負けイベントに勝ちたい   作:暁刀魚

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129.策を成就したい。

 ――歪んでいた空間が、更に歪むことで元の形へ戻っていく。

 マイナスはマイナスで相殺され、元通りというプラスへと転じていく。それは、法則が変われば当然のことであり、根底にある概念が歪めば、そうなるのがこの世界の摂理だ。

 

 物理法則もまた、概念の一つ。

 僕の知る現実とは違う在り方は、しかしおおよそは僕の思う通りのことが適応されるため、概念と法則の違いは、こんなところで感じるのが一番大きいだろう。

 

 ともかく、ガヴ・ヴィディアの世界は崩壊した。

 異界を操る概念使い。空間を切り取り、隔離し、隔絶する。それがガヴ・ヴィディアの能力だ。本人は額縁の向こう側、と言っていたが、簡単に言えば()()()()()()()()()()()()()能力である。

 嫉妬する相手が大きすぎるなら、自分の手のひらに収まるまで矮小化すればいい。そのうえで弱らせて倒せば、労はほとんどないだろう。

 

 と、そんな考えが見て取れる。

 ともあれ、ギミックが解除されてしまえば、この箱庭は崩壊する。

 崩壊すればどうなるか。答えは簡単だった。

 

「――――小さい」

 

 天上から、世界を覆う大きさの百夜が覗き込んでいた。

 現実でなら、小さいのは百夜の方だ。しかし、ここはミニチュアにまで落とし込まれたガヴ・ヴィディアの世界。僕たちは今、百夜の数十分の一のサイズしかないのだ。

 

「――百夜!」

 

「解っている……私は、飛ばせないな」

 

 師匠が指示を飛ばす。

 ここまでは予定通り、問題はここからだ。何をするかは、もはや言うまでもあるまい。百夜の転移である。しかし、それには問題があった。

 まず、百夜はこちらを認識できるようになったが、まだ干渉は完全ではない。一方的に概念技を放つことは出来ても、自分と誰かを同時に対象に取ることは出来ない。

 そして、懐中時計を転移させたとして、強欲龍の手元に戻るだけではないかというもの。

 ならば、転移の一瞬でもあれば奪い取れるかといえば、それは難しい。ここまでのことで分かる通り、強欲龍は防衛能力がとても高い。

 

 その隙を突くことは、正直難しいというより、不可能と言わざるを得ない。

 

“――――笑止。不可能と解っていることを行動に移す無意味を嗤う。愚昧ここに極まったと判断する”

 

「――黙ってみてなさいよ、これはルエの戦いよ。貴方はもう関係ない、負けたのよ、ルエの起源を止められなかった時点で!」

 

 フィーが叫ぶ。

 その通り、ガヴ・ヴィディアがせせら笑う権利はどこにもない。世界を崩壊させ、こちらの介入を許した時点で、ガヴ・ヴィディアの敗北だ。

 

“笑止変わらず。たとえ転移させたとしても、強欲龍はそれを確保する! 儀式は続行される! 瞬殺しなかった時点で結果は変わらない! 世界の崩壊よりも、儀式の成就の方が迅速!”

 

「口数が多くなってるわよ。焦ってるなら、もっと端的に焦ってるっていいなさいよ!」

 

 気の利いた返しという点に関してはまだまだフィーは未熟だが、煽りに関しては一級品というか、僕らの中で一番得意ではないだろうか。

 まぁ、大罪龍だからな、といえばそこまでだけど。

 

 ともあれ、

 

「――うるさい。戦いに混ざれなくて不満、話し方もちょっと似てて不満。そのうえ、アレは品がない」

 

 百夜が、概念技を起動させる。

 

「その不満ごと、紫電の願いを一秒先へと送り出す」

 

「やってくれ、百夜。飛ばすのは、懐中時計――」

 

 師匠が、そして。

 

 今回の作戦の、核とも言える策を口にした。

 

 

()()()だ!」

 

 

「――“T・T(タイム・トランスポート)”」

 

 それは、つまり。

 

“な――――”

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という、本当にただそれだけのこと。

 

 想定できなかったのか? できるだろうが、ここでのポイントは、()()()()()()()()()ということ。師匠と懐中時計。この二つだけを飛ばせば、どうなる?

 転移は縁の深い場所へ転移する。僕たち全員を転移させれば、最も縁の深い存在のところに転移するだろう。

 

 どこか、

 

 ()()()()()である。

 

 転移で、この空間から出ることが出来ない以上、そうならざるを得ない。けれど、転移から僕を外せばどうなるか。僕と強欲龍。懐中時計を伴って師匠が転移するのはどちらか。

 

 

 ()()()()()()()()()()

 

 

 けれど、師匠と強欲龍の懐中時計の奪い合いという、そもそも土俵に立てるかもわからない勝負よりは、()()()()()()()()()()

 

 何より、()()()()()()()

 

「――――師匠」

 

 声をかける。

 転移する一瞬、師匠はこちらを見て――――

 

 

 ――――その場からかき消えた。

 

 

“――――”

 

 それは、そう。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()ということでもあった。

 

 

“――――ク”

 

 沈黙していた。

 僕も、強欲龍も、消えた師匠の方を見たまま、停止していた。何があったと、その視線がこちらへ向く。――強欲龍の手は、握られていた懐中時計の分が、ぽっかりとあいている。

 

 空白。

 

 そう、表現するのがぴったりだった。

 

“クハハ、ハハハハハ、ハハハハハハハハ!!”

 

 笑みは、

 

 ガヴ・ヴィディアから漏れていた。

 

“笑止! 笑止! 笑止イイイイイ!! かかった! かかったかかった! 嵌った!!”

 

 見上げる。

 そこには天女がいた。

 水神の如き龍がいた。

 

 ――醜い笑みで、その相貌は歪んでいた。

 

“何を――”

 

「……そいつの狙いは、ここにあったってことさ、強欲龍」

 

 僕達は、見上げてつぶやく。そう、強欲龍は言った、ガヴ・ヴィディアには狙いがある。しかし、その狙いは強欲龍にもわからない。

 故に乗るしか無い、と。

 

 ()()()()()()()()

 

“――敗因も知らぬことだろう。理由、当方はこの力を使用したことはない”

 

 奴の狙いは、()()()()()()()()で僕たちを嵌めること。

 それは、そう。

 

“――――概念起源、か”

 

“正解だと答えよう、愚昧”

 

 強欲龍の言葉が、全てだ。この事態を引き起こしたのはガヴ・ヴィディアの概念起源である。

 

“『鎮・魂(レクイエム・レイトショー)』”

 

 勝ち誇ったようにガヴ・ヴィディアがその名を口にする。見下ろす目は侮蔑と愉悦と優越に浸っている。浸かりきっている、とも言えた。

 

“それは心を檻とする己自身の枷。迷いあるモノを()()()()()力。迷いさえあれば、すべての人間が檻へと変化する!”

 

 ――鎮魂。やつがそういったこの能力は、簡単に言えば()()()()()()()()()を強制的に閉じ込める能力だ。その条件とは、奴の言う通り、()()()()()()()()()()()()()である。

 

 迷いのない存在など、この世界にそういるものではない。

 この概念起源が凶悪なのはその使用条件と、そして()()()()()()()()()()()()ことだ。そもそも、檻へと変えるという言葉通り、そもそも()などというものは存在しないのだ。

 

 ゲームでは――本来の歴史では使われなかったそれが、この一瞬のために使われたのだ。

 

“紫電に迷いの可能性。故、その迷いを利用するとした。紫電が転移に己を巻き込むことは読めていた”

 

 朗々と語る。

 この戦闘は、師匠の作戦はすべてガヴ・ヴィディアの予想通り。手のひらの上だった。だからこそ、両取りを狙ったというわけだ。

 

“俺の懐中時計を奪って転移したタイミングで使えば、()()()()も、()()()()()も同時に邪魔できる、っつうわけかよ”

 

“肯定”

 

 ――そして、それは成就した。ガヴ・ヴィディアの策は成ったのだ。

 

“迷い。愚か。紫電は誠に愚かである。悠長極まりない。決戦に悩みなど、迷惑きわまりない!”

 

「…………」

 

“強欲は女々しい。あのようなものに執着するなど、強者の行動ではない。強欲は小物である!”

 

“――てめぇ”

 

 儀式はゆっくりと終わっていく。

 生贄のない儀式に意味などなく。

 懐中時計を失ってしまえば、強欲龍は概念化の道を絶たれる。

 

“敗因に奪われるのは認める。それはただの俺の負け。だが、てめぇがかすめ取るのは、強奪じゃねぇ。欲も、執念もありはしねぇ”

 

 その口から、熱が漏れる。

 それは、つまるところ――

 

 

“ぽっと出野郎が! しゃしゃり出てんじゃねぇぞ!!”

 

 

 ――ガヴ・ヴィディアに対して熱線が放たれたのだ。

 

 

“『心・閃(マインド・アウト)』”

 

 

 一閃。

 

 それは、奴の身につける羽衣に切り裂かれた。

 

“笑止”

 

 それはつまり、

 

“額縁の破壊は、危険。()()()()()()当方には敗北の危険。しかし、同時に()()()()()()()()()()()。死地へ身を投げ出す行為”

 

 あのギミックは、ガヴ・ヴィディアへのダメージを防ぐと同時に、ガヴ・ヴィディアにとっての枷でもあった。これまで、ガヴ・ヴィディアは攻撃のための概念技を一つとして使っていない。

 先程までは()()()()()()のだ。コト、攻撃に至っては。

 

 ああ、たしかにフィーはガヴ・ヴィディアを概念崩壊に追い込んだ。()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()なら。

 

 師匠が消え、残る戦力は僕と、強欲龍、リリスにフィー。

 ガヴ・ヴィディアはそれに勝利するつもりなのだ。いや、勝利できなくとも、()()()()()()()()()()()()、次の四天が必ず勝利する。

 

 結局、四天とはマーキナーの手足であるからして、()()()()()のだ、最終的に。

 

 ああ、だから。

 

 

 僕たちは、ガヴ・ヴィディアに嵌められたのだ。

 

 

 もちろん、

 

 

 ()()()()()()()だけど。

 

 

「――――よくやった強欲龍! ()()()()()()の時間を稼いでくれて助かったよ!」

 

「珍しく、アンタに感謝してやるわよ! グリードリヒ!」

 

 僕たちは。

 

“――――?”

 

 ()()()()()()()()()()()んだ。

 

“笑止、熱線ごときで当方は撃破能わず。故に、等しく塵、に――”

 

 ガヴ・ヴィディアは、一瞬理解が遅れた。

 

 僕たちが狙っているのはガヴ・ヴィディアではなく、

 

 師匠がいた場所だということへの理解が。

 

“――――貴様!?”

 

「理解が遅いんだよ! 僕がその力を知らないと思ったか? 確かにゲームじゃ使われなかったけどな、()()()()()()()()()()!!」

 

“――何を、言っている!”

 

 そう、僕はガヴ・ヴィディアの概念起源の存在を知っていた。知らないわけがないのだ。僕はドメインシリーズの資料集も買い漁って、ゲームでは使われなかった奴の能力についても知っている。

 使われなかったというか、使えなかった、なのだけど。

 

 ガヴ・ヴィディアの能力は、その場に迷いのある人間が一人でもいなければ使えないからな。

 

 そして、その特性もよく理解している。

 

「待ってなさいよ、ルエ。アンタの迷いは、間違いなんかじゃない! “嫉妬ト色欲(フォーリング・エクスリア・カノン)”!!」

 

 叩きつけられた熱線によって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()

 それは、小さい。けど、

 よく見れば、檻の上方は、()()()()()()()()()()()。それが、この檻の特性。効果の発現に時間がかかるのだ。

 

 だが、その檻をみせずに姿を消すことで、ガヴ・ヴィディアはその効果を隠したのである。檻が完成するまでの時間稼ぎが奴の狙いだった。

 

「ありがとう、フィー!」

 

「……行ってきなさい、これはアンタにしかできないことよ!」

 

「がんばってなの!」

 

 僕が、即座に飛び出す。師匠の檻へは、ほんの数歩。あっという間に手が届く。しかし、それをガヴ・ヴィディアが見逃すはずもなく――

 

“や、めろおおおおおお! そこに入れば、この空間全てに不具合が!”

 

 だれが――止めるかよ。

 

“――()()()()ァ!”

 

 そして、そこに。

 

 背を押すやつがいた。

 

“強欲龍!?”

 

“――行けぇ、敗因! てめぇに託すのは業腹だが、もうてめぇしかいねぇ! ()()()()()()!”

 

「――ああ!」

 

 視線を、交わしたんだ。

 師匠は僕に、自分の悩みを打ち明けてはくれなかった。悩んだまま、ここに来た。それは結果としてガヴ・ヴィディアの狙い通りだったけれど、僕らはそれを問題だとは思わなかった。

 

 答えは、言うまでもない。

 

 転移の一瞬。師匠が消える時、師匠の目は雄弁に語っていた。

 

 ただ一言、そう。

 

 

 ()()()()と。

 

 

 ――――なら、

 

「それに応えないわけには、いかないですよね、師匠」

 

 この檻は、師匠の心。

 あの鏡の世界と同じだと。

 

 そう思いながら、

 

 

 それでも、僕は飛び込んだ。


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