――ゲームには、戦いたくない敵というのが存在する。
ゲームに限らず、創作にはいくつか敵の種類がいる。ただ純粋に強い敵、搦手が得意な敵。高潔な敵、性格の悪い敵。
その中でも、
おそらく、僕が戦うことになるだろう、最後の四天。ミカ・アヴァリはまさしくそんな敵だった。
――本来の最後の四天は、ラファ・アーク。怠惰を名乗るあの四天が、最新を名乗るあの四天が、本来なら順番としては正しいのだろうけど、あいつはリリスたちの元へ向かうだろう。
因縁を優先するのだ。怠惰の対である堕落の概念使いであるならば、百夜との対決に名乗りをあげるはずだ。
マーキナーは、そういうところをこだわる性格である。
そして、であれば僕に差し向けられるのは強欲の対となる四天――“簒奪”のミカ・アヴァリ以外にないだろう。あいつは本当に面倒なタイプだ。
嫌われる敵というのは、色々と条件があるが、倒して爽快感のない敵というのは、相応に嫌われる定めにあるだろう。カタルシスの伴わない敵、最後まで余裕を崩さず、こちらのことをバカにして、倒しても面白くならない敵。
ミカ・アヴァリはそんなキャラだった。
ヤツが何よりも面倒なのは、どれだけ追い詰めても、追い詰められたように思えないのだ。常に余裕な態度を崩さず、打ってくる手は悪辣そのもの。
四天は基本的に、時空を越えてやってきた過去作のメインメンバーと5の所要人物一人が協力してことに当たる。
3のメンバーといえば師匠と同じ概念使いの少女であるわけだが、そんな彼女の目の前で、あろうことかミカ・アヴァリは師匠の懐中時計を奪い取って、踏みにじるのだ。
あの懐中時計はマーキナー討伐のために必要なアイテムで、それを奪い取ることは奴らにとっても必要なことではあるのだが、だからといってわざわざ踏みにじったのは、やつの性格の悪さがにじみ出ているだろう。
しかも、奴は能力まで厄介だった。簒奪、という概念からなんとなく想像がつくかもしれないが、ヤツの能力は相手の能力を奪って行使することである。
奪われればその能力は使えなくなり、しかも相手が使ってくる。
厄介極まりないそれは、相手にしたくないというのもあったし、思い入れのある概念使いの概念を使っておきながら、まるで用をなさないといわんばかりの態度で放り捨てる。
決して、戦っていて気持ちのいい相手ではなかった。
とはいえ、最終的にはそのヘイトは解消されるのだが。
理由は何故か、この簒奪能力に対するガンメタを張れる相手が3のメインメンバーの中にいたのだ。
そのキャラクターは自分が概念使いでないことにコンプレックスを持ち、卑屈で、情けないところの目立つキャラだ。
しかし、土壇場では勇気を奮い立たせ立ち上がり、窮地を打開するきっかけとなる存在である。ゲームにおいて、強欲龍の核を一つ破壊した功労者でもあった。
ここでポイントなのだが、簒奪能力は概念使いの概念を奪う。つまり、
結果、それまで調子に乗りまくっていたミカ・アヴァリは、何故自分が無能になったのかも解らずに敗北する。最後まで余裕は崩さなかったが、そもそも自分の大ぽかで自滅するのだ。むしろそんな不遜な態度が阿呆に見えること請け合いである。
しかもこれが、概念使いでないものから簒奪した場合の前フリをさんざんした上でのことである。
だから、ゲーム内では、そのヘイトはきちんと解消される。魅力はないが、倒しがいはそこそこある相手。ただ、それはそれとしてキャラとしては非常に面倒極まりない存在である。
つまるところ、何が嫌なのかといえば、ミカ・アヴァリは特攻能力があることを前提に作られたキャラで、それがない場合は厄介極まりない能力を、正面から相手しなくてはならないということにある。
しかも、今回僕は単独で、頼れるものは誰もいない。
だから僕がこれから相手にするミカ・アヴァリは、ただただ厄介なだけの敵なのだ。
故に、僕は対策を考えなくてはならなかった。
――幸いなことに、その方法は、既に用意されていた。
◆
「……よし、と」
――そこは、僕がよく見知った場所だった。
というよりも、偶然その近くに飛ばされたから、やってきたというだけなのだけど。ここは数百年後の未来で、当時最も強い魔物が生息することになる地域だ。
3における、最終決戦の舞台である。
強欲龍は最強を目指し、最後の戦いにふさわしい場所を選んだ。お互いにそれまでのすべてを出し切り、ぶつけ合うべく、最強の集うこの地をベストと考えたのだ。
僕の場合は、たまたま近くを通りかかったから、でしかないが。
まぁ、これから面倒極まりない敵と戦うのだ。それくらいの験担ぎはしておきたいのである。
「儀式を始めるか……ああ、これでラファ・アークが出てくれればな、あいつはまだ戦いやすい」
四天の中で、もっとも戦いやすく、敵として倒しやすいのは、なんといってもウリア・スペルだ。あいつは油断しやすく、倒しやすい。
実際今回も、とんでもないミスをやらかして後の四天に色々と面倒を押し付けていった。
そういうやつ、といえばそういうやつ。
一番戦いたくないのはミカ・アヴァリとして、次点は策が狡猾なガヴ・ヴィディアである。結果として、この世界では絶対にやってはいけないミスをして、それまでの策を全部台無しにして死んでいったが、やった戦略は悪くなかった。
――そもそも、負けイベントに勝ちたい僕としては、敵というのは越えるべき壁であり、歓迎すべき存在だ。強敵を倒すこと、乗り越えることは僕のモチベーションの支柱であり、譲れない一線である。それ故にガヴ・ヴィディアは狡猾ではあるが、戦っていると思える敵で、ミカ・アヴァリはその真逆。戦っている手応えを感じなかった相手である。
その点、ラファ・アークは敵としては優秀だ。オカマは強キャラ、とよくいったものだけど、それをなんとなく履き違えたようなキャラ性は、まさしくカマセとしては優秀だ。
オカマキャラを名乗っておきながら、不摂生で、不清潔。さらには追い詰められるとオカマキャラを保てなくなる。
そんな風に、倒すに一切のためらいがいらない敵が、四天。その中でも、
約束された最期を、期待されたとおりに全うしたヤツは、いやらしい敵ではあったものの、倒しやすさ、御しやすさはそこそこだった。
――特攻さえ可能なら、だが。
そして、僕はそれに対して一つの手段を考えた。ミカ・アヴァリは、一つの概念しか奪うことができない。別の概念を奪うには、奪った概念を捨てなければならない。
これは良くもあり、悪くもある特性だ。
概念使いでないものの概念を奪わせる以外の作戦として考えられるのが、奪われても大丈夫だが、奪った側に魅力を感じさせる概念を奪わせること、というのが考えられる。
僕の場合は、それに対して一つの回答があった。
そもそも、スクエアは外付けの概念。僕が本来有する概念とは別のものである。故にこれを奪わせても、本来の概念が使えなくなるわけではない。
対して、ミカ・アヴァリにとってこの概念はなかなか効果的なものだろう。なにせかなりのパワーアップが望める。スクエアなしでの四天とのスペック差も相まって、向こうはこちらを一方的になぶるはずだ。
そこで
これが今回の作戦の骨子である。
この作戦のメリットの一つは、
簡単に言うと、二重概念中はスクエアが使用できない。使用できないものを奪われたところで痛くも痒くもない。まったくもって当然の考えである。
というわけで、ここまでが僕の対ミカ・アヴァリ戦略である。ミカ・アヴァリは直接相対したくはない敵だが、戦うことになった以上は引けない相手である。
マーキナーまで、ついに後一柱となるだろう四天。
これを超えれば、後はもう、最後の決戦というのだから、早いものだ。
――正直に言うと、僕はまだ師匠から投げかけられた言葉への返答を持ち合わせてはいない。
それが今の僕の立場で、僕の戦う理由だ。
戦わなければ、それで良いのではないか。
その答えを、否定できてはいない。
――僕は自分勝手ではあるけれど、自分のワガママで世界を壊すまでには歪んでいない、ということだ。大罪龍は魅力的なキャラクターではあるものの、敵は敵、最後には決着をつけて倒さなければ、誰かが傷つく。それは、僕の望むところではなかった。
しかし、ここまでくると、その自分勝手が中途半端だったから、ここまで来てしまったのではないか、という思いもある。
どこかで止まれたのではないか、人の成長を待てたのではないか。
そう、思うこともある。
でも、もうここまで来てしまったのだ。
止まれない、だったら、進むしかない。
――儀式の準備は終えていた。
既に、いつ四天が現れてもおかしくない状況である。僕は、大きく深呼吸をして、意識を切り替えた。
「――さぁ、いつでもこい。僕はここにいる。お前たちを倒すために」
そう、
「
意識を集中させた、その時だった。
「なら、ちょうどよかった。ボクと遊んでくれないかい?」
――甲高い声が、響いた。
それは、
一瞬。
僕の思考を完全に停止させた。
「――え?」
ありえない、というのが、そこから復帰した直後の僕の考えだった。ありえない、ありえないことが目の前でおこっている。
なんで、なんで――
「どう、して――」
「――うん? 簡単なことだ。この体はあくまで四天の体。四天が言っていなかったかな? 四天はこの世界に、一つの端末を使って介入している」
――こちらを小馬鹿にしたような声だった。
子供のような声。無垢で、穢れを知らず、故に何のためらいもなく残酷を弄ぶような、そんな声。姿は――
「だから、
「あ、んたは――」
そうだ、僕はこの姿を知っている。よく、知っている。――四天ではないことも。
では、誰か、など。
「――四天はダメだ。ミカ・アヴァリはもう必要ない、
よく、知っている。
「お初お目にかかる。ボクは機械仕掛けの概念。君たちがマーキナーと呼ぶ――君が手を伸ばして止まない、
あり得ざる最後の敵が、よりにもよって、この場所に。
僕の目の前に、顕現した。