――機械仕掛けの概念は、何より特徴的なのがそのビジュアルだ。
それまでゲームの中で何度か見かけてきたマーキナーを表す紋章をあしらったローブを羽織り、背には龍の羽を模した光の翼、手には同じく光の剣を携えて、その顔はフードに覆われ望めない。
僕たち、このゲーム、ドメインシリーズの主人公と同一のそのスタイルは、やつが僕たちと同じ、ローブで概念化する概念使いであることを示していた。
そこに如何なる因果があるというのか、ゲームにおいて、マーキナーは語っていた。
マーキナーは可能性を操る概念使いだ。マーキナーは他人の可能性を選択し、捻じ曲げることができる。その能力でもって、マーキナーはあるものの可能性を捻じ曲げた。
故に、マーキナーは全能とも言える力を有し、最強の、無敵のゲームマスターとして、君臨しているのだ。
「――君は、本当に面白い可能性を有しているね」
くるくると、手にした剣を曲芸のように振り回しながら、マーキナーは僕の周囲を歩き回る。
先程、マーキナーは四天の器を使って、この世界にアクセスしているといった。今、僕の目の前にいるのは、つまるところミカ・アヴァリの器であるということだろう。
それが通用するのは原理として至極当然のことで、ただ、必要性がないからゲームではしなかっただけだ。ミカ・アヴァリに限らず、四天のスペックは大罪龍以上。わざわざそれを押しのけてまでマーキナーが出張ると、器が一つ無駄になる。
四天が敗れれば自然と世界に本来のスペックで出ていけるのに、そうまでする理由はない。
スペックが落ちるといった以上、今のマーキナーにはできることの限界がある、ということだろう。だから、まだ詰んでいるわけではない。
「……だったら、何だって言うんだ?」
「僕はこれまで、多くの……あまりにも多くの可能性を見てきたけれど、
やがて、ステップを踏むような気軽さで歩を進めていたマーキナーは、僕の目の前で足を止めた。小柄な背丈で、こちらを覗き込むように、見上げてくる。
こちらからは、その相貌は望めない。しかし、向こうからはこちらをまじまじと観察できるはずだ。
「まったく、こんな顔して、凶暴なんだから」
「何がいいたい?」
「おいおい、そんな怖い顔しないでくれよ。ボクがそんなに怖いのかい? 別に怖がる必要はないだろう、君はボクのことをぜーんぶ知ってるんだから」
ははは、とからかうように笑う。いや、実際からかっている。
――不思議な話だ、こいつの言っていることはすべて真実で、僕はこいつのことを知っている。状況を整理しても、こいつを恐れる理由はない。
今、こいつは四天と同じスペックの、概念使いでしかないのだ。
とはいえ、逆に言えば、こいつを倒しても四天を倒したことになるだけで、マーキナーにはなんの影響もないのだが。
だからこそ、
「……アンタは、なんだ? 何が目的だ?」
僕は、思わずそれを聞いていた。
「……ぷ」
――それに、マーキナーは耐えられない、と言わんばかりに、
「あはははは! あはは! 君がそれを言うの!? ボクに!? 君が!? あっはははははは! 冗談にしてももう少し面白いこといってよ、あー、面白い」
一瞬で矛盾しながら、転げ回る。手を叩いて、空を叩いて、僕を叩いて、ひとしきり歩き回って、それからまた、僕の目の前に戻ってくるのだ。
「いい加減にしてほしいんだよね」
「……」
「僕の前で、何で君がそんな顔をするの? 君は僕に挑戦する権利を得たんだ。じゃあどうして、そこまでこわばった顔をするの?
想定外。
確かにこれは、想定外としか言いようのない出来事だった。こんなところにマーキナーが現れるわけがない、そう考えていて、だからこそ狼狽している。
そういうことが、無いとは言えない。
ただ、それだけではなかった。
「それじゃあ――」
マーキナーは、笑っていた。余裕の態度で、惜しげもなく姿を見せて、そして。
「――避けてよね」
剣閃が見舞われた。
一瞬、判断が遅れる。殺意など、敵意など一切ない状態から、まるで日常の動作と何ら変わりない態度で切り込んできた。とはいえ、概念化している以上、ただの一撃でクビが飛ぶことは――
――否。
「う、おお!」
それは、本当にただの直感。これまで、この世界を生きてきて、戦い続けてきて、たしかに磨かれてきた感覚。間違ってはいない、ここでそれが働くなら、僕は従わない理由はない。
「“
無敵時間。僕の目の前をその剣が通り過ぎていく。
ここは山の上、あちこちにはむき出しの岩場があり、それ故に、
ただ、そうすれば死ぬ、という予感もあった。故に、
「“
後方へと下がる、直後振りかぶられた縦一閃。こちらに迫る余波は、更に無敵時間で躱す。――そこからの、追撃はなかった。
これだけ距離を取れば、幾らなんでも回避はできる。続けても無駄だという判断だろう。
「すごいね」
「今のは――」
感心した様子のマーキナーは、ニヤニヤと笑っている。それは、何かを求めているかのようであり――残念ながら、それが何かはすぐに分かった。
「……
「せいかーい、
「……器が小さくなった割には、そういうものは持ち込めるんだな」
「七典は僕の器とは関係ないもの、やろうと思えば四天の皆に貸してあげることもできるんだよ? もちろん、僕のだからやらないけど」
楽しげに笑うマーキナー。奴は手に、ぺらぺらと一冊の本のようなものを取り出して、それを風になびかせる。
大罪七典。
やつの持つ特別な概念の一つ、
「――知っての通り、この衣物は人間の最も原初的な感情を一つにまとめたものだ。その数は七つ、これら
をボクは大罪と呼んで、個としての意思を与えた」
「それが――」
「そう、それが、大罪龍であり、その試作である四天だ。この話も、君は既に知っているのかな?」
――答えない。
探るようなマーキナーの言葉は、答えないのが正解だった。
とはいえ、思いは巡らせる。
大罪の大本である七典の役割は一つ、
とはいえ大仰な能力では決してなく、非常にシンプルな七つの能力を、マーキナーは七典を通して操るということだ。
「さて――今更君に言うまでもないけれど、だからこそ行動で示すべきかな? ――申し訳ないけど、即死してくれないかい?」
――それ故に、各大罪のメタである、という特徴を七典は有する。傲慢に対しては、一撃必殺。
それが今、ヤツのした行動の答えだった。
そして、言葉とともにマーキナーは剣を振るう。
無造作に、弄ぶように――死が、列をなして襲いかかってきた。
「――冗談じゃない!」
避ける、剣の斬撃など、どこに飛んでいるかわかるはずもない、無数に飛び交うそれは、マーキナーの手元を見て導線を予測し、
とはいえ、この無敵無視、あくまで
「“
「あはは、躱すねぇ、
攻撃を透かし、デフラグ・ダッシュで移動する。駆け抜けて、駆け抜けて、なんとか距離を取りながら、やつの全く本気ではないだろう一撃を避けていく。
――ああしかし、いつまでこれを続ければいいんだよ!
……いや、時間制限はある。この状況を打開する方法は……ある!
「――ッ、おお!」
駆ける。とにかく今、すべきことは時間稼ぎだ。
マーキナーの乱舞を避け続けろ、やつに攻撃の手を緩めさせるな、
「んー」
――マーキナーが、思索に耽る。行動を勘案する。そのまま考えていろ、それ以上踏み込まなくていい、このまま児戯にほうけていれば、それでいい!
「――つまらないな。この程度、君の障害にもならない」
「……ッ!」
――失敗した。
それは、六面ダイスを振って、すべての出目が1だった時のような、つまり、ファンブルを引いたような感覚だった。
不運。
――単純に、何の要因もなく、やつの感情が気まぐれに傾いたのだ。
「接近戦をしよう」
笑顔で、笑いながら。
「――――!!!」
言葉が声にならない感覚を、僕はこの世界で初めて感じた。
恐怖、怖気、死の感触。一瞬で、脳内に危機を告げる警鐘が鳴らされて、僕は即座に動いていた。
「お、おおおおおおっっ!! “
――――間一髪だった。
体は、警告よりも先に動いていたのだ。僕は無敵時間で剣を躱して、死が目の前を通り過ぎていく。僕の剣もまた、今はマーキナーが
「――まだ、終わりじゃないよ?」
しかし。
「“
ならば、するべきことは一つ。
「――――“
――バグによる、永続無敵!
失敗が即座に死につながる状況でも、体は自然と動いてくれた。一切何ら問題なく発動する一連のSBSに、僕は心のどこかで安堵を覚える。
それと同時に、僕の剣は、一歩前に踏み込んだことで、マーキナーへと食らいつこうとしていた。
しかし、
――僕の体も、それにつられて大きく動く。だが、態勢がどうなろうと、概念技の発動には問題ない。デフラグ・ダッシュで即座に距離をとった。
「は、ァ――はぁ!」
大きく息を吐き出しながら、僕はマーキナーを見る。
酸素が足りない、呼吸が追いつかない。いくら生命があっても足りやしない!
――そんな中で、マーキナーだけが笑っていた。
「おいおい、危ないじゃないか。幾ら必死だからって、周りを見ないで味方に攻撃があたったらどうするんだい?」
攻撃を不可思議な現象でやり過ごして、マーキナーはけれどもそれを自慢にも思っていない。当然の結果なのだから、驚くことすら必要ない。
関心すら、向いていない。
とはいえ僕も、それがどのような理屈かは、既に理解していることだった。
僕が既に知っている通り、マーキナーは可能性を操る。端的に言うと、マーキナーに向けられた攻撃は、
故に、マーキナーにはどうあっても攻撃が通用しない。
攻撃の命中率など、確率で考えられるものではない。だが、そもそも射程の届かない相手に攻撃を放ったのでもない限り、攻撃には必ず当たる
どれだけ練度差があろうとも、当たるはずのない位置に攻撃を放っても、
「ボクは機械仕掛けの概念、世界の概念に形を与えたもの――」
マーキナーは、笑っていた。
「
「――アンタは」
僕は、言葉を続けようとした。
絶対に勝てない相手。どうしようもない状況。
ああ、それは。
これは、間違いない。
それに対して、僕は――なんと続けようとしたのだろう。
言葉を、マーキナーへぶつけようとしたのか、泣き言でも言おうとしたのか、自分を鼓舞し始めるのか。わからない、言葉にするよりも、早く。
「――まぁ、とはいえ今回は時間のようだ。ほら、行ってきなよ」
マーキナーが肩をすくめて、
僕は、足元で儀式が完了しようとしていることを知った。
「
「……マーキナー」
「そして――」
僕の意識が、儀式の光に呑まれていく。
逆転のために。
「――君はボクに勝つ権利がないということを、その身に刻みつけてくるんだね」
――僕は、そうして。