「――ねぇ、アンタ、グリードリヒと会ってきたでしょ」
「……何で解ったの?」
「匂い」
――突然、二人になった途端、フィーが恐ろしいことを言ってきた。おそらく、彼女のこれまでの言動の中で、一番恐ろしい発言だっただろう。
何故か強欲龍と会ってきたのに、浮気を咎められているかのような感覚に陥るのだから。
まぁ実際、危険を冒しているというのは事実だろうから、僕は言い訳の余地もなく、返すほかないのだけど。
「ほんと、あんたってさぁ……まぁ、今更だし。ルエには言わないでおいてあげるけど」
「リリスには?」
「言うまでもない」
だよね、と苦笑。彼女はきっと把握しているだろう、僕が何をしてきたか。そういう事ができる子だ。まったくもって末恐ろしい。
こういう時、師匠はきっともっと大人になっても今のままだろうな、と思うと少し安心するのであるが。
「色々言いたいことはあるけど、そこは全部飲み込んであげる。その上で――どうするつもりよ、今回」
「一応、策はあるよ」
ふぅん? とこちらに耳を寄せるフィー。今、僕らは師匠のクソデカテントの中で二人っきりなわけだけど、机を前に、横並びで飲み物を飲みながら話をしている。
そこで近づいてくるわけだから、自然とフィーと肩がぶつかった。この子ほんと……
まぁかわいいから良しとしよう。
「そもそも、大前提として、今から強欲龍が行おうとしている儀式には、
「……つまり、あの懐中時計を生贄にするってこと?」
「そうだね」
そこは、すでに話した通り。フィーもあくまで確認といった様子だ。では、それをどうやって強欲龍から奪い取るかという話。
「一つ、いい方法がある。
「ああ、この間ウリアなんとかで、アンタが百夜に転移させてもらったって言ってたわね」
「そうそう」
あんな感じで、多少遠くても百夜は僕たちを巻き込んで転移できる。だからそれを利用して、あいつが出現させた懐中時計をかすめ取るのだ。
「……なんとなく読めた。儀式の最中、あいつは懐中時計を取り出す必要がある。そこを狙うのね?」
「正解。フィーも解ってきたじゃないか」
「もうどれだけアンタと一緒にいると思ってんのよ、そういう小細工も、たいがい慣れたわ」
ははは、と少しだけ気恥ずかしくなって笑う。とにかく感情に素直なフィーは、こういう時は照れがない。子供っぽいと言えばそうかもしれない。
いつか、思春期とか来たりするんだろうか……まぁ、今は関係ない話だ。
「んじゃ、そういうことなら別になんでもいいけど、でもそれ、問題が無いわけじゃないのよね?」
「解決策もあるけどね。まぁ、要するに、問題点としては、
「……転移先は、
――それは、その通り。でもね、フィー、それだけじゃないんだ。僕は首を振る。
「
「……はぁ!? ちょっとまってよ、そんなのルエに決まってるでしょ!? そうじゃなきゃおかしいわよ!」
憤るフィー。だが、そう叫ぶために思考して、君も感じてしまったんじゃないかな?
「それが師匠じゃなくて、師匠の父だったら、転移するのは父親のほうだろうね」
「……! そんなの!」
つまり、こうだ。師匠にとって父の形見とは、
この違いはあまりにも大きい。
「…………ありえない、って、言えないわよね」
フィーは、やがて考えて、その結論にたどり着いたようだ。
「あいつは奪うことが目的で、奪ってしまった後に価値を求めない。そんなあいつが、未だに肌身離さず所持しているアイテムなんて……特別に決まってるんだわ」
「そう、その通り。ただ、解決策はある。というよりも、それは普通問題にならないはずなんだ。だって、
「……! そうか、その場合はそもそも、百夜の縁が優先されて、リリスのところに転移するってことね」
肝心なポイントとして、そもそも百夜が転移を行う場合、自分を基本的に対象に入れる。その時、転移先はまず最優先に百夜の縁を元にして選ばれる。
だから、百夜を含んだ転移なら、何も問題はないのだ。
普通に、何事もなく懐中時計を回収できるだろう。
「……普通なら、ね」
「なにか問題があるの?」
「
「…………なるほど」
考え込むようにうなずく。
正直なところ、こればっかりはやってみなければ始まらない。そもそも四天がどういった動きをするかがこちらには読めないのだ。
「そして、師匠は色々とそれで悩んでる」
「まぁ、そこはわかるわ」
「まず、百夜の縁を頼りにしていいのか、自分の縁を信じるべきじゃないのか」
「……そこからか」
嘆息するけれど、フィーだって似たようなタイプなんだから、同じような状況なら、きっと悩むだろう。とはいえ、この子はすぐに答えを出しそうな気がするけれど。
とにかく感情を優先するし、その場の雰囲気とか、流れに弱いからな。
「でもって、果たして自分の縁を信じたとして、果たしてそれが強欲龍を上回れるのか」
「……それで、最近ラインだの、あのおばさんだの、かつての知り合いに顔をみせてるってわけね?」
「
納得したフィーは、けれどすぐに顔をしかめる。
「じゃあ何で、アンタはグリードリヒと話をしたの? あいつの話って、あの懐中時計絡みでしょう。
「そうだね」
うなずく。
そうだ、まったくもって返す言葉もない。僕は強欲龍との会話を設けた。悩んでいる師匠のことを放っておいて。
それは、なぜか。
「でもフィー、考えてもみてほしいんだけど、
「それって、エクスタシアとルクスリアみたいな?」
「そう、だから僕は、
究極的に、この問題は世界を揺らがすものではない。僕が防ぐべきは、強欲龍が概念使いになるための生贄として、懐中時計が失われることだ。
これに関してはいくつか考えがある。ゲームでも、この懐中時計は色々あって、概念使いになるための生贄になったものの、消滅せずにヒロインの手に渡っている。
この方法を使ってもいいし、僕らが取れる独自の方法で消滅を防いでも良い。
だから、そこさえクリアしてしまえば、後のことは僕の問題ではない。師匠と強欲龍が、
「……グリードリヒに話をしたのは、
「そもそも、師匠に何も言われてないはずないだろ。フィーには言ってないだろうけど、たしかに僕は言われたんだ」
そして、強欲龍が僕を頼ったように、師匠はある選択をした。
つまり――
「
だから、僕は師匠の独白に答えを出せなかったし、師匠もそれを求めなかった。
解っている、師匠と強欲龍の縁を比べた場合、どうしても
――それでも、師匠は自分で答えを出すと決めたのだ。
「僕に誇れる、自分でいたいんだってさ」
「……あいつ、アンタに惚れてなければ、いい女よね」
そう言って、フィーは嫉妬混じりに視線を反らして、飲み物を口に含んだ。もうすっかり冷めてしまったけれど、むしろその方が、会話に盛り上がって火照った身体を冷ますには、ちょうどいいのかもしれない。
「ねぇ、じゃあさ――」
そのまま、更に身体を僕に寄せて、フィーが問いかける。
僕たちは、どことも言えない空間にいた。
不可思議、歪曲に満ちた空間だった。空はぐちゃぐちゃに絵の具で塗りつぶされたかのように歪み、潰れ、形容しがたい物となっている。
この場にいるのは、僕とフィー。それから、師匠に、リリス。師匠たちは寝ていたからだろうか、地べたに倒れ込んでいて、今まさに起き上がるところだ。
そして、
“悪いな、敗因。こいつが変なことをいい出したもんでな”
「――強欲龍」
一つは、強欲龍。
もう一つも――また、龍だった。
水龍、とでも呼ぶべきか、川の流れを思わせる、人魚の如き出で立ち。羽衣をまとったかのような尾ひれに、傲慢龍やウリア・スペルと比べると、線の細い、女性的な顔立ちをしていた。
それは、まさしく四天の一柱。
“急の呼び出しを謝罪。後、説明”
どこか機械的なその声音は、まさしくやつのあり方を表すには十分だった。
“可能性を検討。結果、この場での召喚に至る”
「……もう少し、わかり易い言葉で話せ――ガヴ・ヴィディア」
僕が呼びかける。
師匠たちも、意識を覚醒させたのか、立ち上がり、概念化してこちらにやってきた。
「こ、これはどういうことだ!?」
「アタシが聞きたいわよ! あいつはいつもどおりなんか解った風にあの四天っぽいやつと話してるし!」
「……百夜がいないのー!!」
後ろは大混乱だ。それにしても百夜がいない……少し困ったことになったな。とはいえ、想定内。こうなった以上、ガヴ・ヴィディアが百夜を呼び出さないのは自然なことだ。
“――揃ったようだ。では、告げる”
そうして、ガヴ・ヴィディアが浮かび上がった。
奴は宙を舞うように進み、中央に立って、
“我が名は四天の一柱。概念は『羨慕』――羨慕のガヴ・ヴィディアである”
――今回のことの発端。
四天の二柱目が、ここに姿を表した。
“