負けイベントに勝ちたい   作:暁刀魚

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130.わがままを許したい。

 紫電のルエは、一人で抱えがちな性分で、一度抱えると、沈んで沈んで、沈んだままなかなか帰ってこないタイプだ。めんどくさいということなかれ、コレがなかなかどうして、()()()()()()()()それを感じさせない程度には、師匠は取り繕えるタイプでもある。

 逆に、ある程度踏み込んだ人間は、師匠に対して声をかけられず、師匠と自分の間にある壁に悩むという。

 

 ラインは師匠と共に国を造ったとき、国ができたときに師匠のポストは用意しなかった。する必要がないとわかっていたからだ。

 

 アルケは師匠と共に街を造ったとき、最初から下の人間をまとめるのは自分だと思っていた。師匠は一人にさせたほうがスムーズに動けることを知っていたからだ。

 

 師匠は誰にでも優しいし、なんならあって数日の相手のために生命を散らすことだってできるだろうけれど。逆に師匠を変えられるのは、本当に一握りの存在だけである。

 

 トライデント・ドメインに、紫電の概念を持つ少女がいた。彼女は幽霊に成って、数百年を孤独に過ごし続けた師匠にとって、はじめての希望だった。

 精神がすり減り続けて、自分が誰かすらもあやふやになり始めていた師匠にとって、会話というのは自分を取り戻すには十分な行為だったと言えるだろう。

 

 そんな紫電の少女は、元の歴史では師匠を変えて、救うことの出来た唯一の存在だ。敗因――つまりゲームプレイヤーであるところの僕は、師匠のことを変えるには至らなかった。

 ()()()()()()()()()()()()。それがゲームにおける僕の役割であり、ゲームの敗因は、師匠にとっての特別ではなかったと思う。

 

 ――師匠を救う切っ掛けは、大陸最強と呼ばれ、強く、そして何より聡かった師匠の想定を越えること。僕であれば、強欲龍の討伐。

 紫電の少女であれば――彼女の場合は、一つではない。ゲームの中で、何度も少女とその仲間たちは解決が不可能とも思える事件を解決し、師匠の想定を越えてきた。

 

 なぜ、それができたのか。世界に余裕があったから、師匠の時代とは、生きる人々の姿勢が違う。だから師匠の時代には()()がなく。その時代には()()が許された。

 

 つまり――

 

 

 師匠を変えたのは、()()()()()()()()()()()()だったのだ。

 

 

 ◆

 

 

「――なぁ、君は自分の勝利を疑っていないのかい?」

 

「もちろんです」

 

「その勝利は、未来につながると信じているのかい?」

 

「当然でしょう」

 

 暗い。

 

「そもそも、戦うことが正しいと思っているのかい?」

 

「僕はそうしたいと思いました」

 

「それを誰かが望んでいると思っているのかい?」

 

()()()()()()()()()()()

 

 暗い、昏い、クライ。

 ――恐怖に泣き出してしまいそうなほどに、なにもない闇に染まった空間で。

 

「この世界に希望はない。この世界に未来はない。魔物と呼ばれる災厄に、人はどうする術もない。――希望があった。しかしその希望も、世界を救うには至らなかった」

 

「――概念使い」

 

「そう。魔物と大罪龍という、抵抗しようのない宿痾に人が襲われた時、手にとったのは、世界でもっとも原初的な武器だった。概念は、世界の始まりなんだろう?」

 

「僕らの世界では、人類がはじめて手にとった叡智は、火、だと言われています」

 

「はは、ロマンチックだなぁ」

 

 概念とは、灯火だ。

 概念武器はその形に関わらず、色のついた光が形を作る。師匠の場合は紫色。僕の場合は灰色だ。

 

「こんな小さな篝火で、人は一体なにができるんだい?」

 

 手にした紫電の概念武器を、師匠は僕に示してみせる。――小さい、とは言うまい。槍としては大きく、全長は師匠の体格を上回る。

 決して小さいということはない。

 

 だが、世界すべてを守るには、あまりにも足りない。

 足りない、()()()()()

 

「けれど、気がつけば君は――傲慢龍を倒していた。私の目の前で、私の隣で、それを成し遂げたんだ」

 

「はい」

 

「――素直にすごいと思う。けどね、一つだけ」

 

 ――概念武器が、闇へと消える。

 ここに、僕と師匠は確かにいて。

 

 しかし、

 

 その姿はどこにも見えなくなってしまった。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 師匠は、僕の背後に現れた。視線は向けない、ただその言葉を受け止める。

 

「傲慢龍を撃退するのは、いい。それは世界の誰もが望む行為だろう、とても素晴らしいと思う。けどね、()()()()()()()()()()()()は果たしてあったか?」

 

 それは、つまり。

 

「マーキナー……ですか?」

 

「そうだ。対決する意味は果たしてあるのか? 人類が成長するのを待つのではダメなのか?」

 

「それは――」

 

 僕が、答えようとする。

 

 しかし、

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう」

 

 

 ――停止した。

 

 色欲龍の問い。影欲龍を巡ってのこと。

 ()()()()()()()()()と彼女は言った。実際それはその通り、影欲龍が器を壊すことがなかったら、憤怒龍が自身の遺跡を壊してしまわなかったら。

 

 僕たちは、こうする必要なんてなかったのだ。

 

 それは、そう。

 色欲龍がそうだったように――

 

 ――人類は、果たして僕の行動を望んでいるのか? そんな疑問へと、行き着くのだ。

 

「確かにそれは、いつかは必要なことだろう。人類が生まれ、それを敵として盤上の主がゲームを初めた時から、いずれ定められた運命だ」

 

「そうです。ですから僕は――」

 

「――誰が、そんなことをしてくれと願った。負ければ自分のすべてを奪われるような戦いに、無謀な賭けに誰が生命をベットした!」

 

 ――叫ぶ。師匠の姿は、僕の横にある。

 

「君だろう! 君が自分のワガママで、自分の独善でそれを選んだんだ! もしそれを世界中の人々が知ったとして、果たして君を受け入れると想うのか!?」

 

「……ありえないでしょうね。あまりにも身勝手で、押し付けがましい行為です」

 

「それがわかっているなら、なぜ君は戦うことを選ぶ!」

 

 そして、最後には目の前に。

 

「――これは世界の命運がかかった戦いだ。一人の個人のワガママで、それを変えていいはずがない」

 

「……」

 

「今回、私が自分で考えて、動いて、やってみて。――結果がこのざまだ。なぁ、わかるかい? 普通個人のわがままなんてものは、()()()()()()()ものなんだよ」

 

 ――そうだ、これは。

 そもそも、強欲龍の一件は師匠のワガママで始まったことだ。正面から奪い取りたい、勝ち取って取り戻したい。強欲龍は悪のままでいてほしい。

 

 ()()()()()()()()()()、僕たちにそれを優先する理由がないのだ。

 

「君たちが受け入れてくれて、挑戦する機会を得て、失敗した。結局こうして君を頼ることになった。ダメなんだよ、世界のために、誰かのために、()()()()()()()なんてものは!」

 

 そして師匠は、

 

 

「絶対に持っちゃ、いけなかったんだ!」

 

 

 ――どうしようもなく、歪みきった本音をさらけ出した。

 

「此処から先、君の戦いもそれと同じだ。コレまでがうまくいったからって、これからもうまくいくとは限らない。何より、相手は全知全能、すべての可能性を操る存在だ」

 

「……」

 

「わかるだろう!? 私のように、迷惑をかけてまでわがままを通して失敗したら、今度は世界が終わるんだ! そんなもの、誰が認めてくれるんだよ!」

 

 ――それは、果たして。

 

 間違っていると、一体誰が言えるだろうか。

 

「しかも君は、それに答えを出せていない! 色欲龍になんと答えた? 個人の意思に委ねる? 結局誰かに世界の責任を投げただけじゃないか!」

 

 ――結果として、マーキナーはその選択肢を奪った。

 だが、僕は何も答えていない。ただ、選択肢を奪われたがゆえに、そうするしかなかっただけだ。

 

「ふざけるな! そんなワガママに世界を巻き込むな! 君の勝手な考えで、後戻りできないトリガーを人類に引かせるな! そんなもの――!」

 

 故に、

 

 

()()()()()()()()()()()()()!」

 

 

 ――正しかった。

 

 どうしようもなく、紛れもなく。

 

「――師匠」

 

「……なんだ?」

 

 僕は、手をのばす。なにもない闇へ。思いを馳せて、

 

「たしかにそれは、どうしようもないことだと思います。アナタの行っていることは紛れもなく正論で、僕は間違っている」

 

「そうだろう」

 

「でもですよ」

 

 僕は、()()を掴んで、一歩前に出る。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 詰め寄るように、返答を始めるのだ。

 

「確かに僕はルクスに選択を委ねました。自分の答えを口にしませんでした。――はっきりいいます、今もその答えは明確には出せていません」

 

 そうだ。

 師匠の言葉は正しいし、僕はその問いに返す答えは持ち合わせていない。間違っているのだ。僕が行動する理由は、()()()()()()()()からで、それに世界の命運を賭けるなんてこと。

 普通なら、おかしいに決まっている。

 

 だとしても、

 

「でも、()()()()()()()()()()()()()()。そのときに、僕は胸を張って答えたい。そう思っても、います」

 

「そんなもの!」

 

「だから、()()()()()んですよ。だって、マーキナーは手を止めていないのですから。僕らはそもそも、あいつに干渉を受けているから、それを断ち切らなければならないと考えているのですよ?」

 

 手をかざした。

 三本、指を立てて、師匠に示す。

 

「……なんだ?」

 

「答えはありません、ですが――三つ、言えることがあります」

 

 三つ。

 僕から、今言えることは、三つだけ。

 

「まず一つは、今行った通り、()()()()()()()()()()()()()()です、僕らに選択肢はありません」

 

「だからといって、もっと方法があったんじゃないのか。頼れる存在が――」

 

 ――ああ、なんというか。

 ()()()()()()()()()()な。

 

 師匠の言葉には、たしかに真実はあった。というよりも、嘘はなかった。間違いなく一つは師匠の本音で。もう一つは絶対的な正論だろう。

 

 けどな、

 

「――二つ。()()()()()()()()()()()()

 

「――――」

 

 ありえないだろ、師匠が誰かを頼るなんて。

 それこそ、僕らという仲間でもなければ、師匠は誰かを頼ることはしない。信用はしても、信頼はしない。それが師匠という人だ。

 

 手を掲げる。闇に向かって、天に向かって。

 

 ――ここは師匠の世界。

 師匠の心が反映されて、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ああ、だから。

 

「なぁ、()()()()()()()()

 

 これくらいの干渉は、容易に決まってるよな?

 

「――なぜ」

 

 機械的な、声だった。

 

 師匠のものとは思えない、感情の伴わない声だった。

 

「――――三つ」

 

 僕が掲げた手には、剣。

 

 高く高く、それはどこまでもそびえ立ち。

 

 ガヴ・ヴィディアへと変質し始めた師匠であった師匠ではないものを。

 

 

「他の誰かならばともかく。僕の仲間が、師匠が今更それを、口にするものかよ!」

 

 

 ――一刀両断、切り裂くのだった。


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