負けイベントに勝ちたい   作:暁刀魚

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十二.そして最後の戦いへ
EX.リリスと百夜の千夜一夜物語。


 ――私、白光百夜には友がいる。

 

 美貌のリリス。シスター・リリスとも呼ばれる少女は、優秀な概念使いである。位階に関してはあの敗因の差し金による養殖というやつらしいが、しかしそんなことを一切感じさせない概念捌きは、最強を自称する私から見ても、一流どころか超がつくほどに一流すぎるものだった。

 彼女は兎にも角にも器用なのだ。

 

 彼女よりも強い概念使いは、歴史の中でなら幾らでもいる――というより、全力の私のほうが強い、えへん。しかし、彼女より器用な概念使いはそういないだろう。

 なんてったって、リリスは八歳なのだ。八歳、すごい。私、八歳の時は何していたっけ? それはもう凄まじく前のこと、覚えていない。

 

 出会いは、突然だった。母様――アンサーガを救えると思って、急いでいたけど道に迷っていた私の前に突然現れて、一度私を屠った敗因の前に突き出した。

 その時はちょっとこう、ムズムズしたけど――なんてったって、私を位階が全く上がっていないのに倒したのはあいつが初めてだったから――まぁ、いい思い出。

 

 それから、リリスと敗因は、母様の問題を解決してしまった。驚くべきことに、なんというかこう、それはもうすごい勢いで。

 正直、無理だと思っていた。母様は同情の余地はあれど、この世界を混沌に導く側の存在だ。

 人類に敵対的な大罪龍と同じカテゴリ、いずれは人類に乗り越えられる障害である。とはいえ、この時代、この世界の母様はまだ人類の敵ではない。

 

 間に合うと思って、でも、心のどこかでは諦めていて。頑張って、頑張った上で無理なのだろうなと、どこかで思っていた。

 ――歴史の中で、そんなことは幾らでもあったのだ。

 

 嫉妬龍が、もっとも印象的だろうか。彼女はあまりにも壮絶な境遇に置かれながら、人類に対して多くの罪を抱えたがために、最後は救われず死んでいった。

 今、この世界であんなアホ……こほん、素直に明るく生きている彼女を見ると、なんだか胸がきゅっとなる。

 

 嫉妬龍。悪い子じゃなかったのにな。どうして世界は、そんな子にばかり酷いことを押し付けるのだろう。

 マーキナー――機械仕掛けの概念のせいといえばそうだけど、もしも世界にアレがなくとも、この世界はそういうふうに動いたんじゃないか、と思う時もある。

 

 ――ただ、もうひとり。私の中では印象に残っている子がいる。私の妹にあたるローブの少女。歴史の中に何度か現れて、その度にその時代に跋扈する大罪龍、ないしはそれに準ずるものを討伐する偉業を成し遂げる概念使い。

 剣とローブの概念使いと私が呼ぶそれは、この世界における特異点と言っていいかもしれない。

 

 その中でも、とびきり私と関係が深いのは、彼女なのだ。彼女も大概に、不幸な境遇だったと思う。悪い母様によって、赤子の状態から調整されて育てられ、特に何も考えずに私が外へ放り出した。

 悪い母様にはこってり怒られたけど、結果として、それが母様の破滅につながったけど、でも、アレは正しかったと思う。

 

 いつかはどこかで止まらなくてはならないあの時の母様。

 ――止める最初のきっかけが私だったのは、ちょっと複雑だけど、少し誇りだ。ともあれ、彼女はそんな不幸な境遇で生まれて、一人で世界に放り出されて。

 ――私? 特になにもしてないけど?

 

 ともかく、色々と大変な目にあって、最終的に仲間の窮地を救うため、寿命を削る技に手を出した。そうしてそれを使い続けて、最後にはその生命を終わらせてしまう。

 

 ――色々な奇跡と偶然が重なって、彼女が救われたのは、果たして幸福だったのか。あの性格だと、母様との戦いが終わっても、色々と首を突っ込むことだろう。

 そこで失敗をしたら、満足できないままに生命を落としてしまったら。

 

 長く生きていると、短い生命にたいしてそんなことばかり思ってしまう。母様の一件で世界ときちんと関わって、それから人という存在を、きちんと顧みるようになって、私はそう思うようになった。

 いいこと、なのだと思う。あの子は成長だと言ってくれた。素敵なことだと喜んでくれた。でも、それは

生命に限りあるものの考え方ではなかろうか。

 

 たまに思う。長過ぎる寿命というのは、()()のことではない。私は別に気にしてこなかったけれど、そうでないものからしたら――中にはそれに、耐えられないものも、いるのかもしれない。

 

 まぁ、私の新しい仲間たち――リリスや敗因たちは、特にそんな感じは、しなかったけれど。

 

 

 ◆

 

 

「――たいだりゅー様、お聞かせ願いたいですですの」

 

 私とリリスは今、お祖父様の前にいた。なんと、転移したのが偶然ここだったのだ。私がいたからだろうか、縁でもって人を一秒先に飛ばす、今の私。

 だから、縁の深いお祖父様の前にいる。そう考えても、なんとなく不思議ではないような気がした。

 

 というより、広い広い世界のなかで、偶然ここにたどり着くと考えるほうが、よっぽど不思議だと思う。

 

 私達は今、()()の準備をしている。

 リリスが主導で、お祖父様と私は基本見ているだけ。

 

 一人だと遅々として進まないけれど、でもここに人を呼ぶと、四天が襲ってきたときに枷になる。私達は少人数、いつ残りの四天が襲ってきてもおかしくはないのだ。

 

 敗因の方に行っている可能性もあるけれど。

 

 それでも、準備の間は暇だったから、リリスはお祖父様に聞いていた。

 

“なんだ、面倒でないならば答えるが”

 

「長く生きるって、どんな感じですの?」

 

“孫娘に聞け”

 

 ピシャリ、お祖父様は一蹴した。

 

「もう聞きましたの! 他の人の意見を聞きたいですの!」

 

 ――嘆息。リリスの言葉は、お祖父様にとっては面倒ではないけれど、しかし()()()()()()()()という問だった。

 

“そもそもからして、私は百も生きていない”

 

「なのーん!」

 

 ――そうだ、この時代、お祖父様はまだ生まれてまもなく、貫禄はあるけど、実際のところフィーと同じ年しか生きていない。

 あのフィーとだ。

 まぁ、幾ら歳を重ねても、あのフィーに落ち着きが生まれるとは思わないけど。

 

 敗因と子作りでもすれば違うか?

 

 いやもっとバカになる。色欲龍も入れ込むとバカになるタイプだからな、あの二体は似た者同士だ。

 

“それこそ、孫娘以外に現状、この世界に長命の者はいない。大罪龍の歴史など、まだ始まったばかり。本来ならば、長い道程の中で我々は形成されていく”

 

「だったら……マーキナーはどうなの? 百夜よりも生きてるの、この世界の誰よりもずーっとずーっと生きてるの!」

 

“……父は、そうだな。私にもわからん。アレは完全に、私達とは別の生き物だ”

 

 ふむ、とその会話を聞いて思う。

 私は確かに長く生きている。ただ、同じように長くを生きたお祖父様や色欲龍を知己としていて、目まぐるしく移り変わる人の時代の中で、多くの強者と戦う楽しみもあった。

 

 正直、私の千年は人のそれと比べるとあまりにも長いものだったけれど、()()()()()。ローブと剣の概念使いは、私にとっては常に目標となる存在で、それ以外にも強者というのは幾らでもいた。

 国が動乱を呼ぶ時代も、人が自由を謳歌する時代も、等しく私には楽しい時代だった。

 

 そう考えるとどうだろう。

 

 長く生きるというのは、別にそう苦になることではないと思うけれど、リリスはそう思わないようだ。

 

「人より長く生きるって、とっても大変なの、リリスはそれができるけど、本当ならやらないつもりだったの」

 

「何故?」

 

()()()()()()のが怖いからなの」

 

「……よくわからない」

 

「百夜は大切な人が全部自分と同じ時間を歩いてくれるからなのーん。それならリリスもそうすることにしますのん」

 

 私は置いていかれる誰かがいない。色欲龍はどうだろう。――数が多すぎて、常に誰かに置いていかれるから、割り切れてしまうだろう。置いていかれた分だけ、生まれても来るから。

 

 お祖父様は……

 

“……面倒だ”

 

 はい。

 

「そうやって考えるとー……うーんでも、もしそうだとしたら、幾らなんでも()()()()()()の」

 

「何が?」

 

「何って、マーキナーが――――」

 

 リリスが言葉を続けようとしたその時だった。

 

 

“あらー! お祭りの会場はここであってるのかしらー!”

 

 

 暑苦しい、()()()()()()が響いてきた。

 私達しかいないお祖父様の巣に、誰かが入り込んできたのだ。そしてその声は、知らない声ではあったけれど。

 

 独特な、龍の要素が含まれていた。

 

「――来ましたの!」

 

“……やれやれ”

 

“あらぁ? あらあら、怠惰龍ちゃんじゃないのォー! 私のンモホーヒンッ!”

 

 ヒンッ、と同時に頭のおかしいポーズを取りながら、そいつは現れた。

 筋骨隆々の巨漢、いかにも力強そうな感じの男らしい――男? 龍だった。

 

 なんというか……なんだこいつ。困惑する私と、リリスはなんだか変な顔をしていた。これは……匂いがきついとかそんな感じ?

 

“もぉー、あなた達ちょっとは反応してちょうだいよぉ! アタシ一人で騒いでバカみたいじゃなーい!”

 

「……なんだこいつ」

 

“なんだとはなによー! あら? でもアタシ、そういえば名乗ってなかったわよねぇ”

 

 今気づいたとばかりに、そいつは大げさにジェスチャーをすると、さらになんか格好良さそうなポーズをキメて名乗った。

 

 

“アタシの名前は四天! ラファ・アーク! 『堕落』のラファ・アークとはアタシのことよォ!”

 

 

「……なんかきつい」

 

 思わずそう答えてしまった。

 

“あァ?”

 

 やたら野太い、どすの利いた声が聞こえてきた。

 なんなのこいつ。

 

「……怠惰のお祖父様と……互換する四天……どこが?」

 

 全然怠惰ではない、詐欺ではなかろうか。

 

“やぁねぇ! アタシはほんっと怠惰よぉ、お風呂なんて3日も入ってないしぃ、スキンケアなんて生まれて一度もしたことないんだからぁ!”

 

「…………???」

 

 理解できなかった。

 

“そ、れ、に。……本当だったら、こんなに早く出てくるつもりなかったんだから。だって面倒じゃない? アタシみたいなか弱い女の子より先に、男どもが役目を果たすべきよねえ”

 

「…………???????」

 

「百夜をそれ以上いじめるなーー! なの!」

 

 リリスが、ビシッと指を突き出した。

 ああもう、敵が目の前にいるんだから、はやく儀式を終わらせるべき。

 

「リリス、早く」

 

「準備できましたの! あとは儀式が完了するまで時間を稼ぎますの!」

 

“あらー! ちょっと面倒だからってお昼寝してたら、ギリギリじゃなーい!”

 

 言って、ラファ・アークは概念武器の棍棒を手に取る。

 

「……そういうことだから、お祖父様」

 

“…………致し方あるまい、他ならぬ孫娘の頼みだ”

 

 ――お祖父様によびかける。この場における戦力は、リリスと、お祖父様。

 特にリリスは直接戦闘能力を持たない以上、お祖父様の力は必要不可欠。そして――

 

「……本来なら、これをしたら次にもとに戻れるのは、多分百年後」

 

 私も、いる。

 

「でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()から」

 

「百夜!」

 

 ――力を、込める。

 

 

()()()()

 

 

 気がつけば、私の姿はミニマムなそれから、元のそれに戻っていた。数年も経過していない、私の人生の中ではさほどの時間でもない間だったのに。

 

 どうしてか、

 

 ()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「――白光百夜。最強が、お前を倒す」

 

 

 光を帯びた鎌を四天へと向けて。

 

 久方ぶりに――大きな私が、帰ってきた。


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