改めて発動されなおしたリリスの概念起源。奇跡の雨のなか、その雨の恩恵から外れた唯一の存在が、逃げ惑っていた。
――ガヴ・ヴィディアだ。
“不可解――! 不可解! 不可解!!”
叫びながら、無数の泡を飛ばしつつガヴ・ヴィディアが飛び回る。それは強欲龍から逃げるためであり、そして逃げた先に、フィーがいる。
「アンタのそれは不可解じゃなくて、不愉快って言うのよ! “
炸裂した焔がガヴ・ヴィディアの視界を奪う。このままでは攻撃がどこから飛んでくるかわからない。故にガヴ・ヴィディアは――
“『
予測不可の空間転移を敢行した。
そこに、師匠の紫電が突き刺さることも予知できず――!
“ガ――!”
「避けれるとでも思ってるのか、バカだな!」
師匠のしたことは単純だった。ガヴ・ヴィディアの転移はどこまでも転移できるわけではない、射程距離がある。ならば、
師匠の概念起源ならば、それが可能だ。
そして、その一撃に動きを止められた瞬間。
“――消えろやぁ!!”
強欲龍が、
“『
“ガ、アアアアアアアッ!!”
吹き飛ぶガヴ・ヴィディア、そして
「邪魔よ! “
飲み込まれる。
――触れればいかに強欲龍だろうと不死身発動まで持っていかれる一撃。とはいえ、ガヴ・ヴィディアは戦闘を一度終えたことで、ギミックが復活している。
そう、復活しているのだ。
“『
――それが、
またも熱線を無視して踏み込んだ強欲龍の横薙ぎによって、
“……て、停止! 停止! やめろ! 当方をそちらに……引きずり出すな!!”
“やかましいんだよ!”
拳が飛ぶ。吹き飛ばされたガヴ・ヴィディアは、手元の泡を一つ抱えると、一目散に逃げ出す。そんなことをして、戦闘から離脱できるはずもないのに。
「ここまでくると、いっそ哀れになるが、邪魔をされて腸が煮えくり返っているのは、残念ながら強欲龍だけではなくてね……! “
――回り込んだ師匠によって、大剣が振るわれる。薙ぎ払われガヴ・ヴィディアは地に転がり、這いつくばる。強欲龍が、それを上空から見下ろしていた。
“何故、何故、何故こうなっている――当方の策は完璧だった。何一つ間違いなく動作した。その状態からひっくり返されたのは当方の責任ではない。当方は悪くない!”
“――マジでんなことほざくのかよ、てめぇは”
理解できないものは、できないと。強欲龍は吐き捨てた。
そしてそのまま、続けざまに攻撃を加える。――ギミックは破壊されていない。師匠ならば概念起源で吹き飛ばせるだろうが、唯一の泡をガヴ・ヴィディアが抱えて隠してしまったがために、このままでは貫けない。
――流石に強欲龍ほどの怒りはない師匠は、さっさとこれを穿ってやるべきだと考えていた、のだが。
攻撃を加えられながらも、怯えながらも、ガヴ・ヴィディアはそれを手放そうとはしなかった。
「――介入する暇もないな」
「リリスたちはてまてまてばさきなの」
「足手まとい?」
なの、とリリスがうなずく。
さて、僕とリリスはといえば、この戦いを遠目に眺めていた。何故ならリリスの言葉通り、足手まといにしかならないからだ。
スクエアを使用できなければあの戦闘スピードにはついていけそうにない。
僕たちはまだ、パワーアップが済んでいないのだ。とはいえ、この戦いが終われば、もうすぐなのだけど。
「リリス、アレは持ったか?」
「なの、百夜もバッチリリリスのそばですの」
ならよかった。
――この戦闘は間もなく決着がつくだろう。こんな形になるとは思いもよらなかったが、結果として四天ガヴ・ヴィディアは滅び去る。
そのときに、ヤツが落とすものを回収するのだ。話はそれからである。
「四天って、どうしてあんなにも人の心がわからないの?」
「どうして……と言われてもな、マーキナーがそういうやつだから……としか」
マーキナーは、他者の不幸を、悲劇を好む。対等な対決を好むという、やけに律儀な性格以外は悪辣極まりない性質は、四天にもしっかり引き継がれていた。
「でも、マーキナーのそれって、人としてどーかとおもうけど、決しておかしなことじゃないの。そういう人が世界のどこかにいても、おかしくないの」
「マーキナーには意思があって、四天はそうじゃない、って言いたいのか?」
「なの」
四天のそれは、言ってしまえば反射とでも言うべき行動なのではないかと、リリスは言う。他者の行動を受けて、一定のパターンを返す機械のような行動。
それが四天の司る感情ではないのか、と。
「確かに、四天の感情と大罪龍の感情だと、四天のそれは
「はいなの?」
「そもそもマーキナーっていうのは、
「な、なのぉ……」
――リリスは僕の言葉に詰まって、しかし、同時に僕はそう問いかけたことであることを疑問に思う。リリスも同時に至ったようだ。
その視線を受けて、僕は口にする。
「あれ、それじゃあ――」
不思議な違和感。
マーキナーのパーソナリティはすでに把握しているけれど。
そもそも、
「
――ゲームにおいて、マーキナーは
顔見せのイベントも、事前にキャラを立てるイベントもなく。敵としてはともかく、
資料集にも、マーキナーの性格については新しい情報はなかった。
だから僕らの知っているマーキナーの情報は、
「――驚くくらい、リリスたちって、マーキナーのことをしらないの」
言われると、僕らは確かに腑に落ちた。
しかし、
「……知らなくて、何か問題あるか?」
「今の所ないの」
――結論は、そこだった。
「――っと、そろそろ決着がつくぞ」
みれば、戦いは終盤もいいところだった。一応リリスに攻撃が飛んでくるとまずいと、ある程度はかばえる態勢だったが、必要はなかったようだ。
――そこは、もはや地獄であった。
“吹き飛べ、吹き飛べ! まだてめぇはそうしてた方がおもしれぇ! 価値がないなりに、俺を愉しませろ!!”
“ああああああ! いやだ、いやだ! 拒否拒否拒否! 死にたくないいいいいいい!!”
――逃げ惑うガヴ・ヴィディアと、それを追い詰める強欲龍。師匠たちは、ガヴ・ヴィディアが逃げなければそれでよいと、攻撃の手を緩めて油断なく趨勢を見守っていた。
時折逃げ出そうと近づいてきたガヴ・ヴィディアを蹴り飛ばすことはあっても、まぁその程度だ。
“ああああああああああああああ!!”
「そんなに助かりたいなら、その泡を手放しなさいよ! アンタがそうしてるから! 強欲龍に遊ばれてるんじゃない!」
鉤爪で薙ぎ払われて、ガヴ・ヴィディアは転げ回る。思わず目を背けてしまいそうだが、強欲龍は構わずガヴ・ヴィディアを痛めつけていた。
“死にたくない死にたくない! 死にたくない死にたくない!”
「これは……調子がおかしいな。ここまで恐怖しながら、頑なに行動するものか? もはやそういう反応を返しているだけではないか?」
師匠が、ガヴ・ヴィディアを疑るように観察している。そう思うのも不思議ではないだろう。もはやガヴ・ヴィディアは正常ではない。
ゲームでも見たこと無いような狼狽ぶりは、一体どういうことか。
とはいえ、そんな疑問は、怒りに燃える強欲龍には関係ない。
――僕らも、それを止める気にはなれなかった。
止めたら即座に同じテンションでこっちに攻撃を仕掛けてくることが目に見えているからだ。しかも怒りではなく、喜悦とともに。
厄介極まりない。
“――俺が何より気に入らねぇのは、そこに欲がねぇことだ。何のために戦う? 何のために俺たちを貶める?
“やめろ、やめろやめろやめろ!”
――もはや、強欲龍はガヴ・ヴィディアを痛めつけてはいなかった。
“つまらねぇ。てめぇは――てめぇらは、何もかもがつまらねぇ。だがな、てめぇらを知ったことで、一つだけ思いついた事がある”
“あああああああああああああああああああああ!”
“
口から熱線の余波が溢れる。
“あ――――”
ガヴ・ヴィディアは、一瞬だけそれを聞いて停止して。そして、
“
――意思なく、振動を始めた。
……なんだ? 何が起きている?
違和感、けれどそれが形になるよりも早く。
“だからてめぇはここで消えろ! 『
―――――一撃、必殺。
ガヴ・ヴィディアは、その途方も無い破壊の群れに押しつぶされ――気がつけば、そこには
◆
“あァ? ンだこりゃあ”
――変化は強欲龍から現れた。
「あー、強欲龍。ガヴ・ヴィディアを倒したところ悪いが、決着は持ち越しになった」
“どぉいうこった”
苛立ち紛れに、強欲龍が問いかける。決着が持ち越し、それはあんまりだろうと、奴は言葉なく語っていた。そして、光に包まれ、消えようとしているのだ。
「ガヴ・ヴィディアの能力だよ。自身を倒した時、周囲にいる存在をどこかへ吹き飛ばす。場所は、正直読めない」
“ケッ、巫山戯た能力だな”
吐き捨てる。心底侮蔑を盛って、強欲龍はガヴ・ヴィディアから視線を外した。――もう二度と、ヤツがガヴ・ヴィディアに意識を向けることはないだろう。
“それで、だ。敗因てめェ――こうなることが解ってやがったな”
そして――背中越しに強欲龍が僕へと問いかける。その意思は、怒りが半分。
「どうしてそう思う?」
“てめぇにしちゃ、戦い方が素直すぎた。あそこで横槍が入らなくとも、あれじゃあ俺の核は貫けねぇ”
「そうかな?」
――流石にそれは買いかぶり過ぎだ。しかし、それ以外にもいろいろなものが積み重なって、強欲龍のなかで僕が
実際、僕はここで決着をつけることに頓着はしていなかった。決着がつかないならば、それでよい、とは考えていた。
でなければ、幾らスクエアが使えなくたって、僕はあの戦闘に加わっただろう。それだけのことをガヴ・ヴィディアは仕出かしたのだ。
「――僕にとって、この戦いは師匠のケジメの戦いだった。いろいろなものを終わらせて、前に進むための戦いだ。その点に限れば、僕らの戦いは
「……君は」
また、なんて無茶を、と師匠は続けようとしたのだろうか。それとも嬉しいと、そう思ってくれたのだろうか。続けないのなら、それはきっとどちらもだろう。
これまでの付き合いから、それは十分読み取れた。
「それに――」
“それに?”
――そう、それに。
「
“――!”
そうだ。
もったいない。
まったくもって、四天との決着すらついていないのに、強欲龍との因縁を終わらせる? そんなの、メインディッシュを前菜の前に食べてしまうようなもの。
だから、
「――
僕はなんともずるいやつだ。
――最強の口説き文句。これ以上ないくらいに強欲龍に突き刺さる言葉。
“ク、ハハハ――!”
それに強欲龍は、怒りとともに抱いていた
“いいぜ! てめぇが最強に至った時、俺とてめェのケリをつけよう! だからてめェも最強を目指せ! ――こいつはてめぇにくれてやる!”
投げ渡される、ガヴ・ヴィディアの消え去った後に残っていた宝石。――この戦いを終えた上で、僕らが必要としていたもの。
意外にも、強欲龍はそれを投げ渡した。
「使い方が解っていたのか。いや、奪いつくさないのか?」
“――このクソッタレの核なんざ、死んでも使いたくねぇ”
どうやら強欲龍にも、欲を上回る嫌悪というやつがあるようだ。苦笑しながらも、僕はそれを受け取り、頷いた。
――宝石を見る。青白い光、僕らに必要な最後のピース。
「次はマーキナーの前で。楽しみにしているよ、強欲」
“首を洗って待ってやがれ、他の何者にも負けるんじゃねぇぞ、敗因”
――そうして強欲龍が、この場から真っ先に消え去った。
ああ、と最後の戦いに想いを馳せて、そしてこうも考える。
……悪いな傲慢龍。どうやら最強を決めるのは、僕と強欲龍になりそうだ。
続いてリリスと百夜が。基本的にこの転移は一人ひとり別の場所へ飛ばす。手をつないだりとかしても、二人同時に転移はできない。
例外は小さくなった百夜だ。何故か彼女は、ゲームにおいてもこの転移を小さくなることでやり過ごした。理由は――そのイベントが終わった後、ミニ百夜がアイテムとして入手できた、それが全てだろうか。
「行ってくるの! おニューのリリスと百夜が爆誕するそのときを、今か今かと待ち受けるの!」
そう言い残して、リリス――それからまだ寝ているらしい百夜が消失する。
次が、フィーだ。
「ルエ、あんまそいつといちゃつくんじゃないわよ! 今日ばっかりは多めに見てあげるけど、その分百倍嫉妬するから!」
「い、いや! そ、そこまでイチャついてるつもりはないぞ!? いつもどおりだ!」
「それがイチャついてるって言ってんのよー!」
――結局、普段の調子でフィーも消えていった。
これが終われば、次に合流できるのはマーキナー戦が始まってからなのだが、まぁ彼女にそういったところはあまり関係ないだろう。
「いや、しかし……そう言われると、こう、ちょっとイチャイチャしたくなるな」
「時間ありませんよ」
「解ってる!」
コホン、と師匠が咳払いして――最後に残ったのは僕たちだけになった。
「それにしても――不思議な感覚だな」
「どれがですか?」
――今日、師匠にはいろいろなことがあった。懐中時計を取り戻し、本音を零し、未来を見つめ――復讐を終えた。
「――全部だよ」
風になびく髪を押さえながら、師匠は懐中時計と、そして戦いの跡を見る。
強欲龍の破壊によって、すでに倒壊した街は、更にひどいことになってしまった。もうここに人は住んではいないとはいえ、少しひどいことをしてしまったかもしれない。
ただ――少しだけ、僕たちはその光景に安堵を覚えていた。
終わったこと、区切りがついたことへの安堵。
強欲龍は未だ健在なれど――それでも、師匠の中では間違いなく、一つの区切りだったのだ。
「――終わって、どうでしたか?」
「……正直なところ、怖さがあった。どうすればいいか、解らなくって」
「まだ、そんな状態だったんですか……」
「――――今は違うよ」
そうして、こちらを見て。
――時間はもう幾許もない。伝えることができるのは、せいぜい一つか二つ。だから師匠は、その一つでもって、
「復讐が終わった時――」
――それは、笑みだった。
やり遂げた笑み。大切なものに向ける笑み。成長を感じさせる笑み。それらすべてを内包しながら、女性という優しさで包む。
――不思議な笑みだ。
信じられないほど、師匠のそれには艷があった。思わず、こちらが照れて視線をそむけてしまいそうなほど――けれど、それが出来ないくらいにこちらをひきつけて止まない。
そして、
「――私のそばには、君がいた」
言葉とともに、僕たちは光に包まれて消えた。
こうして、師匠の復讐をめぐる戦いの全てに決着が付き。師匠の中で、過去に対しての未練が清算されて、僕たちは、最後の戦いに望む。
――未だに姿を見せない機械仕掛けの概念。
可能性の手繰り主へ、その因果を応報するために。