――迷い、戸惑い、故に彷徨い、たどり着いた先で、少女は彼に出会った。
彼はどこまでも傲慢で、強欲で、だけれども誰かのために戦える人だった。自分にはないものを持っていて、少女はそれを強烈に見せつけられて。
惹かれていたのは、最初からだった。
心を寄せたのは、あの時からだった。
絶望の中で、最後の最後にすべてをひっくり返してみせた彼は、今。
――少女と手を重ね合わせ。
あの時打倒した、しかし自分たちに追いついてきた大罪に、相対していた。
◆
「――またせたな、強欲龍」
“待ってたぜ、敗因、紫電”
見下ろして、強欲にも双方の名を呼んだのは、大罪龍、グリードリヒ。
見上げて相対するは、彼を討伐するべく、因縁の地に駆けつけた概念使い、敗因と紫電。
あの時と、同じ光景だった。
今は、夜明け。太陽に照らされた三者三様は、しかし。
あの時とは違って、全員が笑みを浮かべていた。
“――敗因、てめぇはすでに気付いてるんだろ?”
「ああ、おかげで助かったからな」
三人――僕たちと強欲龍。先程ガヴ・ヴィディアの異空間で相対した時と、違いは一見ない。しかし、実際には師匠の首には懐中時計が下げられて、そして強欲龍には
ただし、後者に関しては、そもそも――あの戦闘前から、そうなっていたのだ。
使用しなかっただけで。
「調子はどうだ、強欲龍。懐中時計を奪われた調子は」
“バカを言うなよ、奪われたのならまた奪い返せばいい、次に奪い返せば、その懐中時計は弱者にも、強者にもつながる縁になる”
師匠の挑発を、強欲龍は心底嬉しそうに返した。奪われたことなど、彼にとっては瑣末事。言葉通り、また奪い返せばいい。
なにより――
“――その懐中時計は今、俺が世界でもっとも欲するものだ”
――奴の強欲に終わりはない。
「だろうな。でも、もう返さない、二度とこれは手放さない」
“何をそこまで、それにこだわる。――てめぇの親なんざ、てめぇの人生にとってどれだけの時間を残した? それはてめぇの親にとって価値のあるものだとしても――”
「――――あるさ」
掲げる。
師匠は胸元の懐中時計を掲げて、愛おしそうに笑みを浮かべる。
幸せそうに、慈しむように、少女は母のようにそれを愛した。
ああ、
眩しい、と陽の光に照らされる師匠を見て、僕は思った。
「思い出があった」
――尊敬すべき父との思い出が。
「後悔があった」
――何も出来なかった人生の後悔が。
「奇縁があった」
――師匠はここで、僕と出会った。
「復讐があった」
そして僕と――強欲龍を討伐した。
「どれも、どれも。私の大切な過去なんだ。この懐中時計だけがそうじゃない。私を構成するすべてが、私の中にあるものが、私を作ってくれるんだ」
やがて、掲げた懐中時計を胸に抱える。僕も、そして強欲龍も、どこかそれに聞き入る様子で、耳を傾けた。
「――それが、私は嫌だった。私は私のことが嫌いだったんだ」
まぁ、そうだろうなと。
頷いて、
「でも、変化があった。君が横にいてくれるから。君が肯定してくれたから。私は私を好きになれた」
僕の方を向いた師匠は――今まで僕が一度も見たことのない顔をしていた。
笑みとも、幸福とも、慈しみとも、親愛とも、似ているようで似つかわしくない。少女と女性の間にあるような、不確かで、けれどもこの一瞬にしか浮かべることの出来ない笑み。
だから、と、
師匠はそんな笑みで。
「だから今の私は、私に関わる大切が、大好きなんだ!」
――やがて、師匠の手には紫電が収まっていた。
僕が、強欲龍がそれを見る。
紫電の槍に大きな変化はない。もとより、概念武器に大きな外観の変化は存在しない。ただ、師匠の身体からも、紫電はあふれるように広がっていた。
“――翼?”
「ああ、使う機会がないから、知らないだろうけど」
師匠は、広がった翼に手をやって。
「
“……なるほど”
先の戦いで、師匠の概念起源は使用回数がゼロになったはずで、しかし強欲龍は驚きもなくそれを受け入れた。当然僕も。
――これこそが、時の鍵。強欲龍の星衣物の効果だからだ。
「私の概念起源は、ただ膨大な量の紫電をぶつける技、というだけではない、真骨頂は紫電の操作さ。私は先程の戦闘のように、出現させた紫電を自在に操ることができるんだよ」
“……なるほどね、それで紫電を操って翼を作り、空を飛ぶってわけか”
「まぁ、地上での戦闘が多いし、移動技での空中機動もできるから、あまり意味はないんだけど、楽にはなるだろう?」
たん、たんとステップを踏んで、最後に師匠が浮かび上がる。結果、強欲龍との間に、両者の目線が逆転した。
“ハッ――――”
対して、強欲は。
“――――最ッ高じゃねぇか!”
獰猛に、笑った。
“今、俺がこの世で最も奪いたいものが、
「……来ますよ、師匠」
「解っているとも」
“やろうぜ、紫電! 敗因! てめぇらの最高を! てめぇらの魂を俺にみせてみろ!”
対する強欲龍は、そして。
“オレの名はぁ! 大罪の一柱、強欲龍! そしてェ!”
――その手に、自身の姿を覆い隠すほどの巨大な
“『勝利』のグリードリヒ!! 最強へと至り、最高を奪う概念使いだァ!!”
かくして、ここに。
「決着だ、グリードリヒ! お前の勝利は、僕の敗因に敗北する! ここがお前の、敗因だ!」
「私の思い! 私のすべて! この一戦に賭ける! 全部全部、持っていけ!」
僕らもまた、
「“
◆
――あの時、強欲龍はすでに概念使いになっていた。
方法は、これまた設定資料集より。概念化の儀式に必要な血は、色欲か嫉妬のものだ。でもって、思い返して見てもらいたいが、
これに関しては、正直なところ想定できることだった。なんてったって、強欲龍が概念化したところで、その強さは四天とそこまで絶望的な差はない。
もちろん、実際のところは強欲龍の方が強いだろう。あの四天がそれを許したのは、
実際、強欲龍は僕らとは協力態勢にない第三勢力で、基本的に僕らとは敵対している。
問題はその上。
交渉の怪しさはさておいて、
結果、すでにあの懐中時計は
では、その機能を付与させないほうが、ガヴ・ヴィディアにとっては優先されるのではないか、とも思うが、ぶっちゃけ付与される機能は
付与されるおまけの機能、それこそが、先程師匠が概念起源を使用した絡繰。
僕のスクエアは、そもそもあれは使用できない概念起源を無理やり変換して使用しているので、この機能で問題なく使用できる。
他には――
「“
リリスの概念起源。
この世に存在するあらゆる概念起源の中でも、とびきり強力な強化のそれを、惜しげもなく使用して、僕らは戦闘を開始した。
迫る拳。スクエアを起動したにも関わらず、概念化した強欲龍はそれを素のスピードで上回ってくる。僕はそれをなんとか往なしながら、懐に潜り込む。
スロウ・スラッシュを含ませて剣を振るうと、僕の身体を通り抜けた拳圧が吹き飛ばそうとしてくる。無敵時間で躱しているし、ノックバック無効もあるので問題はないが、これが素の状態であれば、僕は大きく吹き飛ばされて――
恐ろしいのがこのノックバックだ。吹き飛ばされる、ただそれだけで凄まじい威力なのである。言ってしまえば、そういう効果の追加ダメージが存在するといったところか。
なんとか速度デバフを入れつつ、切り結ぶ。一対一では、明らかに僕は押されていた。そもそもからして、スクエアの基礎スペックはギリギリ傲慢龍に及ぶかどうかといったところなのだから、それを上回る今の強欲龍には、勝負にすらならない速度なのだが。
「――こちらを無視するなよ! “
師匠が切り込む。自身に対して好意的な存在の数だけ効果を増すラインの概念起源。今回は意図的に、その数を絞っている。大きすぎると、取り回しが難しいのだ。
とはいえ、威力は変わらない。
“チッ――『
強欲龍が、大剣をそれに横からぶつける。うまく剣は強欲龍からそれ、外れる。とはいえ、無理にずらしたのは強欲龍の方だ。
「“
直後、師匠の足元に光弾が出現し、上方へ向けて無数に射出される。強欲龍の胴体を狙って。いくつかは剣で弾かれるものの、またいくつかは強欲龍の身体をえぐる。
“ぬ、おおおおっ!”
「僕も忘れるなよ! “
追撃。強欲龍に間断なく攻撃を叩き込み、反撃の機会を与えない。スクエア込みで、その攻撃の殆どは概念起源。使用回数の切れた概念起源とはつまるところ、現在この世界には存在しない概念使いの概念起源も含まれる。
師匠が使用しているのは、これまで歴代のドメインシリーズで登場した概念起源。フィナーレ・ドメインではこれを色欲龍が使用していた。
不思議な縁だが、そもそもからして、ゲームで紫電のルエにも、その父にも、そして強欲龍にも面識があるのは、彼女しかいないからな。
ともあれ、それで強欲龍を追い込むが、しかしあちらもただでは済まない。
師匠が無数に概念起源を使用できて、僕たちが二人がかりでスクエアを起動して、
今は追い詰めているものの、即座に反撃が帰ってくる。
“オォッ!! 『
横薙ぎ。
大きく振るわれたそれは、
――攻撃を振るった強欲龍の身体が、青白く光を帯びる。
“『
更に斬撃。大きく飛び上がった僕らに、追撃だ。これにも衝撃破が伴い、僕は吹き飛ばされ、師匠は概念起源で受け止める。
――強欲龍の体の光が、黄色に変化した。
そして、変化はもう一つ。ラインの概念起源、カントリー・クロスオーバー。それが、今度は
何故か。
強欲龍の概念技の特性は、このバフがコンボであるということ。バフの効果は数秒で切れ、また何もない状態に戻る。しかし攻撃を使い続ければ、それだけバフの総量が増加し、最終的に最上位技へと至る。
だから、このバフを継続させてはならないのだ。
僕は即座に反撃に打って出る。
「“
――僕の移動技には、隠された効果がある。というか、使い所がなさすぎる追加効果が存在する。バフの消去。はっきり言って、この状況においては、メタとして機能する効果だった。
だが、
“――強欲裂波ァ!”
強欲龍は、大罪龍だ。変わらず熱線を使用できる。
「こっちも無視しないでもらおうか!」
師匠が、紫電の翼をはためかせ上を取る。細やかな軌道は、移動技での曲芸では無理な話だろう。
しかし、
“無視するわけがねェだろうがよ! 『
拳を振り上げた強欲龍。そこから凄まじい勢いの拳圧がとんだ。
「だよなぁ!」
師匠は既のところで回避する。
そのまま踏み込んで――
「“
――一閃。
しかし、それは受け止められる。
“通るかよ、そんな素直な直線!”
「ああ、そうだな! ――こっちが本命だ! “
――師匠の翼から、振り下ろした大剣と化した槍から、紫電が溢れ出る。
“こいつ――! ぬ、おおお!”
「そのまま焼き尽くされろ!」
しかし、
“なめる、なぁああ! 『
焼き尽くす紫電が阻まれる。効果は極大防御バフ!
――直後。
その体に赤い焔が走る。強欲龍のコンボが完成したことを示していた。
「師匠!」
「――“
転移技。
百夜のそれは、アレも特殊な概念起源なのだ。本来の百夜ならば使用できない技。故に、概念起源の一種とこれもいえなくはない。
ちなみに、なぜ使えるかと言えば、今リリスと行動をともにしている百夜が、この世界の百夜ではないからだ。
――かくして僕らは消え失せる。その直後。
“『
勝利のグリードリヒの最上位技が、周囲を吹き飛ばした。
――僕らは、空中で師匠に引っ張られながらそれを見た。
廃墟も、地面の舗装も。何もかも。
ただ、荒れ地に戻った一角で、強欲龍はこちらを見上げている。
圧倒的な破壊と、副次効果として、
「今の、リリスのアレでも受けきれるのか?」
「
今、僕らはリリスの概念起源で死を否定されている。しかし、だとしても、僕はそれを信用しきれなかった。あの一瞬。もし本当にアレをリリスの概念起源で防げるのだとしても。
試すことは、どうしてもできなかったのだ。
息を呑む。
――ゲームでは、最終決戦までにイベントでの弱体化が挟まった。他の大罪龍と同様に、ラスボスとして相対するためには、あの強欲龍は強すぎる。
それがない。
故に、最強。
――――それは、
「――行くぞ」
「はい!」
師匠が僕を手放して、僕は移動技でコンボを稼ぐ。
――さぁ、他のメンバーはまだここにたどり着いていない。もう少し、もう少しだけ、この戦闘を楽しむとしよう!