負けイベントに勝ちたい   作:暁刀魚

156 / 200
136.邂逅

 ――機械仕掛けの概念は、何より特徴的なのがそのビジュアルだ。

 それまでゲームの中で何度か見かけてきたマーキナーを表す紋章をあしらったローブを羽織り、背には龍の羽を模した光の翼、手には同じく光の剣を携えて、その顔はフードに覆われ望めない。

 僕たち、このゲーム、ドメインシリーズの主人公と同一のそのスタイルは、やつが僕たちと同じ、ローブで概念化する概念使いであることを示していた。

 

 そこに如何なる因果があるというのか、ゲームにおいて、マーキナーは語っていた。

 

 ()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()だと。

 

 マーキナーは可能性を操る概念使いだ。マーキナーは他人の可能性を選択し、捻じ曲げることができる。その能力でもって、マーキナーはあるものの可能性を捻じ曲げた。

 故に、マーキナーは全能とも言える力を有し、最強の、無敵のゲームマスターとして、君臨しているのだ。

 

「――君は、本当に面白い可能性を有しているね」

 

 くるくると、手にした剣を曲芸のように振り回しながら、マーキナーは僕の周囲を歩き回る。

 先程、マーキナーは四天の器を使って、この世界にアクセスしているといった。今、僕の目の前にいるのは、つまるところミカ・アヴァリの器であるということだろう。

 

 それが通用するのは原理として至極当然のことで、ただ、必要性がないからゲームではしなかっただけだ。ミカ・アヴァリに限らず、四天のスペックは大罪龍以上。わざわざそれを押しのけてまでマーキナーが出張ると、器が一つ無駄になる。

 四天が敗れれば自然と世界に本来のスペックで出ていけるのに、そうまでする理由はない。

 

 スペックが落ちるといった以上、今のマーキナーにはできることの限界がある、ということだろう。だから、まだ詰んでいるわけではない。

 

「……だったら、何だって言うんだ?」

 

「僕はこれまで、多くの……あまりにも多くの可能性を見てきたけれど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()は初めて見た。しかも、それが現実になっているんだ。驚きを通して呆れが勝る」

 

 やがて、ステップを踏むような気軽さで歩を進めていたマーキナーは、僕の目の前で足を止めた。小柄な背丈で、こちらを覗き込むように、見上げてくる。

 

 こちらからは、その相貌は望めない。しかし、向こうからはこちらをまじまじと観察できるはずだ。

 

「まったく、こんな顔して、凶暴なんだから」

 

「何がいいたい?」

 

「おいおい、そんな怖い顔しないでくれよ。ボクがそんなに怖いのかい? 別に怖がる必要はないだろう、君はボクのことをぜーんぶ知ってるんだから」

 

 ははは、とからかうように笑う。いや、実際からかっている。

 ――不思議な話だ、こいつの言っていることはすべて真実で、僕はこいつのことを知っている。状況を整理しても、こいつを恐れる理由はない。

 

 今、こいつは四天と同じスペックの、概念使いでしかないのだ。

 

 とはいえ、逆に言えば、こいつを倒しても四天を倒したことになるだけで、マーキナーにはなんの影響もないのだが。

 

 だからこそ、

 

「……アンタは、なんだ? 何が目的だ?」

 

 僕は、思わずそれを聞いていた。

 

「……ぷ」

 

 ――それに、マーキナーは耐えられない、と言わんばかりに、()()()()()

 

「あはははは! あはは! 君がそれを言うの!? ボクに!? 君が!? あっはははははは! 冗談にしてももう少し面白いこといってよ、あー、面白い」

 

 一瞬で矛盾しながら、転げ回る。手を叩いて、空を叩いて、僕を叩いて、ひとしきり歩き回って、それからまた、僕の目の前に戻ってくるのだ。

 

「いい加減にしてほしいんだよね」

 

「……」

 

「僕の前で、何で君がそんな顔をするの? 君は僕に挑戦する権利を得たんだ。じゃあどうして、そこまでこわばった顔をするの? ()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 想定外。

 確かにこれは、想定外としか言いようのない出来事だった。こんなところにマーキナーが現れるわけがない、そう考えていて、だからこそ狼狽している。

 そういうことが、無いとは言えない。

 

 ただ、それだけではなかった。

 

「それじゃあ――」

 

 マーキナーは、笑っていた。余裕の態度で、惜しげもなく姿を見せて、そして。

 

 

「――避けてよね」

 

 

 剣閃が見舞われた。

 

 一瞬、判断が遅れる。殺意など、敵意など一切ない状態から、まるで日常の動作と何ら変わりない態度で切り込んできた。とはいえ、概念化している以上、ただの一撃でクビが飛ぶことは――

 

 ――否。

 

「う、おお!」

 

 ()()を感じた。

 それは、本当にただの直感。これまで、この世界を生きてきて、戦い続けてきて、たしかに磨かれてきた感覚。間違ってはいない、ここでそれが働くなら、僕は従わない理由はない。

 

「“S・S(スロウ・スラッシュ)”!」

 

 無敵時間。僕の目の前をその剣が通り過ぎていく。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ここは山の上、あちこちにはむき出しの岩場があり、それ故に、()()()()()()()()ということだろう。しかし、思わず――視線がそちらに行った。

 

 ただ、そうすれば死ぬ、という予感もあった。故に、

 

「“D・D(デフラグ・ダッシュ)”!」

 

 後方へと下がる、直後振りかぶられた縦一閃。こちらに迫る余波は、更に無敵時間で躱す。――そこからの、追撃はなかった。

 これだけ距離を取れば、幾らなんでも回避はできる。続けても無駄だという判断だろう。

 

「すごいね」

 

「今のは――」

 

 感心した様子のマーキナーは、ニヤニヤと笑っている。それは、何かを求めているかのようであり――残念ながら、それが何かはすぐに分かった。

 

「……()()()()か」

 

「せいかーい、()()だよ。効果は知っての通り、一撃必殺」

 

「……器が小さくなった割には、そういうものは持ち込めるんだな」

 

「七典は僕の器とは関係ないもの、やろうと思えば四天の皆に貸してあげることもできるんだよ? もちろん、僕のだからやらないけど」

 

 楽しげに笑うマーキナー。奴は手に、ぺらぺらと一冊の本のようなものを取り出して、それを風になびかせる。

 

 大罪七典。

 やつの持つ特別な概念の一つ、()()()()()()()()()()だ。それは、ゲームにも登場し、プレイヤーを苦しめた、()()()()()()()()()()()である。マーキナーはいくつかの形態を変化させる敵だ。大罪七典を扱うのは、そのうちの一つ。

 

「――知っての通り、この衣物は人間の最も原初的な感情を一つにまとめたものだ。その数は七つ、これら

をボクは大罪と呼んで、個としての意思を与えた」

 

「それが――」

 

「そう、それが、大罪龍であり、その試作である四天だ。この話も、君は既に知っているのかな?」

 

 ――答えない。

 探るようなマーキナーの言葉は、答えないのが正解だった。

 とはいえ、思いは巡らせる。

 

 大罪の大本である七典の役割は一つ、()()()()()()()()()()()こと。例えば自分にその感情が敵対した場合、それを封じることが目的となる。

 とはいえ大仰な能力では決してなく、非常にシンプルな七つの能力を、マーキナーは七典を通して操るということだ。

 

「さて――今更君に言うまでもないけれど、だからこそ行動で示すべきかな? ――申し訳ないけど、即死してくれないかい?」

 

 ――それ故に、各大罪のメタである、という特徴を七典は有する。傲慢に対しては、一撃必殺。()()()()()()()()()()()を概念武器に付与する能力。

 それが今、ヤツのした行動の答えだった。

 

 そして、言葉とともにマーキナーは剣を振るう。

 無造作に、弄ぶように――死が、列をなして襲いかかってきた。

 

「――冗談じゃない!」

 

 避ける、剣の斬撃など、どこに飛んでいるかわかるはずもない、無数に飛び交うそれは、マーキナーの手元を見て導線を予測し、()()()()()()()()以上の回避手段はない。

 とはいえ、この無敵無視、あくまで()()()()()()を無視するためのものだ、概念技の無敵時間を無視するわけではない。

 

「“S・S(スロウ・スラッシュ)”!」

 

「あはは、躱すねぇ、()()()()()()()()()()()()()()、君はボクの死を受け入れたくはないのかな」

 

 攻撃を透かし、デフラグ・ダッシュで移動する。駆け抜けて、駆け抜けて、なんとか距離を取りながら、やつの全く本気ではないだろう一撃を避けていく。

 ――ああしかし、いつまでこれを続ければいいんだよ!

 

 ……いや、時間制限はある。この状況を打開する方法は……ある!

 

「――ッ、おお!」

 

 駆ける。とにかく今、すべきことは時間稼ぎだ。

 マーキナーの乱舞を避け続けろ、やつに攻撃の手を緩めさせるな、()()()()()()()()()()()()()()()()。今の僕に、ヤツと戦う力はない。

 

「んー」

 

 ――マーキナーが、思索に耽る。行動を勘案する。そのまま考えていろ、それ以上踏み込まなくていい、このまま児戯にほうけていれば、それでいい!

 

「――つまらないな。この程度、君の障害にもならない」

 

「……ッ!」

 

 ――失敗した。

 それは、六面ダイスを振って、すべての出目が1だった時のような、つまり、ファンブルを引いたような感覚だった。

 不運。

 

 ――単純に、何の要因もなく、やつの感情が気まぐれに傾いたのだ。

 

「接近戦をしよう」

 

 笑顔で、笑いながら。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「――――!!!」

 

 言葉が声にならない感覚を、僕はこの世界で初めて感じた。

 恐怖、怖気、死の感触。一瞬で、脳内に危機を告げる警鐘が鳴らされて、僕は即座に動いていた。

 

「お、おおおおおおっっ!! “S・S(スロウ・スラッシュ)”ゥ!!」

 

 ――――間一髪だった。

 体は、警告よりも先に動いていたのだ。僕は無敵時間で剣を躱して、死が目の前を通り過ぎていく。僕の剣もまた、今はマーキナーが()()()()()()()()()()()ために、遠くにいるため届かない。通り過ぎていく。

 

「――まだ、終わりじゃないよ?」

 

 しかし。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。玩具の剣を弄ぶように、軽々と奴はそれを振るうのだ。

 

「“B・B(ブレイク・バレット)”!」

 

 ならば、するべきことは一つ。

 

「――――“S・S(スロウ・スラッシュ)”!」

 

 ――バグによる、永続無敵!

 失敗が即座に死につながる状況でも、体は自然と動いてくれた。一切何ら問題なく発動する一連のSBSに、僕は心のどこかで安堵を覚える。

 

 それと同時に、僕の剣は、一歩前に踏み込んだことで、マーキナーへと食らいつこうとしていた。

 

 しかし、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ――僕の体も、それにつられて大きく動く。だが、態勢がどうなろうと、概念技の発動には問題ない。デフラグ・ダッシュで即座に距離をとった。

 

「は、ァ――はぁ!」

 

 大きく息を吐き出しながら、僕はマーキナーを見る。

 酸素が足りない、呼吸が追いつかない。いくら生命があっても足りやしない!

 

 ――そんな中で、マーキナーだけが笑っていた。

 

「おいおい、危ないじゃないか。幾ら必死だからって、周りを見ないで味方に攻撃があたったらどうするんだい?」

 

 攻撃を不可思議な現象でやり過ごして、マーキナーはけれどもそれを自慢にも思っていない。当然の結果なのだから、驚くことすら必要ない。

 関心すら、向いていない。

 

 とはいえ僕も、それがどのような理屈かは、既に理解していることだった。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 僕が既に知っている通り、マーキナーは可能性を操る。端的に言うと、マーキナーに向けられた攻撃は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 故に、マーキナーにはどうあっても攻撃が通用しない。

 

 攻撃の命中率など、確率で考えられるものではない。だが、そもそも射程の届かない相手に攻撃を放ったのでもない限り、攻撃には必ず当たる()()()がある。

 どれだけ練度差があろうとも、当たるはずのない位置に攻撃を放っても、()()()()()()()()()()()()可能性だってあるのだ。

 

「ボクは機械仕掛けの概念、世界の概念に形を与えたもの――」

 

 マーキナーは、笑っていた。

 

()()()()()()()()()()()さ。君がこの世界にやってきて、君の権利で()()()()()()をひっくり返したように」

 

「――アンタは」

 

 僕は、言葉を続けようとした。

 絶対に勝てない相手。どうしようもない状況。

 

 ああ、それは。

 

 これは、間違いない。

 

 

 ()()()()()()だ。

 

 

 それに対して、僕は――なんと続けようとしたのだろう。

 言葉を、マーキナーへぶつけようとしたのか、泣き言でも言おうとしたのか、自分を鼓舞し始めるのか。わからない、言葉にするよりも、早く。

 

「――まぁ、とはいえ今回は時間のようだ。ほら、行ってきなよ」

 

 マーキナーが肩をすくめて、

 

 僕は、足元で儀式が完了しようとしていることを知った。

 

()()()()()()()()だろう? だったら、幾らでも切り札を切ってくるといい」

 

「……マーキナー」

 

「そして――」

 

 僕の意識が、儀式の光に呑まれていく。

 逆転のために。

 

 ()()()()()()()()()ために。

 

 

「――君はボクに勝つ権利がないということを、その身に刻みつけてくるんだね」

 

 

 ――僕は、そうして。

 

 ()()()()()()()()()へと、潜っていった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。