“あー、負けた、負けたわ”
倒れ伏すラファ・アークが、私達の顔を見上げて、観念したようにつぶやく。その顔は、何とも形容しがたいものだった。
安堵とも、後悔とも、なんとでも取れるような曖昧な顔。奥底が読めない――それは、他の四天はそうだったが。
ただ――
“ほんと、ふざけてるわよねぇ”
「……何が」
こいつは、少し変だ。
“アンタ達、ありえないわよぉ。こんな早い段階で、アタシたちが負けること自体が、普通あっちゃならないことなんだからぁ”
「敗因を、この世界に呼び寄せた……お前たちが、いう?」
“そこ、そこよぉ。それがそもそもの失敗だった。主様はおっしゃったわ、一から可能性をやり直す。
何かを思い出すように、ラファ・アークの言葉はふわふわしている。肝心なことを話していないような、そんな感じの言動。
そりゃあ主の意向をペラペラしゃべる手足なんて、必要ないんだろうから当然だけど。
「何がいいたいの! はっきりするのんのん!」
“早すぎるのよ、何もかも。こんなこと、ありえないわ”
早すぎる。
――人の歴史、人の歩みは、こんなにも早く大罪龍を、ましてや四天を打倒するようにはできていない。それはたしかにその通りで、私はそんな歴史を、実際に見てきた。
だから、たしかに敗因は異常だと、そう肯定することはできる。
でも、
「……何か、問題?」
“それは、アンタたちが主様に勝てたら、の話でしょう。予言してあげるけど――”
ラファ・アークは、
“――アンタたちは、
随分と、断定的に言ってのけた。
「そんなわけないないなの!」
“んふふ、おこちゃまにはわからないわよ”
「おこちゃまじゃないのー!」
ぷんすこぷん、リリスは何やらムキになっていた。
それをラファ・アークは何とも面白そうに眺めてから、ふと、天井を見上げて、つぶやく。
“――あーあ、何だってアタシは最後に作られたのかしら”
「……急に、どうした」
“言ったでしょう、アタシは四天の最終形。他の連中とは拡張性が違うのよぉ。よりできることが増えている――まぁ、戦いしかしなかったアンタたちには、わからないでしょうけど”
「いきなり言われてもですのん」
でしょうね、とラファ・アークは鼻を鳴らして、どこか遠くを見るように目を細めながら、
“だから解っちゃうのよ、アンタたちが
「…………」
――ああ、解った。
ラファ・アークは私達を見ていない。誰かに対して言葉を投げているのだ。誰か? ――一人しかいないだろう。この世界に、四天が思いを馳せる相手は、一人だけ。
でも、だったらラファ・アークは、何を思っているのだろう。
感情の底が読めないというのは、こういう時に不便だ。
であれば、聡いリリスなら? ――視線を向けるが、空振りだった。珍しいことに、リリスもポカンと、よくわからないといった風に首を傾げている。
意外にも、ラファ・アークはそれだけ本質が読み取れないのだ。
「貴方は――」
“――ああもう、時間切れねぇ”
リリスが声をかけるより前に、ラファ・アークの消滅の勢いが強まった、もう、数秒しか持たない――言葉をかける猶予はない。
だから、向こうの言葉を待った。
“不思議だわ、死にたくないよりも、哀しいが強い。ああ、なんてこと”
――ラファ・アークは、誰かに祈りを捧げるように、
“こんなんなら、アタシも他の四天と同じように作ってもらうんだったわ”
消失した。
◆
“――終わったか”
お祖父様がポツリと零す。
ここまで、私達が二重概念になってから、完全に戦局を見守るだけだったお祖父様だ。まぁそもそもからして、これくらいの敵には一人で勝てないと話にならないので、問題はない。
というよりも、二重概念発動まで手伝ってくれたことのほうが、ありがたいのだ。
「お祖父様、ありがとう」
“……私はお前の祖父だ”
どこかぶっきらぼうに、面倒そうにつぶやくのは、しかし照れ隠しでもあるのだろうか。お祖父様は素直ではない、素直なほうがお祖父様ではない。
怠惰だから、面倒だから、そんな風に感情表現を恥ずかしがるのはお祖父様の可愛いところかもしれない。
「伝わっている」
“……”
「しょーじき、百夜も感情表現なんてカケラもしないし、言葉も全然足りないですのん。のんのーん!」
――リリスに痛いところを突かれた。
まぁ、お祖父様と似た者同士ということで。
「お祖父様の孫だから」
「ほらー!」
むにむにとほっぺたを引っ張られつつ考える。
さて、これで私たちの倒すべき四天は残り一柱となった。狙いは、まだ二重概念を起動していないだろう敗因か。ガヴ・ヴィディアの有する最後の一手、分断は四天が私達を倒す最後のチャンスとなった。
もし、アレがなければ、一柱しか顕現できない四天は、十中八九蹂躙されていたことだろう。
まぁ、それがあるからこそ、マーキナーは二番手にあの転移をもたせたのだろうが。
とはいえ、あの敗因がたかだか四天ごときに、負けるはずもないが――
“――邪魔するぜ”
その時、だった。
ラファ・アークが消失して、静かになったお祖父様のねぐらに、土足で踏み込むものがいた。聞き慣れた声、けれども、あまり聞きたくないタイプの声。
仲間ではない、と自然とそれに対して思う。
そいつは――
“――強欲龍か”
お祖父様が、入ってきた人形としては巨体の竜人に呼びかける。
強欲龍グリードリヒ、今、私達の目の前に出現した、あらたな敵とも言える存在の名前だった。
リリスと二人で警戒しながらやつを見る。大丈夫、戦える。リリスと二重概念になったことで、私は本来の力を取り戻していた。
「何しにきたの!」
“おいおい、別に戦いに来たわけじゃねぇ。――そもそも、敗因から俺の動きはだいたい教えられてんだろ? こうするだろう、って”
――まあ、実際その通り。
警戒はしているものの、驚愕はしていなかった。私達は、ここに強欲龍が来るだろうということを敗因から聞かされていた。
“しかし、どうやらタイミングはよかったようだな。もう終わったのか”
――強欲龍は、四天などと戦いたくもないのだろう、敗因がフォローしたとはいえ、ガヴ・ヴィディアにされたことは、ヤツにとっては永遠に許せるものではないのだ。
さて、それはそれとして、強欲龍は気に入らない。
私を差し置いて最強を目指す輩だ。別にヤツの性格とかはどうでもいい。奪うなら奪うで好きにすればいい。だが、最強を目指すなら、捨て置けない。
元の歴史でもそうだったが、あいつは私に挑んできたものの、
私こそが最強なのに、実際全力でボコってやったのに、失礼なやつなんだ、こいつは。
許せない。
「百夜?」
「……ん、なんでもない」
少し漏れていたようだ。リリスの怪訝な声で、我に返る。強欲龍は――笑っていた。あいつにまで伝わったのか、不覚。
……少し煽ってやろう。
「タイミング? むしろ悪かった。私は最高だったけど」
“ああ?”
「ラファ・アーク、他の四天とは違う。美味しかった」
“ああ!?”
――これまでの四天と比べて、遥かに強さというものをはっきりと有していたあいつは、強欲龍が戦えば、四天に対する認識を改めて、ガヴ・ヴィディアだけを嫌う様になるかも知れない程だった。
「ごちそうさま」
“てめぇ……”
「ストップ、ストップなのー!」
リリスが間に割って入る。
むぅ、と頬を膨らませながらも、本題に入る。
“――それで? てめぇらはその宝玉を渡すのか、渡さねぇのか、どっちだ”
「あの人からは、必要だからわたしていいって言われてますの」
敗因いわく、強欲龍の強化も、マーキナーとの戦いには必要になるだろう、とのこと。いや本当に、楽しみだ。強化された私達は、二人もいれば四天を一方的に叩きのめせる強さだというのに。
そんな私達へ、真っ向から対抗できる強さ。
うん、ワクワクしてきた。
そのためにも、まずはこの宝石を――というところで、宝石を手にとって、ふと、止まる。
――アレ?
この場にいるのは、私、リリス、お祖父様、強欲龍。
二重概念を起動した私たちと概念化した強欲龍の強さは、あちらが若干上手。
…………うず。
「――強欲龍。これは、渡せない」
「百夜?」
“ほぉ――?”
はぁ、はぁ……しょうがないよね。
ちょっとだけ、ちょっとだけだから。
最悪、死闘になっても戦力的には十分行ける。だから、これくらいのわがまま、いいよね。
第一、敗因はずるい、あんな羨ましいシチュエーションで最強を争えるなんて。そもそも、これまでずっとお預けを食らってきたのだ。
ちょ、ちょっとくらい……いいよね?
「――コレ、欲しかったら、私を倒してみせて」
“いいぜ乗ったァ!”
「百夜ーーーーーーーー!!」
――結局、戦闘は怒ったリリスに力を貸してもらえず、一方的に私がボコられて終わった。悲しい……
◆
――宝玉を手にして、それを眺めながら強欲龍はつぶやく。
“こんなものが、最強への鍵、ね。随分最強も安売りされるようになったもんだ”
“……そもそも、最強というのはお前も、傲慢龍も、孫も……皆それぞれに口にする。そんなに最強というものが、お前たちはほしいのか?”
お祖父様のつぶやき。
怠惰にまみれたお祖父様は、そりゃあ、そうなるだろうという、何ともな発言。でも、そうなのだ。最強はほしいのだ。私は概念崩壊した痛みを堪えながらうんうんとうなずく。
いたい……リリス慰めて……
「ぷいっ」
あう……
怒らせてしまった……
“あたりめぇだろ、この世で最も強いやつが、この世のすべてを奪えるんだ! 俺は最強を目指さずにはいられねぇ!”
“……ならば、単独で勝てるのか?”
“あぁ?”
呆れたように、お祖父様は言う。
“父に、だ。……最強は父だろう、いくら強くなったところで、父に単独で勝てなければ、意味はあるまい”
……とても身も蓋もないことを言われた。
機械仕掛けの概念は反則だ、例外だ。
――と、そう思うのだけど。
強欲龍は、別の所に意識が向いているようだった。
“……なぁ、ずーっと、気になってたんだけどよ”
“何だ?”
それは、
“
――私達には、初めて突きつけられた疑問だった。
敗因すら口にしなかった、思っても見ないそれが、よりにもよって、強欲龍から浮かび上がったのだった。