身の星衣物としてしまうまでに、自身の一部としてしまうまでに。なぜか、
師匠の父親は、強欲龍の中に、壮絶な衝撃をもたらした。結果、その持ち物である懐中時計を奪い取り戦利品としたのだ。
――ならばそれは、
弱者の意地を、人類の意地を見せつけて、最後まで立派に戦い抜いたということか。
である。考えても見てほしいいのだけど、そもそもそんなこと、
大切な人を守りたい。そんな感情が、強欲龍の心を揺らがすのかといえば、
ありふれているのだから、心は誰にでもあって、誰もが大切を守りたいと思っているのだから。
であるならば、師匠の父のしたことは?
懐中時計を奪われ、それを奪わないでくれと、自分はどうなってもいいから、
無骨で、
矜持があって、
失うことを恐れるが故に。
その矜持すら投げすてて、
そして、故に強欲龍には、今も手元に懐中時計が握られている。
しかし、それが何故かは、強欲龍にも解らなかったのだ。
ただ、あまりにも抵抗するから、
以降、強欲龍にとって、この懐中時計が弱者から奪い取ったものの証となって、
しかし、だからこそ言える。
強欲龍は今も、
ゆえの疑問。
――僕は、その回答を、今から詳らかにしようとしていた。
◆
ゲームにおいて、師匠の父親は師匠の口から憧れの人として語られる。師匠に対して尊敬の念を抱いていたヒロインは、故に師匠の父にも憧れを抱き、けれど。
強欲龍の言葉でそれを裏切られることとなる。
そもそも、強欲龍の復活は3の主要人物の本意ではない。復活させないために動き、そして失敗した結果、その根本的な原因の一つとなってしまったヒロインはひどく動揺する。
そこに強欲龍と再会を果たした師匠。更には強欲龍から伝えられる、憧れの父だったはずの人の、無様とも言える最期。
それはもう、ヒロインの心を揺さぶるには十分で――前にも話したが、これが師匠の故郷だった場所で師匠の生前についてを語るというイベントだ。
だが、その真実は違うものだった。無様だというのは演技――心の底から自分を欺いていたかといえば否だが、過剰に無様を演じていたのは紛れもない事実。
娘を守るためにすべてを捨てたということを知った師匠とヒロインは、そんな父のあり方に安堵するのだった――というエピソードだ。
でもってこれが、終盤、強欲龍の転機でもあったことが明かされる――非常に重要なイベントと、そして過去である。
「つまりアンタは――無自覚にそれを感じ取っていたんだよ。あの光景にあった真意を。まぁ、本質的にはそれを理解していないから、場合によっちゃ師匠を煽ることもあっただろうけどね」
“
徹頭徹尾、強欲龍は悪だ。善と呼べる部分はほとんどなく。ただ、その悪も他者とはまた違う種類のものであっただけ。
だから他者とは隔絶した存在に見えるし、その悪を貫く姿は、舞台の外から眺める分には、カッコイイと思うのだ。
まぁ、実際にその悪意を向けられる側からしてみればたまったものではないが。
「四天から聞いたのか……まぁいまは関係ないけど。ともかく、彼はその形見と引き換えに、師匠を守った。師匠から形見と言われた時、なんとなく感じるものはあっただろう?」
“まぁな。
そう言って、手元に懐中時計を出現させる。ああ惜しいな、目の前にいたら奪い取ってやるのだが。――そんな視線を感じ取ったか、強欲龍は楽しげに笑みを浮かべた。
なんだその、お見通しだぞと言わんばかりの眼は。
“――合点がいった。俺の中にあった大きなつかえが、とれた気分だ”
「そうかい、それはよかった」
まったく、と嘆息しながら返す。
――強欲龍の中にあった感情の理由はこうして明らかにした。それでこいつが何か変わるわけではない。もとからあったものの形を明らかにしただけなのだから。
ゲームでは、主人公はお人好しで、それでも強欲龍に変化を求めた。自分が変われたのだから、成長できたのだから、強欲龍も――と。
かけた言葉は、変化を求めるものだった。なんて言ったんだったかな。
“弱者には、弱者の価値がある、ということはよく解った。
「……」
――そうだ。
“弱者が強者になることもある。強者が弱者になることもある。奪われる立場に立った時、
強欲龍は、僕を見た。
それから遠く、師匠の故郷の方を眺めて、
“――紫電の父は、強かったのだな”
――
言い方は、違ったけれど。
「――人の価値というのは、
そう、言っていた。
トライデントの主人公は、強欲龍にそういうふうに変化を求めたのだ。だから、強さを求める強欲龍は、弱者も強者も関係なく、強さだけを見てほしい、と。
“今俺が言ったことと変わらねぇじゃねぇか”
「――
“ああ?”
理解できねぇと、首をかしげる強欲龍に、僕は楽しげに笑う。
ああ、なんというか――かつて、遠い未来の、しかし同時に遥か過去で起きた出来事。ゲームの中でのイベントを、まるで再現するかのようなそんなやり取りは、
僕をワクワクさせるには十分だった。
「いずれわかる時がくるよ」
“んだよ、それは”
結局、主人公の言葉では強欲龍は変わらなかった。
しかし、やがて悟るだろう。
多くの冒険を乗り越えて、強欲すらも受け入れられるようになった主人公たちは、最後に惜しんだ。死にゆく強欲龍に、死によってすべての因果が精算されたからこそ。
けれども、強欲龍は語るのだ。そんな彼らを諭すように。
それが最後の言葉だったんだ。
先へ進む者たちへの餞。強欲龍が最強を目指し、たどり着いた境地。
旅の終わり。
――なぁ、強欲龍。
この世界で蘇ったお前は、何を見る? 僕たちと関わり、そしてマーキナーとの対決の渦中に放り込まれたお前は。
“――終わりみてぇだな”
ふと、強欲龍の姿がブレる。
四天がその概念技の効果を終えるのだろう。
「ガヴ・ヴィディアには、首を洗って待っていろ、と伝えてくれ」
“ハッ、気が向いたらな”
そうやって、互いにそれ以上の言葉はない。
交流は、ここでおしまいだ。もう、必要はないだろう。
だから僕たちは背を向ける。
――なぁ強欲龍。もしも聞かせてくれる機会があったなら、聞かせてくれよ。
お前にとって、僕たちとの奪い合いが楽しかったのか、ってさ。